俺の嫌いなお節介野郎(7)
少し迷って、小さなライブハウスにたどり着いた。
薄暗い階段を降りた先の扉から、急に大きな音が飛び出してきて、
ああ、もう演奏は始まってるんだと体で感じた。
受付には魔女の格好をしたお姉さんが座っていた。
「こんにちは、チケット拝見します!」
「あ、はい……あの、『ファースト★スター』は……?」
「ええ、この次のバンドです。間に合ってよかったですね?」
慣れた返しと共に愛想笑いをするお姉さん。つられて僕も笑ってみる。
……こんなふうに自然にできれば、人生苦労しないのかな?
ライブハウスの中はたくさんの高校生でひしめき合っていて、
みんな僕よりずっと体格が良くて、跳び跳ねたりするものだから、
ステージの様子はあまり見えなくて、僕は諦めてドリンクを取りに行った。
その時ちょうど「ツカミ」のバンドの演奏が終わったらしく、
ステージ上のメンバーが入れ替わり始めた。達也たちのバンドだ。
変な顔の高校生が数人出てきて、何かの間違いかと思ったけど、
よく見るとノーメイクのテルが居て、知ってる五人だと安心した。
こういうノリに乗らないテルも、相変わらずだよね?
「ツカミ」のバンドを見るために来ていたらしい客が、
何人かはけてきたチャンスを見計らって、僕はなるべく前へ出た。
メイクは濃いけど、ギターを手にしている色白の男は達也で、
見た目イケメン風で、メイクで印象がここまで変わるのかと驚いた。
……メイクをしてれば、きっと嫌いな自分を隠せるんだね。
前に出て少し見渡すと、最前列の隅に背の高い良助を見つけた。
宇野や落合もどこかに居るんだろうけど、人が多すぎて見つからなかった。
とりあえず良助の方まで行こうとしても、弱い僕は人の波に阻まれる。
そのうちギターのギュイイイイインという音が響いてきて、
一番目立つメイクをしている男が、シャウトした。
「行くぜ一番星ィィィィィ!!『ファースト★スター』!!!」
そして五人が一体となって、僕の知らないパンク系の曲を始めた。
バルガクの学生ではない、他校の学生も、その勢いに飲まれて、
片手を振り上げたり、ジャンプしたり、思い思いにノリ始めた。
左手と右手を別々に、化け物のように動かす中央のギターは、
濃いのはメイクだけでなく歌声もで、その声量で観客の心をつかむ。
紅一点、ベースの女の子も薄ら笑いを浮かべてはいるけど、
息の合う動きで両腕を自由自在に動かしている。
最も激しい動きをしているドラムは、確か同じ寮生で転校生の織田。
普段からイケメンだけど、それを強調するメイクは女性客を沸かせる。
それから、よく見ると繊細で複雑な手の動きをしているキーボード。
勿論それはテルだったけど、いつもより少し明るい笑顔に見えた。
最後に、他の四人に比べてぎこちない動きをしている達也。
それでも、身体全体で周りの動きに合わせてるように見えた。
ステージ上に居る彼らは、僕よりもずっと大人で、
対照的に僕が――ずっとちっぽけな存在に、思えたんだ。
今抱えている悩みなんて下らない。過去に縛られちゃだめだ。
だけど……だけど、どうしたら良いか分からないんだ。
「どうも!『ファースト★スター』ドラムの直樹です!みんな盛り上がってくれてるかァ!?」
織田の問いかけに、観客は歓声で返す。
一曲目が終わって、メインボーカルが声を休ませてる間のMC。
饒舌な彼は場のテンションも感じ取って、上手く盛り上げる。
「今日が初ライブで、メンバーは結構緊張してます!でもみんなの声援、届いてて、俺たちも盛り上がってるぜ!」
そんな言葉と共にイケメンスマイルを振りまく織田は、
特に女性客からの声援も多く、まるでアイドルの様だった。
僕はそんな時、観客の隙間から、ちょっと良助の方に目をやると、
良助も僕を見つけていて、遠くから笑みを投げかけてくれた。
……どうにか近づきたい。だけど、人の波が僕らを阻む。
「今日はあともう一曲!みんなが知ってるJ-POPから、あの曲で!」
織田のMC終了と共に、メインボーカルが全員の表情を確認する。
……僕から見ても、みんな良い表情をしていた。
盛り上がる観客の合間を縫うのは悪いとは思いながらも、
何とか良助の方へ行けないかと、僕は抜け道を探していた。
それから曲が掛かったと同時に、また観客が湧き始めて、
いっそう前に行くのが難しくなる。諦めかけていた、その時。
「おっす慎悟。何か困ってんのか?」
僕の背中を掴んだのは、洋次だった。
「あ……洋次……いや、別に大丈夫だよ。」
何となく、良助の方へ行きたくて、でも行けないんだ、
なんて下らない事を説明するのは恥ずかしくて、
僕はその場で、洋次と二人で曲を聞く事にした。
二曲目は僕の知ってる曲だった。
ずっと仲良しだった二人が、違う方向に向かい始めて、
仲違いをして、それからまた手を取り合う。
その曲は好きじゃなかった。そんなの夢物語だって、分かってるよね?
実際には、一度ずれてしまった歯車は、余計ずれがひどくなるばかりで、
最後は歯車自体、動かなくなってしまうんだよ――。
「慎悟、いろいろ悪かったな。」
一瞬、誰がそんな事を言ったのか、全く分からなかった。
でもすぐそれは、隣に立つ洋次の口から出た言葉だと分かった。
周りにぶつかってすぐよろける僕を支えながら、洋次は口を震わせていた。
「……え……?」
「小学生だったけど……やっぱり俺、軽率だったよ。」
曲はもうすぐクライマックス。二人が手を取り合う、そんな歌詞だ。
前を向いたままだった洋次が、一度僕の方を見た。
いつものヘラヘラした笑顔は消えて、真剣な表情だった。
「……洋次のせいじゃないよ。」
「いや、俺のせいだろ……ずいぶん勝手な事をした。」
「…………」
「また会えると思ってなかったから、この前は驚いたけど……ずっと心の中に引っ掛かっててさ!ずっと言いたかった」
「そうやってまた自己満足で終えるのか。」
曲は終わって、ワーとかキャーとかいう観客の波の中から、
良助が出て来て、洋次にそんな言葉を言い放った。
僕は開いた口がふさがらなかった。
……恐れていたことだけど、少し望んでいた事でもあった。
「……良助、お前」
「お前はいつもそうだ。自分が楽になりたいだけなんだろ。」
「あー……かなり悪者なんだな、良助の中の俺って。」
「うるせえよ。達也に言われた時には、そんなつもりはなかったんだがな……こうなったらとことん話し合おう。表出ろよ。」
出口へと向かっていく良助、そして洋次。
僕は無言で、後をついていくしかなかった――。




