第49話 ニノンちゃんは調べてる
ニノンのここ二週間の調査は、非常に地道なものだった。
「調べるまでもないですけど、やっぱり駄目ですね」
捜査初日。
ロロ宛の接続紋を描いてみても、彼女に繋がる気配は微塵も無かった。
これは彼女が魔導式眼鏡を身に着けていないか、さもなくば破壊されている事を示していた。
衛星国民である彼女は、魔導具がなければ通信ができない。
つまり通信経由で本人を辿るのは限りなく困難であるという話だ。
「こういう時、王国民なら楽なんだけどなぁ」
椅子にもたれ掛かってニノンは愚痴る。
王国民相手なら、切り札が使える。伝統派魔法使いにしか使えない、現代魔法の使い手には無い最強の切り札。
古式魔法使いが秘匿する、現代式への最強のカウンター。
だがそれが効くのは王国民だけだ。魔核を埋め込まれた彼らにだけ――
「ん?」
そこまで考えて、ふと気づく。
「もしかして、だから?」
自分たちは王国民を追える。
しかし、衛星国民は追えない。
だからロロは狙われた。
彼女の思考が導き出した二つの答えに、ニノンは背筋が凍るような感覚を覚えた。
敵――そう、敵だ――は、衛星国の人間を狙って拐かしている。
理由は明白。足がつかないから。
そして足がつかない事を知っている。
つまり、王国民相手であればどこまでも探る事ができるという、伝統派の秘匿技術が敵に漏れている。
それは身内の何れかに裏切り者が潜んでいるという、恐ろしい回答だった。
――師にこの思いつきを報告した方がいいかな?
ニノンは一瞬迷う。
そして、報告しない事を選んだ。
もし裏切り者が居るとしても、それが誰だか判明しない間はこの事実は漏らせない。
それこそ師匠が裏切り者でない保証は無い。
そうでないと信じたいが、個人的感情で可能性を排除する事の愚はニノンにも良く理解できていた。
これは想定よりも慎重に動くべきなのかもしれない。
ニノンは改めて気を引き締めた。
「成果が出ねえんだよおおおおおお!?」
それから一週間。
あまりにも事態が進展しなくてニノンは泣いた。
まず土地勘が無い。
従ってどこが怪しいのかも良く解らない。
適当に歩き回り、屋台の飯を食らい、路地裏に入り、なんか良さげな知る人ぞ知るみたいな隠れた個人店舗でランチを楽しみ、歩き回って夕方は酒場で酒をかっくらう。
「くっ……手がかりが、手がかりが少ない」
何も見つからないのは時間の半分くらい食事に費やしている所為ではないと思いたい。
そして聞き込みに関する制限が痛い。
あからさまに「この子探してるんですよぉー」などと言おうものなら、敵が「なんか怪しい事やってる女がいますぜ」となるのはニノンにも容易に想像できていた。
まだロロ個人が狙われたのか、無作為に狙われたのかが分かっていないのだ。
故に慎重に進める必要が有った。
「この街って誘拐事件起きてるらしいですねえ」
結果、こんな感じで当たり障りのない聞き込みするのが主になってしまっていた。
飲食店に入っているのは彼女の食い意地が張っているからというだけではない。決して。
「ここ半年くらいだね、そういうの目立ってきたのは」
この酒場の店員さんも子持ちらしい。
心配よねぇと零していた。
「小さい子供が居なくなるのがさ、何度も起きてて。魔族が街に入っていくるようになったのも同じくらいでしょ? だからあいつらが攫ってるんじゃないかって」
「ふむふむ」
とりあえず聞いた話をニノンはメモする。
こういうとりとめの無い話でも、彼女は逐一記録していた。
何処に情報が潜んでいるか解らないからだ。
「魔族ねぇー」
ニノンは魔族の生態について思い浮かべる。
生憎と子供を攫うような行動を他で取っていたという記憶は、彼女には存在しなかった。
「きっと攫って魔族に改造しちゃうんだわ。怖いわね」
魔族の一種に、人類側の犠牲者の死体を改造した死者兵というものが有るのはニノンも知っていた。
ここらへんの印象から「魔族は人間を改造する」という俗説が広まったのだろう、と一部では言われていた。
「噂になるって事は結構な数攫われてるんですよね?」
「10人じゃ効かないはずだよ」
店員は指折り数えて見せる。
その数は両手の指では足りない程だった。
「週に一人くらいは居なくなってる感じですか。凄いですね」
「本当だよ」
防衛隊にはもっと頑張って欲しいね、と彼女は零す。
「今じゃ子供をおちおち外で遊ばせる事すらできない。あたしも仕事の最中は母さんに任せっきりでさ。年寄りには大変だって文句ばっかりさ」
「お母さんは大変ですねぇ」
「大変だよ。あんただってその内わかる」
メモに「子育ては大変」と描いておく。
重要だ、多分。
「あんたも気をつけなよ」
ぽん、と肩を叩いて店員も戻っていった。
「若い娘さんが狙われない保証も無いんだからね」
エールを煽りながら、ニノンは考える。
街の人々は魔族が子供を攫っていると噂している。
これは何件の店で同じような話を聞いたから間違いない。
「でもそう思えないんですよねぇ」
自分が知る限り、魔族がそのような行動を取った例は無い。
というか、取るメリットが見えない。
この数千年続いた長い戦争の果てである現代。
今更人間を攫ってどうこうなんてする意味は、まったく無い。
調査する必要も、利用する必要も既に存在しないのだ。
お互いがお互いを知り尽くしたからこその膠着なのだから。
そしてそれを動かしたのが魔王であり、故に人類は追い込まれた。
故に、構図が逆であるならばまだ理解できるのだ。
人類側が魔族側の新たな力を知る為に、弱い子供を攫って調べるのなら。
しかしそうではない。
魔族にとって人類は識る必要の有る対象では無い。
ただ押し潰し方を測っているだけの相手だ。
となると。
「やっぱり人、かなあ」
そういう結論しか出てこなくなる。
この街で誘拐事件を起こしているのは、人間だ。
人が人を攫っているのだ。
その事実に、頭が痛くなった。
そうなれば、おそらく――
――王国でしょ、これ!
導き出した結論に思わず叫びたくなる。
伝統派の誰かを引き込んで更に衛星国で好き勝手やれて、それを隠蔽できるような力を持つ連中。
どのような組織であれ、そんなものは王国由来のもの以外有り得なかった。
「くっそ」
さらにエールのおかわりを頼み、一気に煽る。
飲まなきゃやってられなかった。
捜査は八方塞がりなのに、敵の巨大さだけが浮き彫りになっていく。
単身で乗り込んだのは早まったかと今更ながらに思う。
だが、来てしまった以上なんとかするしかない。
弟子が助けを求めていたのは、動かしがたい事実なのだ。
焼串を口に運びながら、考え続ける。
これからどうすべきか。
「あかん」
肉が無くなった串をぽいとテーブルに投げ捨てながら、ニノンは呆然と呟く。
「これ詰みかけてる」
手がかりがあまりに少なすぎた。
それもそうだろう。想定される相手は痕跡を消すくらいは出来てしまう力の持ち主なのだろうから。
対してこちらは個人。
費やせるリソースの差は明らかだった。
――地道に行くしかないか。
ニノンはそれから一週間、聞き込みと調査を続け。
そして何もわからなかった。
反面ダラマトナ食べ歩きマップは順調に出来上がっていた。
観光案内に使えるレベルで詳細に、どこに出しても恥ずかしくない完成度だった。
ニノンはこんなはずじゃないんだけどと再度頭を抱えた。




