五年前の衝撃(10)
……おーっす。長瀬達也だ。
あれから一日祝日を空けて、火曜日の朝。
朝練の集合時間にも、いつも洋次たちと通ってた時間にも、
間に合わない時間に、俺はゆっくりと家を出た。
一応、母さんに慎悟の家の事、何かしら聞いてみたものの、
あの家は最初からPTAの集まりにも顔を出さず、孤立していたと言う。
……イジメ事件が明るみに出なかったのも、そういう所が影響したんだろう、
なんて今となってはどうしようもない事を、俺はひたすら考えていた。
ボーッとしたまま、雲を見つめたり、地の羽虫を見たりしていると、
いつの間にかその足が、学校に着いていた。
時刻は8時19分。遅刻ギリギリだ。
もしかしたら教室には担任の水郷が着いていて、怒られるのかもしれない。
いや……もうどうでもいいわ……。
実のところ遅刻はせず、教室には間に合って、
何を聞くでもなく、ぼんやりとHRを過ごした。
そういや、次は数学の教室移動か――俺はカバンごと持ち上げる。
「今日はどうした?軽音の練習にも来なかったな。」
背後からナオキが話しかけて来た。
俺はおー、と言葉にならない返事を返した。
「タダシが心配してたぞ。いつも真面目にギターやりに来るのに、どうしたんだってよ。」
「あー……放課後は多分、行くから……」
「多分?おい、ちゃんと来いよ?」
相変わらず、空気の読めない奴だな……まったく。
地球は、俺が居なくてもいつも通り回るんだろうと実感させられた。
ナオキも俺の事はそれ以上気に掛ける事なく、教室移動で離れていく。
それから、振り向きざまにコウタと目が合った。
……心配そうに俺の顔を見やがって。
そういや、おとといシンゴの部屋から出る時に、コウタも居たような……。
シンゴの部屋に入れたのも、あいつらのおかげだっけ。
あの時は余裕なかったし、後でちゃんとお礼言っておくか……。
授業の間も、俺は下らない事を考え続けた。
結論から言えば暴走してしまったヨウジ。実にあいつらしいぜ。
それをリョウスケが止めようとして止められなかったのも分かる。
リョウスケは、物事をちゃんと考えてるか不安になる事もあったが、
あいつなりに、きっとシンゴの事も考えてるに違いない。
……その点は誤解してたかもしれないぜ。素直に認めようじゃねえか。
今思えば小六の頃から、みんな性格は変わってないな、と思う。
マイペースなテルは、みんなが集まる時でも出席率は悪いから、
シンゴの記憶の中でもほとんど登場しなかった。
「みんなのリーダー」ヨウジは、みんなの中心を気取っていて、
当時は俺もすんなりヨウジのやる事なす事に合わせたなと思う。
リョウスケはダルそうにしながらも、ちょっと大人びている様子で、
ただ昔は今ほど暗くなかったかもな、と思えた。
そしてシンゴの記憶の中での俺は、ただ騒いでいるだけの野郎で、
ちっとも周りの事なんか考えちゃいなかった。
確かに今思えば、中学に入った頃から、俺の記憶の中で、
リョウスケは幼なじみ連中から距離を置いたような気がする。
俺はあいつと気が合ったから、ずっと仲良くしてきたんだけどなあ。
タツヤは何にもわかってない、と痛い指摘をされて、
またもや俺がいかに鈍感か、公衆の面前で示された形にはなったが、
でも……それでも、俺はシンゴの事を今でも友達だと思ってるし、
そしてあいつ以上に、リョウスケの事を信じてる。
リョウスケが……ああ見えて友達思いで優しいリョウスケが、
あんな下らない事件のせいで、シンゴの事を無視するもんか。
……分かってねえのはてめえだろ、シンゴ!!
なんて思っても、今の俺には、どうする事も出来やしない――。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「……ん、ナオキは?」
「えーっと……何やら用事があるそうで、お昼は二人で食べて来いと……」
「そうか。じゃあ食堂行こうぜ。」
お昼になって、ペコペコと頭を下げるコウタを連れて食堂へ向かう。
その道中、授業が面倒とか、GWどうするとか、他愛のない話をして、
コウタは一切、おとといの寮での一件を口にする事は無かった。
……気、遣われてんなあ、俺。
お互いに注文した料理をトレーに入れ、取っておいた席に着いたその時、
俺は決心して、まず先に、口を開いた。
「コウタ、一昨日はありがとな。ツヨシにも後でメールしとくか……」
「……ああ、別に僕は……結果的に菊池先輩を止められませんでしたし。」
「そういえば部屋出る時に居たな……コウタ大丈夫だったのか?」
「よくぞ聞いてくれました、あれから僕一人責任を負う形で文字通りミンチにされておいしい豚肉ができ……いえ、ごほごほ、なんとか大丈夫でした。」
「そうか……悪かった。」
……少し頭を下げる俺。がらでもない事すんなって言ってくれるなよ。
それから下を向いたまま、俺は素直に自分の思いを口にした。
「何も出来なかったぜ。せっかく協力してもらったのによ……」
悔しいが、完全に俺の「負け」だ。
後さき考えずに人の過去をえぐって、踏み込んでいって、
また傷つけて、傷つけられて、傷つけあって。
人間は成長する動物と言うが、俺はその例にそぐわないらしいな。
「……シンゴの事、何にもわかってなかった。ずっと一緒に居たのに、何も気づかなかったんだ。最低な野郎だぜ、まったく。」
俺が言い終わると同時に、コウタは箸を置いた。
……あーあ。こんな空気にしちまったぜ。悪いなコウタ。
「で、でも……達也さんにしかやれない事、あると思います……」
「……あ?」
消え入るような声で、コウタは自信なさげに喋りだした。
目まぐるしく動くその目が、少しずつ俺を捉え始めた。
「す、すみません……僕なんかが……ちょっと聞いただけで、その……」
「……いや構わない。何が言いたいんだよ?」
「その……いま全てを知った達也さんだからこそ、シンゴ君たちの為に、動けるんじゃないでしょうか?」
「俺が、かよ?」
「シンゴ君が過去を語った理由って……やっぱり、タツヤさんに助けを求めてるからじゃないかって、うのぽんも言ってましたし……人の受け売りで申し訳ないんですけど、でも……」
コウタはまっすぐに俺を見ている。
思わず唾をのみ込んだ。こいつの言葉が、まっすぐに俺に入って来た。
「シンゴ君たちの仲を取り持てるのは、タツヤさんだけだと思います……。
だからその……ま、負けないでください!!」
……そうか。そうかもな。
今ここで立ち止まるってのは、実に俺らしくない選択だぜ。
ありがとよ、コウタ。
首を突っ込んだからには……最後まで責任もって面倒みるか!




