五年前の衝撃(4)
またいつも通り朝を迎えて、
シンゴの件について、完全に手がかりなしだった状態から脱却して、
俺は少しだけ自分の事に専念できるようになった。
というか今日は朝練が、合わせの通し練だったから、
正直他のことに構ってられないほどに俺は大変だった。死ぬ思いだぜ。
そして昼。俺は昼休みまでに、ある決心をしていて、
それを実行に移すために、いつも一緒に食堂に向かうコウタとナオキに、
自分から近づいていってこう告げなければならなかった。
「悪い、今日はちょっと一緒に食えそうにないわ。」
「おう。じゃあな。」
あっさり俺を置いて歩き出したナオキとは違って、
コウタは不思議そうに俺を見つめ返してくる。
「ど、どうかしたんですか……?」
「いや……まあ、ちょっとシンゴに用事、かな。」
「え、それって……」
「安心しろよ。綿華に釘は刺されてるから、変に根掘り葉掘りは聞かないぜ。」
「……と、とりあえずお疲れ様です……」
謎の挨拶と共に、コウタもナオキの後を追っていった。
さて、俺はというと階段を下りて、五組へと足を進める。
この時期はどのクラスも、名前順で座っている。
「石川」という苗字のシンゴは、見つけるのは簡単で、
入口付近で一人ポツンと座って、黙々とパンを喰っていた。
一瞬、声を掛けるか迷ったが、ここまで来たからにはやるしかない。
「ようシンゴ!」
「……あ、タツヤ……?」
「なあ、久しぶりに一緒に飯食おうぜ。」
そう言って俺は、空いてる前の席を勝手に拝借し、
椅子を後ろに向け、シンゴの机に休み時間に購買で買ったおにぎりを並べた。
ちなみに机の持ち主を確認したところ、俺が前居た書道部の奴で、
いま会ったら「軽音やってるのか」とか面倒な事を聞かれそうなので、
用が済んだら早々に立ち去る事にしようと心に誓った。
「どうしたの、急に……」
「いや、顔見に来ただけだ。まあせっかくこの前会ったからな。」
やはりシンゴは、急に会いに来た俺の事を疑っているようだ。
ヨウジみたいに満面の笑みは出来なかったが、
なるべく警戒心を与えないよう、俺は出来る限り言葉に気を遣った。
「しかし久しぶりだよな……五年ぶりだっけか?」
「……そうだね。あの時は突然転校しちゃったから……」
「ああ、驚いたぜ。いつも居たシンゴが、突然居なくなったからな……」
『なんで転校したんだっけ?』という言葉が口をついて出そうになった。
ここはやはり言わないべきか、いやしかし、訊かないのもきっと不自然だ。
「シンゴ、なんで転校したんだっけ?」
「……ああ、ちょっと家庭の事情で……今、親は関東に居るから……」
「へえ、まあ色々あるもんだよな……」
……家庭の事情か。とりあえずテルは、そう思っていないようだったな。
そこを疑っても仕方ないので、ここは話を合わせておく。
なんかやたら神経使うぞ!気を遣うってこういう事なのか!?
そこでシンゴの視点が下に向き、パンの中身を確認しているようだったので、
俺は悟られないように教室の中を見渡した。
……居た。学年一じゃないかってほど背が高く、体格もいい男。
背を向けているが、俺には分かる。あれがリョウスケだ。
ヨウジと同じくクラスに溶け込むのが早いリョウスケは、
恐らくクラスの中心メンバーたちと昼を食べているらしい。
……こちらの様子や、俺が来ている事なんて気づいてもないようだ。
『リョウスケとは話さないのか?』
率直に、次に浮かんだ質問はそれだった。
しかしこれが一番、地雷を踏むような気がしてならない。
約一か月に渡って俺たちを避けていた理由が、何かあるのだろうからな。
しかも同じクラスのリョウスケ、シンゴと一番仲の良かったリョウスケなら、
きっとシンゴの転校の理由も知ってるだろうし、
シンゴとリョウスケがお互いに今避け合っているのだとしたら、
何かしら転校の理由に関わっている気がしてならなかった。
俺が質問を考えあぐねていると、シンゴの方から口を開いた。
「……両親はこの学校に……バルガクに入るの、反対だったんだ……」
……両親が関東に居るって話の続きか。
しかしこれはまたとない情報じゃないか?
つまり、シンゴがバルガクに来たのは……。
「バルガクに入る……っつーか転校する事、シンゴが決めたのか?」
「……まあね……風の噂で、みんながバルガクに居るって聞いてたし……」
……今思えば、幼なじみ全員が同じ高校って変な集団だよな。
その辺は作者の設定がどうかと思うぞ。まったく。
まあ俺たちはそこまで学力も離れてないうえ、
全員学校の近所に住んでるって事が一番の理由だったからな。
「風の噂」ってとこは気になったが、あえて追求しないでおいた。
「まったく、俺たちに会いたかったんなら、すぐ会いに来れば良かっただろ。」
「……そう……なんだけどね。」
やっぱり、俺たちに関わる辺りで何かあるらしいな。
シンゴの煮え切らない表情と、どこかよそよそしい感じがそれを伝えた。
とりあえず俺は手元のおにぎりを頬張った。
別に味なんか変わらぬはずだが、ちょっぴり塩味が効いていた。
「前の高校つまんなくてさ……親が決めた学校だったし……」
シンゴはぽつぽつと語り始める。
おにぎりを頬張ったばかりの俺は、慌てて米粒をかみしめる。
「ごほっ……高校も親が決めたのか?確かにシンゴのうちって、なんつーか、ちょっと厳しかったイメージあるぜ。」
「……そうなんだけど……親に反対されてでも、やっぱり……」
ところどころシンゴは言葉を濁したが、俺は黙って何度かうなずいた。
踏み込んではいけない所まで、踏み込んでしまうのはこりごりだ。
綿華のアドバイスは、俺にちゃんと効いてるようだぜ、まったく。
とにかく、両親の都合というのも、幼なじみで何かがあったというのも、
どちらも間違ってはいないようだと何となく感じた。
シンゴが終始申し訳なさそうにしているのは不思議だったが、
いつの間にか時間も経っていたようだし、俺は席を立った。
俯いたままのシンゴに、何と声を掛ければいいか迷った。
身長は俺と変わらないはずだが、ずいぶん俺より小さく見えたシンゴ。
その頭に、俺はポンと手を置いて言った。
「ま、色々ありそうだが……何かあったら言えよ。」
「……うん……なんかごめんね……」
決して明るい表情にならなかったが、俺は五組を後にした。
その出る瞬間に、もう一度リョウスケの方にチラリと目を向けると、
その時リョウスケも振り返って、俺の姿を見ていた。
かと思えばすぐ目を反らして、またグループの中の会話に戻っていた。
……やっぱりあいつも、シンゴのこと、気付いてないわけないよな。
解決したわけではないが、本人の言葉で少し聞けて、
昨日と比べると俺はだいぶ気持ちが晴れたように思えていた。
何事も、自然と上手くいけばいいんだがな――。