第八十四話 アリアの告白
まだ夜明け前。
日の出までは、まだ遠い。
「ん……。」
アリアはゆっくりと目を開けた。
昨夜は。
なかなか寝付くことができなかった。
夕食の後。
『ぜひお願いします!』
嬉しそうに笑っていたカインの顔が、何度も頭に浮かぶ。
「ルーシー……師匠……。」
小さく呟く。
「私は……どう……。」
その先は言葉にならない。
アリアは布団を頭まで被った。
◇
朝。
雲ひとつない青空が広がっていた。
朝食を終えたカインとアリアは、中庭へ足を運ぶ。
二人の手には、それぞれ訓練用の木剣が握られていた。
少し離れた場所では。
リーナとリズが静かにその様子を見守っている。
リズが小さく呟いた。
「アリアお嬢様、少しお疲れのご様子ですね。」
リーナも静かに頷く。
「ええ。今朝も早くに起きておられました。」
「でも……。」
「何か、お悩みのご様子でしたね。」
二人は顔を見合わせる。
最近のアリアは。
以前よりずっとよく笑うようになった。
だからこそ。
今朝の様子が少し気になっていた。
◇
カインは木剣を構えた。
「アリア。」
「今日からよろしくお願いします!」
「……うん。」
アリアも木剣を構える。
「こちらこそよろしくね。」
カインは首を傾げた。
「何だか元気ないけど。」
「大丈夫?」
「……うん。」
「大丈夫。」
少しだけ微笑む。
「さっそく始めよっか。」
「うん。」
「ところで、何をするの?」
「……うーん。」
「模擬戦でいいと思う。」
「その中で、カインが気付いたことを教えて?」
「うん。分かった!」
二人は少し距離を取る。
静かに木剣を構えた。
先に動いたのは。
アリアだった。
予備動作のない踏み込み。
一瞬で間合いを詰める。
鋭い刺突。
「っ!」
予想外の一撃だった。
カインは反応が遅れる。
紙一重で身体を捻る。
しかし。
その動きすら。
アリアは読んでいた。
刺突から。
流れるような斬り払い。
カインは慌てて木剣で受け止める。
しかし。
無理な体勢からの防御だった。
その隙を逃さず。
アリアが再び踏み込む。
鋭い刺突。
――ピタリ。
木剣の切っ先が。
カインの喉元で止まる。
アリアは静かに木剣を下ろした。
「もう一回やろっか?」
「……お願いします。」
◇
二手。
三手。
剣を交わす度に。
カインは防戦一方になる。
そして最後は。
必ず喉元へ止まる木剣。
そんな模擬戦が何度も続いた。
◇
「はぁ……。」
「はぁ……。」
肩で息をするカイン。
アリアは木剣を下ろした。
「カイン。」
「どう思った?」
それ以上は言わない。
答えまで教えてしまうのは。
きっと違う。
自分で気付き。
自分で考える。
ルーシーも。
そうしてくれたから。
カインは目を閉じる。
「……速いだけじゃない。」
「急に遅くなったり、来ると思ったら来なかったり。」
少し考える。
「何て言うんだろう……。」
「すごく、やりにくい。」
アリアは嬉しそうに微笑んだ。
「そう。」
「緩急をつけてるの。」
「実戦では、予備動作だけで次の攻撃を読まれちゃう。」
「だから、なるべく予備動作は見せない。」
「逆に囮に使ったりもするんだよ。」
「なるほど……。」
カインは小さく頷く。
(確かに。)
(俺の動きは直線的だ。)
「ありがとう!」
「もう一回お願いします!」
「うん。」
◇
気付けば。
午前中いっぱい。
二人は木剣を交え続けていた。
アリアは静かに木剣を下ろす。
「今日は。」
「初日だし、この辺にする?」
「ありがとう!」
「また明日もよろしく!」
「うん。」
カインは満足そうに屋敷へ向かって歩き出す。
その背中を見つめながら。
アリアは小さく息を吸った。
(今しかない。)
「ねぇ。」
「カイン。」
カインは振り返る。
「どうしたの?」
アリアの頬が。
少しずつ赤く染まっていく。
「私のこと……。」
「?」
離れた場所で見守るリーナとリズも息を呑む。
(……まさか。)
アリアはもう一度。
「私のこと……。」
大きく深呼吸する。
そして。
「先輩って……呼んでくれてもいいよ?」
「えっ?」
一瞬。
中庭が静まり返る。
リズは思わず心の中で叫んだ。
(……そっちかーー!!)
隣では。
リーナが小さく微笑む。
(……お悩みになられていたのは。)
(それだったのですね。)
暖かい春の風が。
二人の間を優しく吹き抜けた。
◇
アリアの別邸から離れた場所。
建物の屋上に。
一人の男が立っていた。
肩まで伸びた黒い髪。
顔の半分を覆う仮面。
その視線は。
遠くに見える別邸の中庭へ向けられていた。
つい先ほどまで。
二人の少年少女が、木剣を交えていた場所。
「…………。」
男は、何も言わない。
ただ。
静かに、その場所を見つめていた。
やがて。
その姿が。
音もなく消えた。




