第41話 少女の帰宅
ダラマトナの街は、一言で言うなら「現代日本人が思い描くファンタジーっぽい街」だった。
街の外郭は高い壁に覆われ、外敵から身を守っている。
石畳の街路の左右に並ぶのは木造の家屋達。
広い大通りは馬車が通り、荷物を忙しく運んでいる。
煙突から立ち上る煙は薪を扱っている事を示しており、一般層に魔導具の恩恵は少ないという事が見て取れた。
歩く人々は獣人達が主であった。素朴で質素な服装だが、がっしりとした体格は力強さを感じさせるものが有った。
そんな中ちらほらと高価に仕立てられた洋服を着用している人間や、鎧を着込んだ兵士や騎士たちの姿も見える。
彼らは忙しく動き、走り回っていた。
「久しぶりの故郷なのですよー」
二人はゆっくりと大通りを歩く。
トトは嬉しそうに、懐かしの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「なかなか良いところじゃないか」
未来は辺りを見回していた。
地球という科学文明惑星の子である彼女の目にも、この街の様子は新鮮に見えた。
「ただ、ちょっと物々しい気もするが」
「実はトトもそう思ってたです」
通りを歩いていると、頻繁に武器を持った兵士たちの姿を見る。
それは何かを警戒し街を探っているような、そんな雰囲気だった。
「一年ぶりくらいなんですけど」
大体そんくらい前です、とトトが言う。
「前はこんな雰囲気じゃなかったです。もっとのどかでいいとこだったです」
「ふむ」
未来は顎に手を当て、少し考えるようにして。
「何か起きているのかもしれないね」
少し警戒したように言った。
「何かって?」
「事件か、それとも魔族の襲撃か……」
ところで、と未来が問う。
「この辺りって魔族は攻めて来るのかな?」
「あんまり来ないはずです」
トトが知る限り、前線よりそれなりに後ろに有るこの街が攻撃対象になる事はまずあり得ない話だった。
「さっきみたいにはぐれが出る事はたまに有りますけど……いっぱい襲ってくるなんてトトが生まれてからは無かったはずですね」
「成る程ね」
未来は改めて兵士の姿を観察する。
プロテクターのような、全身を覆う程ではないが各部位を保護する部分鎧。手に持っている短槍は簡素だが頑健な作りに見える。腰の皮ポーチには、伺い知れぬ魔道具らしき何かが収められていた。
彼らは三人で一塊になり、ゆっくりと街を巡回している。
通りかかる毎、普段見慣れない二人だからだろうか。
じろじろとこちらを観察してくるような姿も見られた。
そんな姿を二人は何度も目にしてきた。
何かを警戒するように、慎重に歩き回るその姿。
街に紛れ込む異分子を探し出そうとでもしているような――
「侵入……か?」
ぽつりと、未来が呟く。
「? どうしたです?」
「いや、なんでもない」
未来は観察し続ける。
ダラマトナという街の有り様を。
トトの生家は、明らかにあまり裕福ではない層が暮らす一区画に存在していた。
一階は石造りの壁が土台のように屹立し、二階より上は木造の家屋となっていた。それは木の柱と白い石灰の壁で構成されており、屋根は茅葺きであった。
大通りに存在した建物はもう少し立派な作りをしており、これがこの街でも簡素な作りの住居で有ると良く理解できた。
「ただいまでーす!」
トトが勢いよくドアを開ける。
バタン!という壁とドアがぶつかる音が辺りに響き渡る。
少女が一歩屋内に足を踏み入れると、少しだけ埃が舞った。
開けた先は家の土間であった。
壁際には梯子やハンマーなどの道具が立てかけられ、奥の方には小さな個室と思わしき区画が据え付けられていた。
眼の前には居間へ続くだろう急な階段が目に入る。
一際大きなそれは、否が応でも目に入った。
壁際には作業机だろうか、大きめの机が置かれていた。
その脇には一人の婦人が椅子に座り、忙しく裁縫仕事をしているようだった。
線が細い、如何にも体が弱そうなその獣人の婦人は、トトの姿を認めると驚いたような声を上げた。
「トト! 帰ってきたのね!」
「ただいま到着ですよー」
たたっ、と駆け寄り、トトは婦人――母に抱きついた。
トトの勢いに、少しよろめきながらも。
ほっそりとした腕が、柔らかくトトを抱きとめる。
「病気はしなかった? ちゃんと食べられてるかい?」
「全然大丈夫だったですよ。元気です」
トトはしばらくぶりの母の温もりを、存分に感じていた。
そして母もまた、記憶よりも少し大きくなった我が子を感じるように、ゆっくりとその頭を撫でる。
親子の優しい時間が、そこには流れていた。
「あら」
暫しの時が流れた後。
婦人が未来の姿に気づく。
「そちらの方は」
「トトが仕事先で世話してやってた奴ですよ」
むふん、とトトが自慢そうに話し始める。
「トトが仕事のいろはを教えてやったです。後輩です」
「どうも、お邪魔させていただいてます」
未来は優雅に一礼をする。
その美しい所作はどこに出しても恥ずかしく無い、立派なものであった。
「天音寺未来と申します。トトには大変お世話になりました」
「まあ、ご丁寧に」
婦人はトトを離すと、立ち上がる。
「王国人の方を持て成せるような場所ではございませんが……」
「ミクは衛星国人ですよ」
「あら」
驚いたように、婦人が口に手を当てた。
「あまりにも礼儀正しいものですから……てっきり王国の方かと」
「ミクはなんかお嬢様っぽいですよ。育ち良さそうです」
そういえば結構お金もちのお家だったらしいです、とトトは思い出した。
「遅れましたが、ローネと申します。このトトの母です」
婦人――ローネは軽い会釈をした。
立ち上がったローネは、線が細いという第一印象をさらに強めたような、生気の薄い出で立ちをしていた。頭の上にある耳は萎れ、力なく垂れている。布の奥に有るだろう体もやせ細っているのが容易に想像できるような、弱々しい姿であった。
「シリバ達はどこです?」
きょろきょろと、誰かの姿を探すようにトトは辺りは見回す。
「最近はシリバ達も奉公に出るようになったんだよ」
語るローネの口調は弾み、とても楽しそうだった。
「鍛冶の手伝いに出るようになってね。大人になってきてるんだよ、あの子も」
「ザバとカロもですか?」
「あの二人は歳の割にとってもしっかりしてるから、シリバについていってるよ」
「ほへー……ちょっと見ない間に、ずいぶんと頑張るようになったですね」
偉いです、とトトも感心したようだった。
「まあ、とりあえずは荷物を置いてゆっくりするですよ。あ、そうだ」
トトは懐から革袋を取り出すと、ローネに渡した。
ずしりとしたその重みはローネには些か過剰であったのだろう。
おっと、と少し腰を落とし、なんとか受け止める。
「こんなに……」
それは今までで一番の稼ぎであった。
大金というわけではない。
しかしこのような貧しい家庭に有るには、十分過剰と言える程の財貨に相違無かった。
「これで暫く大丈夫ですよ」
トトは笑った。
これだけ有ればゆうに一年は暮らせるはずだ。
家族に苦労をかけなくて済むと、胸を撫で下ろす。
「本当にありがとう、トト」
ローネは笑顔で受け取りながらも――少し寂しそうな表情だった。
「お父さんが亡くなってから、苦労ばかりかけて」
「気にするなですよ」
トトは屈託無く――言い切った。
「だってトトはお姉さんですから。弟たちもきっちり面倒見るですよ」
久々にゆっくりするですよ、と階段を上がっていくトト。
「さ、ミクも来るですよ。何も無いけど、いいとこです!」
トトに続こうとする未来へ、ローネが頭を下げた。
深く、静かな礼だった。
「ありがとう、未来さん」
母の勘なのだろうか。
我が子をここまで連れてきてくれたのだと、何も言わずとも彼女は察していた。
その生命を繋いだのは眼の前の少女だと。
「いいえ」
未来も笑う。
「助けられたのは私ですよ」
何かを思い出すように、感慨深く。
本当にしみじみと、彼女は言った。
「とても頼りになる先輩でしたよ、あの子は」




