想い人の背中が(7)
「あらん洋次、どういう事ですの? てっきり欠席かと思いましたわ」
俺が座って一分も経たないうちに、後ろのドアから足音を立てながら、お嬢が迫って来た。その傍には別のクラスメイトが居て、持っていたお嬢の荷物をお嬢の机に置く。可哀そうなこった。
「恋人に怒られたんでな! あんまり別の女とイチャイチャすんなってさ」
「あらん…… 狭量なお相手です事。それに洋次とは不純交際ではありませんわ。その辺、きちんと説明して差し上げた方がよろしいのではなくて?」
「説明しても分かってもらえんのだ。って事は、お嬢と距離を置いた方が良いってわけだ」
俺はお嬢にはっきり言う事にした。テルとの仲がこじれたのも元はと言えばお嬢のせいだ。いつも譲歩してばかりいる俺ではない。俺に相対しているお嬢の表情が険しくなっていく。立っているお嬢は、座っている俺を見下しながら、ため息交じりに言った。
「……良いですわ。洋次の代わりを探せば良いだけの事よ。貴方の代わりなんて、いくらでも務まる……」
「もうそれもやめろよお嬢。高校生活にお付きの荷物持ち奴隷なんていらんだろ? 五組の渡だって、佐久馬にもっとましな対応してるぜ」
「わたくしのやり方に口出しされる筋合いは御座いませんわ!」
徐々に俺もお嬢もボルテージが上がっていく。もうすぐHRも始まり、クラスメイトが集まってきた教室の注目を、俺たちは一挙に集めているようだった。主にお嬢への悪い噂から成る周りのひそひそ声に耳を傾けず、お嬢は自分の意見を展開し続けた。
「それに、わたくしの情報網では、渡さんとやらは家来にお恵みをしていないと聞きました。それに比べて裕福なわたくしは、常にお恵みをしているではありませんか。意地を張って受け取らないのは貴方だけです事よ?」
「……浮世離れしすぎだぜ、お嬢」
「汚れた俗世間から離れられるのなら本望ですわ! とにかく、主人に噛み付く家来なんてこりごり。もう話しかけないで頂戴」
お嬢はくるりと向きを変えて、自分の席に座った。俺も前を見ると、気づけばもうクラス担任の風斗先生が教壇に立っていて、苦い顔をしてこちらを見ていた。お嬢に文句を言う奴はこれまで居なかった。先生であろうと彼女の暴挙は見過ごしていた。どんな手で返り討ちされるかは分からないからな。
周りの俺を見る視線は、「大丈夫か?」という思いが込められていて、こういう時に、周りが遠慮するような事でもするのが常に俺の役目だ。慎悟がイジめられていた時、そのクラスに飛び込んでいったのが懐かしかった。
ともあれ、HRは何事も無かったかのように始まった。俺も自然と爽やかな気持ちになっていた。お嬢を拒絶した事により、もはや俺に後ろめたさはないからだ。お嬢かテルかと訊かれたら迷わずテルを選ぶ。それを証明できて、そんな自分が誇らしい気もしていた。
○ ○ ○ ○ ○ ○
英語の授業を終えて昼休み。大勢の生徒が移動を始める中、俺は実力別クラスで全てAクラスであり、Aクラスは一組の教室を使う事が多い為、ほとんど移動なく快適である。自分の席に戻りながら、同じく全てAクラスで移動の少ないお嬢が、前から向かってくるのが見えた。
「お嬢、今日はご飯……」
と、声を掛けてから気づいた。もうお嬢には構わなくて良いのだと。お嬢は一瞬驚いた様な表情をしてから、ぷいとそっぽを向いた。失敗したな。俺はとりあえず弁当を持って、テルの居る二組に向かってみる事にする。
「ハロハロー、今朝、お嬢と結構バトってたじゃん」
「鈴木美沙子、唯一の味方住田君を失ってもまだ高慢でむかつくう!」
Bクラスの教室から戻って来たばかりの宇野と野上に声を掛けられた。まあ当然同じ一組のこの二人は、俺とお嬢のやり取りを生で見ていたというわけだ。正直、その話なら後にして欲しかった。
「ちょっと出てくるから、話はまた後でな!」
「そういえばテル君、今日は一段と元気無かったけどお……」
「また住田がなんかしたんじゃね?」
「……その話もまた後でな」
目敏い奴らだ。俺にとっては今非常に厄介な存在である。というか俺にプライバシーは無いのだろうか。何でもかんでも俺に訊いて良いってわけじゃ無いんだぞ。それはともかく、今はテルと話す事が先決。俺は教室を出て、すぐ隣の二組の教室を覗いた。
テルの席の位置は把握していたため、テル自体はすぐに見つけた。だが、奥野と一緒だった。奥野はニコニコしながら喋っているが、テルの表情はここから見ても分かるほど暗かった。……テルの表情の変化に気付けないとは、奥野もそれ程の男ではないのだ。それに、二人が向かい合って座っている机には、一つ椅子が寄せられていて、今は空席だが、弁当箱が置いてある。……綿華だと予想された。
俺は割って入って声を掛けようか迷ったが、やめておく事にした。わざわざ今じゃなくても良い。チャンスはきっとまた来る。それに、時間を置く事も大切だ。自分で自分の気持ちを噛みしめながら、俺は一組の教室に戻ろうとする。
「あら、どうしたのすーみん?」
振り返ると、綿華が立っていた。トイレから帰って来たとこらしく、ハンカチを手にしている。今テルを呼んでもらうわけにもいかないし、どうしたものかと考えていると、綿華は何故かムッとした。
「……テル君に何か言いたい事でもあるの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「はーあ。テル君の様子見てれば、大体何があったかなんて想像つくけど、すーみんウジウジして情けないわよ」
「え?」
「どういう現実か知らないけど、さっさと受け入れなさい!」
綿華はそう言って俺の肩をポンと叩くと、そのまま教室へ入って行った。分からない奴だ。俺がいつウジウジしたって言うんだ。……第三者の事を考えても仕方ない。綿華が机に戻って、テルは一度こちらを見るかと俺は密かに期待したが、顔を上げる様子は無かったので、素直に教室に戻る事にした。
教室に戻って来て、一応宇野と野上の姿を探したが、見当たらない。どうやら俺がすぐには帰って来ないと見込んで、食堂か購買に行ってしまったらしい。とはいえお嬢と食べるわけにもいかないし、ついでに言うとお嬢の姿も見当たらないので、俺は自分の席に座って弁当を広げた。
ウジウジか…… 俺は綿華に言われた言葉を思い出していた。現実を受け入れるって事は、今でいうと別れた事を受け入れるって事だろうか。それは受け入れているつもりだ。だからこそ、また復縁しようと動いているっていうのに。それのどこがウジウジしている事になるのか、よく分からない。
弁当を半分くらい食べ終わった所で、宇野と野上が教室に戻って来た。俺の姿を見て、宇野がちょっとギョッとした顔をして近づいてくる。
「もう帰って来たの? お帰りじゃん」
「テル君、どうしたのかなあ…… 住田君、教えてよお!」
俺の席の傍に椅子を寄せて、二人は座った。野上の頭の中はテルと俺の問題しかないのだろうか。多分これは俺が黙秘し続ける事は難しいのだろう。あまり重い感じを出さずに、俺はあっさりと言った。
「別れたんだよ」
「なるほどじゃん。最近の諸々はフラグだったんじゃね?」
「ショックう! 二人の進捗を聞く事が、のがみんの唯一の楽しみなのにい!」
同じ事実を告げても、固まった良助&慎悟と比べると反応に雲泥の差を感じた。二人ともどこか他人事で、俺の事を心配するでもなく勝手に言い合ってる。まあ、心配されたところで進展するわけでもないから、俺は黙って箸を動かした。すると、宇野がパンを頬張りながら、思いもよらぬ事を言った。
「住田でもショゲる事あるんじゃん」
「……え?」
「テル君の方が元気そうじゃね? ま、ドンマイじゃん」




