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黒い魔法使いと死なない契約  作者: 日曜日更新
【第一章】
17/20

第17話 迷い込んだその先は……

 時刻は二十時を回っていた。


「帰るぞ」

「あ、はい……!」


 急ぎ足で歩くセドリックの背中を追いかけ、会場を後にした。


 階段を降りると、一気に華やかな光が遠ざかった。


(月が綺麗……)


 今はその月明かりと街灯だけが、帰り道を照らす。


 風が冷たい。


 人がまばらになり始めたタイミングで、リアは「セドリックさん」と彼の名前を呼んだ。


 そしてこちらを振り向くのを待った。


(……あ、振り向いた)


 少し機嫌が悪そうだ。


「セドリックさん、今日はありがとうございました。私まで舞踏会に招待してくださって」


 先ほどまでの楽しいひとときが繊細に蘇る。


「会場も生演奏も豪華で、料理もすごく美味しくて……本当に楽しかったです!」


「こんな綺麗なドレスも初めて着ました」


 リアはドレスの裾をひらりと広げて笑顔で喜びを表した。


 彼は横目でちらりとリアを見た後、また何かを言いかけて口を閉じた。


 再び急ぎ足で歩く。


(む、無視……!?)

(でも確かに私、はしゃぎすぎてたかしら……)


 ふいに見上げた夜空には、舞踏会の照明にも負けないほどの星が瞬いていた。


 ---


 その光を静かに見ていると、アレンが着ていた煌びやかな衣装を思い出す。


「アレンが第三殿下……」


「まだ夢を見ているみたい」


 胸の内で小さく呟く。


(セドリックさんは王族直属で、町には普段来ない。だから私とアレンの関係を知らなくて当然よね……)


(アレンって王宮では普段、どんな感じなのかしら……イメージが湧かないわ……)


 そんな風にぼんやり歩いていると、次第に目が霞んできた。


(ん……? なにこれ……)


 視界が揺れる。


 呼吸が浅い。


 見えない首輪が何故か、いつもより軽い。


「待て」

「!」


 その声にびくっと驚き、リアは振り向いた。そこには腕に力を込めているセドリックがいた。


「ど、どうしたんですか……?」

「お前は今、魔力が減り始めている」


「え……? 私、なんともないですよ」

「それは魔道具を二つも持っているからだ」


「首輪はすでに消えかかっている」


 赤い石のペンダントと首輪。


「首輪だけ……?」

「急ぐぞ。 魔力酔いを起こす前に」

「あ、ちょっと待ってください……!」


 リアは少し身を引いたが、あっという間に彼はリアの手首を掴んだ。


 ---


 気づけばそこは人通りから外れた細い裏路地。


 手を離された瞬間、リアは壁際まで追い詰められ、その目の前でセドリックが足を止めた。


 顔を覗き込んだその瞬間。


(瞳……)

(っ、赤い……なんで……)


 リアは息を呑む。


 ---


 やがて、彼の黒い手袋がゆっくりと外された。

 手には満月のような光。


 それがリアの首元へ向かって伸びてきたその時。


 ようやく状況を理解した。


「目を閉じろ」

「今ですか!?」

「始める」


 躊躇なく彼の肩を、強く押し返す。


「ちょっ、まっ、待ってください!」


「さすがにここだと契約といえど駄目です。公共の場はルールが厳しいんですよ」


「セドリックさんの魔法使いの資格が停止になったらどうするんですか」


 その言葉で、彼の動きが止まった。


 だが、指先はすでに衣装の後ろにある留め具にかかっている。


(この人留め具……外す気だ……。この衣装、前が邪魔だから……)


「さすがに恥ずかしいです……」


「帰ってからにしましょう」

「お前は自分の体調に気づかないのか」


 確かに、貧血のような状態が続いていた。


「首に直接触れるなら、数秒で終わる」

「……」


 数秒。その言葉に揺らいだ。


「応急処置だ。すぐ終わる」


 気づいたら頷いていた。


 彼は目を合わせないまま手をかざした。


(どうしよう。誰か来たら……)

(でも数秒なら……)


 彼は意図的に視線を逸らしてくれている。


(私が我慢すればいい話……)

(あ、)


 リアの体がびくりと震える。


 彼の指先が、手のひらが――


 ついに首元に触れた。


 目の前の彼はまるで熱いものに触れているかのように、息を詰めていた。


 その様子が、リアにはどこか苦しそうに見えた。


 胸にちくり、複雑な感情が芽生える。


「っ……」


 ---


 首元を隠す薄い布。つまりヴェールは外されていない。最低限は守られている。


 光の力とともに髪がふわりと揺らぐ。


 目を閉じ、いち、にぃ、さん……とカウントダウンした。


 息が触れるほど近い距離。

 じゅうのタイミング。


 リアは反射的に彼の胸を押し返した。


 足元の夜風が冷たい。胸の奥が痛い。


 すると涙が一筋流れた。


「……熱かったか?」

「いえ。少し驚いただけです」


「なら問題ないな」

(問題ない……?)


 ドレスの布をギュッと握り、彼の顔を見る。


(触れない契約のはずだったのに)

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