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第69話 或る魔導士の過去・天才

 そうしてニノンは弟子探しを始めた訳だが。


 これが、思いの外難航した。


 まず行ったのが、弟子の公募だった。

 つまり、「弟子を探しています。私に教わりたい人は居ませんか」と呼びかけた訳だ。


 圏外領域(アウトゾーン)に構築された域内通信網(ステッチ・ネット)限定の、魔法使い専用の社交網(ブロードサイド)

 入門者から雲の上の大魔導師まで、皆の日常的な一言が見れちゃうスグレモノ――その名も、Wizz。

 そこで彼女は募集をかけてみた。




 【急募】いま、うち弟子募集してんだけどさあ




 投稿したのは、魔導師(マスター)としての格式もクソもない一文だった。


「まあ、それなりに来るでしょ」


 元より彼女の認証情報(ピン)は多数の魔法使いからフォローされている。

 ニノンはピンを作った当初からクソ発言を繰り返し炎上しまくったという輝かしい歴史を持っていた。

 もちろんレスバも大得意であり、一部からは炎上芸人とすら思われている。


 ニノンとしては、とりあえず軽い気持ちで一言という感じだったのだが――


「ああああああああ!!!」


 数日後、ニノンは発狂した。


「募集多すぎるんじゃボケええええええ!」


 あまりの数の直接対話(ダイレクトメッセージ)に思わず情報端末(アルカナ・ロール)をぶん投げた。


 彼女は未だ自分の価値を見誤っていた。


 最年少の、しかも十代の魔導師(マスター)という価値を。

 それは魔法使いから見れば輝ける希少な宝石のようなもの。

 手に入れたいと願う者は幾らでも居るのだ。


「えーと何々」


 まず適当なメッセージを開いてみる。


「なになに。ユゴー・モレル。17歳。魔法使い(アプレンティス)。新たに生まれし偉大な魔導師(マスター)レイディアントソード様。かつて一度だけ発表会でお目にかかった事がございます。まるで黄金のように輝き、風に靡く金の髪は女神の如き美しさで、私の目を打ち抜いたのを昨日の事のように覚えて」


 そこまで読んでニノンはDM(ダイレクトメッセージ)を消した。


「長えんだよ。次」


 またも適当にほいっと開く。


「ガブリエル・ジラール。15歳。魔法使い(アプレンティス)魔導師(マスター)就任、おめでとうございます。我がジラール家も心よりお祝い致します」


 ぺいっとメッセージを弾いて消す。


「家は関係ねえんだよ家は」


 ぽいぽいぽいと。

 それから幾つかDMを開いてみるが、どれも似たような調子だった。


 美辞麗句を並べて取り入ろうとするもの。

 古い家名を盾に、自派閥へ誘導しようとするもの。

 あとは自信過剰で生意気なガキの売り込みか。


 どれもろくでもないものばかりだった。


 ニノンは研究室に置いてあるソファーに、どっかと座り込む。

 ちょっと拘って買った、ふかふかでお気に入りの逸品。

 その感触に癒やされながら、彼女は天を仰ぐ。


「ろくな奴が来ねえ……」


 まあ、所詮はWizz。

 俗悪なレスババトル会場に、元からそこまで期待してはいなかった。


 とは言えもうちょっとさあ、こうさあ、マシな奴が何人かくらい来ても良かったんじゃねえかなあ!?


 ニノンは世の儚さを嘆いた。

 自分のバカさは棚に上げて、嘆いた。


 常に煽り投稿してるばっかの奴に、礼儀を弁えたまともな人間が直接対話(ダイレクトメッセージ)なんて送ってこねえよという現実を、彼女は理解していなかった。


「所詮ネットなんてアホの掃き溜め。こんなもんよ」


 情報端末(アルカナ・ロール)をぶん投げて、気持ちを切り替える。


 応募は駄目だ。

 やっぱ自分の目で探すっきゃない。


 師匠だって、私をそうやって見つけたんだから。


 それが正攻法だよね、とニノンは過去を思い出す。


 古より、魔法使いはその弟子を自らの手で見出すのが習わしであった。

 学びたいから学べるものではない。

 学ぶ価値が有るかどうかを見極め、叡智を授ける。

 それが伝統派魔法使い(オブソレット)が綿々と受け継ぎ行ってきた継承法だった。


 尤も、現代式(デルニエクリ)に後塵を拝した現代では少々事情が異なっている。


 最早魔法を授けると言っても「え、魔導式を刻むからいいです」と言われてしまう時代になった。

 かつて羨望の的だった魔法は苦労無く、王国民(エタ)であれば誰でも――お金さえあれば、という前提ではあるが――使えるようになってしまった。


 だから誰も何年も苦労して魔法など使いたがらなくなったのだ。

 一年かけて習得した魔法が、30分で刻んで貰った魔導式とほぼ変わらない効果だとしたら。

 わざわざ時間をかけて努力する人間は、そうそう居ない。


 だから、身寄りのない子供を連れてきて、魔法使いに仕立てる事を始めた。

 かつて選んで授けていた魔法を、分け隔てなく。

 そこから芽の有りそうなものを選んで、さらに鍛えて後継者へと育て上げる。


 現代式(デルニエクリ)が現れて後、伝統派魔法使い(オブソレット)はそうやって命脈を繋いできた。

 かつて存在しなかった血統主義が蔓延してしまったのも、その副産物だ。


 彼らは間違いなく冬の時代に突入していた。


「師匠は私を見つけたのは偶然って言ってたっけか」


 なんの参考にもならねえなあのババアの言う事。


 実際口に出したら殴られるだろう言葉を、ニノンは脳内で毒づいた。


「ともかく外に出なきゃ始まらないか」


 そう思い、立ち上がろうとした時。




 コン、コンと。


 ドアがノックされる音がした。




「はーい」


 こりゃ、あれかな。

 どういう人間が来たか半ば予想しながら、ニノンは扉を開ける。


 眼の前に居たのはイケメンだった。

 これだけは嬉しい。


 だがきっと要件は嬉しくないと、彼女は確信していた。


「私の名はテオ・ミュラー。魔法使い(アプレンティス)の末席を務めさせていただいております」


 テオと名乗った男は丁寧な口調で名乗り始める。


 なんの要件かは、ニノンには聞かずとも理解できていた。


「この度は新たな魔導師(マスター)、ニノン――」


「ああ、言わなくてもいいですよ理解りきってますし」


 ニノンはテオの言葉を遮り、続ける。


「要するに弟子入りしたいって話でしょ」


「ご慧眼、恐れ入ります」


 慇懃な姿勢を崩さないテオに、ニノンはちょっと不快感を覚える。


 こうやって丁寧にしてりゃそれだけで好感稼げると思ってる奴、嫌い。

 私がそんなタイプに見えるかよ。


 あまりにも感情的な印象把握。

 しかしそれが実際は冷徹な観察の元出た言葉だと、師であるアデライードなら見抜いただろう。

 ニノンはその態度の裏にある鼻持ちならない何かを、鋭敏に感じ取っていた。


「是非私を弟子にしていただきたい。決して失望はさせません」


「失望。失望ねー」


 ふむふむ、と大きくニノンは頷き。


「そう言うのなら、私が()()()()()()()()()解るって事だよねぇ?」


「勿論です」


 テオは当然とばかりに頷く。


「我がテオ家はかつての大崩壊より続く、最古の魔法家」


 彼が語る言葉は誇らしげな自信に満ちあふれているように聞こえた。


「その才は、決して貴方に劣らぬ事でしょう」


 へえ、と。

 ニノンの目が細められる。


 劣らない。

 劣らないと来たか。


 喧嘩売ってんなテメェ。

 ニノンの沸点は限りなく低かった。


「貴方の積み上げた全てを受け継ぎ、伝えられるのは私だけです。そしてその後の世代に渡せるのも」


「大きくでたねェ~」


 ニノンはにやりと、相好を崩す。

 しかしその目は欠片程も笑っていなかった。


「ま、口だけではなんとでも言えるわな」


 扉から一歩、そしてもう一歩外に出て。

 すっ、とニノンは両手を前に掲げる。

 胸の高さに、掌は相手に向けるようにして。


「見せてみなよ、実力。自信有るんだよね?」


 にっこりと笑うその笑みは、まるで肉食獣のようであった。




 若き英俊の前に立つテオ・ミュラーは心の中でほくそ笑む。


 かかった!


 彼はこの展開を狙っていたのだ。


 ニノン・ザ・レイディアントソード。

 この若き天才から力比べを挑まれる事を、テオは望んでいた。


 テオはおもわずにやけそうになる表情を律しながら、ニノンと同じように両手を挙げた。

 そして彼女の掌にぴったり重なるように、己の掌を重ねた。


 仮想魔戦(イメージファイト)


 これから行う行為を、伝統派魔法使い(オブソレット)達はそう呼んでいた。


 やる事は単純。

 掌より魔力を相手に流し込む。それだけ。


 それは見習い(ノービス)にすらなっていない、初学者に魔力を意識させる訓練によく似ていた。

 しかしそれが一方的に魔力を流すのに対し、この仮想魔戦(イメージファイト)は双方が魔力を流し合う。


 まるで力比べのように、相手の魔力と押し合い、その力を捌き、相手を屈服させようと画策する、ある種の模擬戦。


 血を流す事無く互いの力量が把握できるそれは、魔法使い達が平和的に競い合う為に用いられていた。


 テオはこの仮想魔戦(イメージファイト)で負けた事がない。

 もちろん、同格の相手とは、という但し書きがついた上でだが。


 彼には絶大な自信が有った。

 相手は魔導師(マスター)。勝ち目自体は勿論無い。

 だがいい感じに食い下がる事はできるだろうと確信していた。


 ミュラー家は大崩壊――あの現代式(デルニエクリ)に取って代わられた大転換点――より起こった伝統派の名家だった。

 積極的に才有る魔法使い同士をかけ合わせ、その才能を純化させる。


 それを繰り返し早5代。

 その最先鋒であるテオもまた非常に恵まれた才を持って生まれた。


 ――お前ならば魔導師(マスター)、いや大魔導師(グランドマスター)にすら届くかもしれん。


 幼き頃、魔法の練習をするミュラーを見て誇らしげにそう彼の父が語った事を、ミュラーはよく覚えている。

 そしてその言葉は事実だろうと、彼は確信していた。


 眼の前に居るニノン・ザ・レイディアントソードは間違いなく天才だ。

 自分と同じような。


 野生から出てきた天才。

 その存在に興味を覚えるとともに、自分はそれに負けていないという自負も有った。


 未だ魔法使い(アプレンティス)に留まっているのは、位階の上昇が遅かっただけの事。

 過保護なミュラーの父は、見習い(ノービス)からの昇格を成人である15まで認めなかった。

 師である父には逆らえない。

 きっと魔術師(アデプト)になるにも、まだ多少の時間は必要になるはずだ。


 だがこの若き英俊に弟子入りするとなれば、話は変わる。

 実力さえ認めさせればとんとん拍子に話が進むはずだ。

 だって彼女自身がそうだったのだから。

 自分だってそうしてもらえるはずだ。


 テオは掌から魔力を流し始める。


 力強く、そして滑らかに。

 それは美しさすら備わった淀み無い魔力操作。


 さあ、このテオの才能を知るがいい!


 意気揚々と、女の細腕にこれでもかと魔力を流し始め。




 その全てが唐突に、押し戻された。




「ハァ?」


 あまりの出来事に、気の抜けた声が自分の口から漏れた事をテオは自覚した。


 それは例えるなら、濁流。

 大きなうねりと、荒々しさ。

 それでいて、変幻自在な形を持つ、捉え所の無い圧力の塊。

 抗う事すら間違いと思わせる巨大な塊が、テオの腕に入ってくる。


 いや、押しつぶしてくる。


 腕から侵入してきた魔力の塊は、彼の全身へと広がっていく。


 胸から腹へ。

 腹から足へ。

 胸から、頭へ。


 全身くまなく、その尽くを押しつぶす。

 あらゆる魔力路が侵され、蹂躙された。

 大量の魔力を流し込まれた魔力核が、まるではちきれんばかりに膨張したかのような錯覚をテオは覚えた。


 全身の力が抜ける。

 脊髄が砕かれたようにふにゃりと、すとんと、彼はその場に腰砕けになって倒れた。


 何故、という疑問すら湧く暇も、敗北感を覚える時間も無かった。

 彼の意識は一瞬で、闇の中へと叩き落されていった。




 眼の前で崩れ落ちる美男子を、ニノンは冷めた目で見つめていた。


「これで才能がどうとか、よく言えたモンですわ」


 その視線の先にはみっともなく崩れ落ちるテオの姿があった。

 白目を向いて、呆けた顔を衆目に晒し。

 無様に崩れた体、その股間からは異臭漂う水すら漏れてきていた。


 これが才能は負けてませんって言う男の姿かよ。

 あまりのみっともなさに、ニノンは言葉も無かった。


「ダッサ」


 そんな一言が自然と漏れた。

 彼女の嘘偽りの無い本音だった。


 廊下では、遠巻きに眺めていた通りがかりの何人かがひそひそと囁きあっている。

 こりゃ明日からこいつの名前は失禁テオかおもらしテオだな、とニノンはほくそ笑んだ。


 ざまああああああ!!!


 彼女にクソ生意気な増長したガキを気遣う心は存在しなかった。


「これ片付けるの誰に連絡すりゃいいんですかね」


 流石にここまでの醜態を晒す奴は初めてだったので、ニノンも困った。

 今までのは一応歩いて帰れる程度の手加減はしてあげていた。

 今日はちょっとかちんときて、やりすぎたのだ。


 イケメンだろうが生意気な奴は有罪。

 魔導師ニノンちゃんは負けず嫌いなのだ。


「しーらねっと」


 テオを放置したまま、ニノンは自分の研究室まで戻る。

 そしてWizzに一言「廊下で漏らしてる馬鹿が居て草」とだけ残した。


 後に残されたのは失禁し無様な姿を晒す男の姿だけだった。

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