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第54話 少年の不運

 幸運だったのか、不幸だったのか。


 シリバは誰とも出会う事なく、街の外れ――廃墟区へと辿り着いた。

 辺りは暗く、月明かりだけが頼りとなるような状況だった。

 開発から取り残された地域である為、当然街灯の整備などされているはずもない。

 ようやく暗闇に慣れてきた己の目だけを頼りに、シリバは探索を開始した。


「ザバ……カロ……」


 うわ言のように二人の名前を繰り返し、シリバは廃屋を探索していく。

 二人の姿を見かけなくなったのは、どの辺りだっただろうか。

 昼間の記憶を思い出しながら、手探りで歩く。


 足元には壁から剥がれ落ちた瓦礫や廃材が散乱していた。

 昼間であれば冒険気分を盛り上げる程よいスパイスだった足元の瓦礫も、月からのか細い光以外無いこの状況では、足を削る最悪のトラップへと変貌していた。


「いてっ」


 何度か躓き、そのたびによろめき、足が止まった。


 そのような行動を何度か繰り返す間に、徐々に冷静になってきたのだろう。


 急にシリバの心に恐怖心が芽生えてきた。


 勢い余って家から飛び出して来たものの、こうして来てみて果たして二人が見つかるのか?

 ふとそんな疑問が心を過ぎった。

 自分はなにか選択を間違ってしまったのでは、という思いが心を占める。


 だが、今更止めるわけにも行かない。


 今戻ってもまた母に怒鳴られるだけだろう。

 ザバとカロを見つけて帰る以外無い。

 その時シリバはそう思い込んでいた。


 最初は意気揚々としていた歩みが何度か躓く間に中腰になり、そしてやがて四つん這いへと変化していった。

 まるで獣にでもなったような惨めな姿勢で、しかしシリバは少しづつ前へと進んでいった。


 別に床に弟たちが落ちているわけでも無かろうに。

 そこを探るよう、手で探りながら彼は廃屋を探索する。


「どこに行っちゃったんだよ……」


 弱々しい呟きは、誰に聞かれる事もない。

 きっと神すら聞いていないだろう。

 ただ風に乗り、消えていくだけだった。




 それは、偶然だった。


 床を擦っているシリバの手の下から、床の日々から漏れ出すように光が溢れ出してきた。


「うわっ!?」


 急な光源の発生に、彼の目が眩む。

 さしたる光量ではなかったが、暗闇に慣れていたシリバの目にとっては間近に太陽が出現したかのような錯覚すら覚えさせた。


 咄嗟に顔を覆い、目を光から守る。

 光はなおも漏れ続け、彼の体を照らした。


 数秒後、ようやく目が慣れてくる。

 恐る恐る指の隙間から、シリバは光の源を見た。


 そこに有ったのは、幾何学的な文様が床から溢れてくる様だった。


 淡い光で描かれたそれは複雑な図形が複数に重なり合い、床から浮き出るようにして出現していた。

 図形の間には何某かの文字がびっしりと描かれている。

 魔法の知識が無い少年には、それが魔法陣と呼ばれるものだと理解できなかった。

 シリバにはわけが分からなかったが――何か凄いものだと、直感的に感じた。


 時間にして数十秒だろうか。

 唐突に、ふっ、と。

 光が消えた。


 まるで最初から何も起きていなかったかのように、廃屋は再び完全な暗闇に包まれる。


「な、なんだったんだ……?」


 シリバは恐る恐る床を擦ってみたが、石の冷たい感触があるだけで、何も起きない。


 胸が早鐘を打つ。

 一体何が起きたんだろう。

 そしてこれは、もしかして弟達が居なくなった事に関係が有るのか?


 少年の頭は混乱し、彼の体は硬直する。

 昼間から矢継ぎ早に災難に見舞われた彼の精神はもう限界に近かった。


 もう、戻ろう。

 怒られても良いから、帰りたい。


 シリバはそう思い、立ち上がろうと床に手をついた。


 ぱあっ、と。


 再び床に光が満ちる。


 先程は表れなかった魔法陣が、何故か今また浮き上がってきた。


「なんで……っ!」


 少年の胸を恐怖が支配する。

 人は理解できないものを恐れる。


 これが例え害の無いものであろうと。

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 がくがくと震える足で、シリバは出口の方へ向かおうとする。

 しかし、上手く行かない。

 半端に光に慣れた目は、再び彼を暗闇の帷の中へ突き落とした。

 辺りの様子が良く見えない。


 震える足は上手く動いてくれない。

 膝が笑うそれは自分が思った所に足を置いてくれず、一歩歩くだけでも体をよろめかせてくれた。


 両手を広げ、バランスを取る。


 まるで綱渡りをしているかのように、シリバはそろりと光溢れる部屋を歩いていった。


 一歩一歩、少しづつ。


「はあっ、はあっ」


 緊張で呼吸が乱れる。

 きゅうっと締め付けられるような息苦しさを覚えながら、段々と出口へと近づいていった。


 ――ようやく出れる。


 シリバがそう感じたのも束の間。


 彼は、絶望する事になる。




 部屋の出口。

 そこに光る赤い二つの光を、彼は見つけてしまった。

 月明かりでてらてらと光る体は、銀光を返し威圧的な雰囲気を纏っていた。

 四本の足で支えられた体躯は小ぶりながらも力強さを隠していない。




 害獣(フェルテ―ニュ)と呼ばれる魔族。

 それが、入口を塞いでいた。


 シリバが気付いたと同時に。

 それも、シリバの存在に気づいた。


 双瞳に宿る赤い光が一層細められ、凶悪な輝きを帯びる。


 シリバの膝から力が抜けた。

 どしんと、自らが尻を付いた事すら気づかなかった。

 ただ本能的に、それから後ずさった。


 害獣(フェルテ―ニュ)がやや姿勢を低くする。

 獲物を見つけたかのように狩りの体勢を取った獣。


 一瞬だけ動きを止め、獣は重心の溜めを作る。


 そして一直線に、シリバに向かって飛びかかった。


 それがシリバの目には、まるで光の塊が飛んでくるように見えた。


「うわあああああああ!!!」


 シリバの叫びは、誰にも届かなかった。




 ダラマトナ防衛隊の第三隊は、毎日のように街中の警邏を行っている最中であった。

 ゆっくりと順路を巡り、異常が無いかつぶさに辺りを警戒する。


「いつまで続くんですかね、これ」


 隊員が隊長に向かって、軽い愚痴を吐く。


「ここ一ヶ月、誘拐事件こそ起きてないですけど……なんか襲撃は増えましたよね」


「忌々しい事にな」


 そう返す隊長の顔は歪んでいた。

 ここ最近魔族の侵入件数はいよいよ増してきている。

 三日に一度だったのが、二日に一度になりそうな頻度だ。


 その反面、それまで頻繁に起きていた誘拐事件は鳴りを潜めていた。

 一ヶ月ほど前から、まるで何かを恐れるように。

 ぴたりと報告を受けなくなっていたのだ。


 両者の因果関係は不明だが、関係が有ろうと無かろうと、防衛隊の損耗が激しくなってきている事実に変わりはなかった。


「隊長」


 別の隊員が声を掛ける。

 ハンドサインは、「目標発見」。

 どうやら運悪く、今日も荒事のようであった。


 多目的ゴーグル(ウィッチグラス)を起動する。暗視の魔導式が励起したそれは、くっきりと裏道を走る害獣(フェルテ―ニュ)の姿を捉えていた。


「よし、いくぞ。今日も害獣駆除だ」


 隊長は走り出す。同時に通信を近くの他班へと送った。


『こちら、第三隊。目標を発見した。近隣隊は共同して目標と当たってくれ』


 しかし駆ける隊長へと返ってきた通信は、彼の想像していたのとは違うものだった。


『何、そちらもか!?』


 焦ったような声をしていたのは、第二隊の隊長だった。


『こちらも目標を発見した。今追ってる!』


『第四隊もだ! 応援には向かえない!』


『第五隊、同じく! むしろこっちに来てくれ!』


「なんだと!?」


 初めての出来事に、思わず声が漏れた。


 これまで害獣(フェルテ―ニュ)は一度に一体しか発見されてこなかった。だからこそ、魔導式の恩恵少ない、衛星国民(セクタ)が組織する防衛隊でもなんとか駆除できていたのだ。


 それが、数で攻めてきている。

 彼ら本来のやり方のように。


「一体何が起きているんだ……?」


 隊長の額に、汗が伝う。

 今日は五体満足ではいられないかもしれないな、と。


「隊長、どうしたんですか?」


 隊員が不安そうな表情を浮かべる。

 通信内容は聞いていないものの、思わしくない内容なのは彼にも伺い知れたからだ。


「応援は来ない。俺達だけでやるぞ」


「そんな、無茶ですよ!」


「三人であいつをどうにかするんですか!?」


 これまで二隊から三隊で当たっていた相手を、一隊だけで制圧する。

 それがどれだけ困難か、ここ一年間戦い続けた彼らは身を以てよく理解していた。


「だとしてもやるしかない」


 隊長の槍を握る手に、力が込められた。

 改めて決意するように、強く。


「じゃなきゃ、この街は終わりだ」


 第三隊は駆ける。

 銀に輝く害獣(フェルテ―ニュ)を追って。


 そして今ダラマトナの街では、全ての防衛隊員が同じように走っていた。

 数え切れぬほど侵入してきた恐るべき魔族と戦う為に。


 彼らの絶望的な夜は、始まったばかりだった。

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