第14章 : 見えなくなった少年
「私……実はバカだったんだ」
思わず小さな笑いが漏れた。
嬉しさからくる笑いではない。
遥か遠くの何かを振り返った時に漏れるような笑い。
とても遠い。
とても懐かしい。
「……え?」
白崎さんはまばたきをした。
私は微笑んだ。
「うん」
私はソファにもたれかかった。
「あの頃の僕と今の僕……」
「たぶん、同じ人間だなんて気づかないだろうね。」
白崎さんは静かに両手で飲み物を握りしめていた。
耳を傾けて。
待っていて。
口を挟まずに。
なぜか、そのおかげで話しやすくなった。
「あの頃は……」
「とんでもなく元気だったんだ。」
思わず小さな笑いが漏れた。
「いや、マジで。」
「……心配になるくらい元気だったんだ。」
白崎は首を傾げた。
「……どれくらい元気だったの?」
私は自分のことを指さした。
「この元気な人?」
「……それを百倍にした感じ。」
「……ありえない。」
「ほら?みんなそう言うんだよ。」
彼女の顔に、かすかな笑みが浮かんだ。
そしてなぜか――
その笑顔のおかげで、話を続けるのが楽になった。
「僕の故郷は星ノ宮だ。」
「愛と同じ町ね。」
「ああ。」
「同じ場所だ。」
ほんの一瞬――
温かい記憶が自然と蘇った。
緑の野原。
青い空。
夏の風。
実際よりもずっと広く感じられた世界。
「あの頃は……」
「毎日が冒険のようだった。」
「あちこち走り回ってた。」
「野原。」
「丘。」
「川。」
「工事現場。」
「……建設現場?」
「聞かないで。」
「……聞いているよ。」
「一度、怒った作業員に追いかけられそうになったんだ。」
「……高橋くん。」
「生き延びたよ。」
「……そういうことじゃない。」
私は笑った。
この話を始めて以来初めて――
その笑いは、心からのものであった。
「正直、半分は自分が何を考えていたのかさえ覚えてないんだ。」
「ただ……」
「何でもやりたかったんだ。」
「何でも見たかった。」
「何でも試したかった。」
部屋は静まり返った。
気まずい沈黙ではない。
ただ、穏やかな静けさだった。
アパートの窓の外――
空はゆっくりとオレンジ色に染まり始めていた。
その日最後の日差しが、部屋を温かな色で包み込んでいた。
そしてなぜか――
それがふさわしいように感じられた。
こんな思い出には。
「あいも、いつもそこにいたよ。」
白崎は静かに耳を傾けていた。
「彼女はいつも僕の後をついてきたんだ。」
「たいていは、僕が馬鹿なことをしないように止めようとしてたんだけど。」
「……それはよくあったの?」
「毎日のことさ。」
「……そう。」
「木に登ったり。」
「屋上に閉じ込められたり。」
「川に飛び込んだり。」
「……」
「……」
「……川に飛び込んだの?」
「何度かね。」
「高橋くん」
「何?」
「あなたは問題児だったのね」
「『自由奔放』の方がいい」
「問題児」
「自由奔放」
「問題児」
私は大げさにため息をついた。
「この友情はダメみたいだね」
その言葉に、彼女は小さく笑った。
柔らかな笑い声。
優しい。
いつもその笑いがあれば、雰囲気が軽くなるような、そんな笑い声だった。
しばらくの間――
二人とも黙っていた。
そして不思議なことに――
その沈黙は心地よかった。
それからゆっくりと――
私の視線は外の夕焼け空へと向かった。
私の表情の笑みが和らいだ。
あの頃は……
人生は実にシンプルだった。
目を覚ます。
走り回る。
アイと遊ぶ。
叱られる。
それを繰り返す。
複雑な感情なんてなかった。
寂しさもなかった。
見せかけもなかった。
仮面もなかった。
ただ……
生きていただけ。
そしてしばらくの間――
私はその記憶をじっと見つめていた。
まるで古い映画を見ているかのように。
それから静かに――
私は再び口を開いた。
「……あの頃。」
「……あの頃は」
言葉は、止める間もなく口をついて出てしまった。
ほんの一瞬――
部屋は完全な静寂に包まれた。
白崎はカップを握る指をわずかに強めた。
まるで、その言葉の裏に隠された何かを察したかのように。
私がまだ口にしていない何かを。
まだ。
私は窓から目を離し、微笑んだ。
今度は、ほんのわずかな微笑みだった。
「……それから、私たちは雪城に引っ越した。」
「……そして、すべてが変わり始めた。」
私の顔から笑みが、ほんの少し消えた。
ほんの少しだけ。
気づくことなど、ほぼ不可能なくらいに。
ほぼ、ね。
「……そこで、私は清霊第三中学校に入学した。」
白崎は瞬きをした。
「あのライバル校?」
「うん」
「キサラギの連中がいつも文句を言ってるあの学校?」
「そう、それ」
「……知らなかった」
「大抵の人は知らないよ」
するとゆっくりと――
別の記憶が浮かび上がってきた。
野原とは違う。
子供時代とは違う。
教室。
五人の男子。
笑い声。
喧騒。
そこにいるという安心感。
そして、物語を書き始めて以来初めて――
私はまた、思わず笑みを浮かべていた。
本物の笑顔。
「……最初は、本当に最高だったんだ。」
「……たくさんの友達ができた。」
「……特に、あの四人のバカどもとは。」
そして、気づかないうちに――
私の声は、より柔らかくなっていた。
より懐かしげに。
「……僕たち5人は、いつも一緒にいた。」
夕日の光が、静かに教室の中を揺らめいていた。
次の記憶が、ゆっくりと扉を開く。
あの頃――
人生は楽しかった。
本当に楽しかった。
その瞬間は当たり前だと思えるような、そんな楽しさ。
そして、何年も経って振り返った時には、何物にも代えがたいものになる。
僕たち5人は、いつも一緒にいた。
いつも。
一緒に昼食。
一緒にスポーツ。
一緒に帰宅。
一緒に叱られる。
一緒に罰を受ける。
「……ほとんどは僕のせいだったけど」
私は呟いた。
顔に苦い笑みが浮かんだ。
あの頃――
僕たちは永遠に友達でいられると、心から信じていた。
おかしいよね?
子供たちはいつも、物事が永遠に続くものだと思っている。
友情も。
夢も。
約束も。
すべてが。
私たちは、終わりのことなど決して考えない。
あの頃――
私はたぶん、グループの中で一番騒がしい子だった。
一番元気いっぱいだった。
一番うっとうしい子でもあった。
[過去の記憶]
「レン!」
友達の一人が廊下の向こうから叫んだ。
「走らないで!」
「走ってないよ!」
「文字通り全力疾走してるじゃん!」
「違うよ!」
「同じだよ!」
廊下中が爆笑に包まれた。
私も含めて。
彼らも。
あの頃は――
一緒に笑うことが、ごく自然なことだった。
簡単だった。
呼吸をするように。
中学1年生の時、どうにかして4人を説得して、こっそり体育館の屋上に登ったことがあった。
最悪のアイデアだった。
本当に最悪なアイデアだった。
それでも――
放課後、5人全員でそこに座っていた。
夕日を眺めながら。
くだらないことを話しながら。
夢について。
将来の職業について。
ビデオゲームについて。
女の子について。
ほとんどはビデオゲームの話だった。
今振り返ると――
あれはたぶん、僕の人生で最も幸せな瞬間の一つだったと思う。
だって、誰も偽っていなかったから。
誰もクールを装っていなかったから。
誰も人気なんて気にしていなかったから。
僕たちはただ……
友達だった。
[記憶終了]
少なくとも――
僕はそう思っていた。
そして中学2年生になった。
物事は変わり始めた。
最初は――
ほんのわずかな変化だった。
些細なこと。
無視しやすいこと。
言い訳しやすいこと。
起きていないふりがしやすいこと。
今振り返ると――
自分が認めていたよりもずっと早く、その変化に気づいていたんだ。
[過去の記憶]
「…ねえ」
昼休みに、私は彼らに近づきながら微笑んだ。
「ここに座ってもいい?」
そのうちのひとりが顔を上げた。
そしてすぐに他の連中をちらりと見た。
奇妙な沈黙。
ほんの一瞬だけ。
「…あ」
「ごめん」
「あそこに誰か座ってるよ」
私はまばたきをした。
「ああ」
「…うん。」
私は気まずそうに笑った。
「いいよ。」
そしてその場を離れた。
その日、私は一人で昼食をとった。
初めてのことだった。
そうしたいからじゃなかった。
ただ……
他に座る場所がなかったから。
[記憶終了]
それでも――
私はあまり気にしていなかった。
みんな忙しいものさ。
そうだろう?
それから、また同じことが起きた。
そしてまた。
そしてまた。
[過去の記憶]
「ねえ、一緒に帰らない?」
「……ああ。」
「ごめん。」
「もう他の人と約束しちゃったんだ。」
「放課後、サッカーしない?」
「……また今度ね。」
「今週末、ゲームセンターに行かない?」
「……忙しいんだ」
[記憶終了]
いつも忙しい。
いつも何かしている。
いつもどこか別の場所にいる。
最初は――
僕は諦めなかった。
だって、友達ってそういうものだから。
そうだろう?
簡単に諦めたりしない。
だから、僕は笑顔を絶やさなかった。
話し続けた。
気づかないふりをし続けた。
僕が近づくと会話が急に途切れても。
何も言わずに立ち去っても。
僕が少しずつ……
よそ者になっていっても。
そしてある日――
彼らの会話を耳にしてしまった。
わざとじゃない。
ただ……
場所を間違えた。
タイミングを間違えた。
[過去の記憶]
「……あいつ、まだ子供みたいな振る舞いしてるわ」
「……マジで」
「……恥ずかしいわ」
「……もう中学生なのに」
「……小学生じゃないんだから」
「……正直、あいつのせいで学校での私たちの人気も威信も傷ついてるわ」
笑い声。
私はそこに立ち尽くした。
凍りついた。
耳を澄ませていた。
「…あいつ、大人にならないと。」
「…そうね。」
「…子供っぽすぎる。」
[記憶の終わり]
子供っぽい。
あの時——
その言葉が、何週間も頭から離れなかった。
もしかすると、何ヶ月も。
子供っぽい。
それまで、そんなこと考えたこともなかった。
本当に。
ただ……
自分らしくいただけだった。
それが突然――
自分らしくいることが問題になった。
そして生まれて初めて――
自分に何か問題があるんじゃないかと疑い始めた。
白崎のアパートの窓から差し込む夕日が、静かに部屋を照らしていた。
今の私は、黙って床を見つめていた。
さっきまでの笑顔は、もう消えていた。
完全にではない。
ただ……
色あせていった。
古い写真のように。
「……それが、私が変わろうとし始めたきっかけだった」
私は静かに言った。
「……最初は、もっと大人びた振る舞いをすれば……」
「……すべてが元通りになると思っていた」
部屋は再び静まり返った。
居心地が悪いわけではなかった。
ただ、重苦しい。
外では――
太陽がほぼ沈みかけていた。
そしてゆっくりと――
次の記憶が浮かび上がってきた。
今でも最も鮮明に覚えているあの記憶。
私が泣いた日。
そして、自分がどこにいるのかをはっきりと知った日。
私の顔から笑顔が徐々に消えていった。
私は手にしたグラスを静かに見つめた。
「……あのね……」
「……私、昔から物事を隠すのが得意じゃなかったの」
部屋は静まり返っていた。
白崎さんは、口を挟むことなく私の隣に座っていた。
ただ、聞いてくれている。
どういうわけか……
そのおかげで、話を続けるのが楽になった。
「……あの頃……」
「……私は、本当にすぐに泣いてた」
私は小さく笑った。
自嘲気味な笑いだった。
「……恥ずかしいくらい、すぐに泣いてた。」
「……誰かに怒鳴られたら……」
「……泣いてた。」
「……誰かに批判されたら……」
「……泣いてた。」
「……悲しいことがあったら……」
「……泣いてた。」
私は首の後ろをこすった。
「……今振り返ると、情けない話だ。」
するとすぐに――
白崎は首を横に振った。
「……違う。」
たった一言。
静かに。
優しく。
私は彼女を見た。
彼女は私を哀れんでいるわけではなかった。
心からそう思っているのだ。
なぜか――
その言葉に、胸が少し軽くなった気がした。
「……まあ、いいや。」
私はまた視線をそらした。
「……今でも覚えている日があるんだ。」
私の顔に苦い笑みが浮かんだ。
「……一生忘れられないと思う。」
その記憶が自然と蘇った。
教室。
中学二年生。
午後。
私はミスを犯してしまった。
些細なミスだ。
大したことではない。
少なくとも……
そう思っていた。
だが、その日は先生も機嫌が悪かった。
それに……私はその先生が大嫌いだった……
[過去の記憶]
「高橋!」
「何度説明すればいいんだ!」
教室全体が静まり返った。
私はすぐに立ち上がった。
「す、すみません……」
「すまない?」
先生は眉をひそめた。
「謝るだけでは足りない。」
「授業中、ちゃんと聞いてるのか?」
笑い声。
数人の生徒が笑った。
ひそひそと。
先生は続けた。
「お前はいつも気が散っている。」
「いつもふざけている。」
「いつも問題を起こしている。」
先生の声は鋭さを増した。
「もう、お前は完全に役立たずだ。」
静寂。
教室がとても遠くに感じられた。
とても遠い。
とてもぼやけている。
そして、気づく間もなく――
視界が揺れ始めた。
[記憶終了]
私は下を向いた。
「……そこで、泣き出してしまったんだ。」
私の声は穏やかだった。
穏やかすぎるほどに。
何かが傷ついた何年も後に訪れるような、あの静けさだった。
「……みんなの前で。」
「……クラス全員の前で。」
私は弱々しく笑った。
「……決して誇れる瞬間ではなかったな。」
部屋は静まり返っていた。
テレビのアニメはまだ一時停止されたままだった。
テーブルの上には、忘れ去られたようにピザの箱が置かれていた。
私たち二人とも、それに手をつけようとはしなかった。
「……授業が終わって……」
私は話を続けた。
「……一人だけ、近づいてきた人がいた。」
一瞬――
かすかな笑みが浮かんだ。
[過去の記憶]
「ねえ。」
一人の女の子が私の机の横に立っていた。
彼女の顔には心配そうな表情が浮かんでいた。
「大丈夫?」
私は慌てて目を拭った。
「……うん」
「泣いてたよ」
「……分かってる」
彼女はためらった。
そして、小さな笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ」
「……先生って、時々嫌な奴になるよね」
[記憶の終わり]
私は優しく微笑んだ。
「……来てくれたのは、あの子だけだった。」
ほんの一瞬――
その記憶は温かかった。
そして、それは消えた。
すぐに別の記憶が押し寄せてきたからだ。
もっと胸が痛む記憶が。
[過去の記憶]
私は廊下に向かって歩いていた。
すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
友達の声だ。
「……あの子、見た?」
笑い声。
「……あいつ、マジで泣いてたよ」
さらに笑い声。
「……まるで子供みたい」
「……うっ……マジかよ」
「……俺たち、中学生なんだから」
「……泣き虫」
「……あいつと付き合ってるなんて、ここでの評判が台無しになるわ」
[記憶終了]
静寂。
夕日の光は、もうほとんど消えかけていた。
部屋は次第に暗くなっていった。
「…ただ話していただけなのに」
「…普通にさ」
「…まるで、俺に聞かれるべきじゃなかったみたいに」
僕は微笑んだ。
でも、その笑みは目には届かなかった。
「…そしてなぜか…」
「…そっちのほうが、もっと痛かった」
見知らぬ人に笑われるのは痛い。
でも、友達に笑われるのは……
それはまた違う。
数秒の間――
私たちはどちらも口をきかなかった。
外では――
夕焼け空がさらに暗くなっていった。
そして、何年ぶりかに――
私は、長い間忘れようとしてきた話を、誰かに語っている自分に気づいた。
そしてなぜか――
私は、話を止めたくなくなった。
しばらくの間――
私はただ、手にした飲み物をじっと見つめていた。
氷は、もうほとんど溶けてしまっていた。
「……それから……」
私は静かに息を吐いた。
「……物事が楽になったんだ。」
白崎さんは瞬きをした。
「……楽に?」
私は笑った。
空虚な笑い声だった。
「……いい意味じゃなかったけど」
「……ただ、期待するのをやめただけ」
沈黙。
「……人に何度も失望させられると……」
「……そのうち、もう失望しなくなるんだ」
初めて――
白崎さんの表情がわずかに引き締まった。
私は暗くなりつつある窓の方を見た。
「……最初は、まだ頑張ってた。」
「……本当に。」
私は弱々しく微笑んだ。
「……『気のせいなんだ』って自分に言い聞かせてた。」
「……みんな忙しいんだって。」
「……考えすぎなんだって。」
すると、また別の記憶が浮かび上がった。
[過去の記憶]
「ねえ」
私は微笑んだ。
「放課後、どこか行くの?」
友達の一人が顔を上げた。
「……ああ」
間が空いた。
「……いや」
「本当?」
「うん」
「へえ」
「わかった」
[記憶終了]
私は静かにうつむいた。
「……次の日。」
また別の記憶。
[過去の記憶]
「よお!」
誰かが叫んだ。
「昨日の映画、最高だったな!」
「そうだろう?!」
「あのラストシーン見たか?」
「あれはヤバかった!」
グループはすぐに興奮して話し始めた。
映画。
シーン。
登場人物。
映画。
彼らが「行かなかった」はずの映画。
沈黙。
そこに立っている私に、誰も気づいていない。
あるいは、気づいていたのかもしれない。
彼らは嘘をついていた……
私は理解していた……
彼らはただ、私を望んでいなかったのだ。
私が彼らの人気を台無しにしてしまうから。
私はあまりにも「子供っぽかった」。
私は「泣き虫」だった。
ただ、青春を楽しみたいだけだったのに……
ただ――
自由で、何でもしたいだけだったのに……
思いっきり楽しみたいだけだったのに……
でも、あの子供時代の翼は切り落とされた……
当時流行っていた、いわゆる「トレンド」によって……
人気を最優先する、あのトレンドによって。
私に大人らしく振る舞うことを強いた、あのトレンドによって。
大人のように振る舞うことを。
「男は泣かない…」
[記憶の終わり]
「……しばらくして……」
「……僕は尋ねるのをやめた。」
部屋は再び静まり返った。
「……あれが、その瞬間だったと思う。」
「……もう、僕はそのグループの一員じゃなくなったと気づいた瞬間。」
「……私はただ……」
私は言葉を探した。
「……そばにいただけ。」
友達でもなく。
敵でもなく。
ただ……
そこに。
存在して。
生きて。
見えない存在として。
その言葉が部屋に漂った。
白崎さんは少しうつむいた。
まだ聞き続けている。
まだ口を挟まない。
「……そして、中学3年生になった。」
私は微笑んだ。
「……正直なところ?」
「……もう疲れきっていた。」
また別の記憶が蘇った。
[過去の記憶]
昼休み。
教室は会話で賑わっていた。
グループ。
友達。
笑い声。
ざわめき。
その一方で――
私は窓際の席で一人座っていた。
小さな弁当箱。
一冊の本。
静寂。
誰も近づいてこなかった。
誰も私の名前を呼ばなかった。
誰も私の居場所を尋ねてこなかった。
ただ一人を除いて――
[記憶の終わり]
たった一人……
その人にだけ、私は安らぎを見出していた……
でも、その人もまた――
別の記憶が脳裏をよぎったが、私はすぐにそれを振り払った。
まあいい……
やがて――
「……それが当たり前になった。」
私はガラスに映る自分の姿をじっと見つめた。
「……一人で食事をすること。」
「……一人で家に帰ること。」
「……一人で勉強すること。」
「……一人で生きること。」
私は小さく笑った。
「……文字通りの意味じゃないけど。」
「……両親はまだそこにいた。」
そして初めて――
私の表情に罪悪感が浮かんだ。
「……両親は気づいていた。」
「……親はいつだって気づくもの。」
また別の記憶が蘇った。
[過去の記憶]
「レン。」
母は心配そうな顔をしていた。
「大丈夫?」
「……うん。」
「最近、すごく無口ね。」
「……ただ疲れてるだけ。」
「学校で何かあったの?」
「……ないよ。」
嘘だ。
完全な嘘だ。
[記憶終了]
私は視線をそらした。
「……あれが嫌だった。」
「……自分に起きたことじゃなくて。」
「……両親を心配させていたという事実が。」
部屋は再び静まり返った。
外では――
空が深い青色に染まっていた。
遠くで街灯がちらりと灯り始めた。
「……その頃……」
「……成績が下がり始めたんだ。」
私は笑った。
「……それはすごいことだったよ。」
「……だって、勉強以外は何もしてなかったんだから。」
笑みが消えた。
「……孤独って、結構気が散るものなんだね。」
「……考えすぎてしまう時間が長くなる。」
「……長すぎる。」
私はゆっくりとソファにもたれかかった。
ゆっくりと息を吐き出した。
「……私はいつも……」
私は言葉を切った。
初めて、私の声は柔らかくなった。
落ち着いているわけでも、
冗談を言っているわけでもなかった。
ただ、正直なだけ。
「……僕はいつも、注目されたかったんだ。」
沈黙。
「……無視されるのが大嫌いだった。」
グラスを握る指に、わずかな力が入った。
「……本当に大嫌いだった。」
「……一人にされること……」
「……それが、何よりも辛かった。」
一瞬、何にも目を向けられなかった。
窓も。
テーブルも。
白崎さんさえも。
声に出して言うことで、それが現実になってしまったから。
そして、私は続けた。
「……やがて……」
「……怒るのをやめた。」
「……悲しむのをやめた。」
「……期待するのをやめた。」
それが、おそらく一番つらかった。
いじめでもなかった。
孤独でもなかった。
裏切りでもなかった。
無感覚。
もう何もかもどうでもよくなってしまったという感覚。
「……そして、その時、私は決心した。」
白崎さんは静かに私を見つめていた。
私はかすかに微笑んだ。
「……両親に、転校したいって言った。」
「……全く違う高校に行きたかった。」
「……できれば、全く違う街に。」
「……ただ、一からやり直したかった。」
一瞬――
窓の外の夕暮れの明かりが、私の瞳に映った。
「……また一人になっても構わなかった。」
「……実のところ……」
「……そうなることは、予想していた。」
私の笑顔は小さくなった。
「……そう思ってた。」
「……一人ぼっちでいる方が、ここに馴染んでいるふりをするより、傷つかないかもしれないって。」
沈黙。
長い沈黙。
それからゆっくりと――
私は白崎さんの方を見た。
「……だから、如月高校に入学したんだ。」
この話を始めて以来初めて――
本物の笑みが浮かんだ。
小さくて。
温かくて。
「……そして。」
「……あるバカに出会った。」
その夜初めて――
白崎さんは戸惑ったように瞬きをした。
「……バカ?」
「……うん。」
私は笑った。
「……本当にうざいバカ。」
「……木の下に座って、フットボールの試合を見ていた。」
「……そしてなぜか……」
「……そのバカが、僕の親友になったんだ。」
僕の声に、かすかな温もりが宿った。
この物語全体を通して、初めての温もり。
そして、そうして――
記憶の闇が、より明るい何かに変わっていき始めた。
白崎さんは動かなかった。
ただ、聞いていた。
[過去の記憶]
学校の校庭。
午後遅く。
生徒たちの声が遠ざかっていく。
木の下――
一人の少年がぽつんと座っていた。
背もたれにもたれかかり、
特に何を見ているわけでもなく。
なぜかは分からない……
でも、私は彼のところへ歩み寄った。
彼の横で立ち止まり、
ただそこに立っていた。
沈黙。
挨拶もなし。
自己紹介もなし。
笑顔もなし。
ただ……沈黙。
頭上の木々の葉を風が揺らした。
すると――
彼が先に口を開いた。
「……何か失くした?」
私はまばたきをした。
「……いいえ」
「……じゃあ、なんでそこに立ってるの?」
私はためらった。
「……わからない」
また沈黙。
彼は軽くうなずいた。
「……俺もだ」
また沈黙。
居心地は良くなかった。
親しみやすいものでもなかった。
ただ……正直なだけだった。
しばらくして――
私は彼の隣に座った。
近くもなく。
遠くもなく。
ただそこに。
長い間、私たちは口をきかなかった。
[記憶の終わり]
私はそっと息を吐いた。
「……あれが初めてだった。」
「……最初はまともに話もしなかった。」
私は小さく微笑んだ。
「……ただ、沈黙だけだった。」
[過去の記憶]
数日後。
同じ木。
同じ少年。
同じ沈黙。
でも今回は――
私はまた来た。
そしてまた。
ゆっくりと――
沈黙の合間に、言葉が浮かび始めた。
「……また君か」
「……うん」
「……ここ、好き?」
「……誰もいないから」
「……それじゃ答えになってないよ」
「……答えだよ」
ささやかな会話。
特別な意味はない。
深い意味もない。
ただ、一貫しているだけ。
そして、その一貫性が……
見知らぬ人を、別の何かに変えていく。
[記憶の終わり]
私は少し背もたれにもたれかかった。
「……私たちは、一日にして友達になったわけじゃない。」
私は静かに言った。
「……ただ……ゆっくりとそうなっていっただけ。」
「……いつ変わったのか、自分でも覚えていない。」
私の顔に、かすかな笑みが浮かんだ。
「……ある日、ふと気づいたの……」
「……私はいつもそこへ行っていた。」
沈黙。
「……そして、彼もいつもそこにいた。」
私は自分の手を見つめた。
「……私たちは笑っていなかった。」
「……仲が良かったわけじゃない。」
「……でも、もう空虚な気分じゃなかった。」
私は言葉を切った。
そして、そっと付け加えた――
「……ただ、それが当たり前のように感じられた。」
[過去の記憶]
あの木。
同じ場所。
同じ静かな空気。
でも、今日は何かが違う。
彼はまたそこに座っていた。
まるでここが自分のものかのように、背もたれにもたれかかっている。
私はしばらく彼の横に立っていた。
そしてため息をついた。
「……まだここにいるんだね」
彼は私を見ようともしなかった。
「……残念ながらね」
私はまばたきをした。
「……それ、まるで苦しんでいるみたいだ」
彼はようやく少し体を向けた。
無表情だ。
「……そうだ」
間が空いた。
そして――
「……それなら、君も僕と同じなんだな」
沈黙。
でも今回は……
重苦しさは感じなかった。
私は彼の隣に座った。
そして数秒後――
私は笑った。
無理やりな笑いじゃない。
気まずい笑いでもない。
ただ……小さな笑いだった。
彼は私を見た。
「……なんで笑ってるんだ?」
「……わからない。」
私はまたくすくす笑った。
「……ただ……君が……面白いから。」
それを聞いて、彼は言葉を詰まらせた。
それから舌打ちをした。
「……悪趣味だな。」
その言葉に、私はさらに笑ってしまった。
そして初めて――
彼もまた、短い笑いを漏らした。
ほとんど気づかないほど。
でも、本物の笑いだった。
私たちはしばらくそこに座っていた。
プレッシャーもなく。
見せかけもなく。
ただ……話していた。
ゆっくりと。
自然に。
日々は、いつの間にか溶け合っていた。
派手でもなく。
刺激的でもなく。
ただ……穏やかだった。
だがある日――
私は遅刻した。
昼休みはすでに始まっていた。
それでも私はまだ教室の中にいた。
ぎこちなく座っていたのを覚えている。
弁当は未開封のまま。
周りは人が行き交っている。
でも私は動かなかった。
その時――
教室のドアがスライドして開いた。
見慣れた顔が現れた。
彼は一瞬、そこに立ち尽くした。
そして、まっすぐ私を見つめた。
「……また一人で食べてるの?」
私はまばたきをした。
「……今、行くところだったんだ」
彼はため息をついた。
それでも、そのまま教室に入ってきた。
許可も求めずに。
ためらいもなく。
彼は私の机の前で立ち止まった。
私の弁当箱を見た。
それから私を見た。
「……遅いね」
「……遅くないよ」
「……遅刻してる」
「……それは違う」
沈黙。
すると突然――
彼は自分の弁当箱を取り出し、私の隣に置いた。
「……食べろ。」
私は彼をじっと見つめた。
「……なんでここにいるの?」
彼は肩をすくめた。
「……君が来なかったから。」
間が空いた。
私はまばたきをした。
「……だから代わりに来たの?」
彼は舌打ちをした。
「……そんな風に感情的に言わないでくれ。」
その言葉で、私の胸のつかえが解けた。
そして――
私は笑った。
最初は小さく。
次第に大きくなって。
ほんの一瞬――
彼はただじっと見つめていた。
それから――
彼も笑った。
大きな笑い声ではなかった。
劇的なものでもなかった。
ただ、短い息遣いのような笑い声。
まるで、自分が笑うとは思っていなかったかのように。
「……君、変だね。」
彼はそう言った。
でも、まだ少し笑みを浮かべていた。
「……あ、まだ君の名前を聞いてなかったな……」と彼は言った。
そう……
この数日間、友達だったのに、お互いの名前さえ知らなかった。
「……僕は高橋レン……で……君は?」
「…中村リク…会えて憂鬱だ。」彼は笑った。
[記憶終了]
「…ああ。」
私は天井を見上げた。
「…その後…どういうわけか、私たちは少しずつ友達になっていった。」
「…そして今、君は私たちのことを知っている…今の私たちを。」私は笑った。
短い沈黙。
それから私はくすりと笑った。
「……そうだな。」
「……本当に幸せだ。」
私の声は柔らかくなった。
「……本当に。」
私はうつむいた。
かすかな、心からの笑みが浮かんだ。
「……さっきも言ったけど……」
「……友達はたくさんいなくてもいい。」
「……数人さえいれば……」
「……私を見捨てない人が。」
白崎は私を見つめていた。
この間ずっと、彼女は微動だにしなかった。
そして今は完全に沈黙していた……
私はまだ、彼女の目を見ることができなかった。
彼女は何を考えているのだろう……
私にはわからなかった……
「白崎さん――」
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