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第39話 追撃の三匹

 馬車に一人残っていたドニは、既に状況を把握していた。


 彼は御者に近づくと、捲し立てるように叫んだ。


「飛ばすぞ! 他の連中は待たなくていい!」


 御者とて素人ではない。

 彼の態度が一体如何なる状況なのか、雄弁に物語っている事を読み取った。


「わかりました」


 彼は後ろを振り向くと、乗客に向かいやはり叫ぶ。


「皆さん! これからちょっと揺れますよ!」


 途端、馬車は速度を上げた。

 今までのゆったりした走り――所謂常歩――とは打って変わり、早足になって回転速度を上げた。


「ど、どうしたですか!?」


 いきなりの加速に、トトは動揺した声を上げた。


「状況は」


 ニノンも緊張した面持ちに戻り、懐から眼鏡を取り出し、それをかけた。

 その魔導式眼鏡(ウィッチグラス)を励起させ、視力強化(イーグルアイ)の魔導式を起動する。

 馬車から流れる風景のその更に先、遠く。

 それをつぶさに観察する。


 視力が強化された彼女の目には、身の丈より大きな百足と男性三人が必死に戦う姿が映し出されていた。


「これは……ちょっと不味いかもしれないですね。


「劣勢か」


 ニノンが遥か遠くを観察してると、悟ったのだろう。

 未来は彼女が何をしているか大凡理解しているようだった。


「このままだとやられちゃうかもしれないですね……仕方ない」


 ニノンは懐よりタクトを取り出す。


「お客だからこのまま知らぬ存ぜぬを通したかったところですが、それで危険に巻き込まれても元も子もないので」


 すいませんね、と彼女は最後尾に移動した。


「ちょっとだけ、お手伝いしますか」


 ――汝、永久に宙を航れ(アクセス)


 ニノンから語られる力有る言葉。

 それと同時に、彼女の手が魔法陣を形作る。


 それは、昨夜見たものの比ではない。

 

 遥かに巨大。そして遥かに精緻。

 幾何学的な図形が組み合わさり、未知の言語による記述がその隙間をびっしりと埋める。

 馬車より巨大になったそれに、乗客皆が圧倒された。


 淡く幻想的な光が形作るそれは、なんて。


 なんて、幻想的な光景。


 乗客全員の目が、その光に奪われる。

 現代魔法に忘れ去られた美が、そこには有った。


 ニノンは呪文を紡ぐ。

 朗々と、誰にも理解できぬ古き言葉で。

 長く長く紡ぎ続ける。


 時間にして、30秒程だっただろうか。


 ようやく、ニノンの魔法が完成する。


 『――誘導放電弾(ホーミングプラズマ)




 その言葉を放った瞬間。


 まばゆいばかりの、激しい光を放つ電球が二つ。

 馬車の後方に現れいでた。


 雷の弾丸は狙いを付けるように僅かな時間対空すると、バチバチという音を残しながら恐ろしい速度で後方へと進んでいく。

 その先は言うまでもない。

 発動者(ニノン)が命じた、標的である。




 リュックは必死に応戦していた。

 なんとか瀕死のニコラを取り戻すのに成功はしたが、このままでは余命幾許も無い。

 早急に敵を排除し街に向かわなければ彼を救う事は敵わないだろう。


「日和ってたな……」


 既に疲労の限界を越えた体を無理矢理動かしながら、彼は後悔していた。


 伏兵の存在には常に注意を払うべきだった。

 ()()()はその名の通り、単独で居る事が多い。

 だから今回もそうだと決めつけてしまっていた。


 戦いの場は()()()を忘れてはいけなかったというのに。

 あり得ない事を想定し、備える。

 それができない奴から死んでいくと、いつから意識しなくなった。


 リュックもミシェルも既に満身創痍であった。

 鎧の表面には幾重もの切創が刻まれ、痛々しい様を晒している。

 これが完全に切断される時もそう遠くはないだろう。


 ザンガも良くサポートしてくれているが、このままではジリ貧だ。


 リュックの魔力は既に尽き、まだ回復する兆しは無い。

 ミシェルは基本的には補助役だ。

 決定打に欠ける魔導式構成(ビルド)しかしていない。


 (レスプリ)の位置は割り出した。

 だが、それを破壊するだけの火力が出せない。

 一撃で仕留めなければ、次の瞬間死んでいるだろう。

 

 自己編綴魔導式活性(レベルアップ)の使えない今、刃の嵐から逃れる術は存在しなかった。


 攻める事も、躱す事も。

 既に満足に行かない状況になっていた。


『隊長!』


 唐突に、馬車につかせていたドニから通信が入る。


()()()! ヤバいのが行くぞ!』


 要領の得ない通信。

 しかし彼は反射的に、横に飛びのける。


 何が起こるかは分からない。

 それでも、仲間の言葉が信じられるのだけは、分かる。


 リュックとミシェルが草むらに突っ伏すように突っ込んだ直後。


 巨大な光が、尾を引くように飛来した。


 バリッ、という軽い音がして。

 二つの電球が、二体の百足に着弾する。


「――――!」


 声にならない叫び声を上げ、《《大百足が焼け焦げた》》。


 その巨体から立ち上る煙は、まるで荼毘の煙が如く。

 節々より立ち上り、魔族の尖兵の内側を焼き尽くした。

 そしてその活動を停止させる。


 ニノンが放った放電弾(プラズマ)が内部にある(レスプリ)までもを焼き尽くしたのだ。


「助かったのか……?」


 リュックは命拾いした事を喜んだものか、今のが何だったのか聞くべきか、そんな事を悩んでいた。




「っしゃあああああああ!」


 馬車の中で、ニノンがガッツポーズを取る。

 力強く、全力で。


「どうですか皆さん! これが古式魔法! 伝統派魔法使いの力です! 皆様どうぞ古式魔法! 古式魔法をよろしくお願いします!」


 流石廃れた伝統技術の担い手。ここぞとばかりに、アピールを忘れなかった。


「……どうやら、倒せたみたいだな」


 馬車に並走したドニも胸を撫で下ろす。


「あんたも感謝するよ、古式(オブソレット)の娘さん。礼を言わせて貰う」


「いえいえ」


 そう言うものの、顔には自慢げなものが溢れていた。

 もっと褒めてと、表情が語っていた。


「しかし凄いもんだな。現代式(デルニエクリ)より放出魔術が強いとは聞いた事が有るが」


 ドニが感心したように呟く。


「ここまでのもんだとは知らなかった」


 戦場を渡り歩く傭兵からの言葉に。

 ニノンは完全に有頂天だった。


「まあこれでこの馬車の危機も去った事ですし」


 ですよね?と。


「尻を痛めず進めますねー。感謝してください」


「ガタガタでほんと痛かったですよ……」


 トトも終わった、とほっと胸を撫で下ろしたようだった。

 強張らせていた体の緊張が溶けていき、ずり落ちるように背もたれに体を預けた。


「ニノン、凄い魔法だった」


 未来もニノンを褒めそやす。


「いやあ、それほどでも」


「だが」


「へ?」


 続く言葉に、ニノンは虚を突かれたように生返事を返す。


「打ち漏らしたな」


「いやいや私はちゃんと見えてる奴はこんがり焼きましたとも」


 そう言いながら後ろを見たニノンは、見てしまう。


 街道横の草むらから――銀色をした、巨大な百足が飛び出てくるのを。


「ぎょえええええええ!? なああああああんでええええええええ!?」


「君が視認して対象を確認していたとするなら」


 未来が、自身の予測を開陳する。


()()()()()()を見逃していたのだろう」


 ほら、と。


「見ての通り、あいつは体が薄い。地面に張り付くように動いていたら、遠目にはわかるまい」


 未来の言う通りであった。

 あの時、リュック達と戦っていた三体は。

 二体が前衛――フォワードを務め、一体は地面で撹乱を担当していたのだ。


 見た目が虫だからと言って、虫のように行動するとは限らない。

 彼らとて連携はするのだ。


 そして二体が一撃で倒されたと見るや、その攻撃元の方が危険と判断し。

 それを確かめるべく一匹は馬車へと向かってきていたのだった。


「ニノン、あいつを倒せる魔法を成立させるのに、どれくらい時間が必要だ?」


「30……いえ、20秒あればなんとか。ですが」


 大百足(ミルパット)は、体より生えた多足を激しく動かし、馬車に肉薄しようとする。

 その速度は明らかに馬車より圧倒的に速い。

 すぐに追いつかれるのは明白であった。


 ニノンは懐より巻物(スクロール)を取り出す。


 巻物(スクロール)とは、古式魔法使いが速攻で魔法を使う為に事前に呪文(スペル)を書き込んでおく、使い切りの魔法発動体である。

 ただし書き込める呪文の長さは限られており、その都合上あまり強力な魔法は扱えない。

 あくまで間に合わせに使うものであった。


 「棘の弾丸(ニードルバレット)!」


 ニノンの起動鍵(コマンドワード)に合わせ、光の礫が出現し大百足(ミルパット)に向かって飛んでいく。

 礫はミルパットに断続的に当たりその動きを怯ませるが、完全に止めるには至っていなかった。


 ――くっ、時間が足りない!


 せめてもう一人居れば、と歯噛みする。


「傭兵さん!」


 ニノンは外のドニに問いかける。


「何かあいつの速度を鈍らせるような魔導式は無いですか!?」


「すまん、無い!」


 ドニも焦ったように返してくる。


「俺の魔導式構成(ビルド)は自己強化に偏ってる! あんたが期待するようなものは無いんだ!」


「のおおおおおお!?」


 絶体絶命だった。

 手持ちの巻物はあと幾つも無い。

 荷馬車に入っている鞄の中には大分突っ込んであるが、手持ちはいざという時の護身用分だけだ。


 巻物(スクロール)を使えば時間は稼げる。

 しかし街まで辿り着ける程ではない。


 倒せるだけの魔法を使おうとすれば、時間が稼げない。

 おそらく魔法が完成する前に、あの大百足は馬車に襲いかかるだろう。


 あちらを立てればこちらが立たず。

 完全な詰みであった。


 どうすれば――


「時間が稼げればいいんだな!?」


 唐突に、立ち上がる人物が一人。


 それは先日、がなり立てていた男性であった。


「だったらこうすればいい!」


 後ろまで移動した彼は。




 ()()()()()()()()()()()()()()()()()




「…………は?」


 唐突な事態に、ニノンは思わず間抜けな声を漏らした。

 乗客の皆も彫像のように固まっている。


 いや、一人。

 即座に動いた人影が有った。


 天音寺未来、その人であった。


 未来は馬車から跳躍すると、女性を中空で捉え、一回転する。

 そうして見事に地面へと着地した。


「おお、二人も行ったぞ!」


 この兇行に及んだ男は――喝采の声すらあげていた。


「あいつらが襲われてる間に、さっきみたいな魔法を唱えろ! できるだろ?」


 さも当然のように。

 男はそんな恥知らずな要求を口にした。


「ミク!」


 未来が飛び降りた事にようやく気付いたトトが、驚きの声をあげ。


「こ、こいつ……!」


 あまりにも厚顔無恥な要求に、ニノンは初めて怒りの表情を見せた。


「人としての良心は、無いんですか!」


「有るとも!」


 ニノンの怒号に対抗するように、男も声を張り上げる。


「だがあいつらは二等国人(セクタ)だ。なら、一等国人(エタ)の私の為に尽くすのが筋だろう! 違うか!」


 その物言いに、ニノンは目眩すら覚えた。

 こういう連中が王国(エタ)に居る事は理解していた。

 だがいざ目の前でやられると、こうまでも心をかき乱されるとは。


「いいから早く魔法を唱えろ! 時間が無いぞ!」


 こんな人でなしの言うがまま、魔法を唱えなければならないとは。

 あまりの屈辱にニノンは頭が破裂してしまいそうな錯覚を覚えた。


 しかし、一方で魔法を唱えなければいけないとい冷静な判断が有った。

 そうでなければこの馬車の人間は全員死ぬ。


 横に居る獣人の少女を見る。

 せめてこの子だけでも助けなければ、あそこに居る彼女に申し訳が立たないではないか。


「未来さん……」


 ニノンは祈る。

 至天神の気まぐれが彼女を生かしてくれる事を。


 自分の魔法が敵を貫き助けられる事を。


 再び視力強化(イーグルアイ)を起動し、背後を見る。


 拡大された視界の先では、未来が落ちた女性から――護身用のだろうか。小剣(ショートソード)を受け取っていた。


 彼女はそれを確かめるように、様々な角度から眺めていた。

 数秒後には百足が彼女達に襲いかかるというのに。


 迎撃するには、あまりにも心許ない武器。

 無いよりはマシとしか言いようが無かった。


 これから彼女たちは蹂躙されるのだろう。

 しかし目をそらす理由にはいかない。

 放つ魔法を当てる為にも、目視し続ける必要が有る。


 見知った顔が死んでいくのを、まざまざと見なければならないのは辛い。

 ニノンは涙を滲ませながら呪文を唱える。


 昨夜の事を思い出す。

 魔法の話が出来たのは、久しぶりだった。

 古臭い古式の話なんて聞きたがる人はそう居ない。

 だから嬉しかった。

 自分の好きなものを聞いてもらえて、嬉しかった。


 ――もっと、話を聞いて欲しかったな。


 涙で滲む視界の先。

 組み上がる魔法陣の向こう側で、大百足(ジガ・ミルパット)は鋭い足を振り上げて襲いかかり――




 大百足(ジガ・ミルパット)は、ぶったぎられていた。

 冗談のように綺麗に、真ん中から開きにされていた。

 体は左右にぱかりと開き、どちゃりと崩れ落ちるのが見えた。




「ん゛ん゛っ!?」


 思わず、詠唱が止まって声が漏れた。


 信じられなくて二度見した。


 視線の先では、未来が女性に小剣(ショートソード)を返している所だった。

 座り込んだ彼女に手を貸し、起き上がらせる様子まで見えた。


「ん゛ん゛ん゛ん゛っ!?」


 魔法陣が霧散する。

 だって多分もう要らんもん。


「な、何をやっているこの馬鹿が!」


 男が喚く声がやたらと遠くに聞こえる。


「……どうしたんだ?」


 ドニもニノンの尋常ならざる様子に、心配そうに声をかけた。


「多分ですね」


 ニノンは努めて冷静に――とにかく冷静に、一言絞り出した。


「もう、大丈夫なんで」

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