あぶない!保健室(2)
「ハッ!……綿華君。暴動を起こしておいた方が良かったのかもしれんぞ。」
神様の言葉で、呆然としていたあたしはやっと我に返った。
まだ目の前にいる男が、新しい保健医だなんて信じられないわ。
こんなのバルガクじゃなかったら即逮捕よ。
念のため、携帯のダイヤルを110にセットしておくわ。
「……それで、用事は何かな、お姫様?恋の病なら治してあげられないぜ。」
安達雅人。元ホストの彼は、しっかりとあたしを見据えている。
あたしの脳がSOSを告げているわ。発信ボタンを押す準備もできてる。
だけど、本来の目的を思い出して、一つため息を吐く。
「保健委員長の綿華小百合です。これまでは小泉先生と二人三脚でやってきたんですけど……ちょっと、新しい先生方についていけなくて。」
わざと恨みっぽい言い方をしてやったわ。
何なら、距離を置いてくれて全然かまわないから。
がしかし……あろうことかこの男は、あたしの手を取り、耳元でささやいた。
「大丈夫だよ。俺がついててやるから。」
「ぎゃー!セクハラだわ!!!」
「ハッ!さ、さすがに行き過ぎではなかろうか!」
びっくりしたあたしは飛んで下がったし、
逆に神様は防衛本能からか、あたしのちょっと前に出てくれた。
日頃ぶいぶい言わせてるあたしだけど、本物のチャラ男はNGよ!
安達先生は謎のスマイルを浮かべている。
これだから男は嫌なのよ!女の園が崩れていくわ!
ところでこの男、変態にしか見えません!誰か助けて!
すると突然、安達先生の頭上に拳骨が落ちた。それは見事な火花だったわ。
「ってぇな!何してんだよ!?」
「やめて下さいよ、破廉恥な!保健室の風紀を乱さないでください!」
拳骨の主は、真面目そうな眼鏡の男。あたしの知ってる人だった。
……四月からバルガクに赴任していた、もう一人の保健医、
正直根暗なイメージの拭えない、中島光一先生よ。
中島先生は、とにかく心配そうな表情をして、あたしの様子を伺う。
「だ、大丈夫ですか?綿華さん……」
「は、はい……ありがとうございます。」
でも本当に助かったわ。マジで警察呼ぼうかと思ってたもん。
その時、拳骨を食らった安達先生が、中島先生に食って掛かった。
「頭の堅い野郎には分からないか。生徒とのスキンシップの大切さが……」
「何言ってるんですか!こんなのただのセクハラですよ!」
ホスト出身と、真面目タイプと、対極な二人の保健医。
……この人たちと最悪あと二年か。なんか気が遠くなってきたわ。
「ハッ!ところで綿華君、そろそろ教室に戻った方が良いのではなかろうか?」
「……そうね。行くわ。」
割と冷静に状況を見ていた神様が声を掛けてくれて、
あたしは二人の先生に背を向けて、保健室から出た。
はー。五月も終わりにさしかかって、来週の日曜には体育祭。
忙しい時期に、癒しの小泉先生が居なくなって変なのが来て……。
他にも「変なの」が最近付きまとってるのに、もうキャパオーバーだわ。
もうあたし限界。はやくおっぱいを拝みたい。おっぱいパブ行きたい。
それか街角で清楚な女子高校生の貧乳を触って逃げたいいいいい!
「あ!わ、綿華さん……こ、こんちはっす!」
……階段を上ろうとしたら出たわ。今のあたしを困らせている、「変なの」よ。
頬を赤らめてポリポリと掻く、色々疎そうな青春少年君。
「えーと、奇遇っすね!こんな所で会うなんて……もしかして運命」
「はいはい、運命じゃなくてストーキングでしょ。おおかた、あたしがクラスに戻って来ないから探しに来たってとこじゃない?」
「が、ガビーン!バレてる!さすが綿華さん!ぱねェっす!」
ものすごい古いリアクションをするこの男。工藤昴。
……あれは今月の頭だったかしら。もう一か月経とうとしてるのね。
たかがハンカチを拾ってあげただけで、告白飛び越えてプロポーズされて、
当然それを拒否したら付きまとわれるようになっちゃったの。
「ハッ!君も懲りないな。可能性はゼロに等しいのだから、諦めたらどうだ。」
「ゼロじゃねェよ!ゼロに等しいってんならゼロじゃねェだろ!1%くらいは……あれ、パーセントってなんだっけ?」
最初はこの男の登場に神様も驚いてたんだけど、もう慣れたようで、
風景を見るかのような目をしているわ。さすがね。
そして、お気づきかと思うけど、この男、すごい馬鹿。
だから、自分で言っててわけが分からなくなってきちゃうのよね。
そうこうしてるうちに、あたしはさっさと教室へ戻ってしまいましょ。
「ちょちょちょ、ちょい待てって!ところで上川!今日はてめえに質問だ!」
「はいどうぞ。」
「ホントにてめえは彼氏じゃなくて、ただの幼なじみなんだな?」
「そうだよ。はい終わり。」
か、神様ー!神様がキャラを崩すほど疲れてる!
ば、バカすぎたのね!工藤がバカすぎてやってられなくなったのね!
当然、神様と一緒になって、あたしもすーっと階段を上っていく。
慌てて追いかけてくる工藤。躍起になってるから怖いわ。
「って事はさ、上川は俺のライバルにはならないって事だからさ、俺はまた綿華さんと付き合える確率が高まったって事か!」
「高まらないわよ。」
釘を刺しておいたけど、このやり取りも何回目かしら?
工藤の嫌なところは、とにかくポジティブなの!
馬鹿のポジティブって、ほんとーに恐ろしいわよ!すぐに分かるわ!
「ところでさ、俺が寝ずに考えてきたシミュレーションNo.43、実は綿華さんがツンデレで俺の告白を待ってるってパターンが」
「はいはい。」
「聞いてくれよ!それで、そのパターンにドキドキしすぎて、8時間しか寝れなかったんすよ!」
「寝たんかい!しかもぐっすりだわ!」
もうイヤ!真面目に聞いてたら人生損しちゃうわ。
あたしは足を速めてるんだけど、工藤もずんずんついてくるし、
神様が気の毒な顔をしながら1組に逃げていくし、
何が最悪かって、あたしと工藤はクラスが同じって事なのよ!
そして教室に入るなり、一番奥の席に逃げ込んだあたし。
名前が離れていた事だけは幸運で、工藤は入り口の近く。
ついでにそこには軽音部のおくっち(奥野)が居て、転校生同士騒いでる。
「工藤おつかれー、どこ行ってたんだよー?」
「あざーす!ちょ、ちょっと交際の申し込みを……」
「また綿華ー?可能性ないんだから諦めればー?」
おくっち、意外と冷たい……じゃなくて、
あんたら馬鹿二人が大声で話すから、クラス中に会話が丸聞こえなのよ!
どこからともなくクスクスって笑い声が聞こえるわ!先生お願い早く来て!
大声で名前を出されて恥ずかしいったらありゃしない!
ただの生き地獄よ!助けて―!!




