どーでもいーじゃん(1)
あの二人の仲が悪かったことを、最初は気づかなかった。
そういうものだと思い込んでいたから。それが普通だと思っていたから。
だからあの雨の日に、リビングから叫び声にも似た声がして、
目が覚めた俺は忍び足で、リビングに近づいていった。
「……のよ?」
「……にも責任があるだろ。」
俺が寝ぼけていたのもあって、二人の声は良く聞こえなかったが、
何となくそのドアを開けてはならない気がして、
俺はリビングのそばに立って、耳を澄ましていた。
そして、俺ははっきりと聞いてしまった。
「智里と剛司の事は好きにしてくれ。
あの子たちなんか、俺は別に居なくたっていいんだ。」
リビングから差し込む光が、廊下の闇に溶けていく。
○ ○ ○ ○ ○ ○
まだ夜闇の抜けない夜、俺は嫌な夢を見て目が覚めた。
隣のベッドからは、一年生の寝息が聞こえる。
闇に目が慣れた俺は、ベッドから降りて机に近づく。
その引き出しの奥に、開けられないまま眠っている一つの封筒。
暗くて差出人も見えないが、俺はそれが誰からの手紙であるかを知っている。
しかしそれをそっと戻し、また俺はベッドへと戻った。
起きるにはまだ早い。もうひと眠りしよう。
あの記憶とは何か別の、少し愉快な事を考えながら――。
○ ○ ○ ○ ○ ○
呆然自失の俺のそばに、後ろから誰かが歩み寄ってくる。
驚きもせずに振り返ると、そこには三つ年上の姉、智里が立っていた。
「……何か聞いたの?」
「……いや……なにも……」
俺はとっさに嘘をついた。
これが夢なのかそうじゃないのかも分からなかった。
でも、信じたくなかった。だから嘘をついた。
姉はそのまま俺のそばに立ち、黙って俺を抱きしめた。
どう表現したらいいか分からない感情がうずまいて、
何となく胸が熱くなるような、そんな気持ちがあった。
しばらくすると、姉は俺を離し、俺の目を見ながら言った。
「剛司、もう寝よう。また、朝は来るから……」
○ ○ ○ ○ ○ ○
目が覚めると、朝が来ていた。
七時半。バスケ部の朝練にはもう間に合わない時間だった。
隣のベッドにはもう一年生の姿もない。
起こしてくれても良かったとは思うが、俺も彼もお互い不干渉で、
お互いの生活の事など、何となくしか把握してないから、
こういうものだと理解している。仕方なく俺は洗面所に向かった。
髪型にあまり納得のいかないまま朝食を取っていると、
向こうからちょっと驚いた様子でこちらに向かってくる、
坊主頭で下がり眉が特徴的な、恒太の姿が目についた。
恒太が目の前にやって来た時、俺は先に声を掛けた。
「ハロハロー。」
「あ、おはようございます……あの、うのぽん、朝練は……?」
「サボッた。面倒だし、別に行かなくてもいーんじゃね?」
「そ、そうですか……」
恒太はもう食べ終わったらしく、
どうやら単純に俺のことを気にして近づいてきたらしい。
まだ何か聞きたそうな、しかし我慢しているような、そんな顔をしていた。
が、恒太は何も聞いてこない。会話が止まって、俺は黙々と食べ続けた。
「あ、あの……うのぽん、もう食べ終わりそうですね。」
「そーじゃん。」
「良かったら……が、学校一緒に行きませんか?」
「いーじゃん。」
「あ、はい……」
ネガティブな恒太は、俺相手にも誘うのに度胸が要るようだ。
恒太のためにも、俺はなるべく早く食べきって、
それで鞄を取りに一回部屋に戻った。
部屋の奥、窓のそばで机がひっそりと立っていて、
何か誘い込まれるような不思議な感覚を受けた。
俺はその感覚を断ち切って、鞄を手に廊下で待つ恒太の元へ戻る。
「あ、そういえば今日雨らしいですよ。傘持って行かないと……」
「なるほどじゃん。」
「体育祭の時、降らなくて良かったですね。あ、僕の場合降った方が良かったかも★」
「でも恒太、わりと活躍してたんじゃね?」
俺は恒太と階段を下り、傘を手に取って玄関を出た。
そういえば、一昨日の体育祭以来、恒太とは話していなかった。
……あの騎馬戦の作戦、神様と一緒に考えて、思い付きでやってみたとはいえ、
恒太には怪我をさせるかもしれなかったことを考えると、
いくらなんでもスルーしておけない事だと、俺はすぐ思い当たった。
「騎馬戦の時は悪かったじゃん。直樹くんがあまりにも強いから、一矢報いてやろーとちょー必死だったから。」
「え?ああ、もう大丈夫ですよ。」
恒太はケロッとした表情で答えた。
こういうのを根に持たないところが恒太らしい。
が、恒太はそれ以上に不思議に思った事があるらしかった。
「それより……なんかうのぽん、変な感じでしたよね……」
「変な感じ?」
「あ、いえ……何て言ったらいいか分からないんですけど、その……」
恒太はあの体育祭の時の俺の行動に、違和感を感じているらしい。
確かに、俺はあまり勝負ごとに一生懸命になるタイプではない。
しかし、去年のクラスマッチ然り、みんなが一致団結するときには、
それに乗っかってやるものだ。それが義理というものではなかろうか。
恒太は言葉を選びながら、不安そうに俺を見る。
「直樹くんって確かにすごいんですけど、彼はやっぱり足りない部分もあるというか、決して悪い人じゃないっていうか……」
「恒太何が言いたいの?」
「いや、直樹くんのこと、嫌いになったんじゃないかって……」
「あー元々何とも思ってないよ。むしろ色々オールマイティですげーじゃん。」
それを聞いて恒太はちょっとホッとしたかと思うと、
また心配そうな表情で俺を見つめるのだ。
「それならうのぽんが元気ないのは……何かあったんですか?」
「はー。……いーじゃん。」
「……え?」
俺はため息をついて恒太を見つめ返す。慌てたような表情だった。
自分の顔が徐々にひきつっていくのを感じた。俺は生唾を飲んだ。
「俺の事なんて、どーでもいーじゃん。」




