3-10 カラマーゾフの贖罪
買い物を済ませて事務所に戻るとそこにニナはおらず、何故か聖愛がソファーに座ってロッシーを撫でていた。
「来てたのか。コーヒーでも飲むか」
「……いえ」
彼女は力なく返事をし、ロッシーもわずかに反応しただけで眠り続ける。こいつも今は聖愛のそばにいるほうが大事だと思ったのかもしれない。
俺は購入したものを冷蔵庫に入れ、マシンにマグカップをセットして一人分のコーヒーを適当に作った。
「結局恋那はどっちだったんでしょうか。私に復讐したかったんでしょうか。それとも赦したかったんでしょうか。最初から私を助けるつもりだったんでしょうか」
「さあな。その狭間で葛藤していたのかもしれない。人間の感情を単純に好きか嫌いかで断じる事なんて出来ないもんだ」
俺はコーヒーが注ぎ終えるのを見つめて彼女が何を想っていたのか思案する。だが恋那の真意がわからない以上、俺はそんな風に曖昧に答える事しか出来なかった。
しかし俺が脅迫に使ったディープフェイクの一部は実は恋那が持っていた記録媒体に入っていたもので、その時点で既に不特定多数への脅迫は行われていた。つまり俺は彼女の用意したシナリオを引き継いだに過ぎなかったのだ。
人工知能とアルゴリズムによるマインドコントロールの実験という来島の目的を考えるとそんな事をする理由はないので、恋那は最初から自分が悪人となるシナリオを用意していたのだろう。
それが聖愛を助けるためだったのか、実際に詐欺を行うためだったのかはわからないが、俺は恋那の最期の言葉を信じたかった。
「私と恋那は仲良しでした。それは友情なんてものではなく、同じ二世信者同士傷を舐め合う様な関係だったのかもしれません。ですが私はそれでも良かったんです」
しばらく沈黙が流れた後、聖愛は今は亡き友との過去を語り始めた。
「ですが彼女の様子がだんだんおかしくなっていって……私に向けられる感情が変化していったんです。恋那は私に恋をしていたんです。私はそれが理解出来なくて怖かった。だから彼女に猪狩君を引っ付けて遠ざけたかったんです。彼女と友人で居続けるために」
人の心を裁く事は出来ない。聖愛は結果的に恋那の人生を狂わせてしまったが、彼女は罰を受ける事も出来ないのだ。だがそれは聖愛にとっては呪いでしかないだろう。
「堤さん。私はどうすればよかったんでしょうか。悪いのは猪狩君ですよね。でも恋那も悪いですよね。私は悪くないですよね」
「……………」
聖愛は結局言い訳をして自分を正当化する。彼女はただ弱く、そして醜かった。
周りのせいでそうなったとは言えるがきっともう彼女が強さを手に入れる事は無く、ずっと自分の不幸を誰かのせいにして生き続けるのだろう。
「それはお前が一番よく知っているはずだ。お前がクズだって事を。だが恋那はそんなお前を助けようとした。それを忘れるな」
「っ」
俺は怒りを込めて聖愛を突き放す。彼女がどれだけクズだとしても、恋那が最期にそれを望んだのならば一度くらいは彼女を助けなければならないだろう。
しかしその後は関わるつもりはない。ハッキリ言って聖愛は苦労をしてまで助けるべき人間ではないのだかた。
けれど嗚咽を漏らして泣き出した彼女を今は信じよう。再び同じ事が起きた場合、過ちを繰り返す事になったとしても。




