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受けの空手

たった一人の男の登場により、戦場の動きは止まる。


音が消えた。


息を呑む気配だけが、その場に残る。


そんな中――


「琥鉄、代われ。」


龍心が、静かに言った。


その行動は、ほとんど自殺行為に等しかった。


場がざわつく。


「……こういうのは、お前の方が得意だったな。」


琥鉄はそう言うと、男から距離を取り、龍心と入れ替わる。


「おい龍心……」


思わず声をかける。


だが、その言葉は琥鉄の手によって遮られた。


「まぁ、見とけよ。」


短く言い捨て、琥鉄はその場に腰を下ろす。


まるで、勝負の行く末を確信しているかのように。


「おいおい、ヒーロー気取りか?」


男が嘲る。


「さぁな。」


龍心は視線すら向けない。


その無関心さが、かえって相手の神経を逆撫でする。


一瞬、男の眉がわずかに歪んだ。


だが、すぐに消える。


「まぁいい。」


低く吐き捨て、木刀を構える。


隙はない。


全身から、濃密な殺気が滲み出ている。


――強い。


見ただけでわかる。


だが。


龍心は、ゆっくりと構えを取る。


その動作は滑らかで、無駄が無い。


そして――余裕がある。


その一点だけで、場の空気が変わる。


全員が、息を呑んだ。


視線はただ一つ。


相対する、二人へと注がれていた。


先制は男だった。


目にも追えないスピードで、龍心との間合いを一気に潰す。


「一発で終わらせてやんよ。」


刀は龍心の腕に向かって振り下ろされる。


(当たる……!)


そう思った、次の瞬間。


――ヒュッ。


空を切り裂く音だけが鳴る。


刀を振り下ろした本人含め、その場にいた誰一人として状況を理解できていない。


龍心を除いてだ。


「ほらほらどうした?一発で終わらせるんじゃなかったのか?」


龍心は手で招き、男を挑発する。


「クソガキが!!」


その挑発に、男は顔を真っ赤にして反応する。


振り下ろした刀を、今度は思い切り振り上げた。


今度こそ当たる。


誰もがそう確信する。


空気を裂く音だけが残る。


再び、刀は空を切る。


「……は?」


男は目を見開く。


間合いも、軌道も完璧。


たしかに捉えたはずだった。


「遅ぇよ。」


すぐ背後から、低い声が落ちた。


ゾクリ、と男の背筋が粟立つ。


男が振り返るより早く。


――ドンッ


鈍い衝撃音が響いた。


龍心の拳が、男の脇腹に深くめり込んでいた。


「がっ……!」


息が強制的に吐き出され、男の身体がくの字に折れる。


そのまま数歩、地面を滑るように後退した。


誰も、声を出せない。


ただ一撃。


それだけで、勝負の流れが完全に傾いたのが分かった。


「どうした?」


龍心は、わずかに首を傾ける。


「もう終わりか?」


その言葉に、男の顔が歪む。


「死ねええぇぇ!!」


男は半ば乱暴に刀を横薙ぎに振る。


刀は俺でも目で追える速さまで落ちている。


それでも、その刀は完全に龍心の腹を捉えた。


男の顔に喜色が浮かぶ。


だが――


――ヒュッ。


刃はわずかに軌道を外されている。


ほんの紙一重。


ようやく見えた。


龍心はずっと、最小限の動きで攻撃を“流していた”のだ。


「そろそろ、見え始めたか?」


琥鉄が低く声をかけてくる。


俺は視線を切らず、小さく頷いた。


「ほんと、厄介だぜ。あいつのスタイルは。」


「厄介って?」


琥鉄は軽く息を吐く。


「あいつは完全にカウンター型だ。こっちの攻撃は当たらねぇ。なのに、ほんの一瞬の隙を突いて、あっちからは重い一撃が飛んでくる。」


琥鉄はわかりやすく解説してくれる。


そして、また一息置き、こう言う。


「まさに、"受けの空手"だ。」


そこで俺は一つの疑問が浮かび、口にする。


「それは、お前にとってもか?」


目を切り、琥鉄の方を向く。


「さぁ、どうだかな。」


琥鉄はこちらを向かず、返事する。


目線を二人に戻すと、男は、刀に振り回される形で体勢を崩している。


「勝負あったな。」


琥鉄は二人を見つめたまま呟く。


龍心は黙ったまま、ただ一歩踏み込む。


そして――


――ドンッ。


下から突き上げる一撃が、男の胴を正確に貫いた。


「がっ……!」


そのまま苦しそうに腹を抑え、倒れ込む。


圧巻の光景に、歓声すら起こらない。


「あー、疲れた。」


その一言に、誰も返すことができなかった。


振り返った龍心の体には傷一つ無く、息一つ乱れていなかった。

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