俺の嫌いなお節介野郎(8)
「ふー終わった!超緊張したぜ。まったく。」
間の休憩。楽屋でメイクを落としてきた長瀬は、織田と一緒になって、
ずっとステージ前で聞いてくれていた宇野や落合のもとにかけつけた。
まだいくつかバンドは残っているが、先に片づけを終えたようである。
「達也良かったじゃん。なんかサマになってたよ。」
「た、達也さんお疲れ様です……そ、その、か、カッコよかっ」
「あれ?良助と慎悟は?」
顔を赤くしている落合をスルーして、長瀬は周りを見渡し始める。
それから同様に周りを見渡しながら、月山がこちらに向かってくる。
「あ、テル君お疲れ様です……」
「ありがと~。ねえ、洋次見なかった~?」
「え、あれ、どうでしょうね?」
「ハッ!その三人なら、さっきライブハウスを出て行ったぞ。」
「それもはらわた煮えくり返った、みたいな顔してね。」
ずっと入り口付近で待機していた上川と綿華が近づいてくる。
その言葉で、すぐに状況を理解した長瀬が駆け出した。
「ハッ!おい長瀬君。場所は分かるのか?」
「あの三人なら、あそこだろ……直樹、テル、後で戻るからよろしく!」
「了解。早く戻って来いよ。」
「は~い。」
そのまま振り返らず出て行った長瀬を、織田と月山が見送る。
何が起こっているのかまったく分からないであろう織田はともかく、
のんびりしている月山に、綿華が問いかける。
「ちょっと、テル君は良いの?幼なじみ集合って感じだけど……」
「う~ん。別にそういうの、興味ないかな~。」
「え?ちょっとテル君、冷たいわね……」
ハッキリ言い放つ月山。怪訝な表情をする綿華。
そんな中、落合は喧騒から少し離れて、入口の方を見つめていた。
上川と宇野が、彼に寄り添った。
「ハッ!いま最も事情を把握している長瀬君が行ったのだ。」
「そーじゃん。恒太だって信じてるんじゃね?」
「……そうですよね、上手くいくと良いんですが……」
○ ○ ○ ○ ○ ○
「俺はみんなのリーダーだと思ってた。だから、慎悟のことも、当然俺が何とかしなきゃって考えて……それで暴走したんだよな。」
お節介野郎が、過去を振り返る。
自分が何をしてしまったのか、その罪を自分の言葉で確認する。
でも、洋次の言う事なんて……下らないだろ。
どうせ次頑張ろうとか、やり切れない希望に向かって話を持っていくんだ。
「慎悟、本当に悪かったと思ってる。俺のせいで……人生を狂わせた。」
「いや……良助にも言ったけど、二人のせいじゃないから……」
「慎悟がこっちに戻って来てくれて、俺は本当に安心した。ありがとな!」
ありがとな……それで、終わりなのかよ。
気まずそうな慎悟に対して、張り切った様子で笑っている洋次。
俺の怒りは、徐々に高まっていく。
「お前のやってる事はただのお節介だ。テルや達也がどんな気持ちか考えろよ。それを慎悟にまでやられたら、これ以上俺は我慢できない。」
慎悟ばかりを見ていた洋次がその時ようやく、俺の顔を見た。
その目には怒りはない。……冷めた目をしていた。
「……なあ良助、慎悟やお前のことはともかく、テルや達也とのことまで、お前に口出しされる筋合いは無いだろ?」
「は?」
「良助には良助のやり方があるように、俺には俺のやり方があるんだ。俺はテルや達也のことが気になるし、それに……」
「自分本位もいい加減にしろよ。お前のやり方なら、誰に迷惑かけても構わないって言うのかよ。」
「……なあ良助、そんなに熱くなるなって」
「慎悟の事を棚に上げて、立派な自分を演じてんじゃねえよ……!!」
怒りが高まり、拳に力がこもる。もう制御なんてできなかった。
俺は、気づかないうちに洋次の方に踏み込んでいて、
それで、頬に一発。力のままに――憎いお節介野郎をぶん殴っていた。
「や、やめなよ、良助!!」
慎悟の声で、ようやく俺は我に返った。
目の前には、相変わらず冷めたような顔で、表情を変えない洋次。
変わったのは頬に、赤いあざができていることくらいだ。
一方で、震えているのは慎悟の方だった。まるで自分が殴られたかのように。
その慎悟が、俺の拳を固く握りしめる。対して俺は、叫んでいた。
「おい慎悟、止めるなよ!」
「……元はと言えば僕が悪いんだ……僕が逃げてばかりで、良助に頼ってばかりだったから……だから、良助は僕の分まで抱え込んで……」
「そんなの当然だろ!だから、慎悟の分まで、俺がやってやるんだよ!このお節介野郎の目を覚ますんだよ!」
「でも……僕は……僕はそんな事、頼んでないよ!!」
慎悟の悲痛な声。未だに洋次を睨み付けていた俺は、再び慎悟を見た。
その目は俺を一心に見ていた。……唯一の悪者を、見るようにして。
慎悟の目からは、続けて涙が落ちてくる。涙の理由なんて、分からない。
「……慎悟。」
「良助や洋次が傷つくくらいなら、僕はイジメられたままだって良かった……だけど、どうして今になってまで、二人で傷つけあうんだよ!」
慎悟がこれまで隠してきていたはずだった、悲痛な表情を見て、
徐々に熱が冷めてきていた俺の背中を、コツンと何かが小突いた。
……達也だった。二度、三度、その拳で、背中を軽く小突かれた。
よりどころを失っていた俺は、それだけで前によろける。
そんな俺を見て、ため息をついた達也は、俺には声を掛ける事もなく、
そのまま横を素通りして、洋次に近づいた。
「大丈夫か、洋次?」
「……ああ。傷は平気だけど、五年分の思いを食らった気分だったさ。」
「そうか……やっぱりここに来てたんだな、この……思い出の公園に。」
俺らが選んだのは、何度も追憶の舞台となった、この公園。
洋次と達也がはしゃいでいて、一人落ち込む慎悟を、俺が励ました公園。
「現在の」達也が振り返って、俺を真っ直ぐに、その純粋な目でとらえた。
「やっぱ良助、お前馬鹿だろ。」
「…………」
「洋次を殴って、誰が喜ぶんだよ?……慎悟か?お前か?」
達也はそばの低い柵に腰掛けた。昔、そうしてたように。
でも、そこに座ってるのは昔の達也ではなく、「現在の」達也だ。
「確かに俺から見ても、洋次暴走してんなーと思う時はあるぜ。お節介焼くのは昔からだ。それで……運悪く、慎悟が傷つく結果になった。」
「……うん……でも、さっきも言ったけど、僕は洋次を恨んだ事なんて無いし、僕の為を思ってくれたのは、良助も洋次も同じ事だから……」
「だとさ、良助。ちょっとは頭に入って来たかよ?」
クールダウンして、落ち着いて物事を考えられるようになってきた俺は、
「何に」こだわっていたのか、少しずつ分かって来た気がしていた。
――本当に俺が憎んでいた相手は、洋次ではなかった。
「俺」が揺らいできている間にも、達也は話を進める。
「俺たちの中に悪い奴なんて本当は居ないだろ?悪いのはあのいじめっ子達。そしてあのいじめっ子クラス。それすら、いつか解決できる時が来ると思うぜ、俺は。」
「……僕に勇気が出たらの話かもしれないけど、ね。」
軽口を叩いた慎悟は苦笑いしている。先ほどまでの緊張は解けたようだ。
恐らく達也が来たことで、安心しているのだろう。
そう、俺ではなく、達也が来たことを……。
達也はまっすぐにこちらへ歩いてくる。
そしてすぐに俺は確信する。こいつが、「答え」を持っていることを。
「だから、いつまでも昔の事で争ってるなんて、馬鹿らしいと思わないかよ?良助、そろそろ許してやれよ。」
「……洋次を、か?」
「違うだろ。……自分を、だよ。」
慎悟はずっと、俺の事を頼っていた。
だからこそ、俺は、慎悟の為に何が出来るか、必死に考えた。
でも、クラスに突っ込んでいって、何かする勇気なんて俺にはなかった。
……そして、俺は洋次に全てを話した。
俺にできなくても、洋次だったら、解決してくれるかもしれない。
自己中な洋次なら……あのクラスを、ぶっ壊してくれる。
結果は、そんなに甘くなかった。
小学六年の男子一人なんて、社会ではちっぽけな存在だ。
俺の中でもヒーローだった洋次が、奴らに完敗するのを目の当たりにした。
ヒーローが、あのクラスによって悪人に仕立て上げられていく中、
俺はただヒーローの影に隠れ、何をすることも出来なかった。
一度決めたら食い下がらない。思い通りにならないと気が済まない。
ただのワガママの様でいて、いざという時にみんなを守る洋次。
そんな洋次をけしかけておきながら、俺は影に隠れた。
……最初から分かってたんだ。本当に卑怯なのは、俺だって。
あいつが慎悟の家に通い続け、何度も謝っていた時も、
俺は怖くて、なかなか踏み出す事が出来なかった。
だから……誰かに傷つけられても、それを隠して笑ってられる、
事件を知らなかった達也やテルの前で、リーダーでいられる、
そんな洋次が……心底、うらやましかったし、ずっと嫉妬していた。
俺は、地に崩れ落ちていた。地面の感触は、思ったより硬かった。
それから頭を下げた。何度も何度も、頭を地につけた。
「悪かった……。本当に悪かった!全部俺のせいなんだ、慎悟、洋次!!」
「……良助……」
過去から目を背ければ、楽だった。
だからずっと「見えない」事にして、俺は目の前の洋次に、感情を向けた。
卑怯なんだ。俺なんかが、慎悟の隣にいる資格なんて、本当はないんだ。
「すまん!……俺が、俺が何も出来なかったから……!!」
自分の両目から、涙が落ちてくるのも構わずに、俺は頭を下げ続けた。
一度顔を上げたその時、洋次も達也も驚いていた顔をしていて、
それからゆっくりと、慎悟が近づいてきた。
「いいんだよ、良助。……今の僕らが、仲良くいられたら、それでいいんだ。」
もう一度顔を上げた俺に、慎悟は手を伸ばした。
その表情は、本当に曇りの無い、良い笑顔だった。
「やっと素直になったかよ、良助。」
「……そうだな。」
立ち上がった俺に最初に声を掛けたのは、いつもの表情をした達也だった。
いつもの……ちょっと人を小馬鹿にしたように見えるが、友達思いの達也だ。
それから俺は、達也の向こうにいる、洋次に近づいていく。
「俺、お前に手を出しちまって……」
「そんなの良いって事よ!ま、これからも仲良くやろうぜ!」
洋次の満面な笑み。あの太陽のような笑顔に、思わず俺も笑う。
それから慎悟も、達也も、みんな笑っていて。
夜の公園が、あの頃の様に、輝いていた――。