表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メタルブレーカーズ  作者: 源三郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/31

第16章 防衛線

篠籠島に降りた連華班。相手は白い飛翔体ではなく、荻野博士の研究所が放った無人重機「ピンポン野郎」と、町の空に浮かぶ正体不明の飛行型です。

人の暮らしが残る町で、鉄の足は何を守り、何を壊すのか。加藤、奥山、伊藤、それぞれが限界に触れる章です。



 篠籠島の町は、まだ生活の形を残していた。


 だからこそ、戦場より恐ろしかった。


 燃えた商店街の看板には、昨日までの特売日が貼られている。


 割れた薬局のガラス棚には、湿布と風邪薬が並んだままだ。


 港へ向かう坂道の途中には、ランドセルが一つ落ちていた。赤い。片方の肩紐が切れている。雨でも降ったのか、布地は黒く湿っていた。


 連華一号機の足裏が、アスファルトへ深く食い込む。


 加藤かとう一尉は、そのランドセルを踏まないように機体の重心をずらした。


 わずかな動きだった。


 だが、四・八メートルの鉄塊にとっては、それだけで脚部の油圧が唸る。


 操縦殻の中で、警告灯が一つ増えた。


 右膝関節、過負荷。


 加藤は見なかったことにした。


 今、見なければならないものは他にある。


『前方、十四。左路地、七。屋上、三』


 白瀬凛しらせ・りん三尉の声が、ノイズの中から届いた。


 統合作戦通信室の回線は、もう安定していない。篠籠島の上空に漂う謎の飛行型機体が、周期的に通信を濁らせていた。


 音が割れるたび、白瀬の声は遠ざかる。


 それでも彼女は数を数え続けた。


『追加反応あり。港湾倉庫側から、六。いや、八。ごめん、映像が跳ねる。第1特務機械化隊、町役場前交差点が第一防衛線。そこを抜かれたら、民間人退避区画へ入られる』


「民間人は確認できるか」


『熱源はある。でも飛翔体干渉で赤外は信用できない。目視映像では、町役場地下、漁協倉庫、診療所裏に人影らしきもの』


「らしきもの、か」


『言い切れなくてごめん』


「謝るな。言い切れない方が助かる」


 加藤は、機体の肩を少し下げた。


 敵を見下ろしすぎない角度。


 人を踏み潰さない角度。


 そして、自分がまだ人間の町にいると忘れない角度。


 路地の奥から、丸い無人重機が出てくる。


 球体に近い装甲殻。


 二本の逆関節脚。


 折り畳まれた短い作業腕。


 ピンクとも赤ともつかない単眼センサー。


 現場の誰かがふざけて呼んだ名は、もう正式な敵性識別名のように通信へ乗っていた。


 ピンポン野郎。


 そのふざけた響きが、かえって不気味だった。


 小さくて、丸くて、軽いはずの言葉。


 だが目の前のそれは、アスファルトを砕きながら歩いてくる。


 先頭の一機が、単眼を加藤へ向けた。


 装甲殻の側面が開く。


「撃つぞ」


 加藤が言うより早く、機関砲が火を噴いた。


 曳光弾が胸部装甲を叩く。


 衝撃が、座席の背中を殴る。


 加藤は奥歯を噛み、機体を半歩前に出す。


『奥山、左を塞げ。伊藤、上を見るな。まず地上だ』


『上を見なければ死ぬ空です』


 伊藤いとう二尉の声は冷静だった。


 その冷静さの底に、苛立ちがある。


 三号機は背部ブースターを低く唸らせ、商店街のアーケード跡を越えて右側面へ回った。連華に翼はない。だが伊藤は、空気の厚みを読むように鉄の機体を滑らせる。


 ブースターの噴射が短く弾け、三号機は二階建ての雑居ビルの屋上へ片膝をついた。


 その直後、屋上に潜んでいた三機のピンポン野郎が跳ねた。


 跳ねる。


 歩くのではない。


 脚部の圧縮機構を使い、球形の胴体を弾丸のように飛ばす。


 伊藤は舌打ちした。


『こいつら、可愛い名前で動きが悪い』


 連華三号機の左腕が、跳んだ一機を空中で掴んだ。


 握り潰す。


 球殻が裂け、赤い単眼が一瞬だけ強く光って消えた。


 二機目は三号機の肩へ取りついた。


 短い作業腕が装甲の継ぎ目を探る。


『自律解体までやるのか』


 伊藤は肩を建物の壁へ叩きつけた。


 壁が崩れ、粉塵が吹き出す。


 ピンポン野郎は潰れたが、建物の内側から悲鳴が上がった。


 伊藤の手が止まった。


『中に人がいる』


 その一言で、戦場の速度が変わった。


 奥山凪おくやま・なぎ三尉は、二号機の操縦殻で喉を鳴らした。


「やっぱりいるんじゃないですか……人、いるんじゃないですか……」


 左路地から七機。


 白瀬が言った数。


 実際には、もっといた。


 火災で崩れかけた民宿の陰から、丸い胴体が次々に現れる。単眼が奥山の二号機を捉え、足音が一つの塊になって近づいてくる。


 二号機は重武装型だった。


 肩部に無誘導ロケット。


 腰部に予備弾倉。


 右腕に携帯型滑腔砲。


 左腕に盾代わりの増加装甲。


 火力だけなら、三機の中で最も頼れる。


 だがここは町だった。


 撃てば、壁が抜ける。


 壁の向こうに、人がいるかもしれない。


 撃たなければ、ピンポン野郎は民間人退避区画へ入る。


 どちらを選んでも、人を壊す可能性がある。


 奥山は、操縦桿を握ったまま固まった。


「隊長、撃てません」


『撃つな。塞げ』


「塞ぐって、どうやって」


『お前の機体は重い』


「ひどい」


『褒めてる』


 加藤の声は荒いが、芯は落ち着いていた。


『民宿の看板柱を折れ。路地へ倒せ。足止めだけでいい』


「はい、はい、やります、やりますけど、こういうの訓練でやりましたっけ!?」


『今やってる』


 奥山は泣きそうな顔で、二号機の左腕を伸ばした。


 民宿の前に立つ、古い鉄骨の看板。


 ようこそ篠籠島へ。


 文字の半分は煤で読めない。


 奥山は、その根元へ機体の手をかけた。


 力を入れる。


 鉄骨が悲鳴を上げる。


 嫌な音だった。


 誰かの記憶を折る音だった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、弁償します、絶対しますから」


 鉄骨が折れた。


 二号機は看板を抱え、路地へ横倒しにする。


 押し寄せていたピンポン野郎の先頭三機が、看板に衝突する。丸い胴体が弾かれ、後続が詰まった。


 奥山は息を吐いた。


 その瞬間、左上から甲高い振動音が降ってきた。


 空気が、震えた。


 音ではない。


 音になる前のもの。


 頭蓋骨の内側を、細い針でなぞられるような振動だった。


『上空反応! 例の飛行型、接近!』


 白瀬の声が鋭くなる。


 加藤は空を見た。


 赤紫色に染まった煙の上を、銀灰色の機体が滑っている。


 ヘリではない。


 固定翼でもない。


 月華ほど美しくもない。


 薄い胴体。


 腹部から垂れる円盤状フィン。


 尾部で揺れる、羽根とも推進器とも言えない構造。


 飛ぶというより、町の上に吊られている。


 それが加藤の真上で止まった。


 次の瞬間、振動が落ちてきた。


 連華一号機の操縦殻が、鐘の中のように鳴った。


 金属の壁が震え、計器の針が一斉に跳ねる。


 加藤の視界が白く滲む。


 耳の奥で、誰かが叫んでいる。


 いや、自分かもしれない。


 身体が座席へ押しつけられた。


 胃が持ち上がる。


 息が吸えない。


『隊長!』


 奥山の声が遠い。


 加藤は操縦桿を握ろうとした。


 指が動かない。


 振動は機体を壊しているのではない。


 人間だけを狙っている。


 皮膚の内側。


 骨の継ぎ目。


 眼球の奥。


 そこだけを選んで揺らしてくる。


 加藤は歯を食いしばった。


 歯が割れそうな音がする。


「……離れろ」


 声にならない。


 だが自分に言った。


 命令ではなく、生き物としての反射。


 一号機が、よろめきながら半歩下がる。


 飛行型は追ってくる。


 真上を維持したまま、振動を強める。


 加藤の喉から、低い呻きが漏れた。


 六年前のB-MAXの記憶が、振動でこじ開けられる。


 潮。


 燃料。


 焦げたゴム。


 止まれという声。


 自分の巨大な手が、誰かの帰る場所を壊していく感触。


 怖い、と思った。


 それは助かった証拠だった。


 怖い。


 なら、まだ戻れる。


『加藤一尉、上空機から離脱して! 脳波、じゃない、そんなもの取れてないけど、とにかく機体応答が乱れてる!』


 白瀬が叫ぶ。


 伊藤が即座に動いた。


 三号機の背部ブースターが火を噴き、屋上から跳んだ。


『奥山、一号機の足元を空けろ』


「無理です、左から来てます!」


『空けろ』


「言い方!」


 奥山は泣きながら、二号機の肩部ロケットを捨てた。


 撃てないなら重りだ。


 弾薬ラックを手動解放。


 重いロケットポッドがアスファルトへ落ちる。


 奥山はそれを足で蹴り、路地の詰まりへ転がした。


 ピンポン野郎の足元が乱れる。


 その隙に、伊藤の三号機が一号機の肩を掴んだ。


『隊長、機体を殺さない程度に力を抜いてください』


「……言う、のが……遅い」


『まだ喋れるなら十分です』


 三号機のブースターが再点火する。


 連華一号機の巨体が、引きずられるように交差点から外れた。


 飛行型機体の振動圏が、わずかにずれる。


 加藤の視界に、色が戻った。


 息を吸う。


 痛い。


 痛いなら生きている。


 一号機は商店街の看板を砕きながら、歩道へ膝をついた。


 飛行型機体は、追撃しなかった。


 ただ、上空でゆっくりと旋回している。


 観察しているのだ、と加藤は思った。


 攻撃ではなく、試験。


 どれだけ揺らせば、人間が離れるか。


 どれだけ苦しめれば、連華が止まるか。


 誰が作った。


 荻野か。


 研究所か。


 月華の亡霊か。


 考えるほど、疑いは増える。


 だが今は、疑いを育てる時間ではなかった。


『隊長、応答』


 伊藤の声。


「生きてる」


『機体は』


「怒ってる」


『搭乗者も同じに聞こえます』


 加藤は喉の奥で笑った。


 その笑いはすぐに咳になった。


 血の味がした。


「奥山」


『はい!』


「防衛線を維持しろ。俺と伊藤は飛行型を引き剥がす」


『えっ』


「町役場地下に人がいる。ここを抜かせるな」


 奥山は、返事をしなかった。


 返事をする余裕がなかった。


 左路地の看板バリケードを、ピンポン野郎が乗り越え始めている。


 屋上からも新手が降ってきた。


 港湾倉庫側から、さらに球形の影が増える。


 白瀬の声が震えた。


『奥山三尉、周辺三十前後! いや、三十二、三十三……単機で抱える数じゃない! 一号機を戻して!』


「戻せませんよ」


 奥山は、自分の声が妙に平らだと気づいた。


 怖くないのではない。


 怖さが、喉の奥で冷えて固まっている。


 町役場の地下に人がいる。


 診療所裏にも。


 漁協倉庫にも。


 そして今、隊長は膝をついた。


 伊藤は空を見るしかない。


 なら、ここには自分しかいない。


 自分しかいない。


 その考えが、奥山の中で何かを切った。


 細い糸ではなかった。


 錆びた鎖だった。


「僕、ずっと嫌だったんですよ」


 奥山は呟いた。


 誰に向けた言葉か、自分でも分からない。


 ピンポン野郎が、二号機の盾へ取りつく。


 機関砲が至近距離で装甲を削る。


 火花が操縦殻のキャノピーに散った。


「怖いのも、撃てないのも、誰かがいるかもしれないって考えるのも、全部嫌だったんです」


 左腕を振る。


 盾に取りついた一機を、壁へ叩きつける。


 球殻が割れる。


 赤い単眼が潰れる。


「でも、お前ら」


 奥山の声が変わった。


 高く震えていた声が、低くなった。


「人がいる場所に、何の顔もせず入ってくるなよ」


 右腕の滑腔砲を持ち上げる。


 撃てば危ない。


 だから撃たない。


 奥山は、滑腔砲を棍棒として使った。


 砲身を横薙ぎに振る。


 三機のピンポン野郎がまとめて吹き飛び、停車していた軽ワゴンへ叩き込まれた。


 爆発はない。


 運がよかった。


 奥山は運がよかったことに感謝しない。


 次の一機を踏み潰す。


 その次は蹴る。


 作業腕で脚を狙ってきた一機を、膝で地面へ押さえ、砲身の根元で単眼を砕く。


『奥山三尉、下がって! 包囲される!』


 白瀬が叫ぶ。


「下がったら、町役場です」


 奥山は笑った。


 自分の笑い声が、操縦殻の中で知らない人間のものに聞こえた。


「こっちは臆病なんです。後ろに人がいる時だけ、後ろへ下がれないんですよ」


 二号機が前へ出た。


 重武装型の連華は遅い。


 だが重い。


 重さは、恐怖に似ている。


 持っている間は苦しい。


 しかし、ぶつければ相手を止める。


 奥山は二号機の全重量を使って、路地の入り口へ突っ込んだ。


 ピンポン野郎が群がる。


 一機が右膝へ取りつき、関節の隙間へ工具状の腕を差し込んだ。


 奥山は膝を壁へ叩きつける。


 壁の向こうで誰かが悲鳴を上げた。


 奥山の動きが、一瞬止まる。


 その隙に、別の一機が胸部装甲へ飛びついた。


 単眼がキャノピーのすぐ前で光る。


 奥山は、その光を見た。


 怖くなかった。


 怖くない自分が怖かった。


 だから叫んだ。


「怖いんだよ、こっちは!」


 左手で球殻を掴み、引き剥がす。


 地面へ叩きつける。


 もう一度。


 もう一度。


 赤い光が消えても、腕は止まりかけなかった。


『奥山』


 加藤の声が入った。


 短い。


 それだけで、奥山は戻った。


 完全ではない。


 ほんの少し、戻っただけだ。


 彼は、叩きつける腕を止めた。


 潰れた球殻から手を離す。


 息が荒い。


 涙が出ていた。


 なぜ泣いているのか分からない。


 怖いからか。


 怒っているからか。


 自分が止まりきれなかったからか。


 全部だ。


「隊長」


『聞こえてる』


「僕、今、かなりまずいです」


『知ってる』


「止めてくださいね」


『止める』


 その返事で、奥山はもう一度前を見た。


 三十機近くいたピンポン野郎は、半分以下になっていた。


 しかし残りは逃げない。


 怯えもしない。


 仲間が潰れたことを学習して、今度は距離を取って包囲を広げている。


 正面から来ない。


 屋根。


 側溝。


 崩れた店舗の二階。


 民間人を盾にするような位置ではない。


 そもそも、彼らに盾という概念はない。


 ただ最短経路を選ぶ。


 それが人間にとって最悪の経路になる。


 奥山は、二号機の残弾を見た。


 撃てる。


 撃てない。


 その二つの間に、別の道を探す。


 彼は肩から外したロケットポッドの固定ワイヤーを手動で引き抜いた。


 長い。


 太い。


 切れにくい。


 これなら使える。


「白瀬三尉、町役場地下の入口、どこですか」


『南側階段。あなたの背後二十メートル』


「そこから遠い順に、敵の位置を読み上げてください」


『何をするつもり』


「玉入れです」


『今それ言う!?』


 奥山は笑った。


 笑いながら、ワイヤーを二号機の左腕に巻きつける。


 先端を潰れたピンポン野郎の脚部に引っ掛けた。


 鉄球付きの鎖。


 雑。


 訓練教範のどこにもない。


 だが、今の町には、教範より壊れた鉄の方が多い。


『右屋上、二!』


 二号機がワイヤーを振った。


 潰れた球殻が弧を描き、屋上へ叩き込まれる。


 二機が弾き飛ぶ。


『正面、バス停裏、三!』


 奥山は踏み込む。


 滑腔砲の砲身で一機を払い、ワイヤーで二機目の脚を絡め取る。


 三機目が跳ねた瞬間、二号機の肩をぶつけて空中で潰した。


『左、側溝から一! 速い!』


「見えてます!」


 見えていた。


 怖いほど、見えていた。


 脳の奥が熱い。


 視界の端が白い。


 身体が、機体より先に動こうとする。


 奥山はその熱を全部使い、二号機の足を側溝へ叩き込んだ。


 地面が割れる。


 隠れていた一機が押し潰された。


『残り七!』


「全部、来い」


 奥山は言った。


 その声を聞いて、加藤は一号機の中で唇を噛んだ。


 あれは強さではない。


 壊れ方だ。


 だが今、誰かを守るために、その壊れ方へ手を伸ばしている。


 加藤は、自分が六年前に戻りかけていることを知っていた。


 奥山も今、別の形でそこへ近づいている。


 だから止めなければならない。


 しかし、止めるためには飛行型をどかさなければならない。


 上空の機体が、再び加藤へ振動を落とす。


 今度は伊藤が間に入った。


 三号機がブースターで跳び、飛行型の真下を横切る。


 振動波が乱れた。


 伊藤の声が初めて苦しげに歪む。


『なるほど……これは、嫌な空だ』


「離れろ、伊藤」


『命令としては正しいですが、実行するとあなたがまた倒れます』


「なら、一瞬でいい」


『一瞬なら』


 三号機は背部ブースターの残圧を解放した。


 機体が斜めに跳ね上がる。


 空へ飛ぶというには低い。


 だが、地上機としては異常な高度。


 伊藤は、飛行型の腹部フィンへ連華の左腕を伸ばした。


 届かない。


 飛行型がふわりと上がる。


 まるで、人間の手を嘲笑うように。


 伊藤は笑った。


『届かないなら、届くものを投げます』


 三号機は腰部に残っていた予備固定具を外し、空中で投げた。


 ただの鉄の塊。


 誘導もない。


 爆薬もない。


 だが飛行型は、それを避けた。


 避けた。


 加藤はそれを見た。


 あれは反応している。


 神のような存在ではなく、回避する機械だ。


 なら、倒せる可能性がある。


 加藤は操縦桿を握り直した。


 頭の奥にはまだ痛みがある。


 だが、痛みは道しるべになる。


「伊藤、もう一度飛べるか」


『飛ぶという言葉を使うなら、不本意ですが』


「上へ追え。俺が下から撃つ」


『町があります』


「撃つのは町じゃない」


 加藤は一号機の右腕を上げた。


 携帯型滑腔砲。


 照準器は電子ではない。


 ただのレンズ。


 刻まれた線。


 人間の目。


 震える手。


 それだけで、空に浮く機械を狙う。


 飛行型が再び振動を落とす前に、伊藤の三号機が横から跳んだ。


 ブースター炎が短く伸びる。


 飛行型は上昇する。


 その瞬間、腹部フィンがわずかに開いた。


 加藤は撃った。


 砲声が町を殴る。


 反動で一号機の脚部杭がアスファルトへめり込む。


 砲弾は、飛行型の腹を掠めた。


 直撃ではない。


 だが円盤状フィンの一枚が砕け、銀灰色の機体が大きく傾いた。


 振動が止まった。


 飛行型は高度を上げ、研究所のある山腹へ逃げるように離れていく。


 伊藤が息を吐いた。


『追撃しますか』


「しない。奥山を止める」


 加藤は即答した。


 交差点へ向き直る。


 そこには、戦闘の跡があった。


 三十機近いピンポン野郎は、ほとんどが動かなくなっていた。


 丸い胴体は割れ、脚は折れ、単眼の赤は消えている。


 最後の一機が、町役場の階段へ向かって跳ねた。


 奥山の二号機が、その前に立つ。


 滑腔砲は曲がっていた。


 左腕の装甲は剥がれ、膝から油が流れている。


 それでも二号機は立っていた。


 奥山は、最後の一機を掴んだ。


 握り潰せる。


 簡単に。


 だが、手が止まる。


 ピンポン野郎の単眼が、赤く揺れている。


 そこに人間はいない。


 だが作った人間はいる。


 命令した人間もいる。


 これをここへ置いた人間もいる。


 急に吐き気が込み上げた。


「もう、嫌だ」


 彼は言った。


「僕、こういうの嫌です」


 加藤の一号機が近づく。


『奥山、殺すな。止めろ』


「無人です」


『それでもだ』


「敵です」


『それでもだ』


 奥山は泣いた。


 泣きながら、掴んだピンポン野郎の脚部だけを砕いた。


 球形の胴体が地面へ落ちる。


 単眼はまだ光っていたが、もう動けない。


 奥山は操縦桿から手を離した。


 二号機が、ゆっくりと膝をつく。


 周囲に、足音はもうなかった。


 白瀬の声が、小さく入る。


『町役場地下、扉が開く』


 瓦礫の向こうで、鉄の扉が内側から開いた。


 最初に出てきたのは、年配の男だった。


 顔は煤で汚れ、手には白い布を持っている。


 その後ろに、子ども。


 老人。


 包帯を巻いた女性。


 数十人。


 皆、連華を見上げていた。


 恐怖の目だ。


 助かった人間の目でもある。


 奥山は、その両方を見た。


 自分たちは救いに来た。


 だが、彼らから見れば、町を壊しながら現れた鉄の巨人でもある。


 年配の男が、震える声で言った。


「政府の人か」


 加藤は外部スピーカーを開いた。


『防衛庁、第1特務機械化隊です。避難誘導を行います。負傷者は』


「博士を殺しに来たのか」


 その言葉が、交差点に落ちた。


 加藤は返答を失った。


 男の後ろで、若い母親が子どもを抱きしめている。


 誰かが泣いている。


 誰かが加藤たちを睨んでいる。


 誰かは、ただ立っているだけで精一杯だった。


 島の人間にとって、荻野誠一博士は反乱者ではない。


 おそらく、守ってくれた人間だ。


 政府が見捨てたと思った島で、研究所を閉じ、無人重機を置き、空に謎の機体を飛ばした人物。


 その行為が正しかったかは分からない。


 だが、ここにいる人たちは、正しさより先に生き延びている。


 加藤は外部スピーカーの音量を少し落とした。


『殺しには来ていません』


「なら、何をしに来た」


『連れて帰りに来ました』


 男は笑わなかった。


 信じてもいない。


 それでいい、と加藤は思った。


 この島で、信じろという方が無理だ。


 疑心は、すでに水道水のように町へ回っている。


 加藤たちは、その中でまだ言葉を使わなければならない。


 白瀬の通信が割り込んだ。


『作戦開始から八分四十秒経過。研究所方面、防衛線再構築の兆候。山道ゲートに大型反応。ピンポン野郎より大きい』


 伊藤が山を見た。


 研究所へ続く道の上で、赤い単眼がいくつも灯り始めている。


 まるで山そのものが目を開けたようだった。


 奥山は、まだ泣いていた。


 加藤はそれを見て、少しだけ安心した。


 泣けるなら、まだ戻れる。


「奥山、立てるか」


『立ちたくないです』


「分かる」


『でも、立てます』


 二号機がゆっくりと立ち上がる。


 膝から油が落ちる。


 曲がった滑腔砲を、杖のように地面へ突いた。


 伊藤の三号機が、空を見ながら低く言った。


『飛行型は研究所方面へ後退。損傷は軽微。次は、学習してくるでしょう』


「こっちも学習した」


 加藤は答えた。


 まだ頭痛は残っている。


 振動の余韻が、骨の奥で鳴っている。


 だが彼は、機体を山道へ向けた。


 町役場の前には、助かった人間たちがいる。


 壊れたピンポン野郎が転がっている。


 赤いランドセルは、まだ路肩に落ちている。


 加藤は一号機の手を伸ばし、それを拾った。


 巨大な鉄の指で、できるだけ慎重に。


 ランドセルは小さかった。


 あまりにも小さかった。


 加藤はそれを町役場の入口へ置いた。


 誰のものかは分からない。


 持ち主が生きているかも分からない。


 それでも、踏まないで済んだものが一つある。


 それだけで、まだ人間の側にいる気がした。


『第1特務機械化隊』


 白瀬の声が、今度は少しだけ柔らかく聞こえた。


『山道第一ゲートまで、最短で四分。核攻撃検討ラインまで残り十一分』


 奥山が乾いた笑いを漏らした。


『最悪の時報ですね』


『私もそう思う』


 白瀬が答えた。


 加藤は、山腹の研究所を見上げた。


 そこに荻野がいる。


 月華の影がある。


 飛行型の謎がある。


 人を帰すための足を、人から奪った理由がある。


 加藤は操縦桿を握る。


「連華班、前進」


 三機の鉄の足が、篠籠島の山道へ向かって動き出した。


 背後では、住民たちがこちらを見ている。


 感謝ではない。


 憎しみだけでもない。


 恐怖と期待と疑いが混ざった、人間の目。


 加藤は、その目を背中に受けたまま進んだ。


 防衛線は突破した。


 だが、人間の中に引かれた線は、まだ一つも越えられていない。


 それでも行く。


 戻るために。


 戻すために。


 戻ってきた時、自分たちがまだ人間であるために。


お読みいただきありがとうございます。


第16章「防衛線」でした。

人間が作った防衛網と、人間が暮らす町の中で、連華班は飛翔体とは別種の地獄に叩き込まれます。


飛行型機体の振動に倒されかけた加藤。三十機のピンポン野郎に単機で向かい、限界の向こう側に足をかけた奥山。飛べない連華で空を追い続ける伊藤。

派手な交戦の裏で「守るために壊す」ことの痛みを刻んだ章です。


次章は研究所への山道。荻野博士が何を守ろうとしているのかに、ようやく手が届きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ここまでお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価・感想をいただけると、今後の執筆の大きな励みになります。

メタルブレーカーズ 目次へ戻る

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ