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第68話 或る魔導士の過去・始まり

 それは、魔法使いの歴史にも残るだろう偉業が達成された日。


「今ここに」


 薄暗い部屋の中、凛とした声が響き渡る。


「汝に魔導師(マスター)の位階を授けるものとする」


 その部屋は、厳かな雰囲気を纏わせた小さな部屋であった。

 さしたる大きさはなく、十人も入れば手狭に感じるであろう。

 その壁は簡素に黒く塗られており、一切の装飾が存在しない。


 この部屋を照らすのは仄明るい光だけだった。

 その源を探ると、天井に輝く無数の光が見える。

 それはまるで星が煌めくような光景だった。


 しかしこれが実際の天体図と一致しないものである事は、伝統派の人間ならば周知の事実であった。


 そこに居るのは二人の女だった。


 一人は少女。

 美しい金髪と誰もが目を惹く美貌を持った、美しい少女だった。

 まだ幼さが残るその娘は、もう一人の眼の前で傅くように跪いている。


 もう一人は、妙齢の女性であった。

 髪を結い上げ、ぴしりとした佇まいのその女は、見るからに厳格な雰囲気を漂わせている。

 そしてその表情は、見た目とは裏腹に年輪を感じさせる不思議な顔をしていた。

 彼女は、まるで老婆のようにも見えた。


「これからは自らを表す魔法に因み、輝ける剣(レイディアントソード)の号を名乗るがいい」


 妙齢の女性はそう告げると、手に持っていた杖を差し出す。


 真新しい杖であった。

 白く滑らかで装飾のないそれは、霊木より削り出した魔導師の為の杖。

 真理の杖(ソル・ディバイダー)であった。


 少女は恭しい手つきでそれを受け取る。

 そっと、しかし力強く。

 彼女は杖を握りしめた。


魔導師(マスター)の位階に辿り着きし真理の探求者として、新たな導き手としてこれからも精進する事を誓います」


 少女はすっくと立ち上がると、宣言する。


「我が名はこれより、ニノン・ザ・レイディアントソード!」


 世界の全てにその名を告げるように、高く声を張り上げた。


「大いなる母に宣誓する! この身は機構の一端に触れる探求者にして管理者也!」


 手にした真理の杖(ソル・ディバイダー)を高く掲げるその少女に呼応するように。

 天井に瞬く光が、優しく瞬く。

 まるで彼女を祝福するかのように。


「さて」


 ふう、と。

 妙齢の女性は一息付く。


「堅苦しいのはここまでにしようじゃないか」


 やれやれと、その女声――アデライード・ザ・ブラックハートは緊張を解いた。


「しかしここまでやるもんだとは思わなかったよ、ニノン」


 アデライードは感心したように、そして面白そうに言う。


「たった16で魔導師(マスター)に辿り着いた奴なんざ、長い間生きたが初めて見た」


「まあ、当然ですね」


 むふん!と少女が胸を張る。

 先程までは厳かな雰囲気を纏っていたのに、それが今は一変していた。

 ゆるく、奔放で、とても少女らしい振る舞いだった。


「だって私、天才ですから」


 そうだね、天才だろうね。

 アデライードは胸の中で独白する。


 魔法――伝統派魔法(オブソレット)はとにかく才能がものを言う。

 どれだけの努力を重ねようと、才が無ければ花開かない。

 魔法使いとして大成するかどうかは、生まれた時から既に定まっているのだ。


 そしてニノンという少女はそれを持ち合わせていた。


「あんたが私んとこに来たのはどれくらいだったかねえ」


「10歳ですね」


 ニノンは指折り数え、答える。


「家の中から現ナマに換金できそうなもん片っ端からかっぱらって飛び出してきてから、もう6年ですか。早いもんですねえ」


「とんでもない10歳だよほんとに」


 アデライードは僅かに彼女の家に同情した。

 しかし同時に。


 まあ、痛くも痒くもないだろうけどねえ。


 むしろ喜んですら居たんだろな、と彼女は思った。


「とりあえずこれからあんたも魔導師(マスター)なんだ」


 最早魔法使いの頂点に上り詰めたと言って良いこの弟子に、アデライードは言い含めるように伝える。


「これからは一層……本当に一層、規範になるような振る舞いを心がけるんだよ」


 いいかい、と。

 何度も何度も念押しする。


「規範になるような振る舞いを、心がけるんだよ!」


「私はいつでも模範的で天才的ですが?」


 しれっと、ニノンは言う。

 彼女は自分が模範的な優等生だと信じ込んでいた。


「あんたは間違いなく圏外領域(アウトゾーン)一のお騒がせ(トラブルメーカー)だよ!」


 ああ、とアデライードはずきんずきんと拍動する頭蓋を消してしまいたいと本気で思った。

 この自分の自慢の弟子は、誰よりも賢く、誰よりも才能が有り、そして誰よりも傍迷惑だった。


 とにかく思い切りが良い。

 そうだ!と閃くとすぐに実行する。

 それは決断力の速さという長所でもあり、軽挙という弱点でも有る。


 そしてやりたいと思った事はまずやってみる。

 失敗か成功か、そんな事は関係ない。

 そんなものはやってみてから考える事だと、そう弟子が考えているのを彼女は知っていた。


 この6年間、どれだけ弟子の尻拭いに走り回ったか、最早記憶にすら無い程だった。


 だがそれだからこそ、この少女は大成できたのだとアデライードは理解している。

 如何な理論であろうと脳内でこねくり回している間は妄想でしかない。

 実際に現実として実践してこそ意味が有る。

 そしてその意味を重ねた果てに、彼女の弟子は辿り着いたのだ。


 魔法使いとしての頂に。


 その事は、頭を痛めながらも――アデライードにとって、本当に誇らしかった。


 うーんこれ以上優等生になれと言われても困りますね、と見当違いの呟きを放つニノンにある種の戦慄を覚えながら、最も重要な事をアデライードは弟子に告げる。


「それとね、あんた。もう魔導師(マスター)まで来たんだから、弟子を取りなよ」


「ええ!? 弟子ですかぁ?」


 その言葉に、ニノンは意外な、とでも言いたげな表情で驚いた。


「まだまだ早いですよぉ。だって私、花の16歳ですよ?」


 師匠と違って若いですしー、と言う弟子を、思わず殴り倒したくなる衝動にかられながら。

 アデライードは続ける。


「16だろうがなんだろうが魔導師(マスター)魔導師(マスター)。弟子の一人も居ないんじゃ格好がつかないだろうが」


 事実上の、魔法使いの最高位階。

 最早登るのではなく、登る事を助ける側だと。

 そう、アデライードは告げていた。


「あんたが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を見つけるんだね。それが弟子を見つけるコツさ」


「ふーん、そういうもんすか」


 聞いているニノンはぴんと来ないような、呆けた表情を見せる。


「そういうもんだよ」


 まあ、まだ分からないだろうね。

 かつての若い頃を思い出しながら、アデライードは心の中で苦笑する。

 それが理解った時が、本当の魔導師(マスター)としての始まりだ。


 これは最後の試験だよ、ニノン。


 若き天才魔法使いの師は、頭を捻る弟子にそう心の中で語りかけた。




 ニノンは、ニノン・ザ・レイディアントソードは自他共に認める天才であった。


 見習い(ノービス)を抜け出したのは、魔法を習い始めてから僅か三ヶ月。

 魔法使い(アプレンティス)を脱するのに、そこから二年。

 魔術師(アデプト)から魔導師(マスター)へと到達するのに、四年もかからなかった。


 余人であれば魔術師(アデプト)への到達すら、人生を賭けて望まねばならない。

 それを達成した多くは老齢に差し掛かり、その栄誉を僅かな余生で味わうしかなかった。


 そんな道程をこのニノンという少女は、鼻歌混じりに数年で駆け抜けた。


「うあ~」


 だがその天才は今、自身に与えられた研究室の机で突っ伏し、呻いている。


「ようやく魔導師(マスター)になれて嬉しかったのによー」


 その声はどこまでも恨みがましく、怨嗟を含んだ響きを持っていた。


「こんなの聞いてねえんだよほんとによ―!」


 うがー!と研究資料(レポート)の巻物束を辺りに放り投げ、ニノンは発狂した。


 彼女の眼の前にある情報端末(アルカナ・ロール)には今後一週間のスケジュールがびっしりと入力されていた。


 やれ誰との会合だの。


 やれどこぞの一族との会食だの。


 どうでもいい、雑事ばかり。


「私はねぇ」


 だんだんだん!とニノンは足を踏みしめる。

 貧弱な足は床に勝てなかった。

 いてえ。


「こんな事したくて魔法使いしてんじゃねえんだよ!」


 若き魔導師(マスター)の周りには、そのお零れに預かろうと膨大な魔法使いたちが群がり始めていた。

 魔法使いも、人。

 彼らにも俗な欲望は備わっており、それはより高位のものから齎されると良く知っていた。


 故に、ニノンは狙われる。

 力があり、若く御しやすいと思われて。

 それはニノンにとって屈辱的な扱いでもあり、また誇るべき成果でもあった。


「クソみたいな政治ごっこがしたけりゃ他所行ってやれよ。ここは魔法を学ぶ場所だぞ」


 心底忌々しそうに。

 ニノンはぽんぽんと、手に持った巻物で拍子を取りながら、愚痴を垂れ流す。


「五大領にでも行けってんだ。そうしたら大貴族相手に好きなだけやれるんだから」


 ヴェネリサール王国の中心、五大領。

 そこは最も栄える王国(エタ)の中でも、一際栄えた五つの大領地の事である。


 衛星国(セクタ)から見た王国(エタ)も別世界であるように。

 また五大領はそれ以外の領地とは別世界の繁栄ぶりを見せていた。


 そのような場所で行われる魑魅魍魎の政治的駆け引きは、こんな僻地(アウトゾーン)とは比べ物にならない悍ましさだと、ニノンは知っていた。


「あ-思いっきり魔法ぶっぱなしてぇな~あいつらのど真ん中にさぁ~」


 ここ数日の極度のストレスの為か。

 めたくそ物騒な事をニノンは口走る。

 しかしここにそれを咎める者は誰もいなかった。


 そもそもニノンは常に孤独、ロンリー魔法使い。

 研究助手の一人も持ち合わせてはいなかった。


「はあ~」


 溜息を吐く。

 深く、深く。

 胸の空気を全て出し尽くすかのように。


「しっかし弟子かあ」


 気分を変えようと、ニノンは先日師匠に言われた言葉を思い出す。


 弟子を取れ。


 正直いきなりな話だと感じた。


 自分はただ、自分ができる事を突き詰めてここまで来ただけだ。

 それがいきなり他人に何か教えろと言われても、その、正直困る。


 まずニノン自身が、想像できないのだ。

 自分が教師になって人に物を教えている姿というものを。


「そんな事言われてもなぁ」


 弟子。自分の教え子。後継者。


 今まで考えた事すら無かった。


 だがもし取るとしたら――


 自分は一体どういう人間を弟子にすればいいのだろう?


「やはり……イケメンか」


 常に傍に居る相手なら、美しい異性が良い。

 グッドルッキングは重要だ。やる気が出る。

 主に私の。


 天才魔法使いもまた、欲望に忠実だった。


「美少年魔法使いの弟子と、天才魔導師の師匠。これは……勝ったな」


 何に勝つつもりなのかさっぱり分からないが。

 ニノンは、勝利を確信した。


「なんかテンション上がってきたぜ」


 ニノンは唐突に、拳闘のような素振りを始める。


 へにょ、へにょ。

 拳闘をしたことない彼女のパンチは、実にヘロかった。

 踏んでいるステップも、今にも転びそうな程よたよただった。


 だがどんどんボルテージが上がっていくニノンは、構わず続ける。

 誰にも見られる事の無い奇怪なエクササイズ。

 だが、彼女はご機嫌だった。


「よーし、探しちゃおうかな、弟子!」


 ニノンは決意した。

 かならず弟子を探し出す事を。


 先程までの不快な感情は全て投げ捨て、研究室を出る。

 その頭の中から、今日の予定などすっぱり消え去っていた。


 忘れるなら大した事ではない。

 これがニノンのモットーだった。

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