第2部 : システムのルールの外側でのキス
皆さん、こんにちは!
まず、今後約3週間ほどは試験期間のため、更新が少し遅くなる可能性があります。勉強と執筆を両立しながらになりますが、できる限り更新は続けていく予定です。
気づけば本作も30話(第16章)まで来ることができました。ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます!
皆さんの応援のおかげで、日間・週間・月間ランキングでも良い結果をいただくことができ、とても感謝しています。
これからもより面白い作品をお届けできるよう頑張りますので、引き続きよろしくお願いします!
アイリの視点
「……ただいま。」
玄関のドアがカチッと静かな音を立ててスライドで開き、私は中へ足を踏み入れた。
中村家の温もりが、あっという間に私を包み込んだ。
夕食の香りが廊下に漂っていた。
リビングからはテレビの音が静かに聞こえてきた。
無意識のうちに、指先が自分の唇に触れた。
私は固まった。
…なんでこんなことしてるんだろう?
まるで誰かに見つかったかのように、私は慌てて手を下ろし、視線をそらした。
バカ…
別に…
私は唇をぎゅっと閉じた。
…ただの頬へのキスだったのに。
それなのに、なぜ…
どうして心が落ち着かないの?
どうして彼の顔が頭から離れないの?
驚いたような彼の瞳。
彼の肌の温もり。
私は自分の頬を軽く叩いた。
「そんなこと考えるのやめなさい」
「何を?」
私は飛び上がりそうになった。
「な、中村さん!」
リクの母親が、楽しそうな笑みを浮かべて台所から顔をのぞかせた。
「お帰り、アイリちゃん。」
私はすぐに頭を下げた。
「……遅れてごめんなさい。」
彼女は優しく微笑んだ。
「いいのよ。」
「何かあったの?」
「……特にないわ。」
私は一瞬ためらった。
「……レンと一緒にいたの。」
「あら?」
「午後はずっと一緒に過ごしちゃったの。」
彼女の目がほんの少し見開かれた。
「そう。じゃあ、夕食はあと数分で出来上がるから、さっと身支度して着替えてきてね。」
「…うん、わかった!」
私が二階へ上がろうとしたその時……
「ああ、君はそこに消えてたんだね。」
私はリビングの方を振り返った。
中村くんがソファのそばに立っていて、片手をさりげなくポケットに突っ込んでいた。
「……」
「な、何?」
彼はまばたきをした。
「ん?」
「なんでそんな目で私を見るの?」
「ただ聞いてただけだよ」
「嘘つき」
「文字通り、何も言ってないよ」
「その通り」
私は目を細めた。
「その顔を見れば、もう十分よ」
「どんな顔?」
「あのうっとうしい顔」
彼の唇に微かな笑みが浮かんだ。
「で」
彼は腕を組んだ。
「午後はずっとレンと一緒だったんだね」
顔に熱が駆け上がった。
「そ、その口調は何よ?!」
「どんな口調?」
「あの口調よ!」
「君が言ったことを繰り返しただけだ。」
「ちっ……」
私は目をそらした。
「……バカ。」
リクはほんの少し首を傾げた。
「それで?」
「それで何よ?!」
「デートはどうだった?」
「ど、どのデートよ?!」
私の声が廊下全体に響き渡った。
「デートなんかじゃない!」
「そうか。」
「たまたま会っただけ!」
「そうか。」
「ただ話しただけ!」
「そうか。」
「ただ歩き回っただけ!」
「そうか。」
私は拳を握りしめた。
「……『そうか』って言うのやめて!」
「ただ聞いてるだけだよ」
「聞いてなんかいない!」
「聞いてるよ」
「違う!」
彼の唇がピクッと動いた。
「……今日は本当に読みやすいね、立花さん」
「そんなことない!」
「あるよ」
「ない!」
「僕が非難する前から、全部否定してるじゃないか」
「私、ただ君の誤解を正しただけよ!」
「ふーん。」
「『ふーん』なんて言わないで!」
彼は何気なく壁にもたれかかった。
「でたらめ言ってるわ!」
「ただ質問しただけだよ。」
「それ自体が変よ!」
「そうかな?」
「そうよ!」
彼はほんの少し肩をすくめた。
「気になっただけさ。」
「……」
「……」
「……なんで?」
「ん?」
「なんで気になっちゃうのよ!?」
彼はためらうことなく答えた。
「だって、君が変な様子で帰ってきたからさ。」
「変なことなんてしてないわ!」
「家に帰ってからずっと顔に触ってるじゃないか。」
「……!」
「それにさっきも……」
彼の視線がまた私の唇へと向いた。
私の全身が凍りついた。
「……」
「……」
「……」
赤。
私の顔は真っ赤に染まった。
「な、なんで私の視線を追ってるの?!」
「ん?」
「なんで私の手を見てるの?!」
「見てないよ」
「見てたじゃない!」
「ただ気づいただけ」
「気づいたの?!」
「それって、もっとヤバいじゃない!」
私は一歩後ずさり、彼を非難するように指を突きつけた。
「あ、あんた、変態ストーカーだ!」
彼の眉がピクッと動いた。
「……なんでこんな話になったの?!」
「私の些細な行動まで全部観察してるじゃない!」
「してないよ。」
「してるわ!」
「君が目の前に立ってるから気づいただけだよ!」
「そ、それじゃないの!」
「じゃあ何が問題なの?」
「問題は……」
私は口を開いた。
何も言葉が出てこなかった。
「……」
「……」
「……もういいわ!」
「そうしたいところだけどね。」
「あんた――!」
私は足を踏み鳴らした。
「あんた、信じられない!」
彼の口元から小さな笑みがこぼれた。
「違うよ。」
「ただ恥ずかしいだけじゃない?」
「そんなことない!」
「あるよ。」
「ない!」
「あるよ。」
「ない!」
「ここ5分間ずっと顔を赤らめてるよ。」
「そ、それはあなたがうざいからよ!」
「レンのせいじゃないの?」
「…!」
「……」
「……」
「お、お前の勝手な推測はやめてよ!」
「やっぱりレンのせいなんだね。」
「い、違う!!」
「躊躇したよ。」
「躊躇なんてしてない!」
「したよ。」
「してな~い!」
「かなり明白だと思うけど。」
「な、何が明白なの?!」
彼は微笑んだ。
「君、彼のことが好きなんだね。」
私は目を丸くした。
「え、えっ、何だって?!」
「そんなことない!」
「そんなこと言ったことないわ!」
「彼にそ、そんな感情なんて抱いてないわ!」
「私……」
リクは静かにうなずいた。
「面白いね。」
私はまばたきをした。
「……何が面白いんだ?」
「『恋愛感情』なんて一言も言ってないよ。」
「……」
「……」
「……」
頭が真っ白になった。
「……」
「……」
「……えっ?!」
彼の笑みがさらに広がった。
「その部分は君が勝手に付け加えたんだ。」
「私、私、私――」
「私……」
「あなた……」
「私……」
言葉が出なかった。
自分の心臓の鼓動が聞こえるほどだった。
「私の言葉を曲解しないで!」
「曲解なんてしてないよ。」
「したわ!」
「自分でその罠に飛び込んだんだ。」
「大嫌い。」
「毎週そう言ってるじゃないか」
「今回は本気よ!」
「他の時もそう言ってたよ」
「本当に本気なの!」
「そうかい」
「本当よ!」
私がさらに爆発してしまう前に――
「もう、二人とも」
リクの母親が、あきれたような笑みを浮かべて台所から顔をのぞかせた。
「ご飯が冷めちゃうわよ」
彼女は私から……
……リクへと……
……視線を移すと、ため息をついた。
「食事が終わってから、その小さな戦争を続けていいわよ」
リクはすぐに答えた。
「はい、お母さん」
「戦争なんかしてないわ!」
二人は私の方を見た。
そして……
二人は微笑んだ。
「……」
「……」
……なんでみんな、ずっと笑ってるの?!
「……やっと。」
私は寝室のドアを閉め、深く息を吐いた。
「あのバカ……」
彼の声を聞くだけで、血圧が上がってしまう。
私はベッドの端に腰を下ろし、顔を枕に埋めた。
「……どうして彼は、私をイライラさせる言葉をいつも的確に言い当てるの?」
トントン。
トントン。
私は固まった。
「……」
またノックが響いた。
「橘さん。」
「……帰って。」
「ただ話したいだけなんだ。」
「あなたとは話さない。」
「からかわないって約束するよ。」
「……嘘つき。」
「ドアを開けて確かめてみればいい。」
「……それだと、かえって怪しいわ。」
向こう側から小さな笑い声が聞こえた。
「……本気だよ。」
私は数秒間ドアをじっと見つめた後、ため息をついた。
「……いいわ。」
鍵を開けた。
ドアは、中村くんが中を覗き込める程度にだけ開いた。
彼の顔には、いつものからかうような笑みはなかった。
「…ほら?」
「嘘はついてないよ。」
私は腕を組んだ。
「今日のからかい枠はもう使い切っちゃったし。」
「じゃあ、もうからかわないの?」
「約束はできないわ。」
「ふん。」
彼はかすかに微笑んだ。
「冗談だよ。」
珍しく……
……彼の言葉は、本当に誠実な響きを帯びていた。
一瞬の沈黙が流れた。
それから彼が口を開いた。
「もし俺の意見が聞きたいなら……」
私は彼を見た。
「学校でレンのそばにいる時の君の振る舞い……」
彼は首の後ろをかいた。
「……かなりバレバレだよ。」
「……」
「……」
「……な、何?」
「彼のそばにいると、普段とは違う振る舞いをする。」
「そんなことない。」
「あるよ。」
「ないよ。」
「もっと笑ってる。」
「普通に笑ってるだけ。」
「もっと話してる。」
「いつも話してるだけ。」
「動揺してる。」
「あ、そんなことない!」
「今まさにそうしてるよ。」
顔が熱くなった。
「私……」
言葉が、止めようとしても口からこぼれ出てしまった。
「……たとえそうだったとしても……」
私は固まってしまった。
「……!」
「違う!」
「その、つまり……」
私は目をそらした。
「……たとえ私が想いを抱いていたとしても……」
「……なんであなたに言うの?」
部屋は静まり返った。
「……」
「……」
「私……」
「私には……」
「……そんな……」
「……気持ちなんて……」
その言葉がどれほど弱々しく聞こえるか、自分でも納得できなかった。
中村くんは笑わなかった。
ニヤリともしなかった。
からかうこともなかった。
その代わりに――
彼はただ微笑んだ。
「……わかったよ」
「もう聞かないよ」
「……え?」
「説明しなくていいんだ」
「自分の気持ちを受け入れられるようになったら……」
「……きっとわかるよ」
「……」
「……」
「……バカ。」
「ん?」
「お礼を言ってるんじゃないよ。」
「わかってる。」
「……」
なんで、それだと余計に恥ずかしくなっちゃうんだろう?
できるだけ早く話題を変えようと、私は尋ねた。
「……今日のレストランのシフトはどうだった?」
「ん?」
「今日じゃ……なかった?」
「そうだった。」
「……」
「……忙しかった?」
「ちょっとね。」
「……」
「……疲れてる?」
彼はまばたきをした。
そして微笑んだ。
「ちょっとね。」
思わず、私は答えた。
「……すごく疲れてるみたいだけど。」
言葉を止める間もなく、口から出てしまった。
「……!」
「あ、あの!」
「別に気にしてるわけじゃないし!」
「誤解しないで!」
「ただ聞いただけ!」
「だから変なこと想像しないで!」
彼はただ肩をすくめた。
「ああ、わかったよ。」
「わかった。」
その気楽な返事が、なぜかさらに私の苛立ちを募らせた。
「ふん。」
すると……
私は初めて彼をじっくりと見つめた。
「……」
彼の笑顔は変わっていなかった。
でも……
彼の目。
その目は重そうだった。
笑顔では隠しきれないような、あの疲れ。
目の下には濃いクマができていた。
肩は落ちていた。
「……」
「……中村くん。」
「ん?」
「……本当に寝たほうがいいよ。」
彼はだらりと体を伸ばした。
「いや。」
「僕に必要なのは……」
「……ゲームさ。」
私は彼をじっと見つめた。
「……ゲーム?」
「ゲームがあれば、何でも解決するんだ。」
「そんなことないよ。」
「あるよ。」
「絶対にない。」
「ゲームがあれば、疲れなんて全部吹き飛ぶんだ。」
「科学的にありえないよ。」
「それでも効くんだ。」
私はため息をついた。
「……もう、どうしようもないね。」
「たぶんね。」
彼はリビングのソファの方をちらりと見た。
「でも、今夜は君がここで寝るんだし……」
「プレイしないよ」
「君の睡眠を邪魔しちゃうから」
「……」
なぜか……
その答えに、胸が妙に温かくなった。
彼は本当に私のことを考えてくれていたんだ。
一日中働いた後なのに。
「……」
「……え、えっと」
彼は私の方を振り返った。
「……うん?」
「もし……もし……」
「……もし君が……」
なんで急にこんなに言いづらくなったんだろう?
「その……つまり……」
「……君は……」
「……今、遊びたい?」
彼はまばたきをした。
「……え?」
「あ、あ、同情してるわけじゃないよ!」
私は慌てて目をそらした。
「あ、あ、同情してるわけじゃないの!」
「ただ……」
「……なんとなく……」
「……私も遊びたい気分なんだ。」
「それだけ。」
「誤解しないで!」
「……」
「……」
彼の顔に小さな笑みが浮かんだ。
「……いいよ。」
「そうしてくれると嬉しいな。」
なぜか胸がドキドキした。
「そ、それなら早くして!」
「こ、こいつをぶっ潰してやる!」
彼は小さく笑った。
「どうかな、立花さん。」
「準備はいい?」
私はコントローラーをぎゅっと握りしめた。
「ふん。」
「負けたら泣かないでね。」
中村くんがくすくす笑った。
「私も同じことを言おうとしてたところだよ。」
「夢でも見てろ。」
ゲームが読み込まれた。
三……
二……
一……
「スタート!」
部屋はたちまちボタン連打の音で満たされた。
「はっ!」
「遅すぎる!」
「待って――」
「コンボ!」
「反則だ!」
「文字通り、反則なんだよ。」
「マップを見てたんだ!」
「言い訳だ。」
「言い訳なんかしてない!」
「絶対に言い訳してたよ。」
「ふん!」
私は頬を膨らませてから、再び画面に集中した。
「次のラウンドは私が勝つ。」
「見てろよ。」
5分後――
「やった!」
私は両拳を空に突き上げた。
「勝った!」
「ギリギリだったな。」
「勝ったことは勝ったんだ!」
「運が良かっただけだろ。」
「腕前だよ。」
「運。」
「腕前。」
「運だよ。」
「腕前!」
私たちは一瞬、睨み合った……
……そして、思わず大笑いしてしまった。
「……」
「……」
場の空気は、妙に和やかになっていた。
居心地がいい。
もう気まずさは感じなかった。
気づかないうちに……
ラウンドを重ねるごとに……
二人は知らず知らずのうちに、ベッドの中央へと近づいていた。
画面に完全に集中していた。
「後ろだ!」
「わかってる!」
「いや、わかってない!」
「わかってるって言っただろ!」
「絶対にわかってない!」
「言っただろ――」
「俺のキャラ、死んじゃった。」
「……」
「……」
「……わかったよ。」
「君の言う通りだった。」
「わかってるよ。」
「ふん。」
私は彼の肩を自分の肩で軽くぶつけた。
「そんなに得意げな顔しないでよ。」
「勝ち取ったんだから。」
「運が良かっただけよ。」
彼は笑った。
「君は本当に諦めないね。」
「絶対に。」
また新たな試合が始まった。
二人とも気づかなかった……
……もう二人の間には、ほとんど隙間が残っていないことに。
肩が軽く触れ合っていた。
二人とも、離れることはなかった。
そうしようとしたからではない……
二人とも、気づいてさえいなかったのだ。
部屋はさらに静まり返った。
ゲームの音だけが響いていた。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
勝利。
「やった!」
私は勝利のポーズでコントローラーを掲げた。
「勝つって言ったでしょ!」
「ん?」
返事はなかった。
「……中村くん?」
相変わらず無言だ。
私は顔を向けた。
「……どうしたの?」
彼は私を見つめていた。
画面ではなく。
私を。
「……」
私たちの顔……
……思ったよりずっと近かった。
彼の瞳にテレビの映り込みがはっきりと見えるほどに。
もしどちらかがほんの少し身を乗り出せば……
「……」
彼の目が大きく見開かれた。
「あ、あ……」
彼は急に少し身を引いた。そのせいで、コントローラーを落としそうになった。
「な、何でもない!」
私はまばたきをした。
「……?」
「急に固まっちゃったじゃないか」
「な、特に理由はないよ」
「幽霊でも見たような顔してたよ」
「見てないよ」
「間違いなく見てたよ」
「ただ………」
彼は咳払いをした。
「……考えてたんだ。」
私は首を傾げた。
「……何について?」
「ゲームのこと。」
私は勝利画面に目をやった。
「試合は20秒前に終わってるよ。」
「……」
「……」
「……そうか。」
なぜか、彼は視線をそらした。
変だな。
私はもう一秒ほど彼を見つめた。
「……変な感じね」
「全然普通だよ」
「違うわ、普通じゃない」
「いつもこうなんだ」
「……」
私は目を細めた。
「うーん……」
彼は素早く別のコントローラーを手に取った。
「それで」
「再戦する?」
私は怪訝そうに彼を見た。
「……話題をそらそうとしてるの?」
「その通り。」
「……少なくとも正直ね。」
「そう心がけてるよ。」
思わず笑みがこぼれた。
「いいわ。」
「でも今回は……」
「手加減はしないから。」
彼も微笑み返した。
「そうだろうと思ってたよ。」
ゲームが再び始まり、その瞬間をわずかに遮っていた何かは、次の試合の陽気な喧騒の中に静かに溶けていった。
最終結果画面がテレビ画面に映し出された。
勝利。
私は深く息を吐き、頭の上で両腕を伸ばした。
「……これで最後だ。」
中村くんはうなずき、コントローラーを横に置いた。
「ああ。」
「手が痛くなってきた。」
「そんなに何度も負けてたら、そうなるよ。」
「その半分は勝ったって、はっきり覚えてるんだけど。」
「細かいこと。」
「すごく重要な細かいことだよ。」
「間違った細かいことだよ。」
彼は静かに笑った。
「……そうね。」
部屋に静寂が訪れた。
気まずい沈黙ではない。
ただ……
疲れ切った沈黙だ。
思いがけず楽しいことを何時間も続けていた後にしか訪れない、あの種の静寂。
私はコントローラーを自分の横に置いた。
「……」
その時になって初めて、まぶたがどれほど重いか気づいた。
「……」
止めようとしても、あくびが漏れてしまった。
「んっ……」
すぐに、私は口を手で覆った。
「そ、眠くなんてなかったよ。」
中村くんは片方の眉を上げた。
「文字通り、あくびをしたじゃないか。」
「それが何の証拠にもならないわ。」
「ほとんどすべてを証明しているよ。」
「それが証明しているのは……酸素よ。」
「……酸素?」
「その通り。」
「……あくびの仕組みは絶対にそんな風じゃないよ。」
「ふん。」
私は腕を組んだ。
「うざい。」
「よく言われるよ。」
またあくびが漏れてしまった。
「……」
今度は、二人とも何も言わなかった。
彼はただ微笑んだ。
「……どうやら、誰かのバッテリーが切れかけてるみたいだね。」
「私のバッテリーは全然大丈夫よ。」
「うん。」
「本当に。」
「うん。」
「……そんな風にうなずくのやめてよ。」
彼はくすりと笑った。
それから、ベッドからゆっくりと立ち上がり、背骨がポキッと鳴るまで伸びをした。
「あぁ……」
「……こんなに疲れていたなんて気づかなかった。」
彼の肩の力が明らかに抜けた。
ほんの一瞬……
彼はさっきよりもさらに疲れ切っているように見えた。
私は静かに彼を見つめていた。
「……」
彼は私の視線に気づき、微笑んだ。
「どうした?」
「……何でもない。」
「……本当?」
「……本当。」
「……君、嘘が下手だね。」
「君を見て学んだんだ。」
「……痛い。」
二人とも思わず小さく笑ってしまった。
「……おい、今笑ったのか? レン以外の人と笑ってるのを見るなんて、めったにないぞ。」中村がからかってきた。
「……黙らないと、コントローラーを壊すぞ。」
「……わかった、わかったよ!」
部屋は徐々に静けさを取り戻していった。
テレビは依然として結果画面を表示し続け、暗い部屋を柔らかな青い光で満たしていた。
中村くんはリモコンを手に取り、電源を切った。
部屋はたちまち静まり返った。
カーテンの隙間から差し込む月明かりだけが残っていた。
「……まあ。」
彼は首の後ろをさすった。
「……だいぶ遅くなってきたな。」
私はうなずいた。
「……うん。」
「そうだな……」
「……そろそろ寝る時間かな。」
なぜか……
部屋が、さっきよりもずっと静かに感じられた。
中村くんはすでに立ち上がっていた。
テレビの電源を切ると、ゲーム機を手に取った。
「今夜はこれで終わりだね。」
私はうなずいて立ち上がった。
「私も片付けよう。」
ベッドの足元近くにコントローラーが一つ転がっているのが目に入った。
私はかがんでそれを拾い上げ、振り返った――
「もう一つは――
カチッ。
何かが私の足の下を転がった。
もう一つのコントローラーだ。
「痛っ!!!」
足元がふらついた。
滑ってバランスを崩した。
そして、まっすぐ彼の方へよろめいていった。
「立花さん?!」
彼が反応する間もなく、私の体は彼に激突した。
二人のバランスが同時に崩れた。
「あっ――!」
ドスン!
世界がぐるりと回った。
ほんの一瞬、すべてがぼやけてしまった。
y。
衝撃。
そして――
静寂。
「…!」
私は目を見開いた。
私は彼の上に乗りかかっていた。
両手は彼の肩の脇に押し当てられていた。
彼の背中は床についていた。
そして彼の顔は……
すぐそこにあった。
近すぎる。
黄金がかったヘーゼル色の瞳が、私を見つめ返していた。
驚いた様子で。
固まったように。
私も同じだった。
…中村くん…
声が出なかった。
動けなかった。
息もできなかった。
考えることさえできなかった。
気づいた……
柔らかくて。
温かくて。
何かが……
私の唇に。
「……」
「……」
私の脳は、目の前の光景を処理しようともしなかった。
それとも……
私が感じていることを。
私たちの唇……
触れ合っていた。
私たち……
うっかり……
キスをしてしまった……
「……」
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