3-9 作り上げられた真実
人の噂も七十五日とは言うが情報過多の現在はそんなに続く事もない。多くの語り継がれる事件は謎が残っているものだが、逆に明確な答えを出せばすぐに興味が無くなり飽きて消え去るものだ。
『全ての黒幕は養護教諭の来島英理であり、磐田恋那と共に実質解散した教団を乗っ取った』
そんな第一報が報じられたのはいつだろうか。それは別に嘘ではないが真実でもなかったが、わかりやすい答えを求める大衆にとっては些細な問題だった。
『小宮山の虐めの真犯人は恋那でした。彼女には誰も逆らえませんでした。彼女は友人の聖愛や入谷に罪を擦り付け、交際相手の猪狩も用済みになって殺して埋めました』
どこの誰かわからない関係者はそう告発し、勇気ある悲劇のヒロインだと考えていた磐田恋那の正体が、昔美人局を行っていた別れさせ屋だと知った大衆は動揺し、義憤はやがて憎悪に変貌していく。
『教団を乗っ取った目的は金のためで、彼女たちはディープフェイクで脅し関係者に金銭を要求していました。それは隅地教頭だけでなく生徒達にも及び、井出桂里奈や緑川道雄もまたディープフェイクで脅されていましたが、要求を拒んで殺害されました。彼女たちは生徒をマインドコントロールして手足として使い、朝霧芙蓉もまた脅迫とマインドコントロールによって罪を被せられていたんです』
俺はそのやや強引な真実を証明するため、批判していた文化人や週刊紙の記者をディープフェイクで脅し、交渉をしている際の映像も流出させた。
――これは教団による虐待ではなく、ディープフェイクによる大規模な詐欺事件だった。
その作り上げられた真実は民衆に衝撃を与えた。実際半分ぐらいは正解だが、陰謀論みたいな真実よりもこっちのほうが連中はしっくりくるだろう。
近年生成画像の発展は目覚ましく、また誰でも被害者となりうる防ぎようのない犯罪の脅威を目の当たりにして人々は恐怖してしまった。
偉そうに説教をしていた文化人たちもまた社会的地位の失墜を恐れ、これはディープフェイクだと見事に手のひら返しをして意見を替え、世論が傾くまでにさほど時間はかからなかった。
教団を批判していたマスコミはあからさまに沈黙して無かった事にしようとしたが、今度はメディアスクラムによって鵯校長を自殺に追い込んだと糾弾される側になった。なお糾弾していたのは教団を批判していた人間であるが、自分がしていた事はもちろん棚に上げて。
しばらくはオールドメディアの偏向報道がどうのこうの、デマを生み出すSNSの規制をすべきだと両者は全力で責任転嫁をし、不毛な争いを続けた後はそれなりのランクの論客やインフルエンサー等ちょうどいい奴を生贄に捧げる事で事態は収束した。
その後忘れた頃に倫理機構から報道が不適切だったという結論が出たが特に誰かを責任を取る事もなく、それはどうなんだと少しだけ騒ぎになったが、その時にはもう誰もこの事件に興味を示さず、どこぞの記者が悲劇を二度と繰り返すまいと一生懸命取材をした検証記事もまたすぐに膨大な情報の海の中に消えていった。
なおネットで教団や学園に対して批判的な書き込みをした人間はしれっとアカウントを削除したが、どうせまた別のアカウントで誰かに噛みつくのだろう。
もちろん洗脳されていたとはいえ全員が無罪放免というわけにはいかないし、これから関わった人間には困難が待ち受けている。結局事件を防げなかった以上最初から敗北しており、この偽りの真実は百点満点の正解だとは到底言えないのだ。
憂鬱な気分になりながら俺は百貨店の催事場に向かう。どうやら今は東北フェアをしているらしく、様々なご当地の食べ物が売られているらしい。またこれはチャリティーイベントも兼ねている様で、商品によっては全額売り上げが寄付される様だ。
俺は宮城の蔵王の辺りで作られた有名なプリンを買い物かごに入れた。高級そうだしニナは喜ぶはずだ。
ただ何よりも気になるのはマスクドコケシが実際に試合で使ったマスクだろう。ショーケースに入れられ厳重に飾られているが、誰も手を出さない値段設定を見る限り客寄せのために置いている様だ。
隣には同じく宮城に縁があるプロレスラーのファラオマスクも置かれているが、このイベントを企画した人はプロレスが好きなのだろうか。ついでに十枚百円で叩き売りされていたY〇SHI-HASHIのブロマイドもお情けで買ってやるか。
レジに札束を置くと店員の女の子は滅茶苦茶ビビり、価値観のバグった客にオーマイガーファンクルと大層驚いていた。きっと向こうもまさかこんなものが売れるとは思っていなかったのだろう。




