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ネガティブな僕と、中二病っぽい彼。  作者: ホワイト大河
第二章 知らなくたって、いいんだよ
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オベディエント(10)


翌日、土曜日の朝。私は決心して、透様の部屋の前に立っていた。

ちゃんと謝りたい。これからも、透様を支えねばならないのだから。


ドアが開いたのは九時頃だった。透様が出てきた。

眠気の覚めたしっかりした顔つきで、私の方にちらと目をやった。

しかし、すぐに反らした。私は慌てて頭を下げた。


「透様、おはようございます……昨日は」

「もう良い。いつまでも些末な事に気を取られている僕ではないからね」


透様は風を切って歩き出した。

私はホッと胸をなで下ろして、その後ろを歩いてついて行く。

階段を下り始めた辺りで、しばらく黙っていた透様が突然振り返った。


「昨日、純平との話を聞かせてもらった。心配性な純平の事だ。弟に心配されるほど、僕は軟な男に見えるのかな?」

「……いえ、純平様は」

「分かっている。純平の気持ちも……氷紀、君の気持ちも」

「……透様」


透様はそう言うと前を向き直った。

冷たく装っているが、後ろからでもその頬がほんのり紅く染まるのが見えた。

私が透様に仕えるのは当然であり、使命である。

そして常に、透様からは目に見えない感謝の気持ちを、頂いているのだ。

昨日の話を聞かれていたかと思うと、急に私も恥ずかしくなった――。



「おっそーい!もうお腹すいちゃったよ?」


朝食に取り掛かるため、調理室に入った透様と私を待ち構えていたのは、

「GS」の隠岐真奈美と、御堂武の二人だった。

そもそも、男子寮は女子禁制のはずだが、

そう思った時には、さほど驚いていない様子の透様が尋ねていた。


「真奈美。勝手に男子寮に入るのはやめてもらいたい」

「まーそうケチケチしないで!私も久しぶりに、佐久馬君の料理が食べたくなったんだから!」

「……真奈美。男子寮の風紀が乱れる」

「あらそう?でも女子寮の宇治寮長の許可はもらったよ?何かあったら私が後藤に言っておく、って」


……女子寮の寮長、一学年上の宇治は、おしとやかだが芯の強い女子で、

恐らく男子寮寮長、天真爛漫な後藤俊平では歯が立たない相手だ。

それを見越した隠岐の行動は、褒められたものではなかった。

とりあえず私はフライパンを取り出して、彼女らに問い掛ける。


「では、透様と私と……隠岐、御堂の四人分でよろしいですか?」

「お願いね!ところで六道君たちは?」

「六道は剣道の自主練、舞空はいつものごとくフラフラと消えていったさ――揺るがない山と、留まらない風――」


謎めいた言い方を好む御堂は、先日とは違う本を読み耽っている。

隠岐は彼らや御堂に呆れたのちに、私に尋ね返した。


「ところで、材料間に合ったの?」

「……ええ、昨日分量を間違えて多めに買ってしまったので、残りを使います」

「前から思ってたけど、佐久馬君ってちょっとドジ?」


……私は実の所気にしている事を指摘され、思わず咳払いした。

それから、隠岐は透様と談笑しながら、御堂は本を読みながら、

私が黙々とスクランブルエッグを作るのを待っていた。


そして、私が料理を作り終え、全員が箸を手にしたその時、

調理室に思わぬ来客がやって来た。


「おっ、美味そうな匂いだな。ちょっともらってくな」


……「奇跡の子」織田直樹。思わず私たちが固まる。

彼は、あろうことか透様の分を、勝手にスプーンですくって食べた。


「美味いな!ごちそうさん」


織田はそのまま調理室から出ていき、制止しようとした私の手は空を掴んだ。

私は慌てて透様と自分の皿を交換する。


「すみません透様、まさか織田が……」

「構わないよ氷紀。奴が笑っていられるのも今のうちだ……」


透様が浮かべた不敵な笑みは、今までのものとは質が違っており、

……食べ物の恨みは何とやら、という言葉を私に思い出させた。


四人で食卓を囲みながら、私はふと考えた。

同じ「奇跡の子」でも、かつて透様を恐怖させた「イチロー」とは違って、

織田直樹は感情が無いにしろ、人間味があり、どこか憎めない存在だ。


透様が奴に勝つ日も、そう遠くないのではないか――

少なくとも私は、そう願っている。



  ○   ○   ○   ○   ○   ○



花園四兄弟の暮らす静かなマンションで、一本の電話が鳴った。

キッチンから手を拭きながら出て来た葛西は、

迷うことなくその電話を取った。


「はい、花園です」

『葛西か。……嚠嶄だ』


電話の相手は、花園嚠嶄。花園四兄弟の祖父であると同時に、

葛西の所属する機関の上司で、伊邪那岐の理事長を務める男。

『奇跡の子』プロジェクトの統括責任者である。


『一号、織田直樹の「再教育」は上手くいってるか?』

「……彼に敗北の苦い味を知ってもらうため、準備は進んでおります」

『そうか……競争や敗北は人を強くする。直樹にも知ってもらいたいが……』


「渡透が適任かと。『イザナギ』に居た彼の事は、覚えてらっしゃいますか?」

『勿論覚えておるよ。あれほどの男が『イザナギ』に留まらなかったのは失敗だった。競争型教育のデメリットとも言えるかもしれんが……確かに、直樹を倒せるのは彼しかおらんな』


葛西は姿勢を変えずに、表情すら崩さずに、電話の音を聞き取っていく。

それから黙っていると、嚠嶄がため息まじりに言った。


『直樹をBL学園を送ったのは成功だと思っておる。東京に居た頃より、いきいきしておるわい……もちろん葛西、お前の監視があってこそだが』

「ありがとうございます」


『「奇跡の子」が皆、お前のように上手く成長してくれると良いのだが……

 のお葛西紳一郎、「奇跡の子」プロトタイプ――「イチロー」よ』

「勿体無いお言葉です、嚠嶄様」


葛西――「イチロー」と呼ばれた彼は、どの瞬間よりも冷たく、

声色だけ控えめな様子で、そう答えた。

その声は、渡透が初めて耳にした、あの機械音にも似た声と瓜二つだった。

そう、葛西総一郎、彼こそが――始まりの「奇跡の子」。



『引き続き監視を頼む。「奇跡の子」計画は全てお前次第だ』


電話は切られた。葛西も黙って受話器を置く。

それからすぐには元のキッチンには戻らず、その場に立ち止まっていた。

今日は四兄弟全員が外出していて、この空間には葛西一人。


彼はふうと一息吐くと、わずかに口角を上げた。

そして、空間に溶け込むような声で、静かにつぶやいた。



「渡透は……いや、あらゆる常人は『奇跡の子』には敵わない。

 花園嚠嶄、貴方もじきに気づくでしょう……貴方の犯した、罪にね」



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