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黒い魔法使いと死なない契約  作者: 日曜日更新
【第一章】
14/20

第14話 第三王子

 十八時になると、リアは異世界にいた。


 高い天井にシャンデリアの煌びやかな光。まるで絵本の世界へ迷い込んだみたいだった。


「すごく広い会場……」


 楽器の心地よい演奏が聞こえてくる。華やかな参加者たちが次々と横を通りすぎていった。


「みんな良い香りがするわ……」


 周囲をキョロキョロと見渡すと、セドリックは誰かと話していた。目が合い、リアは小さく手を振った。


 だが、すぐに顔を背けられた。


(もう……先に楽しむからいいわよ!)


 近くの台には見た目も香りも、すべてが高級そうな料理ばかりが並んでいる。


 リアは目をパァッと輝かせた。料理台に手を伸ばしかけた、その時。


「相変わらず食べ物に真剣だね」


 聞き慣れた、穏やかな声。

 コツコツ、コツコツ……上品な靴音。


 歩くたびに背筋を伸ばし、周囲の視線を集める。


 まるでそれが当たり前であるかのように、女性からの視線も意に介していない。


 リアの目が大きく見開かれた。


「……アレン! どうしてここに……?」


 知っている相手がそこにはいた。彼は落ち着いた微笑みを浮かべる。


「やっぱり君にはバレるか」

「雰囲気が違っても、すぐ分かるわよ!……あれ、そのブローチ……」

「知り合いに買ってきてもらったんだ。町の守り神だからね」


  先日の屋台で出した馬のブローチだった。男の子が買ったと聞いていたから、意外な人が持ち主になっていて驚いた。


 それにいつもと違う髪型に、衣装。ピアス姿も久しぶりに見た。


「今日のアレン、いつもよりオシャレね」

「ありがとう。あまり普段こういった格好はしないんだけど、付き合いでね」


 高貴な香水の香りまでする……。それでもアレンの近くにいられる時の安心感は変わらない。


 ---


「あの、お時間よろしいでしょうか?」

「うちの娘ともぜひ!」


 彼の周りを大人たちが囲みはじめる。


「申し訳ないが、今は手が離せない」


 笑顔を保ちながら、声を低くして伝える。その言葉で集まってきた人たちは立ち去っていった。


 ここには招待状がないと入れない。


 つまりアレンが高貴な身分の可能性があると分かり、リアは思わず息を呑む。


(そうよね。平民なわけないわ……いつもくれるお菓子も高そうだったし)


(もしかして伯爵くらいの家柄だったりして。騎士の名家とか……?)


 そんな妄想を膨らませた。


 ---


 そのとき、静かに歩み寄る影。


 先程まで遠くにいたはずのセドリックだった。彼はアレンを見た後、リアに目を向ける。


「セドリックさん。こちらの方はね、――」

「いい。紹介は不要だ」


 ほんの一拍の静寂。リアは目を丸くした。目の前の二人が困ったように眉をしかめたからだ。


「リア……僕たちは知り合いなんだ」

「え?」


 顔の整った二人の並ぶ姿は、破壊力が凄まじく眩しい。


 ---


 そして、セドリックが耳元に近づいてきた。何かを言いかけて、目が合う。心臓が少しだけ跳ねた。


「おまえは第三殿下が誰か分かってるのか?」

「……まだ、第三殿下にはお会いしてないわ」


 セドリックは深いため息を吐く。そして目を背けたあと、アレンの微笑みを確認していた。


 少し戸惑う表情を見せたが、口をきつく閉じ、息を呑み、ようやく覚悟を決めたように口を開く。


「この方が第三殿下だ」


 音が――消えた。


「……え?」


 言葉が、出ない。

 思考が途中で、ぷつりと途切れた。

 得意の妄想も浮かばない。


 さらにセドリックが耳元で囁いた。


「おまえが会いたがっていた第三殿下だ」


 体が硬直し、頭の中が真っ白になった。セドリックと近距離で目が合った。綺麗な灰色の瞳。


 ---


 ぐらついた瞬間、セドリックが支えてくれた。


 すぐに姿勢を正し、ゆっくりとアレンを見る。急に視界が澄んで見えるようになった。


 他の男性たちに比べて豪華な衣装。


「アレン……」


 胸元に繊細な作りの紋章。


「あなたが……第三殿下……?」


 宝石までつけている。


「黙っていて……ごめん」


 リアは口を開いたまま、言葉を失った。


 一歩、また一歩と後ろに下がる。震える手で口元を押さえた。アレンは少し困ったように笑う。


「君を騙すつもりはなかった。でも、そう見えるのも当然だ」


「ここだと人目につくから、隅に移動しようか」


 そう言ってリアの手を引いた。


 セドリックはアレンと目が合うと頷くだけ。二人は視線だけで会話が成立しているようだった。


(どんな関係……?)

(王族直属だとみんなこうなの……?)


 自分だけが、置いていかれている気がした。


 それでも手だけは、引かれたままだった。

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