オベディエント(6)
窓の外の夜空は透き通っていて、幾つかの星がきらめいている。
こんな日には、ずっと星空を見上げていたくなる。
……今ごろ、「イザナギ」も同じ空を見ているのだろうか。
「イザナギ」から離れて一年が過ぎた今になって、
透様が、本当の理由を話して下さった。
あの時の透様は、確かに何かから逃げるようにして、
当時から親しかった私や隠岐達と一緒に、
「保持」の血を受け継ぐバルガクへの進学を決めたようだった。
その影には、「イチロー」の存在があった。
あの男は、一緒に授業を受けるでもなく、神出鬼没に現れては、
様々な場面で活躍し、それは透様率いる執行部をも上回るもので、
とにかく能力は高いが、得体のしれない不気味な存在であった。
……私も愚かだ。「奇跡の子」の話題が出た時に、
「イチロー」を思い出す事が出来なかったなんて――。
「……氷紀」
「…………」
「氷紀?」
「……あっ、はい。すみません、呆けていました」
いつの間にか自習室を出、私のそばに立っていた透様の声に、
考え事をしていた私は、気付くことが出来なかった。
いつもは見せない私のこのような様子に、透様も不審がる。
「今日の僕の話は、そんなに気に障るような事だったのかい?」
顔に出さないようにしているが、透様の声は微かに震えている。
……こんな時に、私が透様に迷惑を掛けてしまってどうするというのだ。
私は一息ついてから、声の調子を考えながら口を開いた。
「いえ。むしろ、あの時の透様の心情を知る事が出来て、感謝しているくらいです」
「……そうか」
自分が世界の中心に居る、いや居なければならないと思う透様でも、
ナイーブになる時があって、私にだけ不安げな表情を見せる。
……巻き込んでしまってすまない、と言いたい様な顔をして、
しかし決して言葉にする事は無く、透様は私を見つめていた。
透様が決断をしたならば、私はそれに従うのみ。
後悔はしていない。私は透様の決断に従う以外の生き方を知らないのだ。
「おかげで僕は、少し楽になった気分だ」
透様が、私から目を反らして歩き出した。
私もすぐに少し後ろをついて歩く。透様が続けて言った。
「『イチロー』の事。僕だけが『奇跡の子』だと知っていて、みんなを裏切ったような気分でいたからね」
「……滅相もございません」
「そう考えると、織田直樹には表情がある。例え感情が無かろうと、表情の見えないあの魔物に比べれば、容易いものだ」
「私から見ても、『イチロー』に比べて、織田直樹は少し人間味のある男のような気がしています」
そう言って歩くうちに、透様の部屋の前に私たちはたどり着いた。
心強い意見を得られた、という満足感からか、透様は一度振り返った。
私もその目をじっと見つめる。過小評価をしているつもりはない。
「この渡透が、戦う前から敗北を予測していたとは、愚かだ。まだ、どのような形かは見えないが……必ず勝って見せる」
独特のオーラを放つ目線で、透様は部屋のドアを見つめた。
その部屋に、敵がいる。織田直樹がいる。
透様ならいつか、織田直樹を倒せると、私は信じていた――。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「お!お!兄貴も学級委員なんだな!」
放課後、全クラスの代表が集まる学級委員会で、
耳障りにも思えるような声でまくし立てる、私と顔のよく似た男は、
佐久馬熱哉。恥ずかしながら、私の弟である。
「……そうですよ、あまり騒がない様……」
「お!お!そりゃそうだよな!ヘヘ!そうだよな!ヘヘ!」
正直、私と似ているのは顔つきだけで、性格は正反対であり、
私たちを見比べて笑う、他の学級委員の目線が非常に痛い。
「お!お!もちろん、純平も学級委員なんだぜ!しかも特待生クラスの!」
「氷紀さん、なかなか寮で会えませんね。いつも兄がお世話になってます」
熱哉の背後からゆっくり姿を現したのは、渡純平。
透様の弟様であり、これまた透様と見た目は非常に似ているのだが、
性格はどちらかと言うと大人しめであり、これまた正反対である。
「申し訳ありません、純平様。いつも熱哉がご迷惑を……」
「ああ、大丈夫ですよ、熱哉には楽しませてもらってます」
「お!お!純平ナイスフォロー!俺も役に立ってんだよ兄貴!」
……一応純平様と熱哉の間にも、主従関係があるはずなのだが、
あまりに熱哉がだらしないので、もはや無いも同然であり、
次男同士だからか、両親もあまり厳しくは言っていない様なのだ。
私としては、恥ずかしいのは間違いないが。
一年生もなかなか個性的な学級委員メンバーであるが、
周囲を見渡して目に留まったのは、二年三組学級委員、織田直樹であった。
転校生なのに、学級委員を務めるとは――。
「席に着いてくれ。委員会を始めよう」
堂々たる様子で、前の扉から教室に入って来たのは、
学級委員長を務めている透様であった。
私が学級委員をしているのは、無論ここでも彼のサポートをするためなのだ。
前に立って一同が着座するのを確認してから、透様は一度頭を下げた。
「今回から一年生七クラスの学級委員も参加してもらう。先輩達の背中を見つつ、ここで学んだことを各クラスに活かしてくれ。また、二年、三年は先輩として規範を見せるように」
透様らしい発言だと思うが、三年生はそう言われてどう思うのだろうか。
首を動かさずに横を見ると、学級委員の一人で、執行部に敵対心を持つ男、
三年生の城崎仁は、透様に睨むような視線を送っていたが、
透様はそんな事を気にも留めずに話を続ける。
「二度目の開催が遅くなってすまなかったね。来る体育祭に向けて、学級委員の取るべき立場がどうであった方が良いかを考えあぐねていたのだ……が、すべて決まった。それをこれから話そうと思う――」
「で、お前が全部決めた案に首を縦に振るのがこの委員会ってわけか」
プリントを配ろうとした透様の手を止めさせたのは、
器用にペン回しをしながら、退屈そうに座っていた織田直樹であった。
「何が言いたい」
「あれ、そういう事じゃないの?お前が決めたことを、はいそうですねっつって言う通りに聞く、都合の良い言いなり集団にしたいんじゃないのか?ま、よくある話だよな」
「……口を慎んでもらえるかな、織田直樹」
「確かに、学園にとってもそれが良いのかもしれないけど、個人の意志を無視したトップダウンのやり方が、委員会であると果たして言えるのかね?俺にはそれが疑問に思えただけだ」
徐々に苛立ちを見せる透様と対照的に、冷めた口調で言い続ける織田。
……ざわつき始める教室で、戦いの火蓋は、切って落とされたのだった。




