第38話 大百足
傭兵集団【西壁の槍】が乗合馬車の護衛仕事を請け負ったのは、純粋に日銭を稼ぐ為である。
前回の動員より一年。
そろそろ稼いだ金も心許なくなってきた頃合いだった。
暮らす為には金が要る。
子供でもわかる道理だった。
それで彼らが請け負ったのがこの仕事だった。
契約は一ヶ月。
休みは無いが、比較的安全でそれなりの金が稼げる。
彼らのような小規模の傭兵団には美味しい仕事だった。
そろそろ契約期間も切れる。
馬に揺られながら、隊長のリュック・ベルジェはどうするかと頭を悩ませていた。
噂によると、平原方面で大規模動員がかけられるのではという話が漏れ聞こえている。
稀に有るボーナスタイムだ。
もし出るなら魔導式調整もしておきたい。
できればもう一声、それなりの稼ぎが欲しい所だった。
『隊長』
斥候を担当していた、獣人のザンガから通信が入る。
稀に衛星国では魔導通信網の通信圏外になる事も有るが、この辺りではまだその心配は無用であった。
『《《はぐれ》》だ。視界を同期する』
「了解した。送れ」
彼は自身が身につけていた多目的魔導式ゴーグルに手を当て、ザンガの視界をそのレンズ上に投影した。
「ほう……」
リュックの口が、思わず歪む。
「大百足か」
大物だな、とリュックは心の中でほくそ笑む。
この護衛依頼は、万が一接敵した場合、その脅威に応じてボーナスが支給される契約となっていた。
大百足は現状の戦力で十分に狩れる範囲で、かつ脅威度の高い《《美味しい》》獲物だった。
「皆、聞け」
リュックが他の仲間に語りかける。
「こちらに哀れな大百足が一匹、迷い込んだそうだ。どうやら我々に美味しく料理されたいらしい」
全員からどっと笑いが起きる。
「そろそろ物足りなくなってきた頃だ。ありがたく平らげさせて貰おうじゃないか。――ミシェルとニコラは付いてこい。ザンガと合流し奴を叩く。ドニは馬車の護衛につけ。何かあったら即通信しろ」
指示を飛ばしたリュックは、胸に大きく空気を吸い込む。
そして。
「はぐれだーッ!」
一気に吐き出した空気と共に。
空に響き渡る程に、大音声を響き渡らせた。
「はぐれが来た! 客は馬車から出るな! 絶対だぞ!」
リュックはドニにアイコンタクトを送る。
こくりと頷くドニを確認すると、馬を勢い良く走らせた。
「さあ、行くぞ! 短距離通信を切らすな。情報は常に共有しろ!」
各々が多目的魔導式ゴーグルを確認する。
この魔導式視覚補助デバイスは、戦闘者にとって必須の商売道具である。
これの登場により人類の戦闘力は飛躍的に向上した。
情報とは、物理的な圧力よりも圧倒的に戦場を支配する力なのだ。
「大きいな……」
ザンガより送られてくる映像を見て、リュックは少々気を引き締める。
この大百足の大きさはおそらく10m前後。
一般的なそれよりやや大ぶりと言えた。
「核をどれだけ早く叩けるかですね」
ニコラも思案顔だった。
「ザンガの敵性精査は?」
「弾かれてる。牽制しながらだ、深くはやれない」
合流してからが勝負だな、とリュックは判断する。
三人で前衛を張り、ザンガをサポートに回し核を探らせ一気に叩く。
そういう流れで行こう、と彼は考える。
そろそろだな。
リュックは腰にかけられた剣に手を――かけなかった。
彼が手にしたのは、背中に背負われていた巨大な棍棒であった。
その丈1メートルは有るだろうか。
丸太を削り出して作ったかのようなそれを、彼は手にして構える。
ニコラもミシェルも手にしたのはやはり剣ではない。
片手槌と戦闘警棒、獲物こそ違うが何れも鈍器であった。
やがて、大百足の姿が見えてくる。
その周囲で走り回るザンガは、巧みに弓を打ちこの巨大な虫を牽制し、馬車へと近づかないようにしていた。
大百足。巨大な姿は、シルエットこそ一般的な百足に似通っていた。
しかしその体表は殻ではなく、鈍く光り輝く金属で覆われていた。
まるで鎧を着込むように、全身を隈無く包んでいる。
見え隠れする腹は柔らかい肉も有るが、やはり鈍い光を放つ金属状のものが見え隠れしており、生理的嫌悪を催す外見をしていた。
その足はさらに鋭く。金属で構成されているそれは、既に足というよりも生えた鎌と言って差し支えない凶悪な見た目をしていた。
おそらく人間が刺し貫かれれば、一撃で生命を失うのは想像に難くない。
そんな足がわさわさと、左右に何十本も生えていた。
これが、魔族の尖兵の姿であった。
人類の敵に相応しい、凶猛な姿をしていた。
もし、召喚された勇者達がこれを見たなら、一言こう評したであろう。
――まるで生物とメカが融合したみたいだ、と。
「おせえぞ隊長!」
三人の姿を認めると、ザンガが叫ぶ。
「結構ヤバかったぜ! 手当は弾んでくれよな!」
「考慮する!」
手綱を強く握ると、リュックは大百足に向かって吶喊した。
「自己編綴魔導式活性!」
リュックが起動鍵を叫ぶ。
自己編綴魔導式活性。
この革新的な魔導式は、かつて勇者が使った力を模したものだという。
その力を再現しようと、現代魔法の父スカルファング自らが開発した魔導式。
それがこれだった。
効力は、純粋なパワーアップ。
人体の筋力のみならず、反射力その他までを引き上げる、凶悪無比な魔導式である。
ただ一言唱えるだけで、対象の力が二倍から三倍に増幅される。
平均的な戦士であろうと、一言唱えた瞬間、その圧倒的な力で達人すら凌駕する。
まさに、魔導式の最高傑作であった。
言葉と共に、リュックから淡い光が立ち上る。魔導式が励起した証左であった。
リュックは虫の正面から、二人は別れ百足を囲むように走り込む。
「ずぇい!」
裂帛の気合と共に、巨大な棍棒を振るう。
疾駆する愛馬と共に行われたそれは、すれ違いざまに鎌首をもたげていた大百足の体を打ち付け、ごぃん、という鈍い音を発生させた。
分厚い金属を叩いたように思える鈍い金属音が、周囲の空気と彼の腕を振動させていた。
もし振るっていたのが剣であれば、その装甲に阻まれ無惨にも刃は折れていただろう。
例外なく鋼鉄を纏う魔族相手に、刃物は決定打にならない。
その装甲を越え打撃を与えるには重厚な鈍器が必須なのだ。
リュックはそのまま百足から距離を取るように走り抜ける。
手応えは十分。
しかし、軽いものだろう。
「ミシェル、鈍らせろ!」
リュックの言葉に答えるように、ミシェルも起動鍵を唱える。
「雷撃付与!」
ミシェルの両手に握られた戦闘警棒に、バチバチと電撃が走る。武器に雷を纏わせ、ミシェルが走る。
大百足は鬱陶しそうに、周りを走る小さな《《羽虫》》を追い払おうとその体を振り回す。
体の全部を持ち上げ、ぶおん、と振り回した。
幾重もの死の鎌が重なって迫りくるのを、ミシェルは掻い潜る。一撃でも貰えば死。しかしここで引くような男が傭兵のような仕事を生業にするはずもない。
身を低く屈め。
馬体を斜めにするように、転んでしまうギリギリまで傾け。
地を這うようにミシェルは走った。
彼の頭すれすれを鎌が通り抜け、彼の髪の毛を数本切り裂き空へと解き放つ。
しかし、その体を捉える事はできなかった。
ミシェルは百足の体の節に向かい、思いっきり警棒を突き刺す。
その刹那、大百足はびくん、と体を震わせた。
電撃がその体を侵し、衝撃を与えたのだ。
雷による攻撃は魔族に対する特攻の一つであった。
『ザンガ!』
ミシェルが離れてサポートに回ったザンガに確認を取る。
『駄目だ、まだ見えない!』
その声は彼らの狙いがまだ達成されていない事を教えた。
「くそっ」
悪態を漏らしながら、ミシェルは離脱する。
だがその背に、ぎらりと煌めく百足の足が迫る。
彼の脳天を狙ったそれは一目散に突き刺さんと突き進み――
ギィン!
激しい金属音が、ミシェルの頭上で鳴り響く。
死の刃を食い止めたのは、ニコラだった。
彼の片手槌が百足の足を弾き飛ばす。
「すまん!」
「貸し1だ、今夜は奢れよ!」
駆ける二人は、再び分かたれ百足を囲んだ。
一撃加え、離脱。
一撃即死のヒットアンドアウェイを何度続けただろうか。
死の旋風を三人は幾度も潜り続け、武器を振るう。
百足の動きは、若干鈍っているようだった。
しかし致命傷には至らない。
このままではジリ貧だと誰もが理解していた。
くそっ、そろそろ保たないぞ。
リュックに若干焦りが生まれる。
彼はタイムリミットが近づくのを感じていた。
強力無比な魔導式、自己編綴魔導式活性には明確な弱点が二つ存在した。
まず、消耗が激しい事。
全身の魔力を絞り出すようにして用いられるこれは、使用者本人を甚く消耗させる。
他の魔導式を併用すればその消費はさらに増加し、継戦能力を著しく削いでいた。
この魔導式を用いたならば、相手を必ず仕留めなければならない。
そうでなければ残るのは消耗しきった自分だけなのだ。
もう一つは、任意で解除できない事。
使ったら最後。
自身が消耗しきるまで、その効力は続く。
自らの魔力を使い果たすまで。
使うが最後、相手を殺すか自分が死ぬか。
自己編綴魔導式活性とは、そのような魔導式である。
多目的魔導式ゴーグルには、残り数十秒という表示が出ていた。
この時間を越えたら最後。
勝てない事は無いが――おそらく、死者を覚悟しなければなるまい。
『隊長!』
その時、ザンガの通信が入る。
『わかった! 上から四番目の中心だ!』
『でかした!』
通信と共に、リュックが走る。
そしてその前、露払いのように。
ニコラとミシェルが並走し、百足に突っ込んで行った。
「こじ開けろ!」
リュックの叫びに反応するように、大百足がその足を振るう。
内側に、絞るように。
刃を彼らに集中させる。
その刃を、二人の傭兵が外側へと弾き出した。
体重と加速力を載せた、全力の横薙ぎ。
大百足の足を打ち上げるように放たれたそれは、圧倒的な巨体を確実によろめかせた。
浮き上がった百足の体の、胸と腹が剥き出しになる。
その弱き部分が今ショーケースに並ぶようにリュックの眼前に並べられていた。
リュックは走る。
残り時間は20秒少し。
――間に合うか?
疑念を振り払い、彼は走る。
上から四つ目。
彼は目的の部位を目で追う。
そこは二人の攻撃でかちあげられ、遥か頭上に位置していた。
……足りないか。
彼は走る愛馬の背に足をかける。
そしてそこからぐっと足に力を入れ――高く、跳躍した。
鍛えられた肉厚の体が、中空を舞う。
慣性が残ったまま上空に飛び上がった彼は弧を描き、大百足の体へ吸い込まれるように跳んでいく。
「重量――」
最後の起動鍵を、リュックは叫ぶ。
これで完全にすっからかんだ。
「増加!」
その刹那、リュックの両肩に押しかかる圧力が増加した。
重量増加。
自身が接触している対象か、もしくは自身の重量を増加させる魔法。
平時であればさして使い道の無い魔法であろう。
しかしこの状況。落下する上空からの一撃。
上から下への振り下ろしという攻撃を行う、この一瞬に於いて。
とるに足らない魔法は、必殺の一撃になり得る。
倍加した重量がそのまま威力に転化され、致命的な痛打へと変化するのだ。
「うおおおおおお!」
リュックが吠え、棍棒を振り下ろす。
狙う先は上から四つ。
四番目の体節。その中央。
彼の獲物は寸分違わず、狙いの場所に振り下ろされた。
バキィン!と、何かが割れる音がする。
途端、糸が切れたように。
大百足の体が崩れ落ちた。
魔族には、生半可な攻撃は通用しない。
どれだけ欠損しようが平気で突っ込んでくる為、どれだけ手傷を負わせても油断はできない。
反面、核と呼ばれる中枢を破壊する事であっけなく殺す事ができる。
故に対魔族戦は如何に核を探し打ち砕くかが重要になってくるのだ。
振り下ろした勢いのまま、リュックは地面に叩きつけられる。
ごろり、と回転でその威力を殺し、彼は立ち上がった。
「なんとかなったな……」
丁度自己編綴魔導式活性も効果を終了した。
完全にすんでの所だった。
「思ったよりもキツかったッスね」
「もうちょっと小さきゃ楽だったんだがな」
集まってきた男たちの間に、弛緩した空気が流れた。
「それじゃ」
疲れた体を引きずり、リュックは大百足の死骸に向かう。
「討伐証明に、証拠を持ち帰らなきゃな。さて何処を持っていくか」
どれだけ弾んで貰えるかな。
リュックはダラマトナに辿り着いた後の事を考え、思わず相好を崩した。
一方、取り残された場所の中では。
「…………何をやっている?」
ふと。
未来が唐突に、そう呟く。
馬車の外で鳴っていた金属音――魔族との戦闘音だろう――が静まり、馬車に弛緩した空気が戻りつつ有った頃。
彼女だけは一人、険しい顔をしていた。
「いきなり何を」
脈絡も無い発言に、ニノンは頭に疑問符を浮かべる。
しかしそんなニノンに構わず、未来は続ける。
「気づいていないのか? まさか」
座面にぴったりと。
密着するように添えられた掌に集中しながら、未来は告げた。
「まだ、終わってないぞ」
すっかりと気分が弛緩し、剥ぎ取りに四苦八苦していた【西壁の槍】は、それに気づかなかった。
「あ……っ」
ごぼりと、ニコラの口から血が溢れる。
その胸元からは刃が生えている。
細く、鋭利なそれは鎧すら貫き通し、彼を傷つけていた。
「ニコラーッ!」
反射的に、リュックは武器を握り直す。
そこに居たのは、新たな大百足であった。
先程よりも小ぶり。体躯は5メートル強というところだろう。
しかしその百足が三匹。
ぞろぞろと、連れ立つように。
彼らの眼の前に姿を表していた。
一人は死に体。一人は満身創痍。残り二人も疲労が濃い。
傭兵たちは今、絶体絶命の窮地に陥っていた。




