第九十四話 昼休み
食堂には学生たちの楽しげな話し声が響き渡っていた。
焼きたてのパンや湯気の立つスープ、香ばしい肉料理の匂いが食欲を誘い、長机では学生たちが思い思いに昼食を楽しんでいる。
クロエは何かを思い出したように尋ねた。
「そういえば、ローゼンタール商会って、トライデン公国でも一、二を争う大きな商会よね?」
アリアも静かに頷く。
「確か、お父様とも取引があったと思う。」
ソフィアは少し照れながら頭を下げた。
「もったいないお言葉です。」
最初こそ緊張していたソフィアだったが、一行の明るい雰囲気に包まれ、少しずつ肩の力が抜けていく。
話題は自然と冒険の話になった。
クロエが身を乗り出す。
「それでね!」
「カインが、大っきな火の玉をスパッと切っちゃったの!」
「本当に格好良かったんだから!」
ソフィアは目を輝かせた。
「すごい!」
「カインって、そんなにすごい冒険者なんだ!」
ルーシーは紅茶を一口含み、静かに口を開く。
「火の玉を斬ったぐらいで、まだまだじゃのう。」
「カイン。」
一瞬の静寂。
そして、一同は思わず吹き出した。
食堂へ笑い声が響く。
楽しい昼食の時間は、あっという間に過ぎていった。
◇
食事を終え、一同は席を立つ。
ソフィアは深々と頭を下げた。
「皆様。」
「本日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです!」
クロエはにっこり微笑む。
「また、一緒にお食事しましょう!」
ソフィアの表情がぱっと明るくなる。
「はい! ぜひよろしくお願いいたします!」
アリアはカインへ微笑んだ。
「次は剣術の講義ね。」
「着替えて行くから、また後でね。」
「はい!」
一同はそれぞれの講義へ向かって歩き始めた。
◇
剣術訓練場へ向かう石畳の道。
初夏の風が、青々と茂る木々の葉を優しく揺らし、学生たちが木剣を抱えながら足早に訓練場へ向かっていく。
カインは隣を歩くルーシーへ尋ねた。
「ルーシー師匠。講義はどうするんですか?」
ルーシーは当然のように答える。
「妾は剣など扱わぬ。あちらで見ておるゆえ、励むがよい。」
「いくぞ、シルフィ。」
「はーい!」
シルフィはルーシーの後を追う。
「カイン!」
「頑張ってねー!」
二人は観覧席へ歩いていく。
その後ろ姿を見送りながら、カインは小さく苦笑した。
(……何で。)
(剣術の講義を選択したんだろう。)
◇
「そこの君。」
後ろから声が掛かった。
振り向くと、クロフォードが静かに立っていた。
「確か、今朝、アリアーナ様とクロエ様と一緒だったな。」
「はい。」
「私はクロフォードだ。君は?」
「私はカインです。」
クロフォードは静かに頷く。
「そうか。ところで、クロエ様とはどういう関係か聞いてもいいか?」
カインは少し考える。
(……依頼人?)
(友達?)
「えっと、クロエ様は……。」
「友人です。」
「そうか。変なことを聞いて悪かった。」
クロフォードは静かにカインを見つめた。
隙のない立ち姿。
自然な足運び。
(……かなり腕が立つな。)
「では、剣術大会で会おう。」
そう言い残し、クロフォードは静かに歩き去っていく。
カインは首を傾げた。
(……何で。)
(剣術大会に出るって。)
(分かったんだろう。)
◇
午後の講義が終わる頃には、西日が校舎を優しく照らしていた。
学生たちは友人たちと談笑しながら校門へ向かい、学園は帰宅する人々で賑わっている。
一行が門を出ると、朝と同じ馬車が静かに待っていた。
ソフィアは深々と頭を下げる。
「それでは、皆様。」
「明日もよろしくお願いいたします。」
アリアは優しく微笑んだ。
「じゃあね、ソフィア。」
「はい!」
ソフィアも笑顔で頷く。
一行が馬車へ乗り込むと、扉が静かに閉まる。
やがて馬車はゆっくりと走り出した。
ソフィアは校門の前に立ったまま、馬車が見えなくなるまで静かに見送っていた。
◇
少し離れた物陰で、二人の男がその様子をじっと見つめていた。
「おい。あの娘で間違いないか?」
「ああ。」
「あれが、ローゼンタール商会の娘だ。」
二人は不敵な笑みを浮かべる。
そして、誰にも気付かれることなく、夕暮れの街へ姿を消した。




