第八十八話 師匠
中庭が。
一瞬、静まり返る。
「な、な、なにやってるのーー!!」
最初に叫んだのはエリーだった。
セシリアも顔を真っ赤にしながら声を上げる。
「か、か、カインさん! ふ、不潔です!」
ルーシーも思わず立ち尽くした。
その顔は、みるみる赤く染まっていく。
「わ、わ、わ……。」
「妾に! 何という破廉恥なものを見せるのじゃ!」
「カイン!」
ルーシーが声を荒らげる。
そんな中。
シルフィだけが、きょとんと首を傾げていた。
「?」
「みんなどうしたの?」
カインは周囲を見回した。
「えっ? 俺?」
アリアは慌てて立ち上がる。
「ち、違うの!」
「これは……!」
顔を真っ赤にしながら、必死に事情を説明した。
◇
「まぁ……。」
エリーは小さく咳払いをした。
「そういう理由なら……仕方ないわね。」
セシリアも胸へ手を当て、小さく息をつく。
「カインさんは、手が痛くてどうしようもなかった……そういうことですね。」
どこか、自分へ言い聞かせるような口調だった。
ルーシーも何度か頷く。
「ふむ。それならば仕方あるまい。」
「先輩とは、年下の者の面倒を見るものじゃからのう。」
エリーとセシリアは顔を見合わせる。
(……。)
(さっきまで。)
(先輩って何?って聞いてましたよね。)
その時だった。
シルフィが不思議そうに首を傾げる。
「なーんだ。」
「みんな、カインとあーんしたいから怒ってるのかと思った。」
一瞬。
空気が止まる。
エリー。
セシリア。
ルーシー。
三人の顔が、一斉に真っ赤になった。
「「「ちがーーう!!」」」
◇
ルーシーは小さく咳払いをする。
「コホン。」
「それはさておき。」
「せっかく足を運んだのじゃ。今のカインがいかほどのものか、妾が直接見てやろう。」
カインは嬉しそうに頷く。
「ありがとうございます! ルーシー師匠!」
ルーシーはカインの右手へ視線を向けた。
「まずは、その手をセシリアに癒してもらうがよい。」
「はい。」
セシリアは。
カインの右手へ。
静かに治癒魔法を施した。
◇
向かい合う二人。
カインは静かに木剣を構える。
ルーシーは自然体のまま立っていた。
「カインよ。」
「妾はオーラを使わぬ。」
「実戦と思い、妾を倒すつもりで参れ。」
「はい!」
カインは地を蹴った。
一気に間合いを詰める。
鋭い踏み込みから、横薙ぎの一閃。
しかし。
ルーシーは上体をわずかに反らし、その一撃をかわした。
すかさず突きを放つ。
だが。
ルーシーは半歩、身体をずらす。
剣先が空を切った。
さらに連撃を繰り出す。
途中で、剣の速度を緩めた。
相手の反応を誘い、次の一撃へつなげる。
アリアとの修行で学んだ駆け引きだった。
しかし。
ルーシーは動じない。
鋭く踏み込んだ一撃も、わずかな身のこなしでかわされた。
その後も。
カインの剣は、ルーシーに届かなかった。
攻撃はしない。
ただ。
かわすだけ。
それでも。
届かない。
◇
しばらくして。
「はぁ……。」
「はぁ……。」
カインは肩で息をする。
何度も剣を振るった腕が重い。
木剣を杖代わりにしながら、その場へ膝をついた。
(……当たらない。)
ルーシーは静かに歩み寄る。
「カインよ。」
カインはゆっくり顔を上げた。
ルーシーは口を開く。
「お主の剣は――」
そこまで言って。
言葉を飲み込む。
「……いや。」
「何でもない。」
穏やかに微笑んだ。
「お主なら。」
「自ら辿り着けるであろう。」
それだけだった。
「明日は編入試験じゃ。今日はここまでにするとよい。」
「……はい。」
◇
夜。
ベッドへ横になる。
静かな部屋。
カインは右手を天井へ掲げた。
ゆっくりと見つめる。
(少しは……。)
(強くなったと思ってた。)
アリアとの修行。
緩急。
フェイント。
剣の駆け引き。
確かに以前より成長していた。
それでも。
ルーシーには。
一度も届かなかった。
悔しかった。
けれど。
それ以上に、分からなかった。
何が足りないのか。
どうすれば、あの動きに追いつけるのか。
(ルーシー師匠は。)
(答えを言わなかった。)
最後に。
一つだけ言ってくれた。
『お主なら。』
『自ら辿り着けるであろう。』
(答えは……。)
(まだ分からない。)
それでも。
(自分で。)
(見つけるしかない。)
カインは静かに目を閉じた。




