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ネガティブな僕と、中二病っぽい彼。  作者: ホワイト大河
第二章 知らなくたって、いいんだよ
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想い人の背中が(10)



「おい洋次、大丈夫か?」


 自分が明確に意識を取り戻したのは、次の日の朝、学校に登校しながら、達也に声を掛けられた時だった。それまで曖昧に返事したりしなかったり、適当に話題を振ったり振らなかったりしていた俺は、達也に本当に心配そうな表情を向けられて、ようやく我に返った。


「あ、ああ! もちろん」

「……そうか、気持ちは分かるが、気を付けてくれよ」

「そうだな! 今日、テルはどうしたんだ?」


 俺の質問で、空気が若干張り詰めるのを感じた。達也は見るからに驚いた顔をして、俺に説明する。


「さっきも言ったんだが…… テルは一緒に行きたくないらしいぞ」

「あ、そうか」

「やっぱ、何かあったんだろ? 昨日の帰りも、様子がおかしかったし」


 察しの良くない達也は、テルから直接何があったかを聞いていないがために、今も俺とテルの間に何が起きたか、正確には分かっていないようであった。俺はもはや良助、慎悟や宇野たちに語ったようには説明できなかったが、達也にだけ言わないのも悪い気がして、俺は素直に言った。


「フラれたんだ。……俺の配慮が足りなかった」

「……まあそんなとこだろうとは思ったがな…… そうか、テルと洋次が……」


 達也はそう言いながら、首を傾げていた。同性愛の世界にあまりに縁のなかった達也が、初めてそれを知るきっかけになったのが俺たちだ、といっても過言ではないだろう。それだけに達也も、違和感のようなものを感じてはいるようだった。

 それから達也は俺の顔を見た。何と声を掛けるべきか、迷っているようだった。……こいつも中々に、純粋に良い奴だと思う。


「……何と言うか、大変だったな」

「まあ、それなりにな」

「よく分からないが…… お互い、後悔しなかったら良いな」


 達也がかけてくれた言葉は、皮肉にも俺の心を突き刺した。後悔なんてしてもし切れない。あの時俺が手を出さなかったら。あの時俺がすぐ謝っていたら。テルの異変に気づいていたら。お互いの事にちゃんと口を出していたら。「別れるか」なんて訊かなかったら。……思い返せば、俺が失敗してきて、見過ごしてきた事がたくさんあった。

 そのまま特に話す事もなく、達也と二人、学校に着いた。下駄箱で別れて、それから階段を上がった。正直、学校なんて来なくても良かった。しかし、あんなにボロボロになっても、無意識のうちに学校までの道を歩いていた。我ながら、真面目な高校二年生だと思った。



 教室のあるフロアまで来て、トイレの前を通り過ぎようとした時、クラスメイト二人とすれ違った。特に声は掛けなかったが、二人の言葉が妙に耳に残った。


「マジで、鈴木美沙子ぶっ飛び過ぎだよな」

「『お嬢』とか呼ばれて優越感に浸ってんのも理解できないわ」

「みんなヘラヘラしてるけど、ああいうのマジ無理なんだよね」


 ……『お嬢』への、明らかな悪口だった。イジメのないバルガクとは言え、やはり浮いた生徒に対しては、ある程度そういった声が出る。お嬢はああいう性格だし、俺は仕方ないものだと思っていたけどな。

 その時、女子トイレからお嬢が出てきた。ハンカチを手に、俺の顔を見て、何故かふっと笑った。そういえば今、話し掛けるなと言われているはずだ。


「……今の庶民の声、聞きましたの?」

「え? ああ」


「わたくしの感覚が理解できないのは当然ですわ。住んでいる世界が違うんですもの。……そう思いませんこと?」


 この前のいさかいなど無かったかのように話しかけてきたお嬢。わけが分からなかった。だが、よく見るとお嬢の目元に、うっすらと涙の跡があって、何となくわけが分かった。

 ……昨日、俺に話しかけるのをやめたお嬢は、いっそう周りの声が聞こえてきたのだろう。頼めば色んな事をやってくれるクラスメイトも、心の底ではどう思っているかは分からない。少なくとも、お嬢の性格は全員が受け入れられるものではないのだから。



「……泣いてたのか」


 俺は直球で訊いてみた。お嬢は見て分かるほど動揺した。


「な、泣いてなど!」

「……そうか」


 俺は一度、お嬢の肩を叩いてから、目と鼻の先にあった教室に足を踏み入れ、自分の机に荷物を下ろした。するとすぐにお嬢もやって来て、いつも通り俺の前に座った。しかし、その表情はいつもと違って、憂いていた。



「……わたくしも好きでこうしているわけではありませんわ。ただ、こういう生き方しか、知らないんですの」


 周りにはポツポツと生徒が居て、それぞれ世間話に興じているようだった。ポツリと漏らしたお嬢の心の声は、俺にだけ届いた。


「前の学校では、理事長と敵対していた事もあって、ほぼ学校中から悪い言葉を投げかけられたものですわ。……ですから、もう慣れました。わたくしはもう周りの事など気にしませんから」


 弱さを隠して、ふんぞり返るお嬢。……どことなく、俺自身と重なった。俺のやり方が気に入らない奴だっている。でも俺は、たった一人、テルだけは守ろうとしてきたはずだった。みんなの前で、自信のある強い自分を演じながら、迷った時期もあった。

 ……結果、全て失った。テルはもう、振り向いてはくれない。


「洋次…… 貴方も、きっとわたくしの事を理解できないのでしょう」

「……そうかもな」

「昨日の件は不問に付すわ。よくよく考えれば、普通の人には理解できないですものね。そもそも、理解されたくもないですわ」


 俺はあえて否定しなかった。お嬢のやり方が理解できないのは本当のことだ。しかし、逞しくそんな事を言いながらも、どことなく寂しい表情をしていたのが引っ掛かった。……お嬢も必死で、強がっているのだ。



「まったく、慣れたものですわ。これまでも、これからも、わたくしはきっと、ずっと孤独なのでしょう」


「……それじゃ、仲間だな」



 お嬢は唖然とした。俺が初めて同調した事に、声を失っていた。しかし、きっと俺の笑顔が、いつものものと違うのだと気づいた瞬間に、彼女は見た事もない優しい微笑みを見せた。


「あら洋次。貴方も色々と、あるようですわね」

「まあな」

「良いですわ。家臣の世話をしてやるのも、主人の務め。何かあったらいつでも言いなさいな。わたくしの出来る事はしてやりますわ」

「そりゃ、頼もしいこった」


 俺はニッと笑って見せた。お嬢も自信満々に笑っていた。正直、こんなやり取り、どうでも良かった。でも、今日はやたら大事な事の様に思えた。


 ふと窓の方を見ると、太陽が煌々と輝いている。いつもみんなを引っ張って、明るく輝いている太陽だが、そろそろ雨の季節がやって来る。太陽は隠れて、光は遠ざかってしまう。


 遠ざかってしまった太陽は、いつか思い出される時が来るだろう。

 じゃあ俺は、テルの記憶から消えた時、また輝けるのだろうか――?


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