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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第六章 学園

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第八十九話 葡萄酒

 翌日。


 セントリア学園で行われた編入試験を終え、その日のうちに結果が発表された。


 カイン、エリー、セシリア、シルフィ。


 そして、ルーシー。


 五人は無事に合格した。


 アリアは以前すでに合格しており、これで全員がセントリア学園へ通うことになった。


◇


 その夜。


 無事に学園への合格が決まったことを祝して、別邸ではささやかな食事会が開かれていた。


 クロエも招かれ、食卓には様々な料理が並んでいた。


 賑やかな笑い声が、食堂に響いている。


「いやー、良かった良かった!」


 エリーが上機嫌に料理を頬張る。


「これでみんな一緒に通えるね!」


「はい。」


 セシリアも嬉しそうに微笑んだ。


「私も安心しました。」


「妾にかかれば、編入試験など造作もないわ。」


 ルーシーは得意げに胸を張る。


「ルーシー師匠、試験中ずっと難しそうな顔してませんでした?」


「そ、そのようなことはない!」


 カインの言葉に、ルーシーが慌てて否定する。


 そんな二人を見て、アリアたちから笑い声が零れた。


 その時だった。


「そういえば。」


 ルーシーが何かを思い出したように顔を上げる。


「以前、街へ出た時に買った葡萄酒があったのう。」


「あ。」


 カインも思い出す。


 ルーシーが初めてエヴァンスの街を歩いた日。


 酒屋の前で足を止め、一本の葡萄酒を買っていた。


「せっかくじゃ。今夜はそれを嗜むとしよう。」


 その言葉を聞いたリーナが、すぐさま一礼する。


「それでは、ご用意いたします。」


「うむ。」


 満足そうに頷くルーシー。


 しかし。


「葡萄酒……。」


 クロエが僅かに眉を寄せた。


「ルーシー様が飲まれるのですか?」


「もちろんじゃ。」


「……やめておいた方がいいのでは……。」


「なぜじゃ?」


 ルーシーが不思議そうに首を傾げる。


「妾が酒に飲まれるわけがなかろう。」


「……そうですよね。」


 クロエはそれ以上何も言わなかった。


 その目には、僅かな不安が浮かんでいた。


「ルーシー師匠が飲むなら!」


 シルフィが勢いよく手を上げる。


「私も飲むー!」


「おお。シルフィも分かっておるではないか。」


「うん!」


 やがて。


 リーナが二人の前へ葡萄酒を用意する。


 深い赤色の液体が、透明なグラスへ静かに注がれていく。


「ほう……。」


 ルーシーがグラスを手に取り、香りを確かめるように鼻先へ近づけた。


 そして。


 一口。


「……うむ。なかなかじゃ。」


「うん! 美味しいね! ルーシー師匠!」


「そうじゃろう、そうじゃろう。」


 二人は上機嫌で、料理とともに葡萄酒を楽しんでいった。


 それから、しばらくして。


「…………。」


 シルフィが食卓へ突っ伏していた。


「シルフィ?」


 カインが覗き込む。


「ふにゃ……。」


「寝ちゃったの?」


「ふにゃぁ……。」


 完全に眠っている。


 カインは思わず苦笑した。


「シルフィ。こんなところで寝ると、風邪引くよ。」


「ふにゃ……。」


 その時。


 とん。


 誰かがカインの肩を叩いた。


「ん?」


 振り返る。


 そこには。


 ルーシーがいた。


「…………。」


「ルーシー師匠?」


 ガーネット色の瞳が、完全にすわっていた。


「……カイン。」


「は、はい。」


 何かがおかしい。


 カインの本能が、そう告げていた。


「カインは。」


「私のこと、どう思ってるの?」


「……え?」


 食卓が、一瞬で静まり返った。


 エリー。


 セシリア。


 アリア。


 クロエ。


 全員の視線が、一斉にカインへ集まる。


「わ、私?」


「そう。」


 ルーシーが身を乗り出す。


「ねぇ、カイン。教えて?」


「え、えっと……。」


 カインは僅かに身を引く。


「ルーシー師匠。酔ってます?」


「酔ってない!」


「ひっ。」


 即答だった。


「誤魔化さないで!」


 ルーシーがさらに顔を近づける。


「カインは。」


「私の騎士なの?」


「え?」


 熱のこもった瞳が、真っ直ぐにカインを見つめている。


「ル、ルーシー師匠。ち、近いですー!」


「どうなの? 答えて!」


 がしっ。


「え?」


 ルーシーの両手が、カインの肩を掴んだ。


「カイン!」


「私の騎士なの!?」


「え、ええっ!?」


「どうなの!?」


 ガクガクガクガク!!


「い、痛い!」


「師匠!」


「い、い、痛いです!」


 細い腕からは想像もできない力で、カインの身体が激しく揺さぶられる。


「カイン!」


「答えて!」


「た、た、助けてーー!!」


 アリアたちが慌てて駆け寄ろうとした。


 その瞬間。


「邪魔しないで!」


 ――ドンッ!!


「ひっ……!」


 凄まじいオーラが、一瞬にして部屋中へ広がった。


 空気が震える。


 食器が、カタカタと音を立てる。


「な、なに……これ……。」


 エリーの顔が引きつる。


 誰も近づけない。


 そして。


 至近距離にいたカインだけは。


「うっ……。」


 完全にオーラに当てられ、意識を失った。


 ルーシーの手から力が抜け、カインはその場へ崩れ落ちた。


「カイン!?」


「カインさん!」


 その光景を、少し離れた場所から見ていた二人がいた。


「リズ。」


「はい。」


 リーナとリズ。


 二人は静かに頷き合う。


 その手には。


 いつの間に用意したのか。


 水の入った桶が握られていた。


「参ります。」


「ええ。」


 二人は、その場から勢いよく桶を振り抜いた。


 バシャァァァン!!


「――っ!?」


 大量の水がルーシーの頭上から降り注いだ。


 先ほどまでの異様な圧力が、嘘のように消える。


「……?」


 ルーシーが瞬きをした。


「……何があった?」


 自分の身体を見る。


 髪も。


 服も。


 びしょ濡れだった。


「……なぜ、妾は濡れておるのじゃ?」


「…………。」


 誰も答えない。


 カインは床へ倒れている。


 シルフィは食卓へ突っ伏して眠っている。


 エリー。


 セシリア。


 クロエ。


 そしてアリア。


 全員が互いの顔を見合わせた。


「……?」


 ルーシーが首を傾げる。


「何があったのじゃ?」


「…………。」


 アリアが必死に周囲を見回す。


 そして。


 見つけた。


 食卓へ突っ伏している。


 シルフィを。


「……実は。」


「うむ。」


「シルフィが寝惚けて、火の精霊を召喚しちゃって……。」


「……何?」


「危なかったから、水をかけたの。」


 アリアの目が、明らかに泳いでいる。


「ね?」


 アリアが皆を見る。


「みんな?」


「う、うん!」


 エリーが必死に頷く。


「そ、そうです!」


 セシリアも何度も頷く。


「え、ええ。」


 クロエまで、視線を逸らしながら頷いた。


「…………。」


 ルーシーは、眠っているシルフィを見る。


「ふにゃ……。」


「まったく。」


 ルーシーは呆れたように息を吐いた。


「シルフィには。」


「今後、葡萄酒は禁止じゃ。」


「…………。」


 アリアは、眠っているシルフィへ視線を向けた。


(シルフィ……ごめん。)


「ふにゃ……。」


 何も知らないシルフィは、幸せそうに眠っていた。


 その日。


 リーナとリズは。


 一つのことを固く心に誓った。


 ――二度と。


 ルーシーへ葡萄酒を出してはならない。

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