第八十六話 騎士
カインとアリアが剣術の修行を始めてから、七日が過ぎた。
一日の大半を。
剣術の修行に費やすようになり。
自然と食事も別々になっていた。
同じ屋敷にはいる。
それでも。
顔を合わせるのは、朝夕にすれ違う際、挨拶を交わす程度だった。
◇
昼食。
食堂には。
ルーシー、エリー、セシリア、シルフィの四人だけが席についていた。
いつもより。
どこか静かな昼食だった。
シルフィがふと口を開く。
「ねぇ、ルーシー師匠。」
「カインがいないと寂しいね。」
ルーシーはティーカップを口元で止める。
「……なぜ。」
「妾に聞くのじゃ。」
シルフィは首を傾げた。
「だって、ルーシー師匠。」
「カインがいなくて、ちょっと寂しそうだったから。」
「そ、そんなことはない!」
慌てて否定する。
(寂しい……。)
(とは。)
(どんな気持ちだったか。)
かつては、ルーシーも人として生きていた。
しかし、ヴァンパイアとなり、長い年月を生きる中で、幾度となく別れを経験してきた。
親しい者を失うことは、辛かった。
だからこそ。
命に限りある者とは、なるべく深く関わらないようにしてきた。
いつしか。
寂しさを感じないようにすることにも、慣れてしまっていた。
シルフィは小さく笑う。
「そっか。」
「私は寂しいな。」
「だって、迷いの森を出てから、ずっと一緒だったもん。」
その言葉に。
ルーシーは手にした紅茶を静かに見つめた。
鳥籠を出て。
初めて乗った船。
初めて訪れた町。
初めて見る景色。
その隣には。
いつもカインがいた。
見知らぬ世界。
新たな出会い。
それは。
かつてルーシーが願ったものだった。
いつの間にか。
あの頃、夢見ていた世界を歩いている。
そして。
昔読んだ物語を思い出す。
鳥籠の外へ。
お姫様を連れ出したのは。
騎士だった。
(もしや……。)
(騎士とは……。)
(カインなのか……?)
そう思った瞬間だった。
みるみる頬が赤く染まっていく。
「ルーシー師匠?」
エリーが不思議そうに覗き込む。
「どうしたんですか?」
「顔が真っ赤ですけど。」
「な、なんでもない!」
慌てて咳払いをする。
「コホン。」
「それより、カインの様子はどうじゃ?」
エリーはくすっと笑う。
「少しずつ、掴めてきたって言っていましたよ。」
「そうか。」
ルーシーは静かに頷く。
「まあ、あと一月もあれば。」
「あやつなら問題あるまい。」
「そうですよね!」
エリーは嬉しそうに頷いた。
「アリア先輩が付いていますし!」
(……『せんぱい』?)
聞き慣れない言葉に。
ルーシーは小さく首を傾げる。
少し考えたあと。
素直に尋ねた。
「……『せんぱい』とは。」
「なんじゃ?」
エリーとセシリアが固まる。
「…………。」
「…………。」
「なんじゃ?」
エリーは思わず吹き出しそうになる。
「い、いえ。」
「ルーシー師匠も、知らないことあるんだなぁって。」
(し、しまった!)
ルーシーは内心焦る。
「ふん!」
「妾は、そのような低俗な言葉は知らぬだけじゃ!」
シルフィがにこっと笑う。
「『せんぱい』ってね、学校の年上の学生のことだよ。」
ルーシーは固まる。
「…………。」
その様子に。
エリーとセシリアは堪え切れず吹き出した。
「あははっ!」
「ふふっ。」
ルーシーは真っ赤なまま咳払いをする。
「コホン!」
「そ、それより!」
「お主らの勉学はどうなのじゃ!」
「編入試験は明日なのであろう?」
笑い過ぎて涙目になったエリーが頷く。
「はい! 大丈夫です!」
「カインも夜はちゃんと勉強してるみたいですし。」
セシリアが小さく首を傾げる。
「ルーシー師匠は、大丈夫なのですか?」
「全く勉強されていないようですが……。」
ルーシーは胸を張る。
「ふん! 妾を見くびるでない!」
「森羅万象を知る妾に、勉学など不要じゃ!」
エリーとセシリアは顔を見合わせる。
(……さっき。)
(『せんぱい』って何?って聞いてましたよね。)
その時。
シルフィが元気よく立ち上がった。
「ねぇねぇ、ルーシー師匠。」
「お昼終わったら、カインとアリアの様子、見に行こ?」
ルーシーは腕を組み、小さく頷く。
「しょうがないのう。」
「弟子の成長を確かめるのも、師匠の務めじゃ。」
そう言って席を立つ。
その表情は。
どこか嬉しそうだった。
(カインに会えるの楽しみじゃ!)




