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第52話 失踪

 翌日、昼頃。

 鍛冶仕事が一段落付き、各々が昼餉の時間を取っている頃合い。

 シリバ・ザバ・カロの三人は集まって固いパンを齧っていた。


「ねえちゃんもう行っちゃうんだな……」


 昨夜より、シリバは目に見えて落ち込んでいた。

 快活な性格をしている一方で、誰よりも甘えたがりなのがこのシリバだった。


「仕方ないです」


 ザバは諦め半分、寂しさ半分という意気消沈した声で呟く。


「姉さんは稼ぎに出なければいけないですし。全部僕達の為なんですから」


「でもさあ」


 シリバには納得がいかないようだった。

 まだまだ姉と一緒に居たい。

 そういう感情が隠せてもいなかった。


「またすぐに帰ってきます。それまで大人しく待ちましょう」


「むむううう」


 どうにかしたいのに、どうしていいか解らない。

 シリバの唸りにはそんな感情が表れていた。

 何を言おうが、トトが稼いで来なければ自分たちは暮らせない。

 それは彼ら自身も良く理解していた。


 暫く黙々とパンを齧っていたシリバだったが。


 ふと唐突に、立ち上がって叫ぶ。


「じゃあせめて、お世話になったお礼に、ねーちゃんになんかプレゼントしようぜ!」


 名案だろ、とばかりにシリバが胸を張る。

 耳もぴんと立ち、自信に溢れていた。


「それは、名案かもしれませんが」


 ザバは冷静に告げる。


「僕達にはそんなお金ありませんよ」


 シリバの稼ぎは全部生活費に回されている。

 ザバ達はシリバについてきているだけで、金を貰えるような手伝いはしていない。

 贈り物を用意しようにも、まず元手が無い状態だった。


「だったらなんか採ってこようぜ」


 買えないならタダで持ってくる。

 シンプルな結論であった。


「俺、街外れの壊れた家の辺りに薬草生えてるの知ってんだ」


 街外れは遥か昔、この街が魔族の大規模侵攻にさらされた時代に、壊された区画がそのまま放置された場所だった。

 街の人口が増えていればそこも再開発されたのかもしれないが――悲しい事に、この街に住まう住人の数は横ばいか、むしろ微減なのが現状だった。


 大人たちは子供達だけで近づくなと、何度も念押しをするような場所だった。

 しかしその大人の懸念に反して、子供達が密かに赴く秘密の冒険スポットとして人気が有った。


「それ採ってこようぜ。手荒れとかに効くって前母ちゃんが言ってた」


「でも、子供だけで動くなって母さん達は言ってるじゃないですか」


「大丈夫だって!」


 シリバは熱弁する。

 会えないのであれば、せめて自分の影響を相手に残したい。

 そんなある種の甘えと依存がシリバの心には有った。

 だからトトへのプレゼントという案に彼は固執していた。


「今行けばまだ昼間だし、あの辺りは明るいからそんなに危なくないし」


 絶対に安全だと言い聞かせるように、ザバとカロに語る。


「ちょっとひと摘みするだけだって。すぐ帰るからさ」


 彼は本気でそう思っていた。

 ちょろっと少しだけここから離れて、ちょっと草を摘んでくるだけだと。

 何も危ない事なんて無いし起こるわけが無いと。


「……いきたい」


 普段は率先して発言しないカロも、口を挟んでくる。


「お姉ちゃんにプレゼント、あげたい」


 兄と妹。

 二人の意見が一致してしまった。

 ザバは悩む。

 大人たちの言い分を守るべきではないかと。


「早くいかないと時間無くなって逆に危なくなるって。いこう? な?」


 急かすようなシリバの様子。


「…………」


 そして無言でこちらを見つめてくるカロ。


 二人の様子に、ザバも折れた。


「分かりました」


 仕方ないな、と言うように。


「まっすぐ行って、すぐに帰って来ましょう」


 ザバは、しぶしぶ納得した。


「勿論だって!」


 シリバは意気揚々と、即座に走り出す。


「すぐ行くぜ! 休みの間に帰ってこないと親方にもどやされるしな!」


 シリバの後に続くように、ザバとカロも走り出す。

 人気の無い街外れに向かって。




「へへっ」


 シリバは姉が喜ぶ顔を思い浮かべ、走る。

 えらいですよ、と姉が褒めてくれる事を想像して、ひたすら走る。


「シリバ、待って」


「はやいー」


 ザバやカロの事も半ば忘れ、彼は全力で走った。


 子供たち三人が駆ける姿はどこまでも無邪気に見えた。

 道行く人達が微笑ましくなるような、元気な姿。

 そこには一点の曇りもない無邪気さが有った。




「多分あそこらへんだったと思う」


 街外れについた三人は、早速目当ての家屋を探し始める。

 所々崩れ、もはや家の体を為していない建物の間を、三人は歩く。


「壁に生えてるんでしたっけ」


「前に母さんと一緒に取りに来た時はそうだったぞ」


 記憶を辿り、多分そうだったと言うシリバ。

 以前来た時は、母が仕事で手荒れを起こした時だったと思う。

 その痛みを和らげる為に、ここに薬草を採りに来たのだ。

 すり潰して塗ると治りが早い、とローネは言っていた。


「どこにでも生えてるのに、便利な草なんだよ」


 そう言う母の言葉がシリバの頭には焼き付いていた。


「壁のひび割れたとこに生えてる奴のはず」


「わかりました」


 三人は自然と三手に分かれて薬草を探し始めた。


 ――三手に、分かれてしまった。


 シリバは薄れた記憶を頼りに、必死に薬草が生えてる場所を探す。


「ここ……じゃないよな」


 屋根が吹き飛び日差しが直に差し込む、荒れ果てた屋内を歩き回りながら、彼は目当てのものを捜索し続ける。

 子供特有の異常なまでの集中力で、薬草探しに全力を注いでいた。


 幾らか歩き回ったところで、ある家屋のひび割れた壁に、目的のものが生えているのを運良く見つける事ができた。


「やった!」


 喜び勇み、シリバは壁へと一目散に走っていく。

 手が汁で汚れるのも気にせず、次々とその葉を摘んでいった。


 上着の裾を捲ってその内側に目一杯の薬草を詰める。

 上着の裏地が膨らみ、ややずっしりとした重みを感じる。

 これだけ有れば十分だろう。


「おーい、ザバ、カロ」


 満足げな表情で、シリバは後ろを振り向き――




 ようやく、ザバとカロの姿が無い事に気づいた。




「ザバ?」


 すぐ後ろについて来ていると思っていた二人が、居ない。

 シリバは焦りから勢いよく辺りを見回す。

 すぐそこに居るだろうと思っていた小さな人影は、まったく見当たらない。


「カロ?」


 返事は無い。

 辺りは静寂に包まれ、世界に彼一人だけが取り残されたかのようにすら思えた。

 まるで最初から一人でここを訪れたかのように。


 シリバは摘んだ薬草をぶちまけ、走り回る。


「ザバ! カロ!」


 弟と妹の姿を探し、崩れた家々を回る。

 きっとどこかで疲れて休んでいるだけだ。

 そう思って。


「ザバー!」


 あらん限りの力で叫ぶ。

 頼むから返事をしてくれと願って。


 だが、返事は無かった。


 薬草を探すよりも長い時間をかけて、シリバは二人を探し回る。

 だが、ザバとカロはまるで煙になって消えてしまったように居なくなってしまった。


 シリバは呆然とし、その場に座り込む。

 そうして暫くした後、鍛冶場へと一人帰った。


「何処で道草食ってたんだ!」


 親方にどやされたが、何処か上の空でシリバはそれを聞き流す。


 手癖で仕事を続ける。

 走って、運んで。

 シリバは無心にそれを続けた。


 いつのまに仕事が終わったのか。

 シリバにはそれすら分からなかった。

 ただいつの間にかもう夕方になっていた。


「おう、シリバ」


 いつものようにポンスが家に送る為にやってくる。


「そろそろ帰るぞ」


 気のいい笑い顔だった彼が、不思議そうに辺りを見回した。


「ところでザバとカロはどこだ? あいつらが遅れるなんて珍しいな」


 ザバの行儀の良さは鍛冶場の人間も知る所であった。

 鍛冶場に向いた性格はしていないが、いずれ何処か別の場所で活躍するだろうと、むくつけき男たちも将来を期待していたお子様だった。

 カロも大人しいマスコットとして、彼らには人気であった。

 彼らは決して作業の邪魔をせず、控えめに鍛冶場の隅に居るのが常であった。

 目立たないが、気づくと場を和ませる。そういう存在だった。


 そんな二人が帰りの時間になってもやってこないというのは、なんとも珍しいとポンスにも感じられた。


 きょろきょろと二人が居ないから探し回る内、ようやくポンスはその異変に気づく。


 ――シリバの様子がおかしい。


 どこか虚ろで、無表情。

 まるで魂が抜けたように弱々しく、青白い顔をしていた。


「何が有った」


 ポンスの表情が一瞬で引き締められる。

 この子供の尋常ならざる様子に、異常事態が起こった事を察した。


「ザバとカロが」


 シリバはぽつりと話し始める。

 抑揚の無い声で。


「居なくなった」


 その言葉に、ポンスの目は大きく見開かれた。

 恐れていた最悪の事態が、今目の前に有った。


 大人たちは漸くザバとカロの不在を知った。

 あまりにも遅すぎる発覚であった。

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