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第89話 第113区防衛戦-2

 だが戦線が膠着する事を、魔族側は許さなかった。


 彼らによる戦力投入第二弾。

 次なる刺客が放たれようとしていた。


 砂埃を上げながら、それは走ってきた。


 やはり銀に輝く体躯を誇示しながら走ってくるそれは、害獣(フェルテ―ニュ)よりもさらに小さい。

 しかしその体には巨大な牙が備えられ、凶悪な面構えをしている。

 そして走る速度は害獣(フェルテ―ニュ)より圧倒的に速い。


 それはさながら、爆走する槍だった。


「猪……」


 目の端でちらりとそれを確認した兵の一人が、絶望的な声で呟く。


「やばい、鎧装猪(レ・キュイラ)が来るぞ!」


 鎧装猪(レ・キュイラ)は猪に金属の鎧を被せたような外観をしている魔族だった。

 特徴的なのはその牙で、それは通常の猪よりさらに太く、長く、凶悪な殺傷力を感じさせるものになっていた。


 彼らは小柄な体を活かし突進し、兵士たちの足や腹を突き刺し攻撃してくる、非常に危険な魔族だった。


 普段であれば散発的に、一、二体程度しか出てこないそれが、今はやはり数十体以上の群れを為して突っ込んできていた。


 ただ単独で突っ込んでくるだけであれば、大きく避けてから横腹を殴ってやるのが定石の戦い方だった。


 しかし混戦、他の敵と相対しながらとなると話が変わる。


「ああああああ!」


 鎧装猪(レ・キュイラ)が突っ込んでくるのは、その兵士も理解できていた。

 しかし目の前にはうろちょろと飛びかかってくる害獣(フェルテ―ニュ)

 そして暗がりには何時襲いかかってくるか分からない線兎(レ・トレ)


 この二体を意識しながら、爆走してくる魔族に対応するのはあまりにも難しかった。


 槍で害獣(フェルテ―ニュ)を押しのけたその時、横から鎧装猪(レ・キュイラ)が突っ込んできた。


 下腹を牙で貫かれ、兵は軽く持ち上げられる。


 彼が腹を抉られる激痛を感じていたのは僅かな間だった。

 すかさず刺客より飛んできた線兎(レ・トレ)の蹴りが顔にめり込む。

 ごきり、という音と共に、首が非ぬ方向へとねじ曲がった。

 横に倒れぷらぷらと蠢く頭は、もう何も考えてはいなかった。


 前衛役、突撃牽制役、奇襲役。

 この三位一体の連携に、兵たちの数はどんどんと減っていく。


「なんだよ、なんだよぉ」


 泣きながら、若い青年が槍を振るう。


「こんなの一体だけなら倒せるのに!」


 そう、どの魔族も単体でなら戦った事が有るし、油断しなければ倒せる相手だった。

 しかしそれが数を揃え連携してくるとここまで恐ろしい相手になる。

 その事を青年は今日初めて知った。


 魔族というものの危険性を、本当の意味でようやく理解した。


 正直舐めていた。

 あんな奴ら言う程強くないって。

 でも違う。


 こいつらは強い。

 泣きたくなるくらい、強い。


 死を目前にして、青年はようやく悟った。

 人類が勇者なんて英雄に縋らなければならない理由を。


 こんな奴らが湧きまくって攻めてくる。

 しかももっと強い魔将や大魔将、どうしようもない魔王まで居る。


 勝てる理由なんてないだろ!


 一旗揚げようなんて言って従軍した事を、青年は本気で後悔していた。

 もし帰れたらもう一生静かに暮らそう。

 後方で真面目に雑役でもこなして慎ましく暮らすんだ。


 彼は鎧装猪(レ・キュイラ)の牙に突き刺され天高く掲げられている事にすら気づかず、そう思った。


 空に投げ出され、地に落ちるまでの残り短い人生の中。

 青年はただ後悔だけを残して生涯を終えた。




 魔族の新たな攻勢に、砦の兵達は徐々に数を減らしていった。

 兵が減り圧力が増し、さらに犠牲者が生まれ兵が減る。

 その悪循環が起こりつつあった。


 だが、人類側も手をこまねいて事態を静観してはいない。


 城門より、新たな影が躍り出る。


 人馬一体となったその影。

 騎士たちの出陣だった。


 彼らは一様に長柄武器(ポールウェポン)を持ち、馬を走らせる。


「セイッ!」


 騎士が手に持ったルツェルンハンマーを、地面から掬い上げるように上へと薙ぐ。

 それは疾走する鎧装猪(レ・キュイラ)の横腹に見事に当たった。

 馬の生み出す推進力と騎士の筋力が合わさったその一撃は体内に激しい衝撃を伝え、心臓の脇に有った(レスプリ)に罅を入れ、砕いた。


 騎士たちは縦横無尽に戦場を駆け、魔族達を痛撃していく。


 馬の機動力の前にはさしもの鎧装猪(レ・キュイラ)線兎(レ・トレ)も及ばない。

 鎧装猪(レ・キュイラ)は純粋に速度が足りず。

 線兎(レ・トレ)は跳躍による瞬発力こそ高いが継続的な走行ができない。


 騎士たちはまるで駆除するかのように、魔族を屠っていった。


「た、助かった」


 その姿に兵士たちの緊張が一気に解ける。


 いつもは居丈高で鼻持ちならない騎士たちが、今は輝いて見える。

 騎士とはこれほどまでに強いのか。

 兵達は騎士が騎士たる所以を、今思い知っていた。


「囮が居るとやりやすいな」


 騎士たちは騎士たちで、兵たちの有り難みを痛感していた。

 この魔族たちも真正面から向かえばそれなりに手強い。

 魔導式を切らねばならぬ局面も有るだろう。


 しかし雑兵という()()()()()()()が居る事で、彼らは敵の横っ面を思いっきり叩く事ができていた。


「なるほど、兵とはこのように使うものか」


 自分たちより弱い兵など邪魔なだけではないかと考えた事も有った。

 だが、何事も適材適所だと経験の浅い騎士たちは悟る。


 彼らには、彼らにしかできない役目が有るのだ。


 自分たちの勝利の為に死ぬという尊い役目が。


 一つ賢くなった騎士たちは、魔族を次々と狩っていった。




 砦の前は完全に乱戦になっていた。


 防戦しながら戦場に留まる兵士達。

 その兵士たちを襲おうとする魔族の群れ。

 魔族の群れを追いかけ、狩る騎士達。


 三者が入り乱れ、状況は完全に混沌としていた。


 しかし騎士たちにはここで戯れてはいられない理由が有る。


 城壁を砲撃する砲撃象(ル・コロス)

 それを止めるという大役が、彼らには課せられていた。


 騎士たちが壁を見上げれば、そこにはこの巨象からの砲撃は続いていた。

 城壁は未だ健在ではあるが、方々がひび割れ危ない状態なのは一目瞭然だった。


 ある程度魔族達を狩り、その圧力を減らした上で。

 彼らは攻勢へと転じる。


「行くぞ!」


 馬に乗った騎士たちが一斉に砲撃象(ル・コロス)へ向かって疾駆する。

 彼らの役目は、この巨象までの道を切り開く事。


 切り開きさえすれば、後はなんとかなる。


 騎士たちはその考えを胸に一直線に駆けていった。


 疾走する騎士たちの前に、鎧装猪(レ・キュイラ)の大群が立ちふさがった。

 まるで低い槍衾のような魔族の群れが、波の如く襲いかかってくる。


 その槍の群れを前に、騎士たちは手綱を強く握り、身を低くする。


 そしてその波を飛び越えるよう、馬を跳躍させた。


 障害を越えるように馬たちはやすやすとその上を飛んだ。

 小柄な鎧装猪(レ・キュイラ)であるが故の対応策。

 そしてこの魔族に突進力は有るが、機動力は無い。


 旋回して追い直す頃には、馬は遥か彼方へ走り去っている。


 事実上この魔族を無効化したに等しかった。


 だが魔族側も、この状況を予測していたかのように二の矢を放ってきた。


「やはり来たか」


 騎士たちは次なる難関が来た事を理解していた。


 その魔族はやはり鎧装猪(レ・キュイラ)のように横一面に並んで突進してきた。

 しかし違うのはその大きさ。


 小柄で人の腰よりも低い高さしか無かった鎧装猪(レ・キュイラ)と違い、今目の前から来る魔族は大柄であった。


 身の丈は人の大きさよりやや小さいくらい。

 その頭には強固な金属製の角が生えており、威圧感を放っている。

 さらに特徴的なのはその体だった。

 魔族らしく表面に金属を纏っているのみならず、彼らの体表には大量の岩石までもが鎧のように張り付いていた。


 壁牛(レ・ミュール)

 その魔族はそう呼ばれていた。


 十体以上が並んで突進してくる様はまるで壁のようだと、そう言われた所から付けられた名であった。


 実際その圧力は鎧装猪(レ・キュイラ)とは比べ物にならない。

 速度こそ鎧装猪(レ・キュイラ)より遅いものの、巨体が轟音を立てて走ってくる様は誰もが飲み込まれそうな迫力を誇っていた。


 渓谷の幅一面に並んだ牛の群れを避ける事は不可能。

 先程の猪のように跳んで避ける事も不可能。


 何より、こいつをなんとかしないと後ろが壊滅してしまう。


 先程の猪とは違う、圧倒的な圧力を放置はできない。


 騎士たちは奇異な体勢を取った。

 馬より半分降りるような、片方の鐙に足を乗せ、馬の片側に立つような姿勢で曲乗りを始めた。


 壁牛(レ・ミュール)と馬。

 お互い向かい合い駆ける両者の距離は、ぐんぐんと縮まっていった。


『ギリギリまで引き付ける。だがしくじってぶつかるなよ』


 隊長らしき騎士が、短距離通信(リンク)で周りの騎士たちに呼びかける。

 多目的ゴーグル(ウィッチグラス)には目標とする相対距離がカウントダウンするように表示されていた。

 その数字がゼロになるのを、固唾を飲んで見守る。


 5。


 3。


 1。


 ――0。


「行け!」


 隊長は敢えて発声し、檄を飛ばす。


 その声に呼応するよう、騎士たちは動いた。


 馬首を急激に返し、まるで馬をUターンさせるように走らせた。

 旋回した馬体は牛に対し横へと向けられ――


 そして、騎士たちがまるで馬の盾になるよう、その圧力の正面に躍り出た。


 騎士たちは全力で鐙を蹴りつけ、跳ぶ。


 前方へ、牛達へ突撃するように、跳んだ。


 馬の勢いと蹴りの威力が合わさったその跳躍で、騎士たちの体は牛の上へと投げ出される。

 まるで馬というカタパルトから射出されたように、生きた砲弾となった彼らはその勢いのまま、己の手に持つ獲物を振るった。


 全力での、縦回転の一撃。


 推進力によって蓄えられた運動エネルギーが、武器の先端へ集中する。


 空気を裂く唸りを上げながら、ルツェルンハンマーが壁牛(レ・ミュール)の背中を痛打した。


 表面に張り付く岩を砕き、鋼の外皮をひしゃげさせ。

 伝わるのは、ゴキィ、という鈍い音と、何かを砕く鈍い感触。


 それを感じながら、騎士達の体はくるりと空中で一回転し、そのまま牛の背後へと降り立った。


 古のように重い鎧を付けていた時代とは違い、軽量で動きやすい現代式(プロテクター)ならばこのような軽業を行う事も可能であった。


 騎士達の背後では次々と壁牛(レ・ミュール)が倒れ伏していた。

 全力で走る勢いそのままに、ずざぁと地面を擦りながら、牛達は動きを止めていった。


 上空よりの強力な一撃で(レスプリ)を砕けたものは勿論、そうでない牛も背骨をへし折られ行動不能となっていたのだ。

 如何に死ぬまで活動できると言えど、脊椎という中枢を破壊されて十全に動ける動物は居ない。

 生きてる個体は足を藻掻き動かしながらなんとか先へと進もうとするが、超重量を誇る自らの体を動かすには至らなかった。


 哀れな牛達は一部の目ざとい兵士たちの格好の獲物として、砦へと帰っていく馬の間を抜けてきた彼らに見つかり、次々と息の根を止められていく最期を遂げた。


 そんな牛達の様子など省みる事も無く、降り立った騎士たちは前方に走る。


「まだ来るぞ!」


 目の前からは、壁牛(レ・ミュール)の第二波がやってきていた。

 次は今のような奇襲は使えない。


 正面から叩き潰すしか無い。


自己編綴魔導式活性(レベルアップ)!」


 彼らは躊躇無く切り札を切った。

 例え全てを吐き出す事になっても、今この場を切り抜けなければ命は無い。


 騎士たちの体が、淡い光に包まれる。

 魔導式が励起し強化された証。

 それが彼らの体から立ち上っていた。


「オオオオオ!」


 騎士の一人が、全力で腕を振るう。

 彼の持つ巨大棍棒(グレートメイス)が、壁牛(レ・ミュール)の首筋を鋭く捉えた。


 倍以上に増加した彼の筋力と武器の質量が遠心力で加速され、鋼鉄の牛の外皮を砕く。

 そしてその下の肉と骨まで粉砕し、巨大な牛の体をよろめかせた。


 しかし騎士の攻撃はそれで終わらず、やや動きを鈍らせた牛の足へとさらに続く。


 横薙ぎにフルスイングされた鉄塊の一撃が壁牛(レ・ミュール)の前足へとぶつかる。


 ごきり、という音と共に、()()()()()()()()


 その一撃は最早へし折るに留まらず、壁牛(レ・ミュール)の足をちぎり飛ばしていた。


 騎士達全員が彼と同じように、自らよりも遥かに大きな壁牛(レ・ミュール)を一方的に殴り倒していた。

 誰も彼もが一騎当千のような強さを見せ、魔族を圧倒している。

 それは衛星国民(セクタ)の人間が見れば、信じられないような光景に違いない。


 長柄武器(ポールウェポン)を振るい牛を撲殺する騎士の隙を窺うように、一体の影が飛び出してきた。


 足元に隠れ潜んできた線兎(レ・トレ)の奇襲。

 不意をついたその一撃は恐ろしいものであったはずだが――


「フン!」


 それを一瞥した騎士は、難なく返す一撃で獣の蹴撃を迎撃し。

 小柄な体を大地に叩きつけ、その染みにした。


 筋力のみでなく、反射神経までも強化された今の騎士達にとって、線兎(レ・トレ)の閃光の如き跳躍攻撃も緩慢な一撃に過ぎなかった。


 まるで時間が引き伸ばされたかのような彼らの鋭敏な感覚の中では、単調で隙だらけな攻撃でしかなかったのだ。


 一人一人が修羅のような強さを誇り、次々と魔族を骸へと変えていく。


 人を英雄に変える魔導式、自己編綴魔導式(レベルアップ)


 その評価には一切偽りが無かった。




 騎士の一団が魔族の死体を積み上げ、じわじわと前線を押し上げていく。

 そしてその後方からは、また新たな馬群が見えた。


 騎士達の第二陣、彼らが追いついたのだ。


 そしてその先頭には一際重厚な現代式甲冑(プロテクター)を身に着け、身の丈程の巨大な戦鎚(バトルハンマー)を持った一際目立つ騎士が存在した。

 その体躯も鎧に負けず劣らず立派であり、太い四肢が彼の剛健さを物語っていた。


「良くやったぞ、お前ら!」


 野太い声が戦場に響く。


「後はこのゴドフロア・ド・モンフォールに任せるがよい!」


 砦の総司令官、ゴドフロア・ド・モンフォール。


 その人の出撃であった。

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