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第43話 夕刻の団欒

 日も傾き、街の人々も家路につく時刻――夕方。


「ただいま―!」


 トトに案内され、二階――土間の上階――の居間の机に座り白湯を飲んでいた未来の耳に、子供の元気な声が聞こえてくる。

 快活な男の子の声だった。


「お、帰って来たですね」


 ちょっと待ってるです、と未来に言い残し、トトは階下へと下りていく。


 玄関扉の側に、小柄な男性に連れられた少年二人と少女一人の姿がトトの目に映り込んだ。

 歳の頃はまだ幼児を脱した頃だろうか。小さめの体躯を持つ男児と女児の二人。

 そしてその二人よりやや大きい男児が一人。


「ねーちゃん!」


 大きい男児が、トトの姿を見つけると驚きの声をあげた。

 まるで想定外とでも言うように、目を見開き驚く。


「帰ってたのかよ!」


「さっき帰ったですよ」


 えへん、とトトは胸を張る。


「シリバもちょっと大きくなったですね」


 シリバと呼ばれた少年は、その言葉にちょっとうれしそうにはにかみながら。


「もう力だって付いてきんだ。工房で手伝いだってしてんだぜ」


 力を誇示するように両腕に力こぶを作って見せるが、それはお世辞にも盛り上がってるとは言えないなだらかな丘であった。

 全然じゃねーか、とトトは思うが口には出さないでおいてやった。

 弟の自尊心を気遣う心がこの姉にも存在した。


「ポンスさん。うちの弟が迷惑かけてないですか?」


 申し訳無さそうにトトは小柄な男性、ポンスに問う。

 近所に住む同士、トトと彼は旧知の仲であった。

 トトが小さい頃もこのポンスには大分世話になった記憶が彼女にはあった。


「いや、良く働いてくれとる」


 長い顎髭をさすりながら、彼――ポンスと呼ばれた男はにこにことそう告げる。

 日に灼けた顔と袖の無いシャツから見える腕はシリバとは比べ物にならない位太く、剛健な印象を見るものに与えた。


 身長こそ少年であるシリバよりやや高い程度だが、その力強さは圧倒的とも言える肉の厚さが証明していた。

 彼は獣人とは違う、小地人(ドワーフ)という亜人であった。

 かつて洞窟住まいだった彼らは鉱石を好み、現代では専ら鍛冶仕事に従事する事が多い種族であった。


「シリバ達が来てくれて助かっとるよ。うちも最近忙しいんでな。雑用が出来る手伝いは大歓迎だて」


 がっはっは、とポンスは豪快に笑う。


「ザバとカロも役に立っとるよ。小さいんで、無茶はさせられんが」


 そう言って、小さな二人の子供を見やる。


「三人ともトトのように働くんだとはりきっていてな。将来が楽しみじゃ」


「そうですか」


 自分が前にこの家に帰ってきた時、まだ三人の弟たちは家で遊んでいるだけの子供だった。

 それがちょっと目を離した間に立派に働くようになっていた事に、トトは感慨深いものを覚えた。


 知らない間に大人になるですね、みんな。


 うんうんとトトは頷く。


「それにしてもわざわざ送ってくれなくても良かったですよ。忙しいんじゃないですか?」


 鍛冶工であるポンスがいつも忙しくしていたのを、トトも知っていた。

 夜遅くまで金槌を振るい、剣や防具を仕立てている姿を小さい頃から彼女も見ていた。

 だからわざわざ弟たちを送ってきて貰うなど、申し訳なさの方が先に立つ。


「いや、いいんだ」


 だがポンスは真剣な顔でそう告げる。


「トトちゃんは今日帰ってきたみたいだから知らんのだろうが、最近この街も物騒でな」


 彼の顔には、陰鬱な色が宿っていた。


「子どもたちが行方をくらます事件が何件も起きていてな。特に儂らのような貧困層の子供が居なくなっとる。気をつけるに越したことは無い」


 顎髭を擦るポンスの顔。それは事態が想像以上に深刻であると雄弁に物語っていた。


「巷じゃあ魔族が攫っとる、なんて言われとる。街中に兵士が歩き回っとるのを見たじゃろう? あれは魔族を探しとるって専らの噂じゃて」


「魔族なんて、街中に入ってくるですか!?」


 その言葉に、トトも驚きを隠せない。

 城壁に囲まれたこのダラマトナの中に魔族が居る。

 そんな恐ろしい事が有り得るのか?


 だがトトは先日、()()()に遭遇したばかりであった。

 その経験が、彼女の脳裏に悪い想像を巡らせる。

 もしかして、と思わずにはいられない。


「ま、気をつける事じゃな」


 ポンスは再度念を押すように、呟いた。

 真剣な声色で、重々しく。


「トトちゃんもまだ子供。一人になるんでないぞ」




「というわけで」


 居間に戻ってきたトトが。


「弟たちを紹介するです!」


 三人の弟妹を引き連れて、未来の前にやってきた。


「まずはシリバです。一番おっきな弟です」


「ねーちゃんの友達なんだろ? よろしくな!」


 シリバはトトよりも若干歳は下、9歳程度に未来には見えた。

 言葉遣いから察せられる通り快活な印象が全面に出ており、やや落ち着きの無い所作は活発な性格を表しているようだった。


「僕はザバです」


 小さな少年が、そう自己紹介する。

 シリバとは対照的に礼儀正しく一礼するその姿は、彼の知性を感じさせた。

 シリバよりもさらに幼い、日本であるなら小学生に上がるかどうかという歳頃。

 しかし彼はシリバよりも賢い印象を人に与えていた。


「……カロです」


 そのザバの後ろに隠れるように、控えめに言葉を発したのは少女であった。

 言葉少ななその様子通り、控えめで大人しそうな少女だった。

 おどおどと隠れる様子から引っ込み思案な性格なのだろうと思える。


 トトの弟達は三者三様。

 まるでバラバラの性格のように見受けられたが、どことなくトトを思わせる風貌を全員が持ち合わせており、やはり姉弟なのだなと思わされるものがあった。


「私は天音寺未来だ、よろしく」


 一人一人の目を見るように未来は子供たちと挨拶を交わした。


「ミクはトトの後輩です。しばらく家に泊まるから失礼の無いようにするです」


「……ん?」


 聞いてないけど?と言うように未来はトトの方を振り返るが、トトは物怖じせず続ける。


「どうせまだ次の事も決まってないですよね? 暫くうちに居るといいですよ」


 世話してやるです、とトトは得意気そうに言った。


「まあ確かに」


 未来は成り行きでここまで来ただけ。

 当然次の事など何も決まっていなかった。


「では先輩のお言葉に甘えさせて貰おうか」


「どんどん甘えろですよ。敬えです後輩」


 未来としては迷惑をかけるわけにも行かないので早々に宿に移ろうかとしていたのだが。

 好意を無下にするのも悪いと、そのまま誘いを受ける事とした。


「あらあら、賑やかね」


 一仕事終えたところだったのだろう。

 階段を上がってきたローネが、にこやかに笑う。


「今日はお客さんも居るし、ご馳走にしましょうか。さっきポンスさんからお肉を貰ったのよ」


「肉!」


「肉だー!」


 肉という単語に、子供たちが色めき立つ。

 子供は肉が好き。

 これはどの世界でも変わらない共通の価値観のようだった。


「では私も食事の準備をお手伝いしましょう」


 未来はすっくと立ち上がる。


「お客さんにそのような事をさせるわけには」


「これから暫くここに逗留させていただく事になりますので」


 黒髪の少女は、優雅に一礼し。


「僅かばかりのお礼という事で」


 彼女の顔には、柔らかな笑顔が浮かんでいた。


「ミクは中々料理上手ですから」


 びしい、と未来を指さして。


「トトの後輩たちの中では、一番手際が良いです。いや、他が酷すぎたんですけど、とにかくトトが認められるくらいには凄いです」


 トトは当時の事を思い出しながら、語る。


「どんどんこきつかってやれです」


 先輩の言葉は絶対。

 後輩服従の法則である。


 ローネは僅かばかり逡巡したものの。


「では、お願いしてよろしいかしら。未来さん」


「喜んで」


「トトも勿論手伝うですよ」


 女三人、厨房に並ぶ。

 肉を仕立てるローネも。

 食材を運ぶトトも。

 野菜を切り分ける未来も。

 皆楽しそうに、笑っていた。


 腹を空かせて待つシリバも。

 行儀良く椅子に座っているザバも。

 ザバの隣にぴったりとくっついているカロも。

 やはりとても嬉しそうに笑っていた。


 固いパンと野菜を煮込んだスープと、塊で豪快に焼かれた肉。

 その日の夕食は決して豪勢とは言えない食事だったかもしれない。


 それでも、とても美味しい夕食だった。


 ダラマトナの一角。

 貧しい者達が住まうその家は――

 間違いなく、幸せに満ちあふれていた。

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