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第62話 魔導師出撃

 魔族の襲来時、結局宿に閉じこもる事を選択したニノンは――

 今、莫大な記録(ログ)の解析に追われていた。


 害獣(フェルテ―ニュ)が街を襲った日、各所から数多の魔法反応を検出し、記録する事となった。

 十中八九出張ってきた騎士だのなんだのが魔法を使った名残だろうとニノンも理解していた。


 しかしもしかしたら、そうでないものも混じっているかもしれない。

 だろうと見做した99%の中に1%の当たりが紛れ込んでいる可能性も有る。故に、精査せざるを得ない。


 徒労だろうなと思っても、やらざるを得ない。


「くっそ、こういうのが一番嫌なんだよなーもー!」


 成果が出ない事を半ば約束された作業。

 それを続けるのは誰だって辛い。

 ニノンにとってはもっと辛い。地道でめんどい作業一番嫌い。


 情報閲覧端末(アルカナ・ロール)を必死に眺めながら、彼女は情報を検討する。


「んー」


 どれもこれも基本的な魔導式の発動反応ばかりだ。

 想定通りの情報と言える。


「やっぱ怪しいのはここだけかぁ」


 膨大な魔法反応の中で彼女が目を付けてたのはたった一つ。

 それは先日、魔族襲来前に起きたあの反応。

 廃墟区で発生したものだった。


 そこで同時期に長時間、継続的に魔法が発動した形跡が有る。


 明らかに怪しい反応だった。


 というより――


「まだ消えてないんですよね、これ」


 未だ反応は継続中だった。


 先日訪れた時は完全に空振りだったが、今回ならば。


「行くしかねぇかー」


 あんま動きたくねえんだけどなー、とぼやきながら、支度を整える。

 とりあえず、行動だ。




「人が……人が多い!」


 再び廃墟区を訪れたニノンは、想定外の光景に頭を抱えた。

 巡回する兵士。

 何かを守っている騎士。


 普段人など存在しないその場所に、王国軍が闊歩していた。


「まあでもこれでビンゴなのは確定ですかね」


 今ここで起きている怪しい事象など、件の魔法反応以外あり得ない。

 そしてそれは王国に繋がる何某かであるのだと推察された。

 そうでなければ、普段駐屯地に閉じこもっている彼らがこうして出張って来てまで守る訳が無い。


「そこで何をしている」


 あわあわしている間に、早速兵士に見咎められた。


「いえちょっと普段と様子が違うので、興味が有ってぇ」


 とりあえず馬鹿っぽい女のふりをした。

 ふりは必要ないんじゃないか、と誰かが居たら突っ込んでいたかもしれないが、とにかくした。


「お前が知る必要はない」


 ふん、と兵士は漏らし、じろじろとニノンの様子を探っている。

 どうやらこの先、反応が有る方へと行く者を牽制しているようだった。


「お前も末席とは言え王国人(エタ・スプレム)であるのなら、このような場所などさっさと去るのだな」


 そう言って彼は戻っていった。

 彼女は自身の身分(コード)を完璧に偽装している。

 家名もそれが何処で有るかも知る事はできない。

 彼らからはどこぞの村娘ニノンとしか認識できないはずだ。


 もしそれらが知られていたら、このような対応では済まなかっただろう。


「どうすっぺ」


 正攻法で近づくのは無理そうだった。

 となれば搦手で行くしかない。


 彼女はそそくさと物陰――兵士達の視線の届かない場所に行くと、何本かの巻物(スクロール)を取り出した。


「【透明化(インビジビリティ)】に【消音(サイレンス)】、そんでもって【飛行(フライ)】っと」


 ぽいぽいぽいと巻物(スクロール)を発動し次々に魔法を使う。

 詠唱と魔法陣を使用しなかったのは、魔法反応の検知を恐れたからだ。

 古式の弱点の一つが、魔法反応が派手である事だ。

 大気中の魔力(マナ)を用いて魔法を使う為、必ず探知機に引っかかる。


 しかし対して巻物(スクロール)による発動は、それに当たらない。巻物(スクロール)は謂わば現代式のご先祖様みたいなものである。内在する魔力を触媒に魔法を発動する為、反応は極めて低い。

 魔法検知の魔力感度は大体一般的な魔導式の励起よりも閾値が高めに設定してあるので、魔導式と同等の巻物(スクロール)の反応であればまず検知されないのだ。


 彼女ら伝統派(オブソレット)は日陰だからこそ日向に居る現代式(デルニエクリ)の研究と対策は怠っていないのだ。


 いつかその牙城を崩す為に。


 無音透明になったニノンは、空へとその体を浮かび上がらせ、ゆるりと飛ぶ。飛行(フライ)の魔法は人体を浮かべ空を飛ばす魔法だが、その速度は緩慢である。戦場で策無く使えば蜂の巣になる事間違いなしの魔法であった。

 勿論この場で見つかっても同様の運命を迎えるであろう。

 兵士たちの持つ(クロスボウ)は決して脅しだけに使われるものではないのだ。


 ――魔法が切れる前にささっといかねえとなー私もなー。


 自らの体を透明とし、その音すら消した状態でも、狙われればアウトという状況は精神良くない。

 ニノンはゆるゆると、しかし最短で目的地へと向かった。


 幸いな事に、目的の場所である建物はあまり厳重な警備がされていなかった。

 それより前に検問ラインが敷かれ、監視をする体勢を取っているようだった。


「まあこんだけ魔法を重ねてくるのは想定外でしょうしね」


 ニノンが軽くこなしたこの魔法の三重使用も、現代式で行うとなるとなかなかに困難となる。透明化(インビジビリティ)は魔導式の刻印容量(キャパシティ)を大きく占有し、また魔力消費も激しい。消音(サイレンス)も同様である。この二つを同時起動できる時間は短く、またこれらに刻印容量(キャパシティ)を割いた結果他の魔道式を書き込む余地は――余程才能に恵まれていなければ――殆ど無くなる。


 間諜が忍び込むとて、これらを同時に起動するのは切羽詰まった時のみであろう。


 ましてやさらに飛行(フライ)まで使用してくるなどとは誰も想定していないに違いない。


 それを軽くこなす事実が、ニノン・ザ・レイディアントソードという魔法使いの技量の高さを示していた。


 崩れた屋根の穴から、慎重に屋内へと入っていく。


「うへえ、ギリギリだった」


 ニノンの体が建物に隠れると同時に、その体が空気から溶け出すように表れる。透明から彼女の色へと。

 あと数秒遅ければ大惨事となる所であった。


 すたっと床に降り立ったニノンは、調べるまでもなくその場所の異常を理解する。


 床からは淡い光を纏った魔法陣が浮かび上がっていたからだ。


 物音を立てないよう、慎重に魔法陣の解析にかかる。

 すうっと空に動いた指が新たな魔法陣を描き出し、床の魔法陣と重なった。


「ふむむ」


 なるほどなるほど、と相槌を打ちながら、ニノンは魔法陣を解析していった。


「……そういう事かぁ」


 僅かな時間で彼女はその全貌を理解するに至った。


「魔力循環式をこの精度で組み上げられたらお手上げですね、確かに」


 魔法陣を形成し、効果を発揮した際の残滓魔力を利用しさらに魔法を使う。これを魔力循環式と言う。

 この魔法陣はそれを非常に高精度で行っていた。

 陣の効果は転移。転移を発動の後、残滓魔力自体で魔法陣を消去。理にかなった隠蔽法であった。


 問題はその魔法陣構築技術が、ニノンを凌駕している事だった。


大魔導師(グランドマスター)の関与はほぼ確定かなあ」


 転移技術に特化した魔法使いでなければ、間違いなくそうなる。

 ニノンは胃にきりきりとした痛みを感じた。


 この転移魔法陣を組み上げた相手は、自分の格上だ。


 そしてその格上が居る場所に、おそらく突っ込んでいかないといけない。

 ここまで怪しいものが事件と関係無いとは思えないからだ。

 この街で起きている異常の原因は、きっとこの先に存在する。


 幸い、魔法陣はまだまだ起動し続けるだろうと予想がついた。

 彼女の視線の先には、多量の血痕が残されている。


「……亜人(ミノール)の血が起動条件。いや、衛星国亜人(セクタ・ミノール)ですか」


 王国亜人(エタ・ミノール)衛星国亜人(セクタ・ミノール)は血中の魔力濃度が違う。魔核(IACI)を持つ人間は、その特性上魔力の保有量が上がるからだ。勿論、血中に含まれる魔力にも違いが出る。その濃度差を利用し、この魔法陣は起動条件を切り分けている。

 ニノンも驚愕する、優れた魔法陣構築技術だった。


 ――一度戻ろう。


 彼女は撤退を決意する。

 この先は鬼門。

 準備無く突っ込むのは自殺行為に違いない。




 宿に戻ったニノンは、改めて支度を行う。

 暇な時間に作り置きした巻物(スクロール)の数々。戦闘用のそれを彼女のローブの至る所に仕込んでいく。

 裾、袖口、腰回り等、数多のそれが彼女の体を彩った。

 ローブの下は身体強化服(パワードギア)を纏い、彼女のひ弱な体をサポートしていた。これだけの本数の巻物(スクロール)を抱えて動き回れる程、彼女の体は鍛えられていない。動くには魔導具の補助が必須であった。

 予備の魔石の数は10。これ以上持ち歩けば()()()()。これが運用できるギリギリのライン。保つ時間はせいぜい数時間。その間に調査し戻ってこなければならない。


 右手には彼女には不釣り合いの、無骨な籠手が装着されていた。白を基調とし金色で縁取られたそれは何処か神秘的なものすら感じる。


 左手に握られているのは杖。

 飾り気無く無骨にすら見えるそれは、魔法使いの必須武器であった。

 あらゆる魔法行使を補助する万能具。それこそが魔法使いの杖である。

 木製のそれは霊木から削り出した逸品であり、見た目以上の強度を誇った。


 最後に大きな丸眼鏡(ウィッチグラス)を確かめ、大きな帽子を被る。


 ニノン・ザ・レイディアントソード。


 一人の魔導師(マスター)が今ここに、出撃準備を終えた。


 昼間と同じ手順で目的地へ向かう。

 警備体制は昼も夜間も然程変わりなかった。

 滞り無く魔法陣の下へと辿り着く事ができた。


「これを組んだ人間は天才ですけど」


 ニノンは杖を翳す。


 もうここからは隠れる必要は無い。

 どうせ転移すればバレるのだ。

 だからもう何も気にしなかった。


「悪いけど私も天才なんですよね」


 自分にここまでの式は書けない。

 だが利用するだけなら、容易い。


 魔法陣が一層強い光を放つ。

 転移が始まったのだ。


 魔法陣のみで組める転移は、そう遠くない。

 この街中の何処かか、そうでなければ――


「あるんでしょ、地下」


 この真下、地下の施設であろうと、彼女は目算を付けていた。


 衛星国(セクタ)の辺鄙な街に作られた、地下施設。

 どう考えてもろくなものでない。


 だがそれでも彼女は進むと決めた。

 弟子の行方を知る為に。


 一際大きな発光と共に、ニノンの姿が掻き消えた。

 後に残るのはただの崩れた廃墟と、床にこびりついた血痕のみであった。




 魔族の襲来より三日目の夜。

 二人の少女は奇しくも、同時に辿り着いた。

 この街に隠された恐るべき場所へ――

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