想い人の背中が(4)
日曜日。快晴。空は遠く、青い。
俺はきっとこの日を、忘れないだろう――。
「お待たせ」
向こうから歩いてきたテルは、ニットの帽子を深めにかぶって、くせっ毛を抑え込んでいた。夏が近づいて来たのにしてはちょっと暑いような気がした。俺の顔を見るなり、儚げに笑ったので、俺も口角を上げた。
「テル、何か買いたいものあるか?」
「……服、かな」
「よし、じゃあ行こうぜ」
ショッピングモールに集合していた俺たちは、そのまま安い服屋へと向かう。途中でちらほらバルガクの制服を着た生徒が目に付いた。部活帰りだろうか。しかし、今日の俺たちは完全にオフ。気にせず楽しむことにした。
良い方向に向かい始めたからこそ、俺はデートに誘おうと思った。久しぶりの休日に、二人でどこかへ出かけたくて、そしてあわよくば、テルを抱きたかった。単純に俺がどうしようもない性欲の塊で、テルが欲しくてたまらないというのも勿論だが、こうして定期的に体を重ねる事が、お互いの関係にとって良い事なんじゃないかと確信しているからだ。
隣でテルが、少ない予算の中で、気に入った二つの服を手に取って、どちらを買うか迷っている。片方は薄ピンクのTシャツで、片方は紺色の水玉模様のポロシャツだった。真剣に悩む横顔を見ていると、テルがこちらを見て、照れた顔をして訊いてきた。
「ねえ、どっちが似合うかな」
「どっちも似合うぜ」
「……そうじゃなくてさ」
俺は正直な感想を言ったまでだが、テルは気に入らなかったらしい。俺は何となく薄ピンクを選んだ。淡い色の服の方が、似合う気がした。
「大学生になったら、もっと好きなだけ服買えるのかな」
一着買っただけでテルの財布はだいぶ軽くなったらしい。しょげた顔をしていた。俺はあえて笑ってやった。食べたかったイタリアンのお金はあるのか、と訊いてみると、その分を残しておかなきゃいけないから、片方しか買えなかったのだと言われた。イタリアンを希望したのはテルの方だったんだけどな。
四時。夕食にするには早い時間だった。俺たちはぶらりとゲームセンターを回る。半ば雑音・騒音を生み出す装置と化したゲームセンター。テルは元来あまり好きではないはずだったが、もしかすると軽音楽をやってテルの耳も変わったのかもしれない。いずれにしろ、テルは積極的に入って行った。
「洋次、プリクラでも撮る?」
テルが指差したのは、広告にギャル系の女子の姿がでかでかと写ったプリクラ機。さすがに男二人で入るのは気が引ける。そもそも、最後にプリクラを撮ったのはきっと小学生の時だ。俺があいまいに言葉を濁すと、テルが俺の手を引いた。
「良いから。たまには撮ろうよ」
いくつかの写真で俺たちは変顔をした。もちろん必要以上に顔を近づけたり、ましてや抱き合ったりなんかはしなかった。今どきのプリクラはスタンプや落書き機能が充実しているらしく、テルは面白いスタンプを知り尽くしていて、俺の顔にばかり変なスタンプを押しつけてきた。
笑いながらも、テルがプリクラに詳しい事にふと心配になった。誰かもし、軽音楽部の連中と来ているなら、達也も一緒のはずだ。あいつからそんな浮いた話は聞かない。……きっと、去年まで所属していた吹奏楽部の奴らと来たんだろう。女子の多いあの部活なら、考えられなくはなかった。
やたらテルがニコニコしていて、俺は妙な気分になった。この前の、といっても二ヶ月程前になるが、遊園地デートを思い返してみても、テルは元気そうにはとても見えず、何かを溜め込んでいた。その時と比較しても、今日は元気だ。元気すぎるくらいだ。その元気は、鬱憤を晴らせたからなのか。
しかし、手を伸ばしても掴み損ねてしまうような、そんな変な感覚が、俺の指先にずっとあった。少し、気味が悪いとさえ思えた。
○ ○ ○ ○ ○ ○
学生にも手が出せるリーズナブルな価格でありながら、それほどファミレスっぽくもない、地元では人気のイタリアンに俺とテルは来ていた。席数はそれほど多くないものの、ほぼ満席で、予約をしていなかったら入れなかっただろうとは容易に想像がついた。
奥の方の席に通されて、テルは入口から遠い椅子に腰かけた。照明が薄暗く、若干不安定な木の机と椅子が、雰囲気を出しているように見えた。店の空気を味わっていると、メニューを探していたテルと目が合った。微かに微笑んだテルの瞳は、薄暗がりの中で輝いていて、暗闇の中の月を見るかのように美しかった。
飲み物は水をもらう事にして、なるべく安い料理を二人で頼んだ。パスタを一人一つずつと、大きいピザを一枚。テルの財布はすっからかんだろう。たまには奢ってやると言っても、頑なに首を縦に振らないテルが、徐々に元気をなくし始めていたのは、お金のせいだけではない気がした。
「ここ、良いね…… 前から気になってたんだ」
注文を済ませて、ようやく店内を眺めまわしたテルが一言。俺もその言葉に同調した。気にはなっていたものの、やはり普段から利用する程、敷居の低い店ではないし、周りも大学生から、オシャレした主婦が多い様で、俺たちは背伸びをしているような気分だった。
「イタリアンって聞いて、真っ先に思い浮かんだんだ。こういう機会じゃないと、来ないような所だしな」
「そうだね…… ありがと、連れて来てくれて」
柔らかな笑みだった。そしてどこか哀しげだった。先ほどまでの笑みとは異質のもので、テルが何かを隠しているように思えて気になった。だが、俺はそれをどうやって訊けば良いのか分からなかった。笑っているのだからそれで良い。仲直りのデートが多少ぎこちなくても仕方ない、そう思うようにした。
料理は予想以上に美味しかった。家で母さんが作るパスタとは雲泥の差があった。テルはピザを少ししか食べなかったから、俺が残りを平らげた。しかし、大目に払うと言っても聞かなかった。頑固な奴だ。
「この後どうする?」
俺はテルに遠回しに尋ねてみた。家に来るか、と。直球で聞くには気恥ずかしかったし、本当に「それ」しか考えていないようで嫌だった。すぐにテルは察したのか、俯きながら自信なさげに口にした。
「……洋次の家、行っても良い?」
「もちろん」
○ ○ ○ ○ ○ ○
俺の部屋に入って荷物を下ろすなり、俺は屈んだ体勢のテルを後ろから捕まえて抱き締めた。それから一つ首元にキスをして、向きを変えさせ、テルの表情を観察した。とりあえず、驚いているようだった。俺は一度腕を緩めて、ベッドの方へと近づいてから、導くように手を引く。口にしなくても分かるはずだった。俺が「そういう」表情をすれば――。
「今日は、いいや」
テルの口から出たのは意外な言葉だった。自分から俺の家に来たいと言っておきながら、「行為」をしないなんて事、今までにはなかった。最近はよくこいつに驚かされる。俺はとりあえずベッドに腰掛けて、真意を探ろうとした。
「体調でも悪いのか?」
「……そうじゃ、ないけど」
そう言ってテルはゆっくり近づいてきた。それから、唇を俺の頬に寄せた。しかし俺の腕からは離れ、そしてまた、儚げに笑った。
「洋次、別れよう」




