第14話 第三王子
十八時になると、リアは異世界にいた。
高い天井にシャンデリアの煌びやかな光。まるで絵本の世界へ迷い込んだみたいだった。
「すごく広い会場……」
楽器の心地よい演奏が聞こえてくる。華やかな参加者たちが次々と横を通りすぎていった。
「みんな良い香りがするわ……」
周囲をキョロキョロと見渡すと、セドリックは誰かと話していた。目が合い、リアは小さく手を振った。
だが、すぐに顔を背けられた。
(もう……先に楽しむからいいわよ!)
近くの台には見た目も香りも、すべてが高級そうな料理ばかりが並んでいる。
リアは目をパァッと輝かせた。料理台に手を伸ばしかけた、その時。
「相変わらず食べ物に真剣だね」
聞き慣れた、穏やかな声。
コツコツ、コツコツ……上品な靴音。
歩くたびに背筋を伸ばし、周囲の視線を集める。
まるでそれが当たり前であるかのように、女性からの視線も意に介していない。
リアの目が大きく見開かれた。
「……アレン! どうしてここに……?」
知っている相手がそこにはいた。彼は落ち着いた微笑みを浮かべる。
「やっぱり君にはバレるか」
「雰囲気が違っても、すぐ分かるわよ!……あれ、そのブローチ……」
「知り合いに買ってきてもらったんだ。町の守り神だからね」
先日の屋台で出した馬のブローチだった。男の子が買ったと聞いていたから、意外な人が持ち主になっていて驚いた。
それにいつもと違う髪型に、衣装。ピアス姿も久しぶりに見た。
「今日のアレン、いつもよりオシャレね」
「ありがとう。あまり普段こういった格好はしないんだけど、付き合いでね」
高貴な香水の香りまでする……。それでもアレンの近くにいられる時の安心感は変わらない。
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「あの、お時間よろしいでしょうか?」
「うちの娘ともぜひ!」
彼の周りを大人たちが囲みはじめる。
「申し訳ないが、今は手が離せない」
笑顔を保ちながら、声を低くして伝える。その言葉で集まってきた人たちは立ち去っていった。
ここには招待状がないと入れない。
つまりアレンが高貴な身分の可能性があると分かり、リアは思わず息を呑む。
(そうよね。平民なわけないわ……いつもくれるお菓子も高そうだったし)
(もしかして伯爵くらいの家柄だったりして。騎士の名家とか……?)
そんな妄想を膨らませた。
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そのとき、静かに歩み寄る影。
先程まで遠くにいたはずのセドリックだった。彼はアレンを見た後、リアに目を向ける。
「セドリックさん。こちらの方はね、――」
「いい。紹介は不要だ」
ほんの一拍の静寂。リアは目を丸くした。目の前の二人が困ったように眉をしかめたからだ。
「リア……僕たちは知り合いなんだ」
「え?」
顔の整った二人の並ぶ姿は、破壊力が凄まじく眩しい。
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そして、セドリックが耳元に近づいてきた。何かを言いかけて、目が合う。心臓が少しだけ跳ねた。
「おまえは第三殿下が誰か分かってるのか?」
「……まだ、第三殿下にはお会いしてないわ」
セドリックは深いため息を吐く。そして目を背けたあと、アレンの微笑みを確認していた。
少し戸惑う表情を見せたが、口をきつく閉じ、息を呑み、ようやく覚悟を決めたように口を開く。
「この方が第三殿下だ」
音が――消えた。
「……え?」
言葉が、出ない。
思考が途中で、ぷつりと途切れた。
得意の妄想も浮かばない。
さらにセドリックが耳元で囁いた。
「おまえが会いたがっていた第三殿下だ」
体が硬直し、頭の中が真っ白になった。セドリックと近距離で目が合った。綺麗な灰色の瞳。
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ぐらついた瞬間、セドリックが支えてくれた。
すぐに姿勢を正し、ゆっくりとアレンを見る。急に視界が澄んで見えるようになった。
他の男性たちに比べて豪華な衣装。
「アレン……」
胸元に繊細な作りの紋章。
「あなたが……第三殿下……?」
宝石までつけている。
「黙っていて……ごめん」
リアは口を開いたまま、言葉を失った。
一歩、また一歩と後ろに下がる。震える手で口元を押さえた。アレンは少し困ったように笑う。
「君を騙すつもりはなかった。でも、そう見えるのも当然だ」
「ここだと人目につくから、隅に移動しようか」
そう言ってリアの手を引いた。
セドリックはアレンと目が合うと頷くだけ。二人は視線だけで会話が成立しているようだった。
(どんな関係……?)
(王族直属だとみんなこうなの……?)
自分だけが、置いていかれている気がした。
それでも手だけは、引かれたままだった。




