096●洪水伝説
クドーとともに、‘ノアの方舟’伝説に関するデータも確認する。
人類の地球での記憶の奥底には、ある共通の恐怖が刻まれている。
それは「水による破壊」——すなわち、洪水である。
ノアの方舟、ギルガメシュ叙事詩、インドのマヌ神話、中国の大禹治水伝説。
文化も地域も異なるにもかかわらず、
これらは驚くほど似通った「大洪水」の物語を語っている。
なぜ、これほどまでに洪水が普遍的な神話となったのか。
その背景には、氷河期の終焉に伴う急激な水位上昇が
あったのではないかという仮説がある。
最終氷期が終わりを迎え、氷河が溶け、海面は世界的に上昇した。
かつて陸地だった場所が次々と水没した。
特に注目されるのが黒海である。
かつて淡水湖だった黒海は、地中海の海面上昇により、ボスポラス海峡を通じて海水が流入。
研究によれば、このとき黒海の水位はわずか1年足らずで100メートル近く上昇し、
沿岸の広大な土地が水没したという。
このような急激な環境変化は、当時の人々にとってまさに「世界の終わり」に等しかっただろう。
家族を失い、村を失い、生活の基盤を奪われた人々は、
その体験を語り継ぎ、やがて神話として昇華させたのではないか。
科学が明らかにする地質学的事実と、神話が語る象徴的真実。
それらは、ここで交差する。
洪水伝説は、単なる自然災害の記録ではない。
それは、人類が自然の力に対していかに無力であるかを認識し、同時にそこから再生しようとする意志の物語でもある。
「つまり、洪水は実際にあり、それが人類の記憶に留められたということか。」
「そうですね、艦長。しかし、それと今回の惑星の木造建造物と関係は・・・。」
「ないだろうなあ。」
「あれば面白いのですがね。」
「クドーは、そういうのが好きだからな。」
ふたりは笑いあう。出航が迫っている。




