あぶない!保健室(5)
あたしと渋谷先輩は半ば無理矢理に承諾させられて、
正門前に立たされているわ。当の月山先輩が来ない。帰って良いかしら?
「……渋谷先輩、文句言いながらもちゃんと来るんですね。」
「てめェはあいつの強情さを知ってンだろ?」
「あ、まあ……片想いの相手だからってわけじゃなくてですか?」
「……殺すぞ。黙ってろ。」
そう言って渋谷先輩は露骨に顔を赤らめた。分かりやすい人だわー。
あんまこの人を弄るのは申し訳ないとは思いつつも、やめらんないのよね。
それにしても、月山先輩のどこが良いのかしら?
元来気の弱い渋谷先輩が、わざわざ背伸びするほど好きなのって何で?
「渋谷先輩、何で月山先輩の事そんなに好きなんですか?」
「あァ!?」
「この前フラれたのに、まだ好きだなんて……」
「てめェのせいでな!マジでぶち殺すぞ!?」
ぜーんぜん恐くなーい。むしろかわいいって言える程よ。
すっごい睨んできてるけど、菊池先輩のガチなやつには全然及ばないわ。
渋谷先輩ってばワルぶってるけど、何だかんだ良い人なのよね。
そんな良い人で結構イケメンだからこそ、もっと良い相手居ると思うけど。
薄暗くなってきた校舎の方から、金髪の女が私服で歩いてくる。
ものすごい嫌な予感がしたわ。あたしと渋谷先輩はそちらを凝視する。
「……月山先輩!?ど、どうしたんですかその私服!」
「学校に隠してるのよ。ダサい制服で街をウロウロ出来ないでしょ?」
月山先輩は団子頭を下ろし、化粧も派手にして整えている。待たせすぎ。
あたしと渋谷先輩は顔を見合わせて呆れるばかり。
そして月山先輩に連れられて、電車に揺られて市街地を目指す。
「そういやサユ、あんた最近和輝と仲良いの?」
電車の優先席に大股を開いて座っている月山先輩に、突然聞かれた。
混んでないとはいえ、この人何なんだろ。この人の世界なのかな?
吊革につかまって立つあたしは、ちょっと迷ったけど答える。
「テル君と仲良いって程じゃないんですけど、たまに話しますね……」
「ふーん。もしかして和輝の事狙ってる?」
「狙ってません!!」
「そうよね。あんな暗い男にずっと構ってんの、洋次ぐらいだわ。」
弟の事を「暗い男」呼ばわりは可哀想だけど、
やっぱり月山先輩にも、テル君がすーみんと仲良いって認識はあるのね。
そもそもどこまで知ってるのかしら。友達以上だって事も知ってるのかな?
あたしは何となく、ドアに寄りかかって外を眺めている渋谷先輩を見た。
……渋谷先輩も、テル君とすーみんの事は勘付いてたんだから、
それ以上に察しの良い月山先輩なら、きっとさすがに知ってるわよね。
「……和輝、クラスで上手くやれてるの?」
「え?そうですね……やっぱり気難しい性格だから、馴染むのは難しそうですよね。」
「やっぱりね。あの子言いたい事全然言わないもんだから、それで勝手に我慢して勝手に泣くのよ。昔からそうだったわ。うじうじしちゃって。」
そんな事を言いながら、月山先輩はどこか遠い目をした。
テル君は、実の姉である月山先輩の事を、よく思っていないみたいだけど、
月山先輩の方は、単に「暗い男」だと思っている訳ではなさそうだ。
一つ違いの姉弟、仲が良いとは言えないが、無関心なわけでもないのね。
ぶっきらぼうだけど、奥底では優しい、月山先輩のそんな性格に、
きっと渋谷先輩も惚れたんだわ……。あたしは何だか納得してしまった。
市街地の大通りに入って、あたし達は次々洋服屋に入っていく。
「サユ、これは?」
「これはどう?セクシーでしょ。」
「これは?もう完全にお姫様ね。」
「これは?清楚系も似合うでしょ。」
「これは?」
前言撤回。少なくともあたしには優しくないわ。げっそりしてきた。
月山先輩が片っ端から洋服を手に取って、あたしに見せ、
全てに五十字以上の感想を求めてくるの。国語力が鍛えられるわ。
そして気に入った服を片っ端から買って、次々と渋谷先輩に持たせていく。
渋谷先輩も大変だわ。筋肉ムキムキじゃなくて細身だし、プルプル震えてる。
あたしがチェック役、渋谷先輩が荷物持ち役って事ね。なるほど納得!
また月山先輩が紙袋を抱えて戻ってきて、それをすぐに渋谷先輩に預けた。
「……さ、あと五軒くらい行くわよ。」
「ご、五軒!?て、てめェ……俺はもう持てねェぞ!」
「はあ?あんたそれであたしと付き合えると思ってんの?」
「ぐ……そ、それとこれとは話が別」
「ま、いざとなったらサユにも持ってもらうわ。左手なら大丈夫でしょ?」
……そ、そういう問題じゃないんだけど……。
あたし達がぐったりしているのを我関せずで、月山先輩は歩き出した。
あたしも慌ててついて行く。ふとある事が気になった。
「つ、月山先輩……それにしても、こんなお金どうやって……」
「ああ、隠れてバイトしたり、同級生とデート行ってあげてお金をもらったりしてるの。本当に困った時は『おじさま』方と大人のデートよ。」
それ完全に援助交際。あたしは禁断の沼に足を突っ込みかけたわ。
全部聞かなかったことにすればいいのよ。なんて世界は美しいのかしら。
それから月山先輩は、後ろでぜえぜえ言いながら荷物と一緒についてくる、
渋谷先輩のぐったりした様子を一度見て、小声であたしに言った。
「……ねえサユ。あんた渋谷の気持ち、いつから知ってたの?」
「え?……えーと、つい先月偶然聞いちゃって……」
「はー。面倒な事よね。まさかあのはーちゃんが、あたしに釣り合いたい一心で、あそこまで変えるとはね。」
渋谷先輩はもともと陰気な少年だったそうなのだが、
あそこまで見た目を派手にしてチャラくしたのは月山先輩のためだそうだ。
……まあ今はセットした髪も崩れて、ぐったりしてるけど。
ヤリチンになっちゃったのも、月山先輩のせいらしいからあたしも驚いたわ。
「……だとしたら、相手してあげないとね。」
「え?」
「付き合うつもりなんてないわ。でも、こっぴどくフッておしまい、なんて可哀想でしょ?」
……やっぱり月山先輩は優しい人だと思うわ。
けど、渋谷先輩にとって、その同情のような優しさは、必要かしら?
むしろ、渋谷先輩を傷つける結果になるんじゃないかと思うけど……。
「ま、あとは渋谷がどこまで本気なのかって事ね。あたしを諦めるなら諦めれば良いし、そうじゃなければせいぜい頑張るが良いわ。そうでしょ?」
「……なんか、渋谷先輩がちょっと不憫ですね……」
「それぐらいの試練を乗り越えられないようじゃ、あたしの彼氏は務まんないわよ。サユもまだまだ甘いわね。」
月山先輩は月山先輩ね。この人たちは何だかんだ上手くやる気がするわ。
お気に入りの店を見つけて、すぐさま入っていった月山先輩を見て、
がっくりと肩を落とす渋谷先輩。あたしはもはや笑えてしまった。
買い物を終えて、荷物だらけになったあたし達に、月山先輩が声を掛ける。
「それじゃ、今日は付き合ってくれたお礼にカフェでも行こうかしら?」
「けっ、そんなの腹の足しにもならねェよ……」
「嫌ならいいわよ。せっかく和佳子様が恵んであげると言うのに……」
「よろしくお願いいたします……」
地獄(?)のショッピング、めでたく終了。




