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ネガティブな僕と、中二病っぽい彼。  作者: ホワイト大河
第二章 知らなくたって、いいんだよ
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想い人の背中が(5)

 その時、俺はどんな顔をしていただろうか? 明日地球が滅びる、と言われた時も同じ顔をするだろう。それくらい俺は驚いたし、理解できなかった。


「……な、何言ってんだ、テル」



 宙に浮いた俺の質問には答えず、テルは俺に背を向けた。それから、一度置いた鞄に、ゆっくりと近づいていく。……帰るつもりなのか?


「ま、待てよ…… 別れるって、もしかしてこの前の話を引きずってんなら」


「引きずってないって言ったら嘘になるけど、でも引きずってないよ。あれから僕も考えたんだ。どうしたら上手く行くんだろう、って」


 俺の身体は鉛の様に固まって動かなかった。別れよう、なんて言葉がテルの口から出たなんて、未だに信じられない。悪い夢を見ているかのようだった。その間にもテルは鞄に近づいていく。かと思うと、振り返って俺の顔を見た。俺が驚いていたのとは対照的に、テルは非常に落ち着いていた。なあ、こんな大事な話の時まで、マイペースじゃなくてもいいんだぜ。


「洋次も気づいてると思うけど、去年とは変わった。お互いに違う友達もできたし、それでいろいろ考えるようになってさ」

「……テル……」

「本当に恥ずかしいんだけど、僕は鈴木さんに…… 嫉妬してるみたいで」


 俺だって、奥野に嫉妬してる。俺たち、同じだろ?


「鈴木さんなんて居なくなっちゃえば良いとか、考えた事もあったんだ。自分勝手な考えで、本当に嫌になるけど…… でも、よく考えたら、洋次を好きになってから、好きだと気づいてから、僕はずっと自分勝手だった」


 俺もそうだ。テルが好きになってから、テルを手に入れたくて仕方なかった。


「洋次に別れるか、って訊かれて、ハッとしたんだ。僕と洋次が付き合ってなかったら、ただの幼なじみで友達だったら、こんなに悩んだり、嫉妬したりしなくて良かったのかなって」


 テルは鞄に手を掛ける。俺の身体は動かないままだ。情けない事に、口も動かなかった。頭ばかり動かすので精一杯だった。何て言えば、テルを止められるのか。気づいてくれ、テル、お前は間違ってるんだ。

 テルはまた微笑んだ。こいつは、今日だけで俺に色んな表情を、笑顔を見せた。その全てが、この結末を呼ぶ物だったのかもしれない。


「僕らの関係を良くするためには…… 別れるって選択肢もあって良いと思うんだ。色々考えたけど、今の僕らにはそれが一番良いんだと思う」

「……何言ってんだよ、テル」

「今日は本当に楽しかった。勝手だけど、最後の思い出として、楽しんでたんだ。……いつか付き合ってた日の事、笑って話せるようになったら」


「ふざけんなよ、テル!!」


 俺は勢いに任せて声を出し、立ち上がった。それから、気づけばドアのそばまで近づいていたテルの方に向かっていた。俺はテルの両肩を押さえつけた。力の制御は出来なかった。痛そうに顔をしかめたテルに、俺はキスした。舌を入れようとすると、テルの唇がそれを防いだ。明確な拒絶だった。


「……洋次」

「おいテル、お前はただの友達とキスしたり、セックスしたり出来んのか!」

「…………」

「どうなんだ、答えろよ!」


 ひどい事を訊いているという事が頭では分かっていても、この握りしめる手を、まくし立てる口調を、制御する事が出来なかった。いつもなら押し黙るテルも、この時ばかりは反抗してきた。



「……最初から間違ってたんだよ」


「間違い…… だと!!?」


「間違いじゃないとしたら何なの? 僕達はただの幼なじみだったのに、一時の感情でセックスして、すべてが歪んだんだ」

「俺たちがただの幼なじみだ? そんなわけあるかよ! 辛い時は支え合ってきたし、一緒に乗り越えて来た。お前はそれを達也や良助、慎悟ともしてきたかよ!?」

「……それは……」

「この前だって、良助が謝ってきた時だって、お前は無関心だった。そうだろ、お前は例え幼なじみでも、完全に心を開く事はなかった。お前の心に踏み込む事ができたのは、たった一人、俺だけだ!」

「……え?」


「お前が一番よく分かってんだろ!

 テル、お前は俺がいないと駄目なんだ! 何もできない奴なんだよ!」



 テルの青ざめた顔を見て、ようやく俺の激情は収まりつつあった。自分の呼吸が荒い事を感じた。テルの肩をすごく強い力で掴んでいる事にも気づいた。だが、この時俺がテルにどんなにひどい事を言ったのか、それに気づくのにはまだ時間のかかる事だった。

 テルが俯いて、長い髪に表情が隠れたその時、俺はテルから手を放した。テルが泣いているならば、すぐさま謝ろうと思った。言い過ぎた事にも自覚があった。それでも、さっきのテルの言葉を鵜呑みにする事は出来なかった。別れる事が俺たちにとって一番良いなんて信じられなかった。

 そして、俺にとっては都合の悪い事に、テルは泣いてなどいなかった。顔を上げたテルは、むしろ怒っている様にも見えた。ついこの前もこんな表情を見た気がするが、それを思い出すほどの余裕はなかった。


「……そんなことないよ」

「あ?」

「洋次に頼らなきゃ生きていけない程、弱い人間じゃないって言ったんだよ」


 その言葉は俺をさらに苛立たせる。素直に謝るタイミングを完全に見失った俺は、思いついたままに、考えもせず言った。


「ああそうかよ! お前には奥野君が居るもんな!

 俺と別れて奥野と付き合おうってハラかよ!」


 パァン!

 鋭く激しい音だった。何が起きたのか、すぐには分からなかった。

 俺は横を向いていた。前を向いていたはずなのに、横を。


 そしてもう一度前を見た時、テルはまた顔を伏せていた。それから俺の顔を一度も見ずに、ニット帽を深く被り、真っ直ぐにドアの外へ、そのまま階段を降りて行った。またそれを止めようとしたが、何故だか体が動かなかった。何か大きな衝撃に、全身を貫かれたような感覚が残っていた。徐々に、左ほほに鋭い痛みを感じ始めた。……そうか、俺はテルに平手打ちされたのだ。


 思わずため息をついた俺は、ベッドに座り込んだ。さすがに、自分でも最後に言った言葉の意味は分かっていた。しかし、その言葉を言わなければならない程に俺は追い詰められていたと思う。……テルには、最後に重い一撃をくらわされたが、俺はまだ自分を正当化する元気は残っているようだ。

 テルが帰ってしまった事で、かえって余裕が出来た。テル本人を前にすると、また何を口走ってしまうか分からないから、むしろ結果オーライだ。人間は考える葦であるとどこかの哲学者が残した通り、俺は考え続ける事ができ、そして必ずテルを取り戻すという自信に溢れていた。


 ひとまず俺は携帯のメールを開いてみた。最後に送ったメールを一応確認してみると、やはり「俺は別れたくない」と書いている。俺はちゃんと意志を伝えたのに、別れた方が良いという結論を勝手に導き出したのは、考え込みすぎるテルの悪い所が出たと言えるだろう。

 それから、思い返してみると、お嬢がどうこう、と言っていたな。何度も確認している通り、俺はお嬢とは恋愛関係ではない。それをテルに何度伝えた所で全面的には信じてもらえないし、そこはお互い様なのだろうが。

 だが、テルが変な事を言いだしたのも、きっかけはというとお嬢のせいだ。お嬢があまりにもベタベタしてくるもので、あのテルがそれを咎めるようなことを言わざるを得なかったのだ。お嬢には今後厳正な態度が必要だろう。


 俺はふわりとあくびをした。ともあれ、思ったより落ち着き始めている俺に俺自身驚いた。フラれた事ならカナの時に経験したが、結局また付き合いたいとか言い出されたものだ。とにかく、テルとは明日からも学校で会うし、何度も話す機会を持てる。そのうちテルの怒りも冷めてくるだろう。

 自分はこんなにも楽観的で、明日が来るのが楽しみでさえあった。


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