3-8 慈悲深きカラマーゾフ派との決戦
展開のあやでカルト連中とバトルする羽目になり、俺はとてつもなく気が重かった。相手は銃を持った教祖様と軽く百人は超える武装した信者達だ。
こんなの格闘の達人でも勝ち目はないだろう。一応気休め程度に三段警棒とリボルバー式の拳銃はあるが、こんな事ならサブマシンガンでも借りておけばよかった。
まったく、うちはギャグ路線なのになんでこんなバトル漫画みたいな事をしなくちゃならないんだ。
ああ、今は無性に変態が恋しい。誰でもいいから竜巻旋風ケツとか男色ベアハッグをしてくれ。こういうガチなバトルはいらないんだ。
仕方ない、助けが来るまで鬼ごっこでもしておくべきか。来島は強力な飛び道具を持っているが足が不自由で動きは遅いし、射線上に立たない様に上手く立ち回ればあるいは……。
「ほな行くでぇ!」
「のお!?」
しかし来島は松葉杖の擬態銃を素早く動かしとてつもない速さで移動、有効距離まで近付いて銃をぶっ放した。その意表を突く動きに俺は危うく射殺されそうになったが、寸での所で回避し座席をトーチカ代わりに猛攻をしのいだ。
「もうちょっと人間らしい動きをしろっての!? 最近また現れたホッピングババアってお前の事だったのか!?」
ニナの話だと一時期流行ったホッピングババアがまたこのあたりで目撃されたらしいが、もしも子供がこんな奇々怪々な動きを見てしまえば確かに妖怪と間違えてしまうだろう。
っていうか人間にこんな動きが可能なのだろうか。改めて見ると動きが何だかぎこちないし、なんか違和感がある様な。
「そこかあ!」
「うぉっと!?」
ホッピングババア、ではなく来島は凄まじいジャンプ力で二階に移動、高所から連続して乱射した。うん、考えるのはやめやめ。昔鉄球を振り回すジジイとも遭遇した事があるしホッピングババアくらいいるだろう。
「ゾフィア様の敵に死を!」
「ゾフィア様の敵に死を!」
無論最大の脅威は来島だが彼女だけではなく信者にも気を付けなければいけない。ゾンビの様な信者は全体的にへっぽこだが殺す事に一切の躊躇がなく、姿勢を低くして身を護ろうとする弱々しい中年のおじさんにも容赦なく鈍器を振り下ろした。
「ったく、最近のガキは恐ろしいな! 誰だよ少年犯罪は実際は減ってるって言った奴は!」
俺は三段警棒を振り回し信者を怯ませながらひたすら逃げに徹する。しかしどう考えてもこのままではすぐに詰んでしまうだろう。打つ手はないのか……!
「聖愛、お前も手伝え! 空手の有段者なら少しくらいは倒せるだろ!」
「私は悪くない、私は悪くない……」
不本意ながら俺は藁にも縋る思いで聖愛に泣きつくが、彼女は放心状態でブツブツ何かを呟き戦意を喪失している。うん、ありゃ駄目だ。とても戦力にはなりそうにない。
「くッ……」
「ゾフィア様の敵に死を!」
「ゾフィア様の敵に死を!」
結局俺は信者たちに取り囲まれ逃げ場を失ってしまう。どうやら思いのほか決断の時はすぐに来てしまった様だ。
俺は懐に忍ばせた拳銃に視線を向ける。威嚇射撃でも拳銃を撃てばビビって腰を抜かすだろうか。いや、たとえ頭を撃ち抜いたとしてもクスリ漬けで洗脳されたこいつらはそんなの気にするはずがない。神が望む以上、連中は四肢がもげようとも死ぬまで俺を殺そうとするはずだ。
一体どうすればいい――だが死を覚悟したその時ようやくドアがすらりと伸びた黒脚により蹴破られ、ラテン系のスーパーヒゲ親父宜しく悪者を倒してくれる正義の味方が颯爽と現れた!
「お待たせしました!」
「ミシェルッ!」
ミシェルは数人の武装したエージェントともに現れ信者たちを蹴り飛ばし俺を救出してくれた。やはり結局のところ荒事はプロに任せるのが一番らしい。
「撃てッ!」
「うわああッ!?」
外国人のエージェント達はテーザーガンや催涙弾で信者たちを素早く無力化していく。頼もしい事この上ないが猛烈に目が痛くて仕方がない。うん、大人しく邪魔にならない所に隠れておくか。
「サンキュ、ミシェル! だがブレスケアはしていないからお礼のキスは出来ないぞ!」
「別にいりませんよ! そんな軽口を叩けるのなら問題なさそうですね!」
「ははっ! この間お持ち帰りをした仲だろ!」
「記憶にございません!」
ミシェルは笑いながら座席を掴んで跳馬の様に回転、敵を排除し親玉目指し一直線に向かう。だが来島は舌打ちをしてまたピョンピョンと飛び跳ねすぐに逃げてしまった。
「何だあれは……!?」
「と、とにかく撃つんだ!」
人ならざる妖怪ホッピングババアには百戦錬磨のエージェントたちも困惑している様だったがそこはプロ、冷静に銃を撃って迎撃しようと試みた。
「ぐッ!」
ちょこまかと動こうと下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。来島は空中で迎撃され座席に顔面を強打してしまった。あらら、滅茶苦茶痛そう。
「痛いなあ。何してくれとんのや」
「っ」
だが首をゴキ、ゴキと動かしながら立ち上がった来島の顔を見て俺達は戦慄する。皮膚が剥がれた下地の部分から、どう見ても有機物ではない鋼鉄の筋組織が露出してしまったからだ。
「お前、その顔……」
「ああ、こっちもついでに実験しとったんや。機械に人間らしい歩き方をさせるのって地味に大変やから松葉杖をついとったんやけど」
彼女は高度な人工知能の開発に携わったくらいだしロボットも作れるだろう。とすると来島の本体は別のどこかにあり遠隔操作で動かしているのだろうか。まったく、今回の事件はとことんSFだな。
「そうか、だから毒が平気だったんだな」
また彼女の肉体が機械だと判明した事で隅地教頭殺害の方法のトリックもわかってしまった。
俺は特異体質で毒を無力化したと推理したが、この肉体ならばたとえどんな毒を飲もうと死ぬ事は無いだろう。ある意味機械の身体も特異体質だと言えるけど。
だがここで一つ絶望的な事実が判明してしまった。目の前にいる彼女は所詮アバターであり本人ではない。つまり勝利した所でこの極悪人を捕まえる事は出来ないのだ。
「目的は達成出来たから別にバレてもええんやけど、どうせやったら死なばもろとも道連れにしたるわ。覚悟しぃや!」
「うわッ!?」
負傷した事で本気モードになった来島は壁や天井をゴキブリの様に動き回り、関節をあらぬ方向に曲げ弾丸のシャワーを浴びせる。
「がああ!?」
動きも見た目も気色悪いったらありゃしない。だが彼女は味方への被害もいとわず攻撃していた。流れ弾に当たった信者は耐え難い痛みに悶絶してのたうち回り、幸か不幸かようやく麻薬が切れ始めた事も合わさって洗脳が解けつつあった。
「芙蓉ぉ!」
「紅葉!」
その凶弾は手足となって動いた芙蓉たちにも襲い掛かる。ただこの状況になってようやく彼女たちは本当の気持ちに気付き、互いに抱き合い身を盾にして親友を護る選択をした。
「もうこいつ無茶苦茶だ! お前らも逃げろ!」
「ゾフィア様……!」
「違う、違う、違う……」
しかしそんなものは狂気の前には何の意味もなさない。俺は銃を乱射しながら恋那と聖愛にも呼びかけるが、彼女たちは逃げ遅れ遮蔽物がない通路に取り残されてしまった。
「ッ!」
「恋那ッ!」
そして流れ弾が聖愛目掛けて発射され――その直前で動いた恋那に命中、巻き添えを食らって倒れてしまった。
「え……」
それは図らずも憎んでいた聖愛を護る形になったので彼女は何が起こったのか理解出来ない様子だった。あるいは最初からそのつもりで行動したのかもしれないが、最早彼女の真意を知る事は出来ない。
「恋那ッ! 大丈夫かッ!」
俺はすぐに恋那に駆け寄るが銃弾は頭部に命中していた。まだかすかに息はあるがこれでは助からないだろう。
「つつみ……あとは……おねがい……」
恋那は最期にそう言い残し、全身が弛緩し事切れてしまう。だが俺は彼女が何を望んだのか明確に理解する事は出来なかった。
彼女と俺は仕事仲間というだけでそれほど仲が良かったわけではないし、別れさせ屋なんてロクな死に方はしないだろうとは思っていたが、それでも知り合いが目の前で死んでしまうのはやり堪えるものはある。
「……何で殺したの」
「聖愛」
だが彼女の死によって失意の中にいた聖愛はようやく立ち上がる。彼女は倒れた信者から鉄パイプの槍を掴み取ると、壁を這いまわりながらケタケタと笑う来島を睨みつけた。
「何で恋那を殺したのッ!」
聖愛は鉄パイプの槍を力任せに投げて逃げ回る来島に突き刺し、落下した彼女に鋼の拳の連撃を打ち込んだ。その重い一撃は機械の身体にもダメージを与え、来島は苦悶の声を上げ後退してしまった。
「おかしな事を言うなあ。そいつはあんたを殺したいほど憎んどって破滅させようとしたんやで?」
「うるさいうるさいうるさいッ! そんなのわかってるよッ!」
その攻撃は子供が駄々をこねている様だったが、危険を顧みない決死の攻撃によって着実に来島の肉体は損傷していく。
「聖愛ッ!」
「終いや」
だがやはり来島もまた人外である以上優勢は一瞬だった。来島はすぐに跳躍して逃げ、壁に張り付き聖愛に銃を向けた。今度こそ避けられない、このままじゃ聖愛が!
「時間を稼いでくれてありがとう。チェックメイトだ」
「オウン!」
「ガアアア!?」
「ッ!?」
けれどその時ようやく真矢が戻って来た。彼女は人がいなくなった祭壇にロッシーとともに現れ、決め台詞を言った後来島は全身からスパークを放ち壁から落下、のたうち回り銃を落としてしまった。
「ゴ、ゴレ、ナニヴォ!?」
「これはっ!?」
「バーチャル動画主に対するオタクの怒りの鉄槌さ。やっぱり君にも効果はあったんだね」
それは文化祭の騒動で使われたウィルスであり、勝ち誇った笑みを浮かべる真矢に瀕死の来島は歪な声で恨み言を叫んだ。
保健室で来島が変な声を出したのはむせたわけではなくウィルスが残っていたからだったのか。ならば彼女はもう自由に動けない。機械の身体である以上、プログラムには決して抗えないのだから。
「今だッ!」
「ヂィ! ドゲェ!」
「ああ!?」
「くッ!」
俺達はとどめを刺そうと取り押さえようとするが、来島は流石に分が悪いと判断したのか根性で押しのけ音楽ホールから逃げ出そうとする。こいつ本当にバケモンだな!?
「ミステリーで最後に悪あがきをする犯人程醜いものはないよ。ロッシー」
「オウン!」
「ッ!?」
だが彼女は祭壇の上に立つロッシーに気付き硬直してしまう。ロッシーはあの時マスクドコケシロボを倒した時と同じ様に、ニナに教えてもらった挑発をした。
祭壇の下にある処刑台からは炎が揺らめき、電動工具が唸り声をあげ生贄が捧げられるのを今か今かと待っている。この場所であの芸をすれば、オリジナルの様にリングアウトだけでは済まないはずだ。
「グゾガ、グゾガ、ゴンナイヌヂクジョウニッ!」
「オウフッ!」
来島は歯を食いしばりながら抗おうとするが、ウィルスの呪いを跳ねのける事は出来ずに猛スピードで祭壇めがけて突進してしまう。
そしてロッシーは跳躍した来島を直前で回避し、彼女は爽快な音と共に祭壇を破壊した後、よろめきながら背中から処刑台に落下してしまった。
「ゴレデガッダドオオヴォナ……ウヂバナンドデボ……」
処刑台からは機械を破断する歪な音が聞こえ、炎で熱せられた電動工具もまた限界が訪れ爆散してしまう。
来島の肉体は四散し、人工皮膚が燃えドクロの様になった彼女の生首は恨めしそうにこちらを睨みつけながら活動を停止してしまった。
だが俺は気付いていた。これは決して勝利ではない事に。打ち切り漫画のシメではないが本当の戦いはこれからだという事を。
俺は来島の野望を止めるため脳内でシミュレートをする。亡くなったとはいえ、鵯校長のアフターケアの依頼を果たさなければいけないからな。




