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第42話 ニノンちゃんは備えてる

 未来とトトが家に着いた頃。


 ニノンもまた、宿へと足を踏み入れていた。

 木漏れ日の水車亭というダラマトナでも高級な宿を取った彼女はそそくさと自室へと篭った。


「やべえよやべえよ早くしねえと」


 彼女は重量半減してもまだ重い鞄を机の横に置いた。

 どすん、という重量感有る音と共に据え付けられたそれから、ニノンは必要なものを取り出す。


 細長い、燭台のようにも見える、金属製の細長いオブジェ。携帯型通信中継機(ミニ・ジャンパー)

 小型のそれを、机の端に据え付ける。


 表に幾何学的な文様が書き込まれ、特殊な魔化素材で作られたスクロールを机に広げる。魔導通信網(スカルネット)に接続し、情報を閲覧する為の情報閲覧端末(アルカナ・ロール)だ。


 どんどん!と魔石充填器(マナ・チャージャー)を四つ、棚に置く。これから何が有るか分からない。余裕を持って用意しておくに越した事は無いのだ。


 そこで漸く、彼女は自分が大量の巻物(スクロール)を身に着けている事を思い出した。


 ローブの裾や袖の内に括り付けられていたそれをいそいそと取り出す。


「重いんだってばもおおおおお!」


 半ギレになりながら、巻物を取り出した。

 一つ一つは大した重量でなくとも、それが10を超えればなかなかの重さになる。

 それは深窓の令嬢――自称だが――のニノンには少々堪える重さだった。


「こいつも一応借りてきましたけど」


 一際重量が有るそれを、鞄の底面から取り出す。


 それは白く輝く、美しい籠手だった。縁には金色の装飾がなされ、荘厳な雰囲気すら漂わせている。

 だがその前腕部の装甲は異常な分厚さを誇り、装甲というよりも小さな盾を思わせるような作りとなっていた。そしてその盾の側面、拳側には小さなスリットが二つ、まるで口のように開いていた。


「私には重いんですよねえ、これ」


 使うなら身体強化は必須かなあ、と愚痴り、そのまま鞄に仕舞う。

 多分出番は無いだろう。そう願いたい。


「ってだから早くしないと駄目なんだってばああああああ!!!」


 何をしようとしていたのか思い出し、ニノンは作業を再開する。


 部屋の窓と扉に、光の筆(ブラッシュオブライト)の魔法で遅延式魔法陣を描く。光の文様は部屋の壁と窓・扉をまたぎ、それらを挟むように幾何学的なサインを浮かび上がらせた。

 これで彼女自身がこれらを開けようとしない限り、窓と扉は封鎖された。強行にこれを突破しようとした者には、それに相応しい災いが訪れる事だろう。


 床にも同じように遅延式魔法陣を仕込む。

 これは部屋内の空間に作用し、他の魔法効果を阻害するものだった。

 防諜を始め、物理的な空間転移も乱す事ができる優れものだ。


 ここまで終えて、ようやく。

 ニノンは部屋に据え付けられた椅子にどっかと座る。


「馬車でクソみたいに揺られて部屋についてすぐ労働。せちがれぇ……」


 椅子にもたれかかり、まるで溶けたように脱力しながら。

 ニノンは、ほんの僅かだけ休息を取る。


「うし」


 時間にして数十秒程度だろう。

 それでも彼女の気力を微量ながらに回復させるだけの効果は有ったようだった。


 ニノンは自らがかけている大きなオーバルの眼鏡(ウィッチグラス)を確かめる。二、三度、踏ん切りが付きかねる様子で調子を確認するが、意を決して通話(トークメッセージ)を起動した。

 おそるおそる、目的の人物の接続紋(コネクトサイン)を指で描く。

 魔力の糸が空間を越えて繋がった感触が頭に届いた。


 数拍、間を置いて。


『何やっとんじゃああああああああ!』


 彼女の頭に、怒号が叩き込まれた。


『一体何処に居る。言ってみろ。ん?』


『も、申し訳ございません……』


 ニノンは反射的に頭を下げた。

 上半身のみで行われたヘッドバットが、ごんという音と共に机に直撃し、彼女の頭にだけダメージを残した。

 机は当然の如く無傷だった。


『私は何処に居ると聞いてるんだ』


 その声の主は、妙齢の女性のように聞こえた。

 張りの有る、凛とした声色。

 それで居てその声以上に年輪を覚えさせる、不思議な声質をしていた。


『……ルグンドです』


『だろうと思ったさ』


 呆れたような声が帰ってきた。


『あれだけ行くなと言っただろう。どうして待てなかった』


『それは』


 ニノンは言葉に詰まる。

 合理的には、言う通りの話なのだ。


『我ら魔法使い(マジックユーザー)は単体での行動には向かない。魔法行使の為の時間を稼ぐ為の「盾」が必要だと、言うまでもなく知っているだろうに』


 魔法使いが単独で歩き回るのは、死を意味する。

 彼ら神秘の使い手は強大な力を行使できるが、その行使には時間と魔力というリソースが必須なのだ。それをひねり出すには、一秒を争う戦場(いくさば)において至難の技である。


 故に必要なのだ。魔法使いにはパートナーとなる屈強な戦士が。

 おとぎ話に語られる英雄が総じて戦士と魔法使いの対となっているのは必然なのだ。


『腕の立つ傭兵を見繕ってやってた所だったんだ。何故に一人で突き進んだ』


 声の主は一段と冷たい声で問う。


『ニノン・ザ・レイディアントソード。貴様は秘跡の担い手として時代の導となる役割を如何なものと心得る。名を授かる事の意味を軽んじるか』


『名の重みは十分理解しています』


 対するニノンも一言返す。

 静かに、はっきりと。


『ですが、彼女が私に助けを求めたのです。師が弟子を救うのは当然の事ではないのですか』


 今度はニノンこそが問う。


『次代の若芽を護るのも当代の勤めなのではないのですか』


 ニノンは引かない。例えそれが――


『アデライード・ザ・ブラックハート。我が偉大なる師よ』


 自らの恩師であっても。


『……ふん』


 面白くなさそうに、彼女――アデライードは鼻を鳴らす。


『痛い所を突きおって。本当に生意気な小娘だよ、お前は』


『師匠譲りだと自負しています!』


『呆れる程にず太いよお前は。伊達に最年少で魔導師(マスター)に到達してないと思い知らされる』


 そう語るアデライードの声は、呆れてているようにも、感心しているようにも聞こえた。


『魔法とは我を通す力だ。お前にはそれが有る』


 だから、とニノンの師は付け加える。


『好きにおやり。ただ、深入りはするんじゃないよ』


『やったー! 好き勝手やります! 出来る範囲で!』


『……危なくなる前に引くんだよ。いいか、絶対に引くんだよ』


 再三、彼女は付け加える。


『絶対にだぞ。理解したな?』


『はいっ!』


 ニノンという少女の「理解した」は、「理性での解釈は行うが感情がそれに伴うとは限らない」の意である。


『じゃあ切りますね。そいじゃ!』


『定期連絡は寄越せよ。ぜった――』


 師との通話(トークメッセージ)を無理矢理ぶっちぎった。

 とりあえず言質は取った。

 これで問題無いな!とニノンは心の中でガッツポーズをする。


「師匠のお墨付きも貰った事ですし、これで大手を振って調査出来ますね!」


 よっし、とニノンは改めて気合を入れる。


「とは言え土地勘も無いんで苦労しそうですけど」


 彼女は馬車で知り合った二人を思い浮かべる。

 あの二人と連絡先を交換できてればな、と思う。

 まさかこのご時世に通信魔導式機(トーカー)すら持っていないとは思わなかった。


 とは言え衛星国(セクタ)の住民には高価な魔導具だというのもわかる。

 王国(エタ)であれば生得的に可能な事でも、彼らにとっては違うのだ。


 大枚をはたいて魔導具をそろえ、それで漸く王国民(エタ)に近づける。

 貧困者の多い衛星国(セクタ)が、よりによってさらなる金銭を必要とされるのは性質の悪いジョークのようにすら思えた。

 だが二者にはそれだけの格差が有るのだ。


「ま、しゃーないですな」


 ニノンは気持ちを切り替える。


「待っていてくださいね。先生が今行きますから」


 彼女から届いた最後の通話(トークメッセージ)を思い出す。


 ――たすけて。


 たった一言。

 それだけだった。


 ニノンが発信元を探った結果、判明(ヒット)したのがこのダラマトナだった。

 彼女がここに居るのか、もう別の場所に居るのかは解らない。

 だが、手がかりはきっとここにある。


「ロロ」


 その名は部屋の中から漏れる事はなく、静かに空へと溶けていった。


 ニノンは彼女の小さな手を思い出す。

 出来の良い生徒ではない。だが一生懸命に自分に学ぼうとする彼女の姿が、脳裏に浮かんだ。


 ニノンは静かに手を一回握り込むと、改めて机に向かう。


 ここはもう彼女にとって戦場なのだ。

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