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第55話 ニノンちゃんは考える

 二週間の調査でなんの進展も見られなかったニノンは、考え方を変えた。


「何も見つからないって事は」


 座っている椅子を傾けて、ニノンはそう呟く。


()()が間違ってる。多分、見るべき場所が違う」


 ロロという個人を追う事は、現状不可能に近い。

 なら考えるべきは、()()()()()()()()()だ。


 おそらく、現状から考えると一番高い可能性は、この街で起きている誘拐事件に巻き込まれたという線だ。

 市井で噂されている魔族が拐かしている、という線は限りなく薄いがゼロではない。

 そしてこれらと全く関係なく、この街から居なくなっている可能性も否定できない。


 だがただ一点、この街から不可解に子供が消えていっているという事実だけは、変えようのない真実。


 ここだ。

 この点を掘り下げるべきなのだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()を調べるのが、解決への糸口。


 ロロの歳は11歳。十分に子供と言える年齢だ。

 この事象に巻き込まれる条件は満たしている。


「となると戦略を変えないとならないですねぇ」


 必要なのはデータだ。

 これまでの聞き込みで得たような、人の主観に頼る情報ではなく。

 事実のみを記した客観的なデータ。


 それからこの街で何が起きているかを割り出す。


「それと、もう一つ欲しい情報が有りますね」


 それは、この街に現れている魔族の情報だ。

 誘拐の件と関係有るかは分からない。

 だが、聞き込みによると、誘拐事件が発生した時期と魔族がこの街に侵入してくるようになった時期は一致している。


「うし」


 新たな方針は定まった。

 データだ。

 とにかくデータを集めるのだ。



 翌日。

 ダラマトナを歩くニノンは、鼻歌を歌いながら路地裏へと入っていく。


「ふーんふふーん♪」


 左右をきょろきょろと見回し、人気が無い事を確認する。

 念の為探知魔導式(サーチ)で防犯システム等が無いかも確認しておく。


「見つかんなよ……見つかんなよ……」


 ちょっとドキドキしながら、ニノンは物陰にしゃがみ込む。

 そして光の筆(ブラッシュオブライト)で、小さな魔法陣を書き込んでいく。

 人の視線が通らないような高さと場所に、何個も。


「ふう」


 一仕事終えると、なんでもなかったかのようにまた歩き出す。


 ニノンはこの作業を街中のあらゆる場所で行っていた。


 彼女がやっていた事は、探知系の魔法を備えた魔法陣を街中に張り巡らせる作業であった。津々浦々、その全てを網羅するように、彼女は地道に魔法陣を書き記した。


 このやり方の優れている点は、その隠匿性だった。

 現代の人間は、魔法とくればまず魔導式、そして魔導具を思い浮かべる。


 ()()()()()()()()などという手法を、まず想像しないのだ。

 仮に見つかったとしても、子供の悪戯書きとして処理されるだろう。


 遥か昔、忘れられた技法である事が、この上無い隠蔽法として機能していた。


「これでよし、と」


 一週間ほどかけて、彼女はこの作業を完遂した。

 客観的にアホの子で、気まぐれにすら見えるニノンという少女。

 しかし彼女はまた、魔法の極みに到達した魔導師(マスター)でもある。


 彼女を決して侮ってはならない。

 忘れ去られたとしても、その実力と備えた知識は本物なのだ。


「これで大体準備は整ったかなー」


 ニノンは手に持った情報閲覧端末(アルカナ・ロール)を確認しながら、満足げに頷く。


 彼女の魔法陣は一定以上の魔力反応――そこいらの日常的な魔導具では反応しない程度の閾値を設定してある――を拾うように設定しており、そのデータはこの端末に送られるようなっている。

 もし不自然な魔法式の行使や魔導具の使用があれば即座にそれが判明するという訳だ。


 敵が何をするにしても、魔法を用いないというのはあり得ない。

 それが高位魔族であるなら別だが、少なくとも光の人類にそれはできないはずだ。

 だから、何かをすれば確実に引っかかる。はず。


 これは現代式と古式、二つの魔法を融合させた、彼女にしかできないやり方である。


 ニノンは現代式の魔法式が好きではない。

 それはそれとして、便利だから使う。

 感情と合理性はまた別の問題なのだ。


「これでも大丈夫だとは思うんですけどねー」


 できるなら魔導具を併用したいところだが、とニノンは思う。

 そこまでの資金的余裕は無い。

 魔導具はとにかくお高いのだ。


 予算に制限が無ければ魔力感知式映像保存眼(レコーディングアイ)なんかも仕掛けたかったが、無いものねだりは仕方ない。


 ともかく、これで仕込みの方は終わった。




 残るもう一つの情報。

 侵入してきている魔族の情報は、結局足で探す事となった。


「おらー飲め飲めーい!」


 飲み屋に訪れる防衛隊らしき者達に酒を振る舞い、口を軽くして、情報を引き出す。


「お兄さんのいいとこ、聞きたいなー?」


 ニノンは顔だけは良かった。

 万人が認めるくらいに良かった。

 中身は、見てはいけない。


 だから一見の、ただその場で出会っただけの男なら――まあ、簡単に引っかかるのだ。


 美少女(一応客観的事実)から迫られた男たちは、一様に顔をだらしなく緩ませる。これはもう男の本能だった。


「仕方ねえなあ」


 そう言いながら、彼らは己の武勇伝を語っていく。

 自分の仕事の成果を語りたくなるのもまた男の(さが)だった。


「わあ、すっごいですー☆」


「だろ?」


 薄っぺらいヨイショと中身の無い会話で、必要な情報を引き出していく。

 心の中では、早く喋れやこの酔っ払い、と脳内で男をボコボコにする妄想を繰り広げている事を、当の本人達は知る由もなかった。

 そして張り付けたような笑顔の裏で、彼女は情報を吟味し、脳内に記していった。




 それらを続けて一週間以上だろうか。

 彼女が満足できるだけの情報が集まった。


 夜半、暗い室内の中。

 彼女は情報閲覧端末(アルカナ・ロール)を眺めていた。


 そこにはダラマトナの地図と、彼女が調べた魔族出現の分布データが表示されている。

 出現場所には赤いチェックマークが表示され、一目でわかるようになっていた。


「こうして見ると、規則性は無いですね」


 チェックマークは街の至る場所に書き込まれ、乱雑な様相を呈しているように思えた。

 時系列で整理しても、何某かの規則(パターン)のようなものは見当たらない。


 街中埋め尽くすように、無作為に――


「ん?」


 ニノンははたと気づく。


 逆なんじゃないか。


 規則が無いという事こそが、答え。


「街中を、探ってる?」


 そういう意識で分布図を見直すと、点在するチェックマークはむしろ街中を網羅するように魔族が出現していると、そうは見えないか。

 ありとあらゆる場所へと現れて。


 まるで、何かを探しているように。


「この街に、魔族が調べたくなるような何かがある?」


 ニノンは暫し考え込む。

 それが正しい場合。

 ここには魔族が脅威と考えるような何かが隠されている、と考えるのが自然だ。


 彼らは決してこちらを侮らない。

 わざわざ執拗に調査するという事は、何らかの逆転の一手(ゲームチェンジャー)が存在する事を示していた。


「単なる衛星国(セクタ)の地方都市のはずなんですけどねえ……」


 調べる毎に、どんどんきな臭くなってくる。

 一体この街には何が有るというのか。


「ま、続けて調査はしましょ」


 この件に関しては、ここまでだ。

 今の仮説以上は出てこないだろう。

 そう思い、ニノンは他の情報を精査し始めた。




 そうして時間は過ぎていき、このダラマトナに来て約一ヶ月が経った頃。


 彼女の脳内に、鮮やかな光が舞い込む。


「!!」


 ベッドにだらしない格好で寝転んでいたニノンは、反射的に飛び起きる。


 これは、魔法陣から端末に情報が送られた合図であった。


 急いで机に置いた情報閲覧端末(アルカナ・ロール)を確認する。


 ――かなり強力な魔法行使反応。場所は……廃墟区か。


 それはダラマトナの街外れで起きている事を示していた。


 身支度もそこそこに、ニノンは部屋を飛び出す。

 目的は勿論廃墟区だ。


 数十分後。

 彼女は現地に辿り着いた。


 そこは崩れた廃屋が並ぶ、開発が放棄された区域であった。


「うええ、どこも埃っぽい」


 歩く毎巻き上がる埃に辟易しながら、反応の有った辺りを調査する。




 しかし、何も無い。




「魔法を使用した痕跡すら見つからないなんて……」


 魔力探知の魔法を使っても、ここで何かの魔法が使われた跡すら見当たらなかった。

 これはむしろ異常な事であった。

 一定以上の魔力量を感知したという事は、その残り香のような残置魔力が必ず発生するはずなのだ。


 それが、ここには無い。


 魔法陣の誤作動か、もしくは。


「私を欺く程の隠蔽力ですか……」


 こちらの方だろうとニノンは当たりをつけていた。

 相当に高度な魔力隠匿技術。


 それが魔導具のものであれば、王国(エタ)関与の可能性はほぼ確定になる。

 そのようなものを用意できるのは王国(エタ)の、しかも高位の人間だけだ。

 明らかに民生品で出来るレベルを越えている。


 もし魔法であれば、自分より上の相手が居る事になる。

 つまり大魔導師(グランドマスター)

 そうであれば最悪だ。


「もうちょっと私に優しくしてくれよぉーマジでよぉー!」


 ここは一度戻ろう。

 頭を抱えながら、ニノンは宿へと踵を返した。




「ちっくしょう、なんでこう何もかも上手くいかないんだ」


 干し肉をかじりながら、彼女は愚痴ってた。

 机に足を載せ、むにむにと肉を齧る様は百年の恋も醒めそうな程の醜態だった。


 もう寝ちゃおうっかなー今日はなー。


 不貞腐れて休もうかと考えていた時。

 俄に、窓の外が騒がしくなる。


「なんでしょ」


 好奇心を刺激され、部屋の窓を開け放つ。


 窓の外に広がっていた光景は、想像を越えていた。


 必死の形相で逃げ惑う人。

 そしてそれを追うように走る銀色の塊と、槍を構えた防衛隊。


 そんな光景がそこかしこ、ぱっと宿から見える範囲でも何箇所かで起きているようだった。


 さらに彼女の脳内に、何度も魔力反応の検知が知らされる。


 反射的に、端末を握る。

 そこには、街の何箇所かで魔法が使用された事を示すサインが刻まれていた。


 魔道具か、魔導式か。

 とにかくそれが大っぴらに使用される事態なのだと、即座に理解した。


 つまるところ、緊急事態である。


「どうすんべこれ」


 閉じこもった方が良いのか、避難するべきなのか。

 ニノンは頭を悩ませた。


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