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メタルブレーカーズ  作者: 源三郎


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第32章 無音の出撃

宇宙編に入ります。


白い飛翔体は消えました。けれど、それを消した力――華の技術と、宇宙へ人を叩き出す射出設備――は、世界にとって最も危険な遺産になりました。


そして、その遺産を読める唯一の人間――荻野博士の娘・初が、四つの仕掛けの在り処を明かします。


荻野博士が遺したジェネシス・アイル(篠籠島)に、いま他国の強襲部隊が降りてきています。狙いは射出路の確保、あるいは破壊。


加藤、伊藤、奥山。連華班の三人が、宇宙仕様の連華バーニアンに乗り込みます。地下から海へ抜ける射出路を、撃ち合いながら登る。その先に、電磁カタパルトがある。


宇宙の入口は、轟音ではありませんでした。


今回は、彼らが地上で撃つ最後の戦いと、その果てに訪れる「無音」を描きます。


 白い飛翔体は消えた。けれど、宇宙の暗がりから届く黒い信号は、止まらなかった。


 第七区画の受信盤へ、それは六時間おきに落ちてくる。真壁(まかべ)(はるか)烈火(れっか)一号機からだった。名前と、帰還努力継続。その二語以外、誰にも読めない。榊原(さかきばら)のデジタル複号は、同じ場所で何度も誤読を繰り返した。


 読めたのは、一人だけだった。


 荻野(おぎの)誠一(せいいち)が、篠籠島(しのこじま)に遺していた。


 ジェネシス・アイル。図面の隅に、博士だけがそう書いた島。そこで育った少女がいた。荻野初。被験者第一号にして、月華(げっか)から人格を保って戻った、最初の帰還者。


 (はじめ)は靴を脱ぎ、冷たい床に足をつけてから、紙テープに触れた。


「真壁さんは、月の裏側へ行こうとしています」


 白瀬(しらせ)が顔を上げる。


「そこに、父が遺したものがあります」


 初が広げたのは、荻野の手書きの束だった。悪筆で、不格好で、何ひとつ親切ではない。それでも、博士が誰にも告げず積み上げた四つのものが、そこに書かれていた。


 出る道。地下の電磁カタパルト。


 戻る足。倉庫に伏せた、宇宙仕様の連華(れんか)バーニアン、四機。


 帰る場所。月の裏に隠した、まだ歩けない戦闘空母。


 そして、読む者。


 初は、最後の一行を指でなぞらなかった。そこに自分の名があることを、知っていたからだ。


「戻れない前進は、ただの落下だ」


 加藤(かとう)が、荻野の口癖を借りて言った。


「あの人は、烈火を宇宙へ放り出したときから、落ちる先を先に作ってたってことか」


 黒崎(くろさき)は答えなかった。答えの代わりに、出撃を承認した。


 奥山(おくやま)が、初をちらりと見た。


「あの……怖くないんですか。父さんが作ったやつに、乗るの」


 初は少し考えた。


「怖いです。でも、読めるのが私しかいないので」


 奥山は、その答えが少しだけ嬉しかった。怖いと言う人間が、もう一人いた。


 迎えに行く。真壁を。


 帰る場所は、もう月の裏に用意されている。あとは、そこまで誰かが歩いていくだけだった。


 出撃の朝が来た。


 地下三十メートル。


 連華バーニアンの脚が、格納庫の床を踏んだ。


 鉄の足裏が床版を噛む音は、地上の連華と何も変わらない。けれど背中には推進ノズルの束があった。脚の節々に、姿勢制御用の小さなバーニアが埋め込まれている。空を飛ぶための翼ではない。荻野が付けたのは、真空でも戻ってこられる足だった。


 加藤は操縦殻の中で、その足の感触だけを頼りにしていた。


 頭上で、また鈍い音がした。


 地表が殴られている。


「奥山、心拍」


「速いです。速いままで、たぶんもう戻りません」


 奥山の声は震えていたが、答えは正確だった。臆病者の報告は、いつも正直だ。


「いい。速いままでいけ」


 通信に、白瀬の声が割って入った。地下第七区画から、回線は細く繋がっている。


『連華バーニアン各機。射出路、第三隔壁まで敵性反応。強襲部隊と、無人重機。確認できるだけで――数えきれません』


「数えなくていい」


 加藤は短く言った。


「全部こっちの足の下を通らせなきゃいいだけだ」


 ジェネシス・アイル。荻野が図面の隅にそう書いていた島。華計画の根が眠る場所。白い飛翔体が消えて、世界がようやく息をついたと思った矢先、その島へ向けて、昨日まで味方だった国の艦が舳先を向けた。


 理由は単純だった。


 ここには、宇宙へ人を叩き出す装置がある。


 欲しがる者は、奪うか、壊すかのどちらかしかしない。


 黒崎の声が降りてきた。低い。


『作戦目的を再確認する。連華バーニアン三機を電磁カタパルトへ送り届け、射出する。月の裏側――荻野博士の遺した拠点へ。目的はただ一つ』


 一拍。


『真壁を、迎えに行く』


 奥山が、ひゅっと息を吸った。泣くのを我慢する音だった。


 伊藤(いとう)は何も言わなかった。代わりに、自分の機体の記録装置の蓋を、指の腹で一度だけ撫でた。空で失ったものを、もう一度空へ返しに行く男の、それが祈りの形だった。


「行くぞ」


 加藤の一号機「帰路」が、射出路の傾斜へ脚を掛けた。


 その瞬間、第一隔壁が内側へ膨らんで、爆ぜた。


 光。


 熱。


 破片が操縦殻の外装を叩く。電子が生きている戦場の音は、白い飛翔体のときとは違った。アラームが正常に鳴る。被弾を、機械が正しく怖がる。


「対戦車ミサイル、来ます!」


 奥山の三号機「足」が、横っ飛びに射出路の壁へ張りついた。バーニアの短い噴射。臆病な機体は、誰よりも早く逃げる。逃げて、生き残って、それから撃つ。


 二発目が加藤の頭上を抜けた。


 加藤は避けなかった。


 帰路の右腕が、隔壁の穴から突き出した敵の無人重機――球体に脚を生やしたあの忌々しい型――を、上から踏み潰した。装甲が陥没し、内部の駆動液が床へ散った。


「伊藤、奥」


「見えてます」


 伊藤の二号機「灯台」が、加藤の死角へ滑り込んだ。連華の射撃管制は古い。照準は機械式。だが伊藤の手は、空にいた頃の手だった。三十六ミリの徹甲弾が、隔壁の奥で身を起こしかけた歩兵の装甲を、関節ごと縫い止める。


『加藤一尉。情緒的な突出は控えてください。あなたはもう一度、B-MAXの後だ』


 黒崎の声には、心配と命令が同じ重さで入っていた。


「分かってる」


 嘘だった。


 加藤の手は、止まれない癖をまだ覚えている。荻野に叩き起こされた夜の癖だ。戻れない前進はただの落下だ、と外から殻を殴られた、あの夜の。


 だから今日は、戻る場所を先に決めてある。


 月の裏側に、灯台がある。


 それだけで、加藤の足は前へ出られた。


 第二隔壁。


 ここで射出路は二股に割れる。片方は整備区画。片方はカタパルトの射出口へ続く一本道。


 その整備区画に、四号機が立っていた。


 連華バーニアン四号機「初」。


 動かない。


 脚部のバーニアが、長い眠りの間に固着していた。荻野が遺したものは、いつも不格好で、いつもどこか壊れている。四機あって、宇宙へ出られるのは三機だけ。


 地下第七区画で、誰かが息を呑んだ。初の声だった。


『四号機は……置いていってください』


 少女の声は、油と工具の匂いのする声だった。博士の助手だった子の声。


『その子は、もともと帰ってくる側の機体です。父が……そう作りました』


 奥山が、無人重機の群れを撃ち払いながら、ほとんど叫ぶように言った。


「初ちゃん、その言い方、ずるいです!」


『ごめんなさい』


 謝りながら、初の声は次の指示を切らさなかった。


『敵、射出口側へ回り込みます。あと九十秒で、外殻ハッチの自動防衛が起動します。荻野式です。味方も、撃ちます』


「九十秒」


 加藤が復唱した。


「九十秒で乗って、縛りつけて、撃ち出す」


 無茶だ。


 無茶を、荻野はいつも平然と言った。だから加藤も、平然と言うことにした。


 一本道へ突入する。


 ここからは、撃ちながら登るしかなかった。


 敵の強襲部隊は、射出路の確保を諦めて、破壊に切り替えていた。壁面に成形炸薬を貼り付けている。一発でも射出機構に通れば、三機はこの地下で蒸し焼きだ。


「奥山、左壁の爆薬!」


「怖い、怖い、怖い――やります!」


 奥山の足が、壁を走った。


 臆病な男の機体は、誰よりも壁の向こうの死を想像する。想像するから、最短で潰せる。三号機の腕が、貼り付けられた爆薬を、起爆装置ごと床へ叩き落とした。


 その背中へ、敵の重機が組みついた。


「奥山!」


 加藤が振り向くより早く、伊藤の灯台が撃った。


 一発。


 敵重機の頭部光学系が砕けた。


 二発目は、撃たなかった。撃てなかった。伊藤の弾倉が、空になっていた。


『弾、切れた』


 伊藤の声は、不思議なほど静かだった。


『加藤さん。俺はここで殿をやる。二機で行ってくれ』


「ふざけるな」


 加藤は即答した。


「お前は空へ戻るんだろう。記録を持って、空へ。荻野の足を、宇宙まで運ぶんだろう」


 通信が、一瞬、沈黙した。


 伊藤が、笑った気配がした。空を捨てたと言い張っていた男の、久しぶりの笑いだった。


『……ずるいのは、加藤さんもだ』


「荻野の真似だ」


 帰路が、灯台の前へ出た。


 弾の切れた伊藤を背中にかばい、加藤は自分の機体の全弾を、射出口前の敵の塊へ叩き込んだ。徹甲弾が尽きると、腕を振るった。鉄の拳が、装甲を、駆動軸を、人の作った機械の関節を、片っ端から壊していく。


 止まれない前進。


 けれど今日は、落下じゃなかった。


 前に、戻る場所があるからだ。


『三十秒!』


 白瀬の声が裏返った。


『カタパルト射出クレードル、三基、展開済み。乗ってください。お願いします、乗って――』


 射出口が、開いた。


 海食崖の向こうに、夜の海が見えた。


 その上に、星があった。


 三機の連華バーニアンが、射出レールの上のクレードルへ、次々と脚を滑り込ませた。固定アームが、機体の四肢を掴む。乱暴に。確実に。荻野が設計した、不格好で、絶対に外れない掴み方で。


 加藤。


 伊藤。


 奥山。


 三つの鉄の体が、空へ向けて寝かされる。


 背後で、ハッチの自動防衛が起動した。荻野式。味方も撃つ。敵の強襲部隊の先頭が、青白い火線に薙ぎ払われていく。荻野は最期まで、帰る道を守るための牙を、ちゃんと残していた。


『電磁カタパルト、最終充填』


 初の声が、震えていた。


『加藤隊長。伊藤二尉。奥山三尉』


 少女は、帰還補助語(きかんほじょご)を言った。父に教わった言葉を。父を、最後まで人間のまま留められなかった言葉を。


『足。灯台。帰路。――いってらっしゃい』


 奥山が、泣きながら笑った。


「怖いです。宇宙、めちゃくちゃ怖いです。でも――行きます」


 伊藤が、記録装置の蓋を、もう一度撫でた。


 加藤は、目を閉じなかった。


「荻野」


 誰にも届かない声で、加藤は言った。


「歩いてくる」


 充填、完了。


 電磁加速。


 その瞬間、すべての電子が死んだ。


 射出レールの磁場が、機体の電装を一息に焼き切ったのだ。アラームも、被弾警報も、通信のノイズも、何もかもが、同時に、消えた。


 轟音を覚悟していた。


 来たのは、無音だった。


 加藤の耳に残ったのは、自分の心臓の音だけだった。


 奥山の耳には、自分の呼吸。


 伊藤の耳には――たぶん、ずっと聞きたかった空の、いちばん静かな高さの音。


 三機の連華バーニアンは、海食崖の口から、夜の空へ撃ち出された。


 星が、近づいてきた。


 白い飛翔体の消えた空を、今度は人間が、自分の足で昇っていく。


 誰も、何も言わなかった。


 言葉は、もう全部、地上に置いてきた。


 残っているのは、心拍と、呼吸と、戻るという約束だけだった。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


今回から、射出の前に少し時間を取りました。荻野博士が遺した四つのもの――出る道、戻る足、帰る場所、そして読む者である初――を、ここで一度ならべています。第31話からの繋がりを、飛ばさずに踏みたかったからです。


戦闘を強めに振りました。けれど、書いていて一番こだわったのは、撃ち合いの音そのものより、その音が「一斉に消える」一行のほうでした。轟音を覚悟して飛び込んだ先が無音だった――宇宙の入口を、そういう場所にしたかったのです。


四号機「初」を置いていく場面は、迷いました。動かせる機体を一つ余らせておいて、わざと連れて行かない。でも、あの子は「帰ってくる側の機体」なのだと、初本人に言わせたかった。荻野博士が遺したものは、最後まで不格好です。


伊藤の弾が切れる流れは、本当はもっと劇的に殿しんがりをやらせる案もありました。やめました。この三人は、誰か一人を置いていく話には、もうしたくなかった。


次は、宇宙へ出た三機が、月の裏側の「澪標」へ辿り着くまで。そして、ずっと宙に吊られたままの真壁のもとへ。


感想や「ここの戦闘描写が分かりにくい」といった指摘も、もしあれば遠慮なく。直します。

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