第1部:予測が外れるとき
朝の朝礼がついに終わった。
生徒たちは徐々に教室に戻り、皆がいつもの席に着くにつれて、教室は会話で賑わっていった。
白崎さんと私は一緒に教室に入った。
リクが私たちの後ろから静かに入ってきた。
しばらくして――
アイリが教室に入ってきた。
「……」
ほんの一瞬……
彼女は私たちの机の方を見た。
そして、私たちの方へと歩き始めた。
いつものように。
「……」
しかし、途中で――
彼女の視線がリクに留まった。
彼女はたちまち硬直した。
「……!」
まるで本能的に……
彼女は方向を変えた。
私たちの横で立ち止まる代わりに……
教室の奥へと歩き続けた。
「ん?」
白崎さんは戸惑ったようにまばたきをした。
「アイリ?」
アイリは足を止めて振り返った。
「……うん?」
「どこに行くの?」
彼女はぎこちなく小さく笑った。
「……今日は後ろの席に座るわ」
「後ろ?」
白崎さんは首を傾げた。
「……どうして?」
アイリは頬を掻いた。
「……え、えっと……」
「今日はそこに座りたい気分なんだ」
白崎さんは、私の隣の空いている席に目をやった。
「……もしこの席が欲しかったら……」
彼女は優しく微笑んだ。
「……私が席を譲ってもいいよ」
「……え?」
「代わりに私が後ろに座るから。」
アイリの目が大きく見開かれた。
「い、いや!」
彼女は必死に両手を振った。
「そういうことじゃないの!」
「どうせ昨日はここに座ってたし。」
「ただ……」
彼女の声はさらに小さくなった。
「……今日は一人で座りたいの。」
「……」
しばらくの間……
白崎さんはただ彼女を見つめていた。
「……体調は大丈夫?」
「……」
アイリは躊躇した。
そして、また無理に笑顔を作った。
「……うん。」
「ただ……」
「……今日はちょっと静かにしたいだけ。」
「……」
「……わかった。」
白崎さんはそれ以上、詮索しなかった。
ただ、優しい笑みを浮かべてうなずいた。
「何かあったら……」
「……言ってね。」
「……うん。」
アイリは静かに、私たちの列の一番後ろの席まで歩いて行き、座った。
彼女はリクの方を、きわめて注意深く見ないようにしていた。
「……」
白崎さんはゆっくりと私の方を向いた。
その表情には、かすかな心配の色が漂っていた。
「……高橋くん。」
「ん?」
「……アイリと……」
「……リクくんの間で、何かあったの?」
私は教室の後ろの方を見た。
アイリは文房具を整理しているふりをしていた。
リクはノートを読んでいるふりをしていた。
二人は一度も互いを見ようとはしなかった。
「……」
私は小さくため息をついた。
「……うん。」
「……確かに、何かあったよ。」
私たちがこれ以上何かを言う間もなく――
教室のドアがスライドして開いた。
「おはよう、みんな。」
担任の先生が教室に入ってきた。
ざわめきはたちまち収まった。
最初の授業……
が始まった。
先生が机の上に教科書の束を置くと、教室は次第に静まり返っていった。
「教科書の34ページを開いてください。」
教室中、ページをめくる音が響き渡った。
私はカバンに手を伸ばした。
隣では、白崎さんがすでに教科書を開いていた。
授業はいつも通り始まった。
少なくとも……
そう思った。
ピッ。
見慣れた青い画面が、私の目の前でちらりと現れた。
━━━━━━━━━━━━━━
[予測
今後のインタラクション
対象:
中村リク
立花アイリ
インタラクション確率:
97.8%
推定時間:
00:19]
━━━━━━━━━━━━━━
「……」
……何?
私は目を見開いた。
またか……?
いや……
これは以前とは違う。
以前……
すべての予測に私が関わっていた。
席替え。
出会い。
会話。
システムが何らかの形で私の進路を導いているのだと、まだ自分に言い聞かせることができた。
だが、これは……
……リク?
……アイ?
もう私の名前すら表示されていない。
システムは……
他の誰かの物語を、見守っていたのだ。
奇妙な戦慄が、背筋をゆっくりと這い上がってきた。
「……まさか……」
私は本能的に教室の後ろの方を見た。
二人は互いを見ようともしなかった。
むしろ……
見ないようにと決めているようだった。
リクは静かにノートをパラパラとめくっていた。
アイリは、まるで机の中に宇宙の秘密が隠されているかのように、机をじっと見つめていた。
「……」
「……19秒?」
私は小声で呟いた。
「……どんなやり取り?」
「二人は互いを避けているんだ」
「ここに来てから、一言も言葉を交わしていない」
「……それなのに、どうして97パーセントの確率なんて……?」
私の鼓動は徐々に速まっていった。
いや。
待て。
まさか……
システムが……
これから何が起こるかを、すでに知っているのか?
当事者たちが……
知るよりも前に?
「……」
いや。
そんなはずはない。
たとえ以前にも予言していたとしても……
毎回……
それでも現実味がない。
それでも……
何かがおかしい。
「……」
「……君は一体……?」
「……一体何者なんだ……?」
気づかないうちに……
僕はすでに数え始めていた。
十九。
十八。
十七……
僕の視線は、リクとアイから決して離れることはなかった。
待ちながら。
見つめながら。
思い巡らせながら……
この恐ろしい予言が……
またしても現実になってしまうのか。
十七……
十六……
十五……
何も起こらない。
リクは静かにノートのページをめくっていた。
アイリはペンケースの中の文房具を整理しているふりを続けていた。
二人は互いに一瞥さえしなかった。
「……」
いや。
そんなはずはない。
二人は互いを積極的に避けている。
どうして確率がまだ97パーセントなんだ?!
10…
9…
8…
先生がチョークを手に取った。
「よし。」
「教科書を34ページ開いてください。」
教室にはページをめくる音が響き渡った。
私は思わず、また教室の後ろの方へと視線を向けた。
アイリはカバンに手を伸ばした。
片手。
そしてもう片方の手。
「……」
彼女は眉をひそめた。
「……ん?」
五つ……
彼女はもう少し奥を探った。
四つ……
「……」
「……え?」
三つ……
彼女はノートを机の上に全部広げた。
それからもう一冊。
筆箱。
バラバラのプリント。
それでも見つからない。
「……」
「……ない……」
二つ……
彼女の顔に、ほんの少しの動揺が浮かんだ。
彼女は再びカバンを探した。
今度はもっと手早く。
「まさか……」
一つ……
「立花。」
愛理はすぐに立ち上がった。
「は、はい!」
先生は眼鏡を直した。
「教科書だ。」
「……」
「……」
「……」
彼女の動きが止まった。
完全に。
「……」
「……私……」
教室には、長く気まずい沈黙が漂った。
そして――
「……忘れてしまいました。」
数人の生徒が静かに笑った。
アイリの耳はたちまち真っ赤になった。
「す、すみません……」
先生は小さくため息をついた。
「教科書を忘れたのか?」
「……はい……」
先生は教室を見回すと、ある生徒に視線を留めた。
「中村。」
リクが顔を上げた。
「はい?」
「立花に教科書を貸してやれ。」
「……」
「……」
ほんの一瞬……
二人は微動だにしなかった。
アイリは、まるで地面に飲み込まれてしまいたいような顔をしていた。
リクの表情が、ほんの一瞬だけ硬くなった。
「……」
そして――
「分かりました。」
彼は教科書を手に取り、立ち上がった。
アイリは躊躇した。
「……」
「……ご、ごめんなさい。」
彼女は静かに歩み寄った。
慎重に。
ぎこちなく。
まるで一歩ごとに百キログラムの重みがあるかのように。
彼女は彼の横にある空いている椅子を引き出した。
座った。
教科書を共有しつつ、物理的に可能な限り二人の間に距離を置いた。
「……」
「……」
二人とも口をきかなかった。
二人とも互いを見ようとしなかった。
二人の間に置かれた教科書だけがあった。
ピッ。
私の視線はすぐに青い画面へと移った。
━━━━━━━━━━━━━━
[予測完了
結果:
相互作用の確立に成功
確率精度:
97.8% → 確認済み]
━━━━━━━━━━━━━━
…冗談でしょ……
胃が締め付けられるような感覚がした。
またか。
当たっていた……
またか。
「……」
「これ……」
「これ、マジで不気味になってきた……」
システムがアイリに教科書を忘れるよう仕向けたわけじゃない。
先生がリクを選ぶよう強いたわけでもない。
二人の動きを操ったわけでもない。
ただ……
知っていたのだ。
誰よりも先に。
彼ら自身が気づくよりも前に。
私の視線はゆっくりと、再び二人のほうへと向かった。
「……」
リクは静かに教科書を少し中央寄りにずらした。
アイリはごくわずかにうなずいた。
「……ありがとう。」
「……うん。」
それだけだった。
言い争いも。
からかいも。
ただ……
気まずい沈黙。
そしてなぜか……
その沈黙を見つめていると……
このシステムは、これまでのデイリークエストのどれよりもはるかに不穏な気分にさせられた。
「……」
教室は徐々に平常を取り戻していった。
先生は、何も異常なことがなかったかのように、今日の授業の説明を続けた。
しかし……
私はもう聞いていなかった。
完全に、というわけではないが。
数分おきに……
私の視線は教室の後ろへと向いてしまった。
「……」
リクは二人の間に教科書を静かに挟んでいた。
アイリはページから目を離さなかった。
二人は互いを見ようとしなかった。
二人とも口をきかなかった。
二人の間の沈黙は、どういうわけか授業そのものよりも大きく響いてきた。
「……」
私は小さくため息をついた。
「あいつら、マジで気まずそう……」
白崎が横目でちらりと見た。
「ん?」
「……何でもない。」
彼女は首を傾げた。
「授業が始まってからずっと、後ろをじっと見てるよ。」
「……そうだった?」
「そうだよ。」
「……」
私は慌てて黒板の方へ視線を戻した。
「……たぶん、気のせいだろう。」
あのシステム……
いや。
考えちゃいけない。
予知のたびにこだわっていたら……
昼食前に頭がおかしくなってしまう。
午前中の授業はようやく終わった。
チャイムが校内に響き渡った。
リンッ――
その直後……
教室は一斉に賑やかになった。
生徒たちは伸びをした。
立ち上がる者もいれば、
廊下へと駆け出す者もいた。
「……やっとだ。」
私は椅子に深く腰掛けた。
「頭がパンクしそうだ。」
白崎は優しく微笑んだ。
「毎時間そう言ってるわね。」
「それでも毎時間本当なんだよ。」
彼女から小さな笑い声が漏れた。
「……あなたって本当にどうしようもないわね。」
「たぶんね。」
二人が言葉を続ける間もなく――
教室のドアがスライドして開いた。
「みんな。」
体育の先生が教室に入ってきた。
「さっさと着替えて。」
「今日の授業は運動場で行う。」
教室中にため息が漏れた。
「うわぁ……」
「今日はすごく暑いし……」
「教室にいていい?」
先生はどんな不満の声も無視した。
「5分だ。」
「さっさと動け。」
「……体育か。」
私はスポーツウェアを手に取りながらため息をついた。
「……今日だけは、いつも通りであってほしいな。」
どういうわけか……
その言葉が口をついた瞬間……
すぐに言ったことを後悔した。
「……」
だって、何かが「普通」だと思った時ばかり……
そのシステムはたいてい、私の予想を裏切ってきたからだ。
ウォームアップを終えた生徒たちの会話で、運動場は賑わっていた。
笛の音がグラウンドに響き渡った。
「よし!」
体育の先生が手を叩いた。
「みんな……」
「パートナーを探して。」
「……」
ほぼ本能的に、私は列の後ろの方を見やった。
アイリ。
リク。
二人はほんの数メートルしか離れていない場所に立っていた。
どちらも動こうとはしなかった。
むしろ……
アイリがリクのいる場所に気づいた瞬間……
彼女は静かに、反対方向へ一歩を踏み出した。
「……」
「……」
マジかよ?
そこまで彼を避けてるのか?
「高橋くん。」
私は振り返った。
白崎がバレーボールを手に、私の隣に立っていた。
「……ペアを組まない?」
「……え?」
彼女は優しく微笑んだ。
「まだ誰とも約束してなければだけど。」
「……」
私も微笑み返した。
「いいよ。」
「喜んで。」
彼女の肩の力が、はっきりと抜けた。
「……ありがとう。」
彼女は小さく頷くと、私の隣に立った。
「頑張ろう。」
「……うん。」
ほんの一瞬……
私は、リクとアイリを取り巻くあの奇妙な雰囲気を、すっかり忘れていた。
すると――
ピッ。
見慣れた青い画面が、突然私の目の前に現れた。
━━━━━━━━━━━━━━
[予測
今後のインタラクション
対象:
中村リク
立花アイリ
イベント:
パートナー結成
インタラクション確率:
99.4%
推定時間:
00:28]
━━━━━━━━━━━━━━
「……」
……またか?!
私はカウントダウンをじっと見つめた。
28秒。
ありえない。
これは無理だ。
誰もが自由に好きな相手を選べる。
誰かがパートナーを割り当てるわけでもない。
ランダム抽選なんてない。
何もなかった。
「……」
アイリが最初に私の方を見た。
私と白崎が並んで立っているのを見て、すぐに顔を背けた。
彼女はすでに、クラスメートのひとりのところへ歩き始めていた。
リクは……
別の男子の方へ向かっていた。
「……」
ほらね?
文字通り、別の人を選んでいる。
20……
19…
白崎が僕を見た。
「高橋くん?」
「ん?」
「…大丈夫?」
「…あ、うん。」
「急に立ち止まっちゃったよ。」
「……」
「…ごめん。」
僕はカウントダウンから目を離せなかった。
12…
11…
10…
アイリが別の女の子に近づこうとしたその時――
「すみません!」
一人の女の子が彼女の横を駆け抜けていった。
「ごめん、立花さん! ユキに先に誘われたの!」
「……え?」
アイリはまばたきをした。
「…あ、あ。」
彼女はぎこちなく立ち止まった。
その反対側では――
リクがちょうど男子の一人に追いついたところだった。
「ごめん、中村。」
「もう鈴木と一緒なんだ。」
「…わかった。」
彼はただうなずいて、一歩下がった。
「……」
「……」
8…
7組……
いや。
まだたくさんの人が残っている。
この予想は外れる可能性もある。
6組……
5組……
体育の先生が突然眉をひそめた。
「急いで!」
「ペアが1組足りない!」
生徒たちは慌てて動き回った。
1組。
もう1組。
そしてまた1組。
ほんの数秒のうちに……
全員がパートナーを見つけた。
全員が……
ただ一人を除いて――
「……」
リク。
「……」
アイリ。
先生はグラウンドを見渡した。
そして指を差した。
「中村。」
「立花。」
「お前たち二人。」
「ペアになれ。」
「……」
「……」
時間が凍りついたかのようだった。
アイリはゆっくりと振り返った。
リクも同様に振り返った。
二人の視線が合った。
ほんの一瞬だけ。
「……」
アイリの肩が明らかにこわばった。
リクは想像しうる限り微かなため息をついた。
「……わかった。」
「……は、はい……」
ピッ。
━━━━━━━━━━━━━━
[予測完了
相互作用の確立に成功
精度:
99.4% → 確認済み]
━━━━━━━━━━━━━━
「……」
「……」
「……違う。」
私は呆然と画面を見つめた。
「まさか……」
まさか……
パートナー選びのような、まったくの偶然の出来事まで予測していたのか?
ある女の子がすでにパートナーを決めていたことなど、誰にも知る由がなかった。
別の男子がリクを断ることなど、誰にも知る由がなかった。
二人が最後の一組だと先生が気づくことなど、誰にも知る由がなかった。
それなのに……
このシステムは……
28秒も前に、それを知っていたのだ。
背筋に寒気が走った。
…これ…
「…これはもう単なる予測じゃない……」
…これは…まずい…本当に…
体育の先生が再び笛を吹いた。
「よし!」
先生は、色とりどりの布バンドが詰まった長い箱を掲げた。
「三本足レースをするぞ!」
フィールド全体に、ため息の合唱が響き渡った。
「やだぁ……」
「僕、バランスが超悪いし……」
「これ、絶対に失敗する……」
先生は続けた。
「パートナーは前回と同じ組で走ってもらうよ。」
「……」
私はゆっくりと振り返った。
「……」
リク。
「……」
アイリ。
二人は完全に固まっていた。
まるで先生が突然気が変わってくれることを願っているかのようだった。
先生は気が変わらなかった。
「バンドを受け取りに来なさい」
「……」
リクは黙って前に歩み出た。
アイリは数歩後ろからついていった。
二人とも一言も発しなかった。
「……」
私は青いスクリーンの方をちらりと見た。
何もない。
予測も。
通知も。
「……」
まさか……
システムは、これをすでに同じやり取りとみなしてしまったのか……
それだと、なんだかさらに不気味に感じられた。
「準備はいい?」
白崎は布のバンドを持って、私の横にひざまずいた。
「……いいですか?」
「ん?」
「私たちの足を縛ってください」
「ああ」
「……はい」
彼女は優しく微笑んだ。
「きつくなりすぎないように気をつけるね」
しばらくして……
私たちの足首の内側が結ばれた。
彼女は立ち上がった。
「……動ける?」
私は一歩踏み出してみた。
「……」
すぐにバランスを崩してしまった。
「わ、わっ!」
前へ倒れそうになったが、白崎が反射的に私の腕をつかんでくれた。
「……気をつけて。」
彼女は思わず笑ってしまった。
「……思った以上に運動神経が悪いね。」
「……それ、痛いよ。」
「でも、本当のことよ。」
「……」
「……まあ、そうかもね。」
僕はグラウンドの反対側を見やった。
「……」
アイリはまるで恐怖に震えているかのような表情を浮かべた。
「な、なんで私がこれをやらなきゃいけないの……」
リクはため息をついた。
「……別々に走るなんて選択肢はないからさ。」
「それくらいわかってるわ!」
「ただ、こんなの嫌なの!」
「……僕もだよ。」
彼女はすぐに顔を背けた。
「ふん。」
「……」
リクは静かに足首にバンドを結びつけた。
「……終わった。」
「……」
「……」
二人とも動こうとしなかった。
どちらからも、最初の一歩を踏み出す気配はなかった。
先生が笛を吹いた。
「整列!」
八組のペアがスタートラインに並んだ。
白崎は静かに囁いた。
「……リズムを合わせよう。」
「左。」
「右。」
「急がないで。」
「……わかった。」
反対側では……
アイリがパニックになっているのが聞こえた。
「待、待って!」
「これ、どうやってやるのわからない!」
リクはすっかり諦めたような表情をしていた。
「……俺のペースに合わせればいい。」
「や、やってるよ!」
「まだ動いてないよ。」
「そ、それってあなたが私を緊張させてるからよ!」
「……どうして?」
「だってそうだから!」
「……」
彼はまたため息をついた。
「……わかったよ。」
笛の音が空に響いた。
「レディ……」
みんなが身を乗り出した。
「セット……」
「……」
「ゴー!!」
私たちは一斉に前へ飛び出した。
「……左!」
「右!」
「左!」
「右!」
最初の数メートルは、白崎が私をほぼ抱きかかえるように走ってくれた。
「待、待って!」
「頑張ってるよ!」
「わかってる!」
「とにかく走り続けて!」
「……」
どういうわけか……
私たちは転ばなかった。
それだけでも奇跡のように感じられた。
その一方で――
「左。」
「右。」
「左。」
「……」
「……」
まったくの驚きだった……
リクとアイリは……
速かった。
「……え?」
アイリの走り方は優雅とは程遠かった。
むしろその正反対だ。
まるでフィールドを引っ張られて走っているかのようだった。
「な、中村くん!!」
「スピード落とせ!!」
「もうゆっくり走ってるよ!」
「信じられない!!」
「左足を動かして!」
「どっちが左なの?!」
「右じゃない方だよ!」
「それじゃ分からないよ!!」
大混乱にもかかわらず……
二人はなんとか前進し続けていた。
速い。
すごく速い。
「……」
「……待って。」
私はまばたきをした。
「……なんであいつら、先に行ってるの?」
白崎もちらりとそちらを見た。
「……」
「……正直、よくわからない。」
「立花さんは……
「……すごく運動音痴じゃない?」
「極度に。」
「……」
「……じゃあ、どうして勝ってるの?」
「うぐっ!」
またつまずいてしまった。
「待、待って!」
「ごめん!」
「大丈夫!」
白崎は私の腕をさらに強く掴むと、文字通り私を前へ引きずり出した。
「ついてきて!」
「頑張ってるよ!」
「……」
なぜ、自分が運ばれているような気分になったのだろう?
私たちの先には――
アイリが声を限りに叫んでいた。
「あああああ!」
「落ちちゃう!!」
「まだ落ちてないじゃない!」
「だからって安心できるわけじゃない!」
「進み続けろ!」
「動いてるよ!」
「もっと!」
「もう全力を出してるんだ!!」
そんな怒鳴り合いにもかかわらず……
二人の足取りは徐々に揃っていった。
二人とも気づかないうちに。
左。
右。
左。
右。
ぎこちなさが……
知らず知らずのうちにリズムになっていた。
「……」
「……まさか」
ゴールが急速に近づいてきた。
「頑張れ!」
白崎が声をかけた。
「もうすぐだ!」
「待、待って……」
「肺が……」
「大丈夫だよ!」
「……そう願いたい……」
最後の一歩を踏み出し――
私たちはゴールラインを越えた。
「2位!」
「……」
「私……」
「……生きてる……」
白崎は息を整えながら笑った。
「……かろうじてね。」
近くで大きな歓声が沸き起こった。
「1位!」
私はゆっくりと顔を上げた。
「……」
「……」
「……違う。」
ゴールラインで……
リクとアイリが並んで立っていた。
まだ足首を縛り合ったまま。
二人とも荒い息をついていた。
アイリは完全に疲れ切っている様子だった。
「私……」
「……もう二度と……」
「……あんなこと、しない……」
リクは即座に頷いた。
「……同感だ。」
「……」
私は二人をじっと見つめた。
それから自分自身を。
そしてまた二人を。
「……」
「……ちょっと待って。」
私は非難するように指を差した。
「お前たち、どうやって1着でゴールしたんだ?!」
アイリはすぐに反論した。
「さあ、わからないわ!!」
「ただ死なないように必死だっただけよ!!」
リクも同様に困惑した様子だった。
「……マジで。」
「……同感。」
「……」
私はゆっくりと白崎の方を向いた。
「……ところで……」
「……私、背負ってたの?」
彼女は無邪気に微笑んだ。
「……だいたいね。」
「……」
「……」
「……やっぱりね。」
そう、私は運動神経がまったくなかった。
ほんの一瞬……
グラウンド全体が静まり返った。
すると――
「ウワアアアッ!!」
「まさか勝ったの?!」
「マジで?!」
「どうやって?!」
クラスメートたちがすぐにリクとアイリを取り囲んだ。
「中村!」
「お前ら、ずっと言い争ってたんじゃなかったの?」
「立花さん!」
「3歩で転ぶと思ってたのに!」
「どうやってあんなに速く走れたの?!」
アイリは他の誰よりもさらに困惑した様子だった。
「わ、わからないよ!!」
「ただ、転ばないように頑張っただけ!」
女子の一人が笑った。
「転ばないようにしただけで1位になったの?」
「そ、そうかな?!」
別の生徒がリクの方を見た。
「中村、どんな作戦だったの?」
リクは気まずそうに頬をかいた。
「……正直なところ」
「作戦なんてないよ」
「ただ、僕の歩調に合わせてくれって伝えただけさ」
アイリはすぐに頬を膨らませた。
「ちょっと、ちょっと!」
「私も頑張ったんだ!」
「ただ引きずられてたわけじゃない!」
「……まあ、だいたいね。」
「『だいたい』ってどういう意味よ?!」
「レース中ずっと叫んでたじゃん。」
「叫んでないわ!」
「絶対に叫んでたよ。」
「あれは……自分を奮い立たせてただけ!」
周囲の生徒たちが爆笑した。
「あいつら、信じられないな」
「どういうわけか完璧に息が合ってる」
「まるで事前に練習してきたみたいだった」
「……」
私はその光景をじっと見つめた。
「……完璧に息が合ってる……」
彼女たちでさえ……
彼らがどうやって勝ったのか、理解できなかった。
それでも、どういうわけか……
システムは知っていたのだ。
「……」
心の奥底に、奇妙な寒気がこびりついていた。
「準備はいい?」
白崎の声に、私は現実に引き戻された。
下を見下ろした。
「……ああ。」
私たちはまだ互いに縛り合わされていた。
「……これ、ほどいたほうがいいかな」
彼女はうなずいた。
「私がひざまずくね」
彼女が身をかがめ始めたその瞬間――
私はうっかり一歩踏み出してしまった。
「……」
足を踏み外した。
「わ、わっ――!」
バランスが崩れた。
「高橋くん?」
「す、滑りそう――!」
私は本能的に手を伸ばした。
白崎もそれと同じくらい素早く反応した。
彼女は私の腕を掴んだ――
だが、私たちの足はまだ縛り合わされていたせいで……
彼女もバランスを崩してしまった。
「……あっ!」
ほんの一瞬……
世界が傾いた。
そして――
ドスン。
「……」
「……」
「……」
何か柔らかいもの。
とても柔らかい。
僕の顔が……
彼女の胸にぶつかった。
それは……
大きかった……
「……」
温かい。
かすかな、甘い花の香りが僕の五感を満たした。
僕の頭の中……
完全に真っ白になった。
「……」
バ・ドン。
バ・ドン。
バドン。
「……」
何も考えられなかった。
動けなかった。
どうしてここにいたのかも思い出せなかった。
「……」
待てよ……
「……え?」
心臓の鼓動が突然爆発した。
「……!!」
私は凍りついた。
完全に。
今何が起きたのか、頭で整理することさえできなかった。
すると――
とても静かに……
「……高橋くん。」
白崎の優しい声が耳に届いた。
彼女は僕を突き放さなかった。
その代わりに……
「……ちょっとだけ、じっとしていて。」
彼女の声は驚くほど落ち着いていた。
「僕……まだバランスを取り戻せてないんだ。」
「……」
その時になって初めて気づいた……
彼女は片手で地面を支え、もう片方の手で僕の肩をそっと掴んで、二人ともまた倒れないようにしていたのだ。
「……」
「……わ、わかった……」
僕の声は、ささやき声に過ぎなかった。
彼女の香りに、頭が真っ白になって……
その上、頬には天にも昇るような柔らかな感触が……
心臓が胸から飛び出そうだった。
一秒が過ぎた。
そしてまた一秒。
ようやく……
「い、もう大丈夫。」
彼女は小さく息を吐いた。
「……動いてもいいよ。」
「……!!」
ようやく頭が働き始めた。
「ご、ごめんなさい!」
私はすぐに後ろへ飛び退き、顔が真っ赤に燃え上がった。
「い、いいえ、私は……」
「そんなつもりじゃなかったのに……」
「ただ――」
「ロープが……」
「バランスが……」
言葉は完全に支離滅裂に飛び出した。
白崎はゆっくりと背筋を伸ばして座り直した。彼女の頬にも、かすかな赤みが差していた。
「……わかってる。」
彼女はぎこちなく微笑んだ。
「……事故だったんだ。」
数秒の間……
私たち二人とも、互いの目を見ることができなかった。
遠くから聞こえてくる生徒たちの歓声だけが、私たちに思い出させた……
私たちはまだ体育の授業の真っ最中に立っていたのだ。
白崎は、私たちの足首に巻きつけられた布を静かにほどいた。
「……はい。」
彼女は耳にかかった髪をそっとかき上げると、立ち上がった。
私は小さくため息をついた。
「……ありがとう。」
私がその場を離れようとしたその時――
「……高橋くん。」
「……ん?」
彼女は少し近づいてきた。
そして……
私の耳元に顔を寄せた。
その声は、ささやき声よりほんの少し大きい程度だった。
「……まだすごく顔を赤らめてるね」
「……」
「……」
「……まるで、転ぶのが楽しかったみたいだったよ」
「……!!」
「な、何だって?!」
僕は思わず後ろへ飛び退いた。
「い、違う!」
「あ、あの……」
「は、はい――」
「…い、違う!」
「待、待って!!」
「白崎さん!!」
僕の頭は完全にショートしてしまった。
「な、何言ってるの?!」
「私、そんなこと……!」
「そんなことして……!」
「事故だったの!」
彼女は口元を覆った。
小さなくすくす笑いが漏れた。
「……ふふ。」
「……変態。」
「……!!」
「わ、私は変態なんかじゃない!」
「そ、そんなふうにからかわないで!」
「な、変なことなんて考えてなかった!」
「本当?」
彼女は無邪気に首を傾げた。
「本当!」
「100パーセント!」
「ただの事故だったんだ!」
彼女は私がパニックになる様子をもう1秒ほど眺めてから、再び笑い出した。
「……冗談よ。」
「……あなた、本当にからかいやすいわね。」
私は信じられないという表情で彼女を見つめた。
「……リクと過ごす時間が長すぎるのよ。」
「ん?」
「彼の影響を受けてるんじゃない?」
彼女は明るく微笑んだ。
「……そうかもね。」
そう言うと、彼女はまだ一人で微笑みながら、クラスの他の生徒たちの方を向いた。
「……さあ、行こうよ。」
「体育はまだ終わってないよ。」
「……」
私はさらに数秒間、その場に立ち尽くしていた。
今頃、私の顔はさらに真っ赤になっているに違いない。
「……」
「……彼女は確実に大胆になってきている。」
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終業のベルが校内に響き渡った。
「下校です。」
ほぼ瞬く間に、教室は活気に満ちた。
生徒たちはカバンをまとめた。
椅子が床を擦る音がした。
皆が階段へ向かう中、廊下は会話で賑わった。
数分後……
私たち4人は1階のロッカーのそばに立ち、外履きに履き替えていた。
「……」
カチッ。
私はロッカーを閉め、肩を伸ばした。
「……やっとね。」
白崎は微笑んだ。
「今日の授業は、いつもより長く感じたわ。」
「私もそう思ってた。」
彼女はロッカーを閉めると、自然と二人で一緒に正門へと歩き出した。
アイリとリクは、少し離れた後ろからついてきた。
エントランスホールに着いたその瞬間――
トントン。
トントン。
トントン。
トントン。
「……ん?」
私の視線は大きなガラス扉へと向かった。
その向こうでは……
校庭に激しい雨が降り注いだ。
「……雨?」
生徒たちは、あっという間に入り口付近に集まってきた。
「えっ?!」
「天気予報にも出てなかったのに!」
「傘、家に置いてきちゃった……」
「マジで?!」
入り口付近に立っていた先生たちでさえ、驚いた様子だった。
「……おかしいな。」
「午前中は晴れていたのに。」
夏はもうすぐそこまで来ていた。
まあ…
雨が降らないわけでもない。
でも、あんなに晴れ渡っていた朝の後に…
この突然の豪雨は、ほとんど不自然だとさえ感じられた。
「……」
その時――
見慣れた青い光が、私の目の前に現れた。
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[予測
今後のインタラクション
対象:
中村リク
立花アイリ
インタラクション:
傘をシェア
確率:
74.3%
推定時間:
00:56]
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「……」
私は静かに画面を見つめた。
またか……
システムはすでに知っていたのだ。
ゆっくりと、目の前に表示された二人の名前の方へ視線を向けた。
リクは外を見ながら、後頭部を掻いていた。
「……まあ」
「逃げ場がないみたいだな」
彼は気まずそうに笑った。
「傘を持ってきてないんだ」
アイリもガラス越しに外を眺めていた。
「……」
「……変ね。」
「今朝は曇りさえしてなかったのに。」
ほとんど無意識に……
彼女は持ってきた折りたたみ傘を、指でぎゅっと握りしめた。
「……」
そもそも、なぜ傘を持ってきたのだろう?
「……」
私はシステムをちらりと見た。
「傘をシェア」。
74.3%。
つまり……
このシステムは、二人が一緒に家まで歩いて帰ることを予想していたのだ。
「……」
その考えが、またしても背筋を奇妙な寒気が走らせた。
これは……
本当にただの未来予測なのだろうか?
それとも……
ひそかに未来を導いているのだろうか?
それ以上考える間もなく――
アイリが突然、リクの元へまっすぐ歩み寄った。
「……ん?」
彼女は彼の目の前で立ち止まった。
一言も発することなく……
バッグから傘を取り出した。
そして……
それを彼の手に押し付けた。
「……これ、受け取って。」
「……え?」
リクは戸惑ってまばたきをした。
「待、待って……」
彼は傘から……
再びアイリへと視線を移した。
「……つまり……」
「……一緒に行くってこと?」
「……!!」
アイリの顔全体が瞬く間に真っ赤になった。
彼女は視線をそらした。
誰かが返事をする間もなく――
彼女はくるりと振り返った。
ガラス扉を「シュッ」という静かな音と共にスライドさせて開けた。
冷たい空気と雨が室内に流れ込んだ。
「あ、アイリ?!」
両手で頭を抱えながら……
彼女は雨の中へまっすぐ駆け出した。
バシャッ!
バシャッ!
バシャッ!
彼女は速度を落とすことさえしなかった。
ただひたすら、校庭を横切って正門へと全速力で走り続けた。
「……」
「……」
「……」
エントランスホールは完全な静寂に包まれた。
「……待て…… えっ?!」
「……彼女……」
「……本当に走った……」
白崎は何度かまばたきをした。
「……傘も持たずに……」
「……」
「…アイリ!!!」白崎は叫んだ。
私は一言も発することができなかった。
あれは……
システムが予測していたこととは違っていた。
ほとんど本能的に……
私は青い画面の方を振り返った。
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[予測失敗
相互作用確率:
0.0%]
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「……」
「……」
「……失敗したのか?」
初めて……
システムが……
間違えた。
もしかすると……
人は本当に別の選択ができるのかもしれない。
もしかすると……
未来は、結局のところ完全に決まっているわけではなかったのかもしれない。
「……」
ドスン。
鈍い音が私の横で響いた。
振り返った。
傘が床に落ちていた。
リクはもうそれを握っていなかった。
一言も発することなく――
彼は突然、自動ドアを駆け抜けていった。
雨の中へまっすぐ。
「立花さん!」
「……!!」
私は目を見開いた。
まさにその瞬間――
青い画面が再びちらついた。
━━━━━━━━━━━━━━
[予測更新
インタラクション:
追跡
確率:
99.8%
ステータス:
ルート修正済み]
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「……」
背筋が凍るような感覚が全身を駆け抜けた。
「…ルート…」
「…修正…?」
私はゆっくりと雨の中を振り返った。
リクはすでにアイリに追いつきかけていた。
システムは……
間違っていなかった。
ただ単に……
適応しただけだった。
「…リク!!!」
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