牙、揃う
エンジンの音が最高潮まで達し、その轟きはすぐに甲高いブレーキ音へと変わる。
その瞬間、砂埃の向こうから、先ほどの奴らとは比にならないほどの人数が姿を現す。
ざっと見ただけでも、二十は軽く超えているだろう。
男達は全員、背中に大きく「東」と書かれた特攻服で揃えている。
その統一感が、不気味であり――
(威圧感が半端じゃねぇ……!)
「すいません、俺のせい…」
「余裕だろ。」
壮志郎は柊輝の言葉を途中でさえぎり、にっと口角を上げて見せる。
口ではそう言っているものの、肩で息をしていた。
その態度は、お世辞にも、余裕そうだとは言えない。
俺含め、他の皆も同じように息が上がってしまっている。
まさに、絶体絶命というやつだ。
「やられたからって聞いたから、どんな奴らかとは思ったが……まさか中坊だとはな。」
人ごみの中からリーダーと思われる男が現れ、こちらを見て鼻で笑う。
明らかになめられている。
「クソがっ……!」
悪態をつく気力はあっても、体は言うことを聞かない。
膝に置いた両手は震え、上半身を持ち上げることすらできなかった。
「ちょうどいい、あいつを呼べ。」
リーダー格の男はそう言い、そばにいた男に耳打ちをする。
耳打ちされた男はにやりと不敵な笑みを浮かべる。
そして仲間の一人に声をかけ、背中を押し、無理やり前に出させた。
「うぉ……。」
思わず声が漏れた。
背中を押されて前に出されたその男は、俺より頭ひとつ分は高い。
いや、見上げてもまだ足りないほどだ。
肩幅も異様に広く、特攻服の上からでも分かるほど体つきがごつい。
まるで、そこだけ別の生き物が紛れ込んだみたいだった。
周囲の男達が、そいつの登場に合わせてざわりと空気を変える。
(なんだよ……こいつ……!?)
喉がひりつくほど乾き、息が浅くなる。
リーダー格の男は楽しそうに顎をしゃくった。
「さぁ新人、お前の実力を見せてくれ。」
そいつはダルそうに、首を左右ゆっくり振り、こちらをまんべんなく見る。
その目はなぜか、やる気の無さに満ち溢れていた。
途中、首の動きが突然止まり、目が大きく見開かれる。
首を止めたその視線の先には、龍心がいた。
また、龍心も同じようにそいつを見つめていた。
そして突然そいつに問いかける。
「琥鉄か……?」
「やっぱ龍心だよな?」
ほぼ同時だった。
二人の声が重なり、その後、場は少しの間沈黙に覆われる。
誰も何が起こっているか理解できていない。
「えっと……知り合いか?」
俺は恐る恐るそう尋ねる。
「あぁ。昔、同じ道場通ってたんだ。幼馴染みたいなもんだ。」
張り詰めていた龍心の表情から、微かに笑みが溢れている。
その表情から、二人がどのような関係性なのかは一目でわかった。
だが――
「いつでも来いよ。」
今は敵同士、龍心は構えをとる。
琥鉄はまだ構えない。
ポケットからヘッドバンドを取り出し、それをゆっくりと装着する。
そして、口が開いた。
「やる前に、一個聞いていいか?」
その声は明るく陽気なものから、低く、敵を威圧する声に変わっていた。
「……なんだよ。」
「お前、なんでそいつらとつるんでる。」
短い問い。
だが、その言葉には、明確な“違和感”があった。
「……どういう意味だ?」
今度は龍心が眉をひそめる。
「何言ってんのかさっぱり――」
「前のお前なら、こんな雑魚と群れねぇだろ。」
場が、凍る。
その一言は、俺達全員に向けられていた。
「……てめぇ。」
壮志郎が一歩出る。
だが――
「下がれ。」
龍心が手で制した。
視線は、琥鉄から外さない。
「……俺も、変わったんだよ。それに、お前こそなんでそんな雑魚とつるんでんだよ。」
龍心が、低く言う。
仲間を雑魚と言われた琥鉄は、腹を立てるかと思ったが、何とも思っていないのか、反応は無い。
「あとな――」
龍心はこちらを振り向き、すぐに琥鉄の方に向き直る。
「こいつらは、雑魚じゃねぇ。」
沈黙。
琥鉄の目が、わずかに揺れる。
「……変わったな、本当に。」
小さく吐き捨てる。
その声は、悲しみと喜びが混じっているように聞こえた。
また、ゆっくりと俺達を見る。
その目は先ほどとは違い、一人一人を、確かめるように見ている。
「たしかに、悪くねぇ。」
その一言で、空気が変わる。
「は?」
リーダー格の男が声を上げる。
「おい琥鉄、お前何言って――」
「うるせぇ。」
低い声。
それだけで、男の言葉が止まる。
琥鉄は、こちらへ歩き出す。
「俺は――」
砂埃が、ゆっくりと舞う。
そして足を止め、振り返る。
そして、リーダー格の男を真っ直ぐ見つめた。
親指を立て、それを後ろに倒す。
その指先は俺達に向いていた。
「こっちにつく。」
一瞬、時間が止まった。
「……は?」
思わず声が漏れる。
敵側も、完全に固まっている。
「ちょ、お前何言ってんだ!?」
リーダー格の男が怒鳴る。
「ふざけんなよ!」
「ふざけてねぇよ。」
琥鉄は、もう振り返らない。
ただ、淡々と答える。
「つまんねぇんだよ、お前ら。」
空気が、一気に張り詰める。
「……。」
琥鉄が、拳を軽く握る。
「俺も、そろそろ変わり頃かな。」
ゆっくりと、こちらを見る。
「で?」
ニヤリと笑う。
「入れてくれんのかよ。」
挑発するような目。
試すような口調。
一瞬の沈黙――
その中で、龍心が小さく笑った。
「……勝手にしろ。」
ぶっきらぼうに言う。
だが、その顔はどこか嬉しそうだった。
「すまん、いいか?」
なぜか俺に確認を取ってくる。
断る理由など無い。
「もちろんだ。」
そう言うと琥鉄は、にかっと笑う。
そして、"元"仲間と向き合った。
「来いよ、雑魚共。」
琥鉄は半身を引いて構えをとり、前の手で手招きをするようにして挑発した。
「クソガキが……!!」
リーダー格の男は顔を真っ赤にして怒っている。
「ここは俺に任せてくれ。」
琥鉄は俺達に向かってそう言う。
「俺達、の間違えだろ。」
龍心はそう言い、琥鉄の隣に立つ。
「足引っ張んなよ?」
「当たり前だ。」
並んだ二人の背中は、頼もしく見える。
正直、ありがたかった。
もう体力はとうに限界を迎えていた。
だが――
「俺達も、黙って見てるわけにはいかねぇんだよ。」
疲れ切った体にムチを打ち、俺は上体を上げる。
「雑魚じゃねぇってこと、証明してやんよ。」
雑魚と言われたのがよっぽど気に入らなかったのか、壮志郎は怒りを含んだ声でそう言う。
柊輝も旭も、何も言わずに構える。
未だ数は圧倒的に不利。
だが――
さっきとは違う。
「……面白くなってきましたねぇ。」
柊輝が笑う。
「戦力、一人増えたしな。」
旭も口元を上げる。
「油断すんなよ。」
俺は静かにそう忠告する。
そして――
「ぶっ潰すぞ。」
前を見据えた。
全員で、蹴った地面は微かに、揺れたような気がした。




