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第48話 日常と邂逅

 それから二週間は、何事も無い平和な日々が続いた。


「未来さんは本当にお上手ね」


 ローネは一緒に麻袋を縫い上げる未来の腕前に感嘆を覚えていた。

 裁縫はした事が無いという彼女だったので、最初は縫い仕事のいろはから教えたのだが。

 あっという間に、自分よりも綺麗に、そして早く縫い上げるようになってしまった。


「まだまだ半人前ですよ」


 未来はそう言いながらも、とてつもない速度で麻袋を制作していく。

 まるで機械のように正確に、それでいて圧倒的に早く、針が通っていく。

 その速度はローネの数倍は優に超えるだろう。

 しかも、()()が良い。


「これは……ずいぶんと丁寧な仕事ですね」


 人材斡旋所の買取窓口でもこうして太鼓判を押された程だった。


 今では相当な金額を未来は稼いでいた。

 少なくとも、下手に下働きに出るよりは上だろう。


 麻袋は需要が幾らでも有るのも追い風になった。

 なにせ消耗品だ。

 幾ら作っても作っても、結局戦場で浪費され戻ってこない。

 完全に()()()な納品物だった。


 今ではちょこちょことした彼女の私物もこの家に置かれるようになった。

 馴染んできた、とでも言うべきなのだろうか。

 少しずつ、未来という少女の色がこの家にも移りこんできたようだった。


 そして律儀な事に、収入の一部はローネに渡されていた。


「そこまで気を使わなくても」


 そうローネは言ったのだが。


「泊めていただいているので、家賃と食費ですよ」


 そう言い張って、未来は金を渡し続けた。


 あまり裕福でないこの家の家計事情を考えると、喉から手が出る程に有り難い申し出ではあった。

 それでもお客さんからお金を貰うのは、と思ってしまうローネにトトは言った。


「トトがお金貸しまくってるから遠慮なく徴収してやれですよ。正当な権利ですよ」


 容赦無くお金を奪っていく長女の姿に、ちょっとだけ夫を思いだす。

 控えめな自分を連れ出してくれる、押しの強い男だった。

 二人一緒で丁度いい、と彼は良く笑っていた。

 この子は容姿こそ自分よりだが、中身は誰より夫に似ている、とローネは思った。


「そろそろこいつを納めにいかないと」


 机に積み上がった麻袋を見ながら未来が立ち上がる。

 堆く積まれたそれは、確かにこれ以上となると女の細腕では持ち上げるのが困難な量になりそうだった。


「すみません、ちょっと出てきます」


「お気をつけて」


 家を出ていく未来の姿を見て、もしシリバやザバが大きくなってお嫁さんを連れてきたらこんな生活を送るのだろうか、と考えた。

 それもきっと幸せな日々だろうなと、彼女は針を布に通し続けた。




「お」


「おや」


 納品を終え小金を手にした未来は、見知った顔に出会う。

 大きな帽子を被ったローブ姿の少女。

 馬車で乗り合わせた魔法使い。


 ニノンであった。


「今日も内職ですかー?」


「まあね。ちまちまとやらせて貰ってるよ」


 二人が再度出会ったのはここに来て数日程経った頃だった。

 特に広い街でも無いこのダラマトナ。

 しかも主要施設は一部区画に固まっている。

 となれば顔見知り同士が出会うのも必然と言える。


 それより以降、度々互いの姿を見かける事があり、こうして挨拶を交わす程度の仲となったのだ。


「ここらへんだと女手もあまり必要とされないから、大変そうですよねぇ」


 衛星国(セクタ)ですから、とニノンは嘆息する。


「魔王軍の脅威が迫ってる場所だと、どうしても男手の方が求められますからね」


「散発的な小競り合いは頻発しているのだったか」


「様子見を兼ねて、あちらが攻めてくる感じですね」


 週に一回は有るんですよねー、とニノンはうんざりしたような表情を見せた。


()()()なんかも単独で斥候しに来てる連中なんじゃないか?って言われてますね。あいつら、思ってるより全然頭回りますから」


 未来は馬車での襲撃の時の事を思い出す。

 大百足(ジガ・ミルパット)の襲撃は、一見散発的のように見える。

 しかし単独行動で十分と思われた状況で対象が討伐され、しかしその戦力がぎりぎり拮抗しているレベルだと判断した結果、追撃で確実に狩れる戦力を寄越したようにも感じられた。


 彼らは無秩序に暴れる獣ではない。

 統率された軍なのだと、未来はそう考えていた。


「戦闘が続く以上、負傷や病で後方に下がってくる人間が居て。そしてそれを補う為の追加人員が必要になりますから」


 それになにより、と。


「やっぱりそれなりに死にますからね、前線は」


「……だろうね」


 ダラマトナの男女比が、女性に傾いていると気付いたのは何時ごろだったか。

 店番や役所の職員はほぼ女性なのを始め、よくよく見れば街行く人も女性の方が多い。男は子供か年寄りの何れかばかりだ。


「戦争は、王国(エタ)の兵士が行っているんじゃなかったのかい?」


 衛星国(セクタ)王国(エタ)に上納金を渡す見返りとして、彼らの軍に守られている。未来はそういう話だと記憶していた。


王国(エタ)は大規模侵攻の時しか動きませんよ」


 はーつっかえ、というニノンの表情には呆れが宿っていた。


「魔将が現れるような本格的な攻勢なら兎も角、小競り合い程度なら現地の人間でなんとかしろってスタンスですよあいつらは。金取ってる癖にみみっちいんですよ」


「だから現地の人間が徴発され、必要とされてるのか」


「そういう事です」


 守ると言いながら、実際は搾取するだけして通常業務は丸投げ。

 どこぞのブラック企業のようだな、と未来は呟いた。


「とは言え、居るだけで抑止力として機能するから呼ばないわけにもいかないか」


「そうなんですけど、未来さん意外とこういうの詳しいですね。どっかで勉強しました?」


 ――やはり、頭が回る。 


 何度か顔を合わせて言葉を交わして、ニノンは確信する。

 未来という少女は、間違いなく高度な教育を受けてきた人間だと。

 知識を知っているだけではない。

 ()()()を知っている。これは一朝一夕で身につくものではない。

 繰り返し学習を重ね、思考を積み重ね、論理性という形を頭の中に作り上げた人間だけが辿り着く領域だ。


 筋肉と同じように、鍛えなければ発達しないのだ、頭も。

 そして眼の前の少女は明らかに鍛えられた頭をしていた。


「学校で習ったくらいだよ」


 一方の未来は涼しい顔でそう答えるのみだった。


 しかしその答えでニノンは確信を深める。

 やはり私が考えた通りだ、と。


 おそらく何処かの衛星国(セクタ)の権力者の子女。

 そうでなければ()()()()()()()()()()()()()

 学校とは即ち将来国を運営する為の人間を育成するエリート養成施設。

 ここに通える時点で一定の地位を持った家の出身と確定する。


 しかしそれが何故、推定剣聖の弟子に……?


 ニノンの頭は軽く混乱した。

 何がどうなったら将来が約束された地位を捨てて剣を振るようになるのだろうか。

 皆目見当もつかない。


 不思議な人だ、とニノンは改めて疑問を深める。


「それでニノンの方は」


 その思索をまるで打ち切らんとするように。

 未来の言葉が割り込んでくる。


()()()は見つかりそうなのかな?」


「あーまあ、ぼちぼちでんな」


 魔法使いの少女は曖昧に言葉を濁した。

 未来に対して、自分がここに来たのは探し物が有るからだという風に教えてある。

 嘘は言っていない。


「困っているようならいつでも手伝うから、気軽に声をかけてくれ」


 そうは言うものの、どう頼んだものかと思う。

 人探しを手伝ってくれ、この人探してくんない?というのは容易いが。


 明らかに厄介事に巻き込まれてんだよなあ……。


 流石に事情も知らぬ少女達を、むやみに危険に晒すのは彼女の良心が咎めた。


「今んとこは大丈夫なんで、そのうち」


 結局、毎回の如くそう流した。


 それに、と。

 もし彼女の事を人手として求めるなら、探している最中より()()()なのは疑いようがなかった。

 その時果たして手伝ってくれるだろうか、とニノンは頭を悩ませる。


 流石にそこまで深くない相手に自分が魔法ぶっぱなすまで盾になってね!とは頼み辛い。


 とは言え、あの技の冴え。

 名の有る武芸者の域に達しているのは間違いない。

 そのような相手であれば魔法使い(マジックユーザー)のパートナーとしてはこれ以上ない程に相応しいと言えた。


 良心という感情と魔法使いとしての合理性が心の中で激しくバトルを繰り広げていた。二者は激しくもつれ合い、激しいマウントの取り合いに終始していた。完全に泥仕合だった。


「私はまだ暫くこの街に居るから」


 手を挙げて、未来がニノンの下から離れていく。


「いつでも呼んでくれ」


 そんな彼女の姿を、ニノンは悩みながら見つめていた。




 一方の未来はニノンから離れつつ、一言呟く。


「人か」


 彼女はニノンという少女の振る舞い――その視線、僅かな行動――等から、彼女の目的を凡そ割り出していた。


「ここで起きている誘拐事件と関係ありという所か」


 おそらくそれに巻き込みたくないのだろう、と未来はニノンの振る舞いと声色から()()()を付けていた。そういう気遣いが出来る子なのだろう。


「ふむ」


 彼女がもし自分をただ利用しようとするのであれば、離れていたであろう。

 しかしそこに善良な心が有るのであれば。


「気にはなるな」


 手伝ってあげたいと、未来は心の底から思う。


 しかしながら、あちらから歩み寄らねば何も始まらないのも確かだった。

 自分は全知の神ではない。

 如何な事情なのか、何を目的としているのか。

 何より誰を探しているのか。

 それを知らされぬのであれば何をすればいいのかも解らない。


 未来はニノンが自分を頼ってくれればいいのだが、と思いながら、トトの家へと足早に帰っていった。

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