第九十七話 オーラの波動
カインたちは馬車へ乗り込み、洞窟へ向けて街道を急いだ。
馬車の中に、いつもの賑やかさはない。
ソフィアの父は俯いたまま、膝の上で両手を強く握り締めていた。
「……ソフィア。」
その声に、誰もすぐには言葉を返せなかった。
エリーもシルフィも、何も言わない。
やがて、カインが静かに口を開いた。
「必ず助けます。」
ソフィアの父が顔を上げる。
「……頼む。」
それきり、再び馬車の中へ沈黙が戻った。
聞こえるのは、馬車の車輪が街道を進む音だけだった。
日が暮れ始めた街並みは次第に遠ざかり、やがて人の気配も途絶える。
古びた街道だけが、静かな森の奥へと続いていた。
馬車はしばらく街道を走り続けた。
やがて、木々の隙間から目的地の洞窟が姿を現す。
西の空は茜色へ染まり、太陽は今にも山の向こうへ沈もうとしていた。
洞窟から少し離れた場所で馬車が止まる。
一行は静かに地面へ降り立った。
カインはゆっくりと目を閉じる。
《存在感知》。
意識を洞窟の奥へ伸ばしていく。
(十……。)
(二十……。)
(三十……。)
(……まだいる。)
カインの表情が険しくなった。
「ルーシー師匠。洞窟の中に、三十以上の反応があります。」
ルーシーは静かに頷く。
「そうか。その程度なら、問題なかろう。」
あまりにも落ち着いた声だった。
カインは少し驚く。
しかし、その一言に力強く頷いた。
「はい。」
ソフィアの父とともに、一行は洞窟へ歩み寄る。
◇
「おい!」
「そこで止まれ!」
見張りの男が叫ぶ。
ソフィアの父は震える声で答えた。
「身代金を持って来た!」
「娘は! 娘は無事なんだろうな!」
「待ってろ。」
見張りは洞窟の奥へ姿を消した。
しばらくして、複数の盗賊を引き連れ、一人の大男が姿を現す。
長い赤髪を、紐で無造作に結んでいる。
全身へ刻まれた無数の傷。
鋭い眼光。
――冒険者殺し、カイザー。
男はゆっくりと口を開いた。
「身代金を持って来たか。だったら、そこへ置いてさっさと帰れ。」
ソフィアの父は一歩踏み出す。
「娘は! 娘はどこだ!」
カイザーは鼻で笑った。
「知らねぇな。命が惜しけりゃ、さっさとうせるんだな。」
カインが前へ出る。
「約束が違う! ソフィアを解放しろ!」
カイザーは初めてカインへ視線を向け、その制服を見て鼻で笑う。
「ケッ。ガキが。」
その視線が、カインの後ろへ向く。
エリー。
シルフィ。
そして、ルーシー。
カイザーは口元を歪めた。
「飛んで火に入る夏の虫とは、まさにこのことだな。」
カイザーは振り返る。
「おい、お前たち。」
洞窟の奥から、盗賊たちがぞろぞろと姿を現した。
三十を超える男たちが、カインたちをゆっくり取り囲んでいく。
カインはソフィアの父を庇うように前へ出た。
「女どもは捕らえろ。ガキは、俺がやる。」
カインは静かに剣を抜いた。
自然と柄を握る手へ力が入る。
(……どうする。)
盗賊たちは下卑た笑みを浮かべながら、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
包囲は次第に狭まり、逃げ場はない。
「へへっ。お嬢さん、可愛いねぇ。」
「大人しくしてりゃ、乱暴はしねぇよ。」
「俺たちが、いいこと教えてやる。」
下卑た笑い声が響いた。
その時だった。
「カインよ。」
静かな声。
ルーシーだった。
「下がっておれ。」
カインは小さく頷く。
「はい。」
カインは後ろへ下がり、代わってルーシーが静かに前へ出る。
男たちの視線が、一斉にルーシーへ集まった。
夕暮れの光を受け、白銀の髪が幻想的に揺れる。
透き通るような白い肌。
ガーネット色の瞳。
気品すら感じさせる優雅な佇まいは、まるで一枚の絵画から抜け出してきたようだった。
盗賊たちの口元へ、醜悪な笑みが広がる。
「へへっ。こいつは極上だ。」
「高く売れそうだな。」
ルーシーは一度も振り返らない。
「カインよ。あの首領は、お主が倒せ。よいな。」
「はい!」
ルーシーは静かに目を閉じた。
「……妾の前に。」
静寂。
森を吹き抜けていた風が、ふっと止まる。
木々のざわめきが消えた。
盗賊たちの笑い声も、いつの間にか止まっていた。
「……なんだ?」
一人の男が僅かに後ずさる。
理由など分からない。
それでも身体が、本能が、目の前の存在から離れろと叫んでいた。
ゆっくりと、ルーシーは目を開く。
ガーネット色の瞳が、盗賊たちを射抜いた。
「ひれ伏せよ!!!」
――ズォォォォォッ!!
凄まじいオーラが、ルーシーを中心に一瞬で辺りへ広がった。
大気が激しく震える。
木々が大きくしなり、枝葉が激しくざわめく。
そして。
オーラの波動が、盗賊たちを撃ち抜いた。
「――っ!?」
次の瞬間。
三十を超える盗賊たちが、一斉に膝から崩れ落ちた。
そのまま次々と地面へ倒れ伏していく。
誰一人、声を上げることすらできない。
全員が、意識を失っていた。
少し離れた場所で、カイザーだけが立ち尽くしていた。
「…………。」
目の前には、地面へ倒れ伏した三十を超える男たち。
カイザーは何度も周囲を見回す。
「……は?」
何が起きたのか、理解できない。
ただ、その瞳だけが驚愕に見開かれていた。
ルーシーは静かに鼻を鳴らす。
「ふん。無駄な殺生はせぬ。」
「こやつらには、罪を贖わせようぞ。」




