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第3部 : もう少し君を知りたい

その日の残りの時間は地獄だった。


普通の地獄じゃない。


二人の少女と、呪われたシステム、そして急速に崩壊していく私の正気が絡み合った、極めて特殊な地獄だった。


ある時点で――


どうにかして、好感度と嫉妬度のバランスを取ることができた。


すると、またバランスが崩れた。


それで、また調整した。


すると、なぜかさらに悪化した。


それで、また調整した。


その後――


正直、数えるのをやめてしまった。


ある時、あずさまで「なんで命がけで戦ってるような顔してるの?」と聞いてきた。


「見えないシステムが、君たちの感情をまるで株式市場みたいに管理しろって強要してくるからさ」


なんて、到底答えられるわけがない。


だから、ただ黙って耐えるしかなかった。


いつものように。


そしてやがて――


まるで一生分の時間が過ぎたかのように感じた後――


チン。


━━━━━━━━━━━


[スペシャルデイリークエスト完了]


これ以上のバランス調整は不要です。


━━━━━━━━━━━


……


泣きそうになった。


嬉しさからじゃない。


安堵からだった。


悪夢はついに終わった。


今日だけは。


そして、システムが気が変わる前に――


最後のチャイムが鳴った。


リンッ。


すぐに――


椅子が床を擦る音がした。


生徒たちは鞄をまとめ始めた。


教室は会話で溢れた。


いつもの放課後の喧騒だ。


その間――


私は静かに荷物をまとめ、存在するすべての神々に心の中で祈りを捧げた。


ありがとう。


生き延びた。


かろうじて。


すると――


「準備はいい?」


顔を上げた。


リクが自分の机の横に立っていた。


カバンを片方の肩にかけて。


その横にはアイリがいた。


そして窓辺には――


アオイもすでに荷造りを終えていた。


ほんの一瞬――


私はただ、その三人を眺めていた。


そしてなぜか――


私の顔に小さな笑みが浮かんだ。


「……うん。」


そして一緒に――


私たち四人は教室を後にした。


夕暮れの黄金色の光の中へと足を踏み出した。


気づかないうちに――


私たちの奇妙な小さなグループは、すでに自然な存在になっていた。


ごく当たり前の存在に。


そして今日一日で初めて――


システムなんてなかった。


クエストなんてなかった。


パニックなんてなかった。


ただ、私たち四人が一緒に学校を出ていくだけだった。


終業のベルはとっくに鳴っていた。


やがて――


私たち4人は一緒に教室を出た。


生徒たちがゆっくりと帰宅する中、午後の日差しが校庭に長い影を落としていた。


この一度だけ――


システムなんてなかった。


愛情のバランスなんてなかった。


嫉妬のバランスなんてなかった。


私の命を脅かすような突然の通知なんてなかった。


ただ、平和があった。


美しい平和。


その瞬間を額に入れて飾りたいほどだった。


すると――


何の予告もなく――


何かが私の手に滑り込んできた。


私は下を見た。


「……アイ」


「……ん?」


「……私の手、握ってるよ」


「……知ってる」


「……なんで?」


アイは、まるで私が『なぜ空は青いのか』と尋ねたかのような顔で私を見た。


「……ずっとこうだったじゃない」


「……」


「……子供の頃から」


ああ。


そうだった。


一瞬――


昔の記憶が蘇った。


一緒に家路を歩いたこと。


一緒に迷子になったこと。


公園を駆け回ったこと。


アイが気まぐれに、気が向いた時に私の手を掴んだこと。


あの頃――


それには何の意味もなかった。


そしてどうやら――


彼女にとっても、今もそうだったらしい。


「……忘れてたんだね?」


「……たぶん」


「……バカ」


彼女はふんと鼻を鳴らした。


でも、手を離そうとはしなかった。


その間――


私たちの横から――


リクが笑いをこらえているのが、はっきりと聞こえるようだった。


あのバカは、この状況を楽しんでいる。


心底。


「……数学の宿題はやっぱりバカげてる。」


「……唐突な話題だね。」


「……数学は悪だ。」


「……君は31点だった。」


「……その通り。」


「……それじゃ君の主張の根拠にならないよ。」


「……それでも28点よりは高い。」


その直後――


リクの目がピクッと動いた。


「……まだその話してるの?」


「……もちろん」


「……たった一度のテストだよ」


「……勝ったことは勝ったこと」


「……本当にうざい」


「……それに、君は28点しか取れなかった人でしょ。」


「……大嫌い。」


「……いいわ。」


なぜか――


アイは、とてつもなく得意げな顔をしていた。


そして、気づけば――


私は笑っていた。


本当に笑っていた。


生き延びようとしていたからじゃない。


システムのせいでもない。


ただ、この二人が馬鹿げていたから。




白崎の視点:


視線がゆっくりと下へ移った。


二人の手の方へ。


まだつながったままだった。


愛里はもう、それには全く注意を払っていなかった。


中村くんと口論するのに忙しかった。


数学の文句を言ったり。


自分の31点について自慢したり。


イライラしたり。


そしてすぐにまたイライラしたり。


それでもなぜか――


彼女は決して手を離そうとしなかった。


まるで高橋くんの手を握っているのが、ごく自然なことであるかのように。


ごく当たり前のことであるかのように。


その時、私は思い出した。


幼なじみだ。


当然だ。


何年もの思い出。


何年もの経験。


二人だけが共有してきた何年もの瞬間。


胸の奥に、奇妙な痛みが静かに広がった。


私が愛理を嫌いだからではない。


嫌いじゃなかった。


むしろ――


好きだった。


彼女は正直で。


率直で。


心優しい。


そして、私にとってかけがえのない幼なじみだった。


それでも……


目が離せなかった。


高橋くんが何とも思っていない様子。


愛理が躊躇しない様子。


すべてが無理なく、


自然で。


まるで、この場面を何百回も繰り返してきたかのように。


無意識のうちに、カバンを握る指に力が入った。


二人の間には、私には決して知ることのできない思い出がある。


私が関わっていない物語がある。


そしてなぜか――


その事実に気づくことが、認めたくないほど胸を痛めた。


その時――


高橋くんが笑った。


心からの笑い声。


明るく。


気楽に。


一瞬――


また胸が締め付けられた。


あることに気づいたからだ。


彼の笑顔を見るのが、本当に好きだった。


そして、おそらくそれこそが、この気持ちが痛む理由だったのだろう。


私の心の片隅にある、ほんの少しのわがままな部分が――


その笑顔の理由が、私でもありたいと願っていたから。


「……」


いや。


そんなふうに考えるべきじゃない。


ゆっくりと――


私は無理やり笑顔を作った。


誰もがいつも見ている、あの笑顔。


その下にあるすべてを隠す、あの笑顔。




レンの視点に戻る


「……白崎さん?」


彼女はまばたきをした。


「……ん?」


「……大丈夫?」


一瞬――


彼女は少し驚いたような表情を浮かべた。


それから彼女は微笑んだ。


あの馴染み深い、優しい微笑み。


「……大丈夫よ、高橋くん」


「……本当に?」


「……本当に」


何かがおかしい。


だが、私がさらに何かを尋ねる前に――


リクが突然口を開いた。


そして即座に――


トラブルが迫っていることを悟った。


「……ところで」


アイは目を細めた。


「……何?」


リクはニヤリと笑った。


「……まだジュースを1本借りてるよ。」


沈黙。


「……何?」


「……レースのこと。」


「……どのレース?」


「……今朝のやつ。」


「……チートしたでしょ。」


「……俺が勝ったんだ。」


「……レンをチェックポイントに使ったのよ。」


「……戦略的思考さ。」


「……それって戦略的思考じゃないわ。」


「……結果がそう言ってる。」


「……学校への道さえ知らなかったのに。」


「……それなのに、どういうわけか私についてきた。」


「……君が行き先を知っていると思ったからさ。」


「……ずいぶん思い上がった推測だね。」


「……中村くん!!!」


その瞬間――


アイは私の手を離し、彼に向かって歩み寄った。


任務完了。


「……リマッチを返せ。」


「……いや。」


「……なんで?」


「……だって、もう勝ったから。」


「……勝ってない。」


「……勝った。」


「……勝ってない。」


「……勝った。」


「……勝ってない。」


「……勝った。」


「……殴るぞ。」


「……暴力は負け犬の言葉だ。」


「……あんた——」


そして、そうして——


二人は先へ歩き出した。


言い争いながら。


声は大きくなり、


さらに大きくなり、


そしてさらに。


その間——


白崎さんと私は自然と歩みを緩めた。


私たちとあの二人の距離は徐々に開いていった。


今日一日で初めて——


すべてが静かになった。


ただ足音だけ。


そよ風。


そして夕焼け空のオレンジ色。


二人とも口をきかなかった。


それでも不思議と——


その沈黙は居心地が悪くなかった。


やがて――


見慣れた交差点が目の前に現れた。


私たちの道が分かれる地点だ。


一方の道は、アイとリクの住む街へと続いている。


もう一方は、私と白崎さんの住む街へと続いている。


口論はようやく途切れた。


主に、アイが先に交差点に気づいたからだ。


「……あ」


「……ここが分かれ道ね」


「……うん」


リクはカバンを直した。


アイは腕を組んだ。


「……じゃあ、また明日、レン」


「……また明日」


「……遅れないでね」


「……今朝、迷ったじゃない」


「……あれは一度きりのことだよ」


「……文字通り今日のことよ」


「……黙ってよ」


「……じゃあ、明日ね、アオイ!」アイはシロサキを抱きしめながら言った。


「……うん、じゃあ明日ね、アイリ」


「……あ、あとLINEのメッセージチェックしてね!」


「……うん、するよ!」


そうしてリクとアイは歩き出した。


まだ言い争いながら。


二人の声は次第に遠ざかっていった。


そして、気がつくより早く――


交差点には、たった二人が残っていた。


私。


そして、白崎さん。


夕暮れの風が、静かに私たちの間に通り抜けていった。


そして突然――


道が、さっきよりずっと静かに感じられた。


私たちは歩き始めた。


二人とも、何も言わなかった。


街は、今や静まり返っていた。


ほとんどの学生は、すでに路地やマンションの中に姿を消していた。


時折通り過ぎる自転車の音だけが、静寂を破っていた。


夕焼け空は柔らかなオレンジ色に染まっていた。


黄金色の陽光が、窓に散りばめられたガラスの破片のように反射していた。


穏やかな風が通りを吹き抜けていった。


木々の香りと、近所の家々から漂う料理の匂いを運んでくる。


私の隣で――


白崎さんは静かに歩いていた。


風が吹くたびに、彼女のピンクの髪が優しく揺れていた。


そしてなぜか――


近くでリクとアイが言い争っていないせいで――


すべてが妙に違って感じられた。


穏やかで。


ゆったりとして。


その沈黙は気まずくはなかった。


だが、完全に心地よいわけでもなかった。


まだ言い残されたことがあった。


おそらく二人とも考えていること。


昨夜のこと。


あのキス。


今朝のこと。


すべてのこと。


それでも、どちらからもその話題を口にしようとする気配はなかった。


だから、ただ歩き続けた。


並んで。


オレンジ色の空は次第に濃くなっていった。


長い影が歩道に伸びている。


そしてなぜか――


その穏やかな空気が、僕の心臓の鼓動をほんの少しだけ速くさせた。


やがて――


見慣れたマンションが見えてきた。


白崎さんのマンション。


あと少し。


すると――


数分ぶりに――


彼女が突然口を開いた。


「……高橋くん」


沈黙が一瞬にして破られた。


「……ん?」


なぜか――


彼女は少し緊張しているようだった。


金色の瞳が、一瞬だけそらされた。


そしてまた戻ってきた。


「……あの……」


「……うん?」


「……その……」


彼女はためらった。


「……家に来ない?」


「……え?」


一瞬――


僕の脳は完全に停止した。


白崎さんはすぐに視線をそらした。


彼女の顔に、かすかな赤みが差した。


「……あ、あの……」


「……ちょっと勉強でもしようか」


「……それともアニメでも見ようか」


「……それとも……」


彼女の声はさらに小さくなった。


「……ただ、おしゃべりでも」


沈黙。


危険なほどの沈黙。


昨夜のことが、脳裏に鮮明に蘇ったからだ。


とても鮮明に。


「……」


「……」


「……高橋くん?」


「……す、すみません」


私は慌てて首を振った。


「……いいよ」


そう答えた瞬間――


彼女の肩の力が、はっきりと抜けた。


「……わかった」


彼女の顔に小さな笑みが浮かんだ。


そしてなぜか――


その笑顔を見た瞬間、承諾することがこの世で一番簡単な決断のように思えた。


数分後――


私たちは一緒にマンションに入った。


エレベーターの中は静かだった。


気まずいわけではなかった。


ただ……穏やかだった。


そしてやがて――


ドアが開いた。


彼女の階に着いた。


そしてすぐに――


彼女はドアの鍵を開けた。


「……ようこそ。」


「……君もここに住んでるんだね。」


「……そうよ。」


彼女は小さく笑った。


そしてなぜか――


それだけで、雰囲気が和らいだ。


私は中に入った。


部屋は以前と全く変わっていなかった。


清潔で。


居心地が良く。


温かみがあった。


空気に花のほのかな香りが漂っていた。


その間——


白崎さんは玄関のそばにバッグを置いた。


「……くつろいでいて。」


「……わかった。」


私はリビングへと向かい、ソファに座った。


以前と同じソファ。


同じ場所。


そしてなぜか——


その事実に気づいただけで、私は少し緊張した。


「……すぐ戻るから」


「……うん」


彼女は廊下の奥へと姿を消した。


寝室のドアが静かに閉まる音がした。


そして突然――


私は一人きりになった。


部屋は静まり返っていた。


遠くで時計の針が刻む音だけが聞こえる。


数分後――


柔らかな足音が近づいてきた。


私は顔を上げた。


そして、すぐに固まってしまった。


ああ、普段着の彼女を見たことはあるけど……


こんな姿を見るたびに、心臓の鼓動が速くなる……


だって、すごく自然だったから。


リラックスしていて。


まるで、他の人にはほとんど見せない彼女の姿を見ているような気がした。


そして――


彼女はすごく可愛くて、美しくて……


彼女はほほえんだ。


そして――


ためらうことなく――


ソファの私の隣に座った。


近い。


不自然に近いわけじゃない。


でも、必要以上に近いのは間違いない。


彼女の体重でクッションがわずかに沈んだ。


そして突然――


アパートが、さっきよりずっと狭く感じられた。


しばらくの間――


僕たちは、特に重要なことなど何も話さなかった。


そしてなぜか――


それが助けになった。


すごく。


さっきまでの気まずさが、少しずつ消え始めていった。


少しずつ。


「……ねえ」と、僕が言った。


「……ん?」


「……リクとアイは、いつか間違いなく殺し合うことになるよ」


白崎さんはすぐに笑った。


心からの笑い声だった。


「……そうは思わないわ」


「……今日、彼女たちを見たでしょ」


「……確かにね」


「……リク、三回も蹴られそうになったし」


「……たった三回?」


「……ごもっとも」


また彼女の口元から笑みがこぼれた。


雰囲気が和らいだ。


温かくなった。


息がしやすくなった。


その後は、とりとめのない話をした。


学校のこと。


先生のこと。


アニメ。


グループプロジェクト。


アイがどういうわけか31点という点数を勝利だと思っていたこと。


「……彼女はすごく誇らしそうだった。」


「……本当にそうだったね。」


「……可哀想なリクくん。」


「……自業自得だよ。」


「……そうかも。」


いつの間にか――


私たちはまた二人とも笑っていたことに気づいた。


朝のあの奇妙な緊張感は、ほとんど消え去っていた。


少なくとも――


そう感じられた。


すると突然――


白崎さんが黙り込んだ。


その変化は微かなものだった。


だが、はっきりと感じられた。


彼女の顔から笑みがゆっくりと消えていった。


指先が、セーターの袖をそっと握りしめた。


そして――


彼女は下を向いた。


「……高橋くん」


心臓がすぐに高鳴った。


「……うん?」


沈黙。


長い沈黙。


そして――


とても静かに――


「……昨晩のことだけど……」


やばい。


すぐに。


瞬時に。


すべての記憶が蘇った。


街灯。


彼女の顔。


頬に感じた温もり。


あのキス。


脳が即座に停止した。


その間——


白崎さんは、僕以上に気まずそうな様子だった。


視線は下を向いたまま。


金色の瞳は膝元をじっと見つめていた。


「……ごめんなさい」


「……え?」


「……急に……」


彼女の声はさらに小さくなった。


「……急に、あんなことをしてしまって」


「……それで、逃げちゃって」


「……」


「……失礼だったわ」


耳の先が、もう真っ赤になっていた。


「……説明すべきだった」


「……せめて、そこにいるべきだった」


「……でも、つい……」


彼女は視線をそらした。


明らかに、これ以上言葉を続けられない様子だった。


しばらくの間――


二人とも黙り込んだ。


それから、僕は気まずそうに頬を掻いた。


「……つまり……」


「……謝らなくてもいいんだよ。」


「……それでも。」


「……驚かせちゃったね。」


「……ちょっとだけ。」


「……少し?」


「……かなり。」


「……」


「……」


「……ごめん。」


「……謝らないで。」


その言葉に、ようやく彼女の口元に微かな笑みが浮かんだ。


だが、ほんの一瞬のことだった。


というのも、その直後――


昨日から頭の中に渦巻いていた疑問が、止めようとしても止まらず、口をついて出てしまったからだ。


「……じゃあ……」


白崎さんは瞬きをした。


「……ん?」


「……なんで、そんなことしたの?」


部屋はたちまち静まり返った。


危険なほど静まり返った。


脳裏にローディングマークが浮かんでいるのが、はっきりと見えるようだった。


その間——


白崎さんは固まった。


完全に。


「……」


「……」


「……白崎さん?」


「……私……」


彼女の顔はたちまち真っ赤になった。


少し赤くなった、という程度ではない。


多少赤くなった、という程度でもない。


赤。


真っ赤。


彼女は視線をそらした。


そして下を向いた。


そしてまた視線をそらした。


「……ただ……」


「……ただ?」


「……反射的に」


沈黙。


私は彼女をじっと見つめた。


「……反射的に?」


「……」


「……」


「……反射的に?」


彼女の顔は、どういうわけかさらに赤くなった。


そんなこと、あり得るなんて知らなかった。


「…は、はい」


「……」


「……」


「……」


「……だって……」


彼女の声は小さくなっていった。


どんどん小さくなっていく。


どんどん小さくなっていく。


ほとんど聞こえなくなるほどに。


「……私……」


彼女は喉を鳴らした。


「……欲しかった……」


欲しかった?


僕の脳は即座に停止した。


完全に。


徹底的に。


壊滅的に。


その間——


白崎さんは、まるでそこに宇宙の秘密が隠されているかのように、自分の膝を見つめていた。


「……私……」


彼女はもう一度口を開こうとした。


そして止まった。


また口を開こうとした。


「……私が……欲しかったのは……」


そしてなぜか――


心臓の鼓動があまりにも大きく響いて、他の音はほとんど聞こえなくなっていた。


昨夜の記憶が頭の中で繰り返し再生されていた。


何度も。


何度も。


何度も。


彼女の手の温もり。


彼女の瞳の輝き。


頬に触れた彼女の唇の感触。


脳内の何もかもが、もう機能しなくなっていた。


論理も。


常識も。


生存本能も。


何もかも。


私にできることといえば、ただそこに座っていることだけだった――


完全に混乱したまま――


そして――


ピンポーン。


突然、アパートにドアベルの音が響き渡った。


私たちは二人とも飛び上がった。


文字通り飛び上がった。


「……!」


「……!」


一瞬――


二人とも動かなかった。


どんどん重くなっていた空気が、一瞬にして張り裂けた。


風船に針が刺さったように。


「……」


「……」


「……」


再びドアベルが鳴った。


ピンポーン。


そしてなぜか――


そのせいで、状況はさらに気まずくなった。


だって今、二人とも、あと少しで何が起こりかけたのか、痛いくらいに自覚していたから。


というか――


あと少しで何を言いそうだったのか、ということだ。


白崎さんはすぐに視線をそらした。


「……」


「……」


「……誰か来てるよ」


「……あ、ああ」


見事な観察力だ、高橋レン。


まさに天才だ。


部屋の中は、どういうわけかさらに気まずくなった。


すると――


白崎さんは素早く立ち上がった。


少しばかり、早すぎるほどに。


「…私、行ってくる。」


「…うん。」


彼女はすぐに背を向け、玄関の方へと歩き出した。


その足取りは、普段より少し速かった。


まるで逃げ出すかのように。


一方――


僕はソファに固まったままだった。


今起きたことをまだ整理しようとしていた。


「私、したかったの……」


何を?


僕を慰めたかった?


僕を元気づけたかった?


したかった――


いや。


やめろ。


頭の中はすでにオーバーヒートしていた。


玄関の方から――


アパートのドアが開く音がした。


短い会話が続いた。


「……ありがとう。」


「……良い夜を。」


ドアが閉まった。


数秒後――


白崎さんがピザの箱を二つ抱えて戻ってきた。


そしてなぜか――


その光景はあまりにも予想外で、私の頭は完全に混乱してしまった。


「……」


「……」


「……ピザを注文したの?」


「……うん。」


「……いつ?」


「……さっき。」


「……なんで?」


白崎さんはまばたきをした。


「……お腹が空いてたから。」


「……」


「……」


「……それ、実はすごくいい理由だね。」


彼女の顔に、かすかな笑みが浮かんだ。


よかった。


ようやく、少し雰囲気が和らいだ。


それから彼女はテーブルの方へ戻り、慎重に箱を置いた。


すぐに、その香りが部屋中に広がった。


焼きたての生地。


とろけたチーズ。


そして突然――


自分が腹ペコだと気づいた。


何しろ今日はとんでもなく疲れる一日だった。


白崎さんはすぐにそれに気づいた。


「……高橋くん」


「……ん?」


彼女は少し首を傾げた。


顔にほのかな笑みが浮かんだ。


「……すごくお腹が空いているみたい」


「……そうかな?」


「……うん」


「……恥ずかしいな。」


「……ちょっとね。」


「……なんで笑ってるの?」


「……だって、かわいいから。」


「……」


「……」


僕の脳は即座に、その言葉を処理しないことを選んだ。


自己防衛のためだ。


その間——


白崎さんは淡々とピザの箱の一つを開けた。


湯気がたちまち空中に立ち上った。


それから彼女はテレビの方を見た。


「……何か見たい?」


「……何とか?」


「……アニメ?」


「……食べながら?」


「……食べながら。」


「……それ、危なそう。」


「……なんで?」


「……だって、もし面白かったら、窒息死しちゃうから」


「……それなら窒息しないようにすればいいじゃん」


「……素晴らしいアドバイスだね」


「……分かってるよ」


短い議論の末――


私たちはコメディアニメを見ることに決めた。


危険な選択だ。


数分後――


私たちは二人、ソファに座っていた。


テーブルの上にはピザの箱。


テレビではアニメが流れている。


すべてが平和だった。


およそ3分間。


すると――


画面の中の登場人物の一人が、信じられないほど馬鹿げたことをした。


「……プッ――」


私はすぐに目をそらした。


笑わないように努めて。


私の隣では――


白崎さんはすでに戦いに負けていた。


「……」


「……」


「……プッ……」


「……やめて」


「……頑張ってるよ」


「……ダメだわ」


「……分かってる」


2秒後――


そのキャラクターが、どういうわけか事態をさらに悪化させた。


それで決まりだった。


二人とも完全に制御を失った。


「ハハハ――」


「……あ、あいつ何やってるの!?」


「……さっぱり分からない!」


「……今まで見た中で一番馬鹿げた計画だ!」


「……マジでやってる!」


「……まさか――」


その場はたちまち大混乱に陥った。


アニメのキャラクターが悲鳴を上げた。


別のキャラクターが窓から吹き飛ばされた。


誰かが泣き出した。


また誰かがなぜか火に包まれた。


そして、その一連の展開はどんどん馬鹿馬鹿しくなっていった。


その間——


私たち二人は、息もできないほど大笑いしていた。


「……お腹が痛い。」


「……私も。」


「……このアニメ、バカみたい。」


「……すごくバカみたい。」


「……もっと見よう。」


「……そうね。」


夕べはゆっくりと過ぎていった。


1話目が2話目になり、


いつの間にか3話目になった。


ピザのスライスは徐々に消えていった。


笑い声は自然と湧き上がり、


会話は自然に弾んだ。


そして、ほんの少しの間――


私たち二人とも、学校のことなど考えなかった。


課題のことだって。


昨日のキスも。


さっきの、言いかけだった言葉も。


そこにはただ――


温かい部屋。


コメディアニメ。


そして、驚くほど穏やかな夜を共に楽しんでいる二人の友達がいた。


ある時――


静かなシーンの最中――


ふと横を向いた。


すると、白崎さんが微笑んでいるのに気づいた。


テレビに向かってではない。


アニメに向かってでもない。


ただ……


自分に向かって、優しく微笑んでいる。


なぜか――


その笑顔を見て、胸の奥が妙に温かくなった。


やがて――


そのエピソードは終わった。


画面が暗転した。


そして、1時間近くぶりに――


部屋は再び静寂に包まれた。


「……一時停止?」


「……一時停止。」


「……飲み物休憩?」


「……飲み物休憩。」


まるでプロ同士の真剣な打ち合わせでもするかのように、私たちは二人で頷いた。


すると、白崎さんが立ち上がった。


「……何か取ってくるわ。」


「……ありがとう。」


彼女はキッチンの方へ歩いていった。


その間――


私はソファにもたれかかった。


なぜか――


今日一日の中で一番、心が軽くなった気がした。


数分後――


彼女は冷たい飲み物を二つ持って戻ってきた。


「……どうぞ」


「……ありがとう」


私は缶を受け取った。


冷たい金属の感触が、手に心地よく伝わってきた。


すると――


カチッ。


二つの缶がほぼ同時に開いた。


部屋には心地よい静寂が漂った。


外では夕日の光が薄れ始めていた。


オレンジ色がゆっくりと青へと変わっていく。


テレビは一時停止したままだった。


私たち二人とも、すぐに再開したいとは特に思っていないようだった。


そして――


白崎さんが突然口を開いた。


「……高橋くん」


「……ん?」


彼女はしばらく飲み物をじっと見つめていた。


まるで言葉を慎重に選んでいるかのように。


「……昔は本当にハイテンションだったよね」


私はまばたきをした。


「……何?」


「……アイリがずっとそう言ってるの」


「……ああ」


そりゃあ。


アイ。


「……彼女はちょっと大げさなところがあるよ」


「……そうは思わないわ」


「……裏切り者」


白崎さんの顔に、かすかな笑みが浮かんだ。


そして――


それはゆっくりと消えていった。


「……でも……」


「……?」


「……今の君は、その評判とは全然合わないわ」


私は静かに自分のグラスを見つめた。


金属の表面に、薄暗い夕暮れの光が映っていた。


「……そうだな」


私の顔にも、小さな笑みが浮かんだ。


「……変わったんだな。」


「……」


「……」


部屋は再び静寂に包まれた。


すると――


とても優しく――


白崎さんが尋ねた。


「……どうしてそんなに変わったの?」


私はむせそうになった。


「ゴホッ――!」


「……高橋くん?!」


「……大丈夫。」


「……ご、ごめんなさい!」


彼女はすぐに慌てた様子を見せた。


「……そんなつもりじゃなかったのに……」


「……いや、いいよ。」


「……ごめんなさい……」


彼女は視線を落とした。


空気が急に変わった。


もっと重くなった。


もっと脆く。


「……ただ……」


彼女は言葉を詰まらせた。


そして続けた。


「……アイリは、あなたのことをずっと前から知ってるの」


私は黙っていた。


「……リクくんのこともね」


「……」


「……二人とも、あなたのことをたくさん知ってるの」


彼女の指が、グラスに軽く力を込めた。


夕日の光が、彼女の金色の瞳に柔らかく映っていた。


「……それに時々……」


彼女は視線をそらした。


まるで自分の言っていることに照れているかのように。


「……時々、私だけが何も知らないような気がするの」


私は何も言えなかった。


なぜか――


その言葉が、予想以上に胸に突き刺さったからだ。


すると――


とても静かに――


彼女は続けた。


「……取り残されたくないの」


「……」


「……」


「……私も知りたいの」


ほんの一瞬――


彼女の声は、ほとんど無防備なほどに弱々しくなった。


「……あなたの過去について」


「……」


「……」


「……あなた自身について」


部屋は完全に静まり返った。


テレビの音も。


笑い声も。


冗談も。


ただ、私たち二人だけ。


そして、その言葉が二人の間に漂っていた。


私は彼女を見つめた。


すぐには返事ができなかった。


なぜなら、初めて――


彼女がどれほど真剣なのかを悟ったからだ。


彼女は心から知りたがっていた。


好奇心からではない。


退屈だからでもない。


ただ……


彼女にとって、それが大事だったからだ。


そしてゆっくりと――


私は視線を外した。


顔に小さな笑みが浮かんだ。


「……本当に聞きたい?」


「……もちろん」


「……退屈かもしれないけど」


すぐに――


白崎さんは首を横に振った。


そして――


気づく間もなく――


彼女はほんの少し近づいてきた。


劇的な距離の縮まりではない。


ほんの少しだけ。


それでも、彼女の存在が急にずっと近く感じられるほどに。


彼女の金色の瞳が、私の瞳と重なった。


揺るぎない。


温かみがある。


誠実だ。


「……いいえ」


彼女の声は柔らかかった。


だが、揺るぎはなかった。


「……大丈夫」


彼女の顔に小さな笑みが浮かんだ。


そしてなぜか――


それはいつもより一層美しく見えた。


「……本当に知りたいの」


沈黙。


私はしばらく彼女を見つめた。


それから、外で色褪せていく夕焼け空を。


そしてまた彼女を。


そして何年ぶりかに――


私はふと、その話を誰かに話す準備が本当にできているのか、と自問していた。



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