あぶない!保健室(6)
「お、おはよ綿華さん!突然だけど俺と結婚」
「しないわ。」
朝から飛びかかるくらいの勢いで迫ってきた工藤をあっさりとかわして、
あたしは重たい腰を動かして教室へ向かう。
「あ、綿華さん!そういえば結婚」
「しないわ。」
昨日は本当に色々あったわ。
小泉先生の離任式から、保健室の諸々に、執行部会にショッピング、
さらには門限過ぎちゃったせいで、女子寮寮長、宇治先輩のお説教。
本当にあの人怖いわ。男子寮の菊池先輩的存在で、あたしは一生敵わないわ。
「えっと綿華さん!実は結婚」
「しないわ。」
そんなこんなで今日は起きるのが本当に辛かったわ。
さらに今日は内科検診。保健委員の一大イベントが待ってるのよ。
「すみません綿華さん!お願いがありまして、結婚を」
「それでは皆さんご一緒に!グーパンチ!!」
工藤は倒れた!綿華は800の経験値を獲得!
……マジでしつこすぎるわ。軽くノイローゼになりそうよ。
あたしが疲れてる原因、工藤にある気がするわ。
休み時間ごとに、あと会話の合間合間に求婚してくるってどうなの?
もう周りも慣れちゃって、風景のように思ってるけど、
当事者のあたしはたまったもんじゃないわよ。
そもそもこの男のどこにそんな元気があるのかしら?
へばってる工藤は、どっちかと言うと小柄で、
青春系の顔立ちだけど、あんまり体はがっちりしてないわ。どうでも良いか。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「おはよ~。和佳子に買い物付き合わされたんでしょ~?大変だったね~。」
「……やっほーテル君。ま、そこそこ大変だったわ。」
教室に着くと、珍しくテル君がもう座っていて、声を掛けられた。
ショッピングの話はお姉さんから聞いているようね。
「テル君、今日は朝練はお休み?」
「最近は新入生たちも出来るようになったから~、僕らも放課後に練習の時間が取れるようになったんだ~。」
「それで、わざわざ自分たちの練習用に朝集まる必要が無くなったのね。」
「ライブが近いと朝やったりするし、逆に放課後早めに帰ったりもするんだけどね~。」
そう考えると、こんなのんびり屋のテル君を連れまわせるなんて、
おくっちは本当にパワフルで情熱的なんでしょうね。
正直彼は、軽音に関する事以外はけっこう冷めてて、
工藤と違ってうるさくもないから、そのギャップが面白いわ。
「はー、でも疲れたわ。まだ今週始まったばっかりだって言うのに、もうお休みが欲しい気分ね。」
「体育祭も近いし、疲れるよね~。無理に和佳子に合わせなくて良いからね~。」
「ええ、ありがとう。でもあたし、月山先輩って意外と優しいんだな、って昨日思ったわよ。」
「え~?騙されてるよ~。」
「本当よ。ただちょっと、思ったこと全部言うから、聞く方は気を付けなきゃって思ったけど……」
援交の話はトラウマよ。あれは本当に聞かなかったことにしたいわ。
テル君は知ってるのかしら?いや、彼に伝えるわけにはいかないわ。
「う~ん……ま、そうなのかもね~。僕もあれくらい言えたらいいんだけど~。」
「そうよテル君。テル君は我慢し過ぎなのよ。はー疲れた。」
俯いたテル君。最近あたしの言いたい事が伝わってきてる気がするわ。
すーみんとの関係も、これで上手くいくと良いんだけど……。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「ハッ!綿華君、昨日は散々だったようだな!」
「ま、あたしなりに収穫はあったけど……でももう帰りたいわー。」
午前中の授業を全て終えて、あたしは久しぶりに食堂にご飯を食べに来た。
ここには一組の神様と、それからうのぽん&のがみんが居る。
「綿華さん疲れすぎじゃね?もうただのババアじゃん。」
「口には気を付けなさいようのぽん。あたしはせいぜい美魔女だわ。」
「ところで姐さん、収穫ってなあに?ホモ?ホモォあった?」
のがみんのこの感じ、久しぶりだわ……。
なんか最近「姐さん」って呼ばれてるのは謎だけど、
相変わらず腐った活動には余念がないようで、
テル君には正体を隠したままどんどん探りを入れているらしい。
「別に、のがみんが期待するようなもんじゃないわ。」
「へー。テル君の姉ちゃんと渋谷さんっていー感じなんだね。」
「うのぽんアンタ察しが良すぎるわよ!」
「なあんだ。のがみん男女系は興味ないのよ。男×男以外は対象外なんで❤」
「のがみんさすがだわ……。」
「ハッ!どうでも良いが全員キャラが濃すぎて、神が薄れてきているぞ!」
「神様は黙ってて。どっかで演説でもすれば?」
「ハッ!さすがにクラスの中でそんな勇気はごにょごにょ」
あたし、神様、うのぽん、のがみんが集まるとだいぶ破天荒ね。
神様は自分のキャラ設定を気にし始めたわ。末期ね。
そういえば今日は一組を覗いていないけど、きっとすーみんが居る。
そして彼は、今日も鈴木美沙子と二人でご飯を食べている。
いい加減、テル君の堪忍袋の緒が切れるわよ?
あたしはテル君のためにも、三人に彼の様子を聞いてみる事にした。
「で、すーみんどうなの?どうせ鈴木美沙子とイチャイチャしちゃって……」
「ほんと邪魔なのよ鈴木美沙子!男の楽園に女子は立ち入り禁止なの!それなのにあの女は住田君にベタベタベタベタ……ひと思いに殺してしまいたい!」
「のがみん落ち着いて。……ま、傍から見たら仲良しカップルじゃん。」
カレーうどんをすすりながら、うのぽんは淡々と答えた。食べ方汚いわ。
仲良しカップルじゃまずいから、何とかして欲しいんだけどな。
「神様はともかく、うのぽんも全然協力する気はないのね。」
「まーね。こーいうのって本人の問題じゃね?」
「あら、テル君が『ほかの女と喋るな』なんて言えると思う?ずーっと我慢してるのを助けてあげたい気持ちは人道的でしょ?」
「うん、だから綿華さんがテル君に『言いたいこと言え』って言ってんのは間違ってなくね?それは止める気ねーじゃん。」
「そうでしょ?だから、うのぽんはすーみんとある程度話せるんだから、ちょっとやめさせる方向に促すとか……」
「なんでそこまでする必要があんの?あくまで他人じゃん。」
うのぽんはようやくラーメンから目を離して、あたしの方を見た。
その目には、容易には言い表せない複雑な感情が込められていて、
すぐにうのぽんはまたラーメンを食べ始めたが、あたしは固まってしまった。
何かを察した神様が、食べる手を止めて口を開く。
「ハッ!うのぽんの言い分は置いといて、神は何度も言っているが、干渉しすぎても良くないと思うぞ。彼らの問題は彼らの問題。これからトラブルが起きる度に、神らが解決するのも良くないだろう。分かるかね?」
「うーん……まあそうなんだけど……」
「ね、姐さん!良かったらのがみんがブスッと鈴木美沙子を」
「それはやめなさい。どうしたもんかしらねえ……」
解決策は出なかったものの、いつしか時計の短針が一時を指そうとしていて、
あたしは内科検診の準備をする為に、みんなと別れて保健室へ向かった。
……一緒に居たら分かるけど、テル君の我慢も限界に近い。
あたしには、良くない結末が待っている気がしてならなかった――。




