どーでもいーじゃん(3)
「君が剛司君か。」
その男は、俺の頭のてっぺんからつま先まで、
まるで品評会でも始めたかのようにじっくりと観察した。
俺はその目線から逃げるようにして、頭を下げる。
「……そう緊張しなくても良い。じきに慣れる。」
何と返事すれば良かったのだろう。俺は答えに窮した。
彼を見上げていると、ポンと彼の手が自分の肩に下りて来た。
「よろしく。」
氷のように冷たい手だった。服の上からでも、それが分かった。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「あれ、うのぽん?」
ハッと我に返った時には、のがみんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
俺は何も言わずに、ハンバーグ定食の残りをかけこむ。
「……なんか、うのぽんも大変そうだねえ……」
のがみんは俺との距離を測りかねているような、
励ますような、慰めるような、憐れむような、何ともいえない表情で、
一瞬俺を見たのち、スパゲティをかみしめながら食堂を見渡している。
その時ちょうど俺は食べ切って、箸を投げ捨てるように置いた。
「別に大変じゃねーじゃん。ってか、そんなに俺の事気にしなくていーよ。
「え?でも……」
「俺のことなんかつまんねーじゃん。それよりゲイカップルでも探したらいーんじゃね?」
そう言い切った俺は、のがみんが食べ終わるのも待たずして、
席を立ち、食堂の外へ、風通しの良い場所へと出ていった。
彼女が後ろから俺を追いかける素振りは無い。
本来なら、のがみんには悪い事をしたと思うべきだろうが、
いまの余裕の無い俺に、これ以上誰かを相手に話し続けることは不可能だった。
深く考えるのは自分らしくないことなど承知しているが、
うまくいかないこと、どうにもならないことが身の回りで増え始めて、
それから思い出したくもない過去が、ふとした瞬間に、
記憶の塊から水滴が落ち、そこから水たまりが広がっていくように、
俺の脳の中である勢力を持ち始めるに至っていた。
○ ○ ○ ○ ○ ○
部活の練習を夜遅く終えた俺は、なるべくゆっくり寮に向かって歩いた。
ついでに、ショッピングモールに立ち寄って、文房具を買い足したから、
俺は門限ギリギリになって、ようやく寮にたどり着いた。
寮の玄関に上がるなり、勝田の姿が目に入って、向こうもこちらを見た。
「お、宇野お疲れさん!」
「ハロハロー。もーみんなご飯食べちゃった?」
「そうかもな!今日はバスケ部遅かったみたいだな。」
「まーね。試合近いし。」
勝田と他愛のない会話をしながらすれ違い、
俺は一度部屋で鞄を置いてから、もう人も少ない食堂へと向かう。
常に立っているからすぐ目立つ、神様の姿がない。恒太も居ないようだ。
気兼ねなく一人で食べようと思ったが、
入口近くの席に座っている、石川慎悟と目が合った。
「お、うのぽんも遅かったの?」
「ハロハロー。まーね。」
「そっか、せっかくだから一緒に食べない?」
「そーしよーじゃん。じゃ、取って来るわ。」
石川慎悟、転校生にして達也らの最後の幼なじみは、
転校当初のおどおどした様子をほとんど見せなくなった。
が、会話の節々に、どこか他人との距離を測りかねているような、
何かを恐れているような、そんな雰囲気を醸し出していて、
そんな彼の誘いを無下にするわけにはいかなかった。
料理を頼んで、のんびりと席へと戻る。
そういえば慎悟がサッカー部に入りしばらく経った。
せっかくだからその話も聞いておいたほうが良さそうだ。
「慎悟さー、サッカー部の調子はどうなの?」
「ああ、楽しいよ?まだ先輩も残ってるし、勝田たちが居るから、レギュラー争いはかなり厳しいかな。」
「へー。そもそも二年からレギュラー取れる方がおかしーんじゃね?」
うちの寮生で同じ学年に、勝田や秋山、志田の三人を中心にして、
サッカー部メインメンバーが揃っているため、彼らの噂を耳にすることも多い。
中でも勝田はサッカー部の次期部長にして、既にレギュラーを取っている。
久しぶりに復帰したばかりの慎悟では、レギュラーは厳しいだろう。
「勝田はすごいよ。サッカー部ではエース級だし、頭も良いらしいしさ。今さら思うけど、この学校は文武両道できる人が多すぎだって。」
「あー確かにじゃん。でも、そんなの一部だけじゃね?」
「とか言って、うのぽんも文武両道でしょ。バスケ部でベンチ入りしてるんだろ?それに、成績も優秀で。」
「根も葉もないうわさじゃね?」
「事実だって!ちゃんと聞いてるから。」
慎悟はそんな事を言いながら、軽くため息をついた。
達也を見ていても思うが、上を見上げて嫉妬する事の多い奴だ。
客観的に考えて、そこまでして上を見る必要はないのではなかろうか。
「別に気にしなくてもいーんじゃね?」
「ん、まあね。でも試験順位が下の方で部活も並だとやっぱさ……」
「達也もそーだけどさ、色々考え過ぎじゃね?バルガクは学力の上下差が結構激しいから、気にしても無駄じゃん。」
「達也もそうなの?」
「まーね。でもあいつはあいつで何だかんだ勉強して、テストでは平均よりだいぶ上の方に来たみたいじゃん。」
「そっか。達也は真面目だから、やっぱ尊敬しないとなあ。」
もうほとんど食べ終わっている慎悟は、腕を組んでうなずいている。
友人に対して尊敬できると言える時点で、慎悟も素直に真面目だと思うが、
それは彼や達也らの幼なじみの関係が、若干特殊だからかもしれない。
あまり二人で面と向かって話す機会も無いことだし、
ちょっと気になっていた部分を、ここでぶつけてみることにした。
「やっぱ慎悟たち幼なじみの関係って、おもしれーじゃん。」
「え、何が?」
「離れ離れになってもすぐ一緒に戻るってか、絆が強いというかさ。」
「ああ、確かにそうかもね。でも、結構いろいろあったけど。」
そう言って慎悟は苦笑いしたので、
俺は直球に、その場で思いついた質問を投げかけた。
「じゃ、それでもこうやってまた上手くいくって、最初から確信してたの?」
慎悟はポカーンとしていた。
あまりにも独りよがりな質問すぎて、意味が分かってもらえなかったらしい。
「いや、離れ離れになってた時いろいろトラブルがあったわけじゃん。又聞きした話だけど。それでも、慎悟がバルガクに転校しよーってなったじゃん?」
「うん?」
「それって、よっぽどの決意がないと無理じゃね?だって……家を出るってことじゃね?」




