第90話 第113区防衛戦-3
地球の常識に照らして考えれば、責任者が前線に立って先陣を切るなど正気の沙汰でない事は誰の目にも明らかだった。
彼らの仕事は指示を出し責任を取る事であって、矢面に立って剣を交える事ではない。
という常識が通用しないのがこの異世界だった。
「最近儂も魔導式構成を組み直したからな」
そう呟くゴドフロアは壮年と老年の境に居る歳頃の巨漢であった。
その体は年齢を感じさせぬ程、はち切れるような筋肉に包まれていた。
人の胴体程も有る腕と足はまさに丸太のようであり、その強力ぶりを表していた。
「司令は頻繁に魔導式構成を弄られますね」
隣に控えた若い副官が、苦笑して言った。
「魔導式の書き換えもタダでは無いでしょうに」
「構わん構わん!」
ガハハ、とゴドフロアは笑う。
「強さを求めるは、男児の本懐ぞ! 金の糸目を気にしてなんとする!」
そう言ってこんこん、と自らの多目的ゴーグルを叩いた。
「こいつもなるべく高いものを揃え、雑用の魔導式は全部こっちに突っ込んどる。だが自分の体に何を刻むかは、それでも悩ましい。何時になっても、最善の魔導式構成とは何か、わからん」
だがな、とゴドフロアは言う。
「だからこそ面白いのよ、魔導式構成を弄るのは」
「私にはとても真似できませんね」
副官の顔に浮かんでいたのは呆れ、そして羨望。
複雑な感情だった。
「先日弐撥の適正有りと診断が出たのですが、それすら迷う有り様で」
「借金してでも刻んだ方が良いぞ、弐撥は」
そう副官に語りかけるゴドフロアの顔は、神妙なものに変わっていた。
「生き残れる目が全然変わるぞ、普通の自己編綴魔導式と弐撥ではな。命を失うより、借金で首が回らん方がマシであろう」
「そうかもしれませんが」
副官は溜息をつく。
「妻にまたどやされそうですね……なんと言って説得すれば良いのやら」
「細君の尻に敷かれるのは、どこも一緒らしいな!」
ハハハ、と再びゴドフロアは笑う。
「儂も妻には頭が上がらんわ! 女は強いな!」
「まったくですね」
二人の騎士は顔を見合わせて、朗らかに笑った。
呪文を唱えれば使える古式と違い、現代式――即ち魔導式は、身体に刻まねば使えない。
そして魔導式を刻むのにも金がかかる。
衛星国民が大枚はたいて、断腸の思いで魔導具を買うのと同じように。
一般的な王国民もまた、一財産を消費し自らの体に魔導式を刻むのだ。
安めのもの一つ刻むのに、平民の稼ぎ一月分くらいは軽く飛ぶ。
決して手が届かない程高い訳ではない。
だが気軽に刻める程安いものでもなかった。
また強力なものになればなる程その記述料金も跳ね上がっていく。
自己編綴魔導式など、平民の年収一年分はかかる。
だがそれだけの価値が有るのもまた確かであり、駆け出しの傭兵などは借金してでもこの魔導式を刻み仕事に臨むのが常だった。
故に、強力な魔導式を備えるのは必然的に財力を持つものに限られる。
そして魔導式自体を多く刻むのにも、才能が必要だった。
刻印核の刻印容量。
その容量は、多くの場合血統に依存している。
つまり高貴なもの――高位の貴族が、多くの場合それに該当していた。
それらを総合すると、こういう結論が導き出されてくる。
王国の強力な戦力とは即ち、財力と血統に恵まれた高位の貴族が主であると。
これが、責任者が引きこもってはいられない理由であった。
戦場で最も強き者。
それはトップに控える責任者である事が大半なのだ。
故に、ゴドフロアは今ここに居る。
戦場の最前線、そして砦を破壊しようとする巨獣の掃討部隊の長として、先頭を切って走っているのだ。
「周りの掃除は任せるぞ!」
ゴドフロアがそう付き従う騎士達に指示を出す。
「儂は砲撃象の撃破に専念する。一直線に駆け抜ける故、道を作れい!」
檄と共に、ゴドフロアと騎士達の間に短距離通信が確立された。
これより彼らは相互に通信しあい無言の連携により動く、一部隊という群体へと成り代わった。
ゴドフロアの部隊が、勢いよく走り出す。
侍る騎士達がまるでゴドフロアを守る盾のように前に出た。
その前方、左右からの圧力を排するように、斜めに位置取り彼を守る。
次々に害獣や鎧装猪が群がってくる。
しかしその尽くをなぎ倒し、騎士達は進む。
まるで楔のような陣形になった騎士達は、群がる魔族の大群を切り開いていった。
「いいぞいいぞ!」
鼓舞するように、ゴドフロアが叫んだ。
「そのまま儂をあのデカブツの所まで運べ!」
突き進む騎士達の一団に、後方よりさらなる騎士の軍勢が追いついてきた。
彼らは無言で加わり、その楔をさらに大きなものへと変じさせた。
巨大な固まりとなった騎士達は、最早止める事の出来ない弾丸となって戦場を真っ直ぐ進んでいった。
戦場を塞ぐ壁牛の大群も、騎士の群れの前には圧力と成り得なかった。
「衝撃刃!」
「炎撃閃!」
「風の刃!」
騎士達から次々と放たれる放射系魔導式。
威力が弱いとされるそれも、こうして数が揃えば話が違う。
集中攻撃を受けた壁牛の一匹が叩かれ、刻まれ、焼かれ、動きを止めた。
そうして出来た隙間に、一団は無理矢理ねじ込むように進んでいく。
「牛が、退け!」
凶悪な鈍器による一撃が鋼鉄の牛達を襲う。
速度と質量を伴った痛撃が次々と壁牛に繰り出され、ばたばたとなぎ倒していく。
質量と速度により形成された圧力を、彼らは数でこじ開けた。
最早この騎士の一団を止める事は誰にもできなかった。
どれだけ敵を屠り、どれだけ走ったか。
彼らにも分からぬその疾走が、遂に終着点を迎える。
ゴドフロア達は巨大な砲撃象の足元へと近づく事ができたのだ。
「よくやった」
満足げに、ゴドフロアは頷く。
自らの部下たちは十全に務めを果たしてくれた。
――ならばここからは儂の出番よ。
ゴドフロアは手綱から手を離すと、勢い良く馬から飛び降りる。
そして敵を制する為の必殺の起動鍵を唱えた。
「自己編綴魔導式活性――」
出し惜しみはしない。
ここで全て倒す。
「弐撥!」
自分が持ちうる最大強化。
それをゴドフロアは躊躇う事無く切った。
一度はゴドフロアから立ち上った光。
それがまた体内に帰るように、その体に収束していく。
同時に、その極限まで鍛えられた肉体がさらに太く、弾けるのではないかとばかりに筋肉が膨張していった。
「時間が無いんでなあ!」
ゴドフロアが巨大な戦鎚を振り上げる。
人の体程も有るのではないかという巨大なそれを、まるで重量を感じないかのように彼はひょいと天高く掲げ――
目の前に居る砲撃象の足に、思い切り振り下ろした。
膝を狙い、斜め下へ袈裟のような一撃。
それは巨象の太い足の膝を違わず打ち据えた。
ゴギィン、という甲高い金属音と鈍い音が共に走り、砲撃象の足がくの字にへし曲がる。
「一気に決めさせて貰うぞ!」
だがゴドフロアの攻撃は終わらない。
さらに返す勢いで一撃、足に見舞う。
遠心力を活かした横薙ぎは、反対に折れ曲がった膝をさらに捻じ曲げ、ちぎれる寸前まで損壊せしめた。
ぐらり、と砲撃象の体が揺らぐ。
一方の前足を失った巨象は超重量を支える事ができず、ぐらりと崩れようとしていた。
「貰った!」
ゴドフロアは即座に跳び上がる。
ぐっと少し膝を曲げ、上に跳んだのみの、軽い跳躍。
しかしそれは巨漢である彼の体を身長よりも遥かに高い場所に運んだ。
一瞬にて三メートルを越えるジャンプを彼は成し遂げていた。
空に跳び上がったゴドフロアは、その狙いを巨象の頭に絞る。
魔族を制するには核を見つけ、それを破壊するのが肝要。
しかし砲撃象の場合、頭さえ潰せればそれでいい。
要は砲撃をさせなければいいのだ、彼はそう考えた。
仮にそこから動くとしても、攻撃手段の無い緩慢でデカいだけの的ならどうとでもできる。
そんな事を考えながら、ゴドフロアは目の前のそれを見る。
鋼で覆われた象の頭。
それが今、彼の目の前に有った。
「ズェア!」
両手で戦鎚を握り、思い切り砲撃象の頭に振り下ろす。
巨大な鉄塊が、異常にまで膨れ上がった筋力で空気を割きながら落ちていった。
合わさる鉄と鉄。
巨象の頭はひしゃげ、まるでゼリーを押しつぶすように、容易く砕けた。
自慢の長い鼻も地面に投げ出される。
最早その巨体は大きなだけのでくのぼうと化し、足を曲げて大地に座り込んでいた。
「まずは一体」
ゴドフロアがちらりと奥を見やると、騎士達が砲撃象の遥か先へと駆けていく所だった。
彼らにはさらなる任務を与えていた。
敵司令官の排除。
それである。
こういう魔族の軍勢が攻めて来る場合、必ずその群れを統括する司令塔が存在する。
それを討伐できれば、敵の統率は乱れ、烏合の衆と化す。
最近では銀鹿という鹿の魔族がそれを担っている事が多かった。
大きな角を持ち、その角で他の魔族に指令を伝えているものと考えられている、指令特化型魔族だった。
先へと進んだ騎士達がそいつを倒してくれれば、とりあえずこの攻勢は凌げるはず。
ゴドフロアはそう考えていた。
だが、ふと、違う考えも頭を過ぎる。
――最悪のパターンでなければよいが。
そんな僅かな懸念を振り払い、ゴドフロアは次なる砲撃象へと向かう。
今はこの象どもを全て駆逐せねばならない。
そうしなければ砦が保たない。
一步、ゴドフロアが踏み込む。
余りに強い踏み込みが、大地を割った。
バンッ!という音と共に、その巨体が宙を舞う。
一足で、五メートル以上の踏み込み。
常軌を逸した距離の踏み込みが、一瞬にして行われた。
まるで瞬間移動するようにゴドフロアは隣の砲撃象の下へと辿り着く。
「それい、どんどん行くぞ!」
先程の砲撃象と同じ要領で、次の一匹も解体する。
途中ちょっかいを出してくる鎧装猪や線兎を一撃で潰しながら、どんどん巨象を屠っていく。
最初に居た四体に加え、追加の二体。
既に倒れていた一体を除いた五体を、あっという間にゴドフロアは平らげた。
もし彼以外の騎士であれば、このように容易く砲撃象を倒す事など出来なかった。
極限まで鍛え抜かれた肉体と、経験の有る歴戦の騎士の技量。
そして強力な強化である|自己編綴魔導式活性・弐撥《レベルアップ・ステージ2》が有ればこその蹂躙撃。
「さて」
まだ僅かに自己編綴魔導式活性の時間は残っている。
このまま敵の奥深くまで乗り込み、部下達の援護でもしようか。
そう考えた時、ゴドフロアの戦勘が何かを捉えた。
全身の毛穴が総毛立つような悪寒。
それに、ゴドフロアは反射的に戦鎚を掲げ、そちらを向いた。
魔族達がやってきた、その先。
わらわらと歩く魔族の群れをかき分けるようして、その男はやってきた。
抜けるような白い肌に赤い髪。
体にはぴっちりと張り付いているかのようなスーツを着用していた。
男は静かに、しかし確実にゴドフロアを目指し歩いてきていた。
「まいったな」
苦々しい顔で、ゴドフロアは自分の嫌な予感が当たった事を理解してしまった。
そして向かった部下たちが全滅した事も。
「早々に魔将が出てくるか」
魔将。
それは人型の高位魔族を指す言葉であった。
光の民の人間と同じような姿をしており、言葉も通じる。
だがその有り様は、絶望的なまでに相容れなかった。
「攻城型を単騎で五体。中々にやる」
男はぱちぱちと手を叩き、ゴドフロアを称える。
素晴らしい、と。
ここからそう思っているように、彼は語り続ける。
「ここまでの勇士が居てくれて嬉しいぞ、光の民よ。最初からここまで出てきた甲斐も有ったというものだ」
「早々に魔将が出てくるとは、随分と気張ったものよ」
そう返すゴドフロアの額には、汗が滲んでいた。
不敵な笑みを浮かべようと、それは隠す事ができていなかった。
そんなゴドフロアの様子を知ってか知らずか、目の前の男は両手を軽く広げ、自らを誇示するかのように言葉を放ち始める。
「我が名はヴォルシュ=マゴクのゲーザ。栄え有るヴォルシュの戦士」
男――ゲーザは、右手を軽く掲げると、その手を強く握り込む。
何かを宣誓するように、力強く。
「さあ光の民の戦士よ、闘ろうじゃないか。血湧き肉躍る闘争を」
その目には喜びと、戦意が溢れていた。




